3話
六魔王目
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
寝室から出てくる魔王の姿を見たスライムは、律儀に労いの言葉を掛けた。嫌味ったらしく言うのではなく、心の底からそう思っているかのように。
それを聞いた魔王はタイラントゴーレムを見ずに死んだため耳が痛かった。
「すまん、獣にやられた」
「獣というと、魔獣ですか」
「おそらくそれだ」
「やはり私もお供したほうがよろしいのではないでしょうか」
心配そうな声で聞いてくる。
「スライムの力を借りるのはいつでも出来る。もう少しやらせてくれ」
魔王としてこの世界に一刻も早く適応しなければならない。解決策もなく、焦りだけが募る。
「むぅ……」
玉座に座り頬に肘杖をつく。戦闘中に使おうとした魔王オーラを強く出せれば魔獣も尾を引いて逃げ出すかも、なんて甘い考えはやめた。
【死亡数×係数×配下の強さ】ここから自己強化について考える。
まずは死亡数、これはどうしようもない、態々自殺なんてしたくない。次に係数、これもスライムから聞いた限りじゃ変えようがない。最後に配下の強さ、スライムをこれ以上強くって魔王にどうにかして強く出来るのか疑問だった。
なら配下の数を増やすのはどうだろうか。スライム以外からも力を貰えばなんとかなるかもしれない。僅かな期待を胸にスライムに聞いた。
「スライム、この辺に魔物はいるか。それも大量に」
「残念ながら私しかいないと思います」
終わった。というか、そもそも魔獣にすら負けるようでは配下に出来る魔物なんてほぼいないのではなかろうか。話の分かる魔物なら知恵比べでなんとかなるのだろうが、
「駄目だ。考えても埒が明かない、もう一度いってくる」
しかめっ面で玉座に座っていても何も解決しない。何度も戦っていればひょんな事から倒せるかも知れない。そう思って突撃を敢行することにした魔王。
八魔王目
前言撤回、全くもって倒せる気がしない。相手はダメージ蓄積するのだからと無造作に突っ込んで殴ってみた。
それで少しでもダメージが入ればそのうち倒せるだろうと思った。しかし魔王の拳が傷んだだけで魔獣は全く傷を負った気配がない。
おびき寄せて村まで戻れば袋叩きに出来るのではないか、と逃げ出したこともあった。、
その時は数歩走りだしただけで追いつかれてしまった。
「どうしたものやら」玉座にへたり込む。
どこかにヒントがないかと窓の外や天井を見つめても答えが出ない。
「どこかに俺でも扱えて安い武器……」
周りにある持てるものを探す。テーブル、椅子、瓶、ガラス窓、扉、鍋の蓋、スライム――「そうか、スライムだ」
名前を呼ばれたスライムは、「いかが致しました?」と、困惑の体でいる。
「スライムの消化液はガラスまでも溶かしてしまうほど強いのか?」
「溶かせることは溶かせますが、薄いものでも数日はかかります」
少し考え込んでから魔王の意図に沿う答えを出そうとした結果魔王の期待通りの答えが帰ってきた。
「それなら勝機があるかもしれない。早速で悪い、これに消化液入れてもらえるか?」
一つだけ、魔王にも扱えて尚且つ半永久的に手に入り、そして魔獣をも倒せる物。それが見つかった。
魔王は部屋の隅に置かれていた空き瓶の山を手に取り、スライムへ渡す。
「分かりました魔王さま。ただ……」肌を赤らめる。
「魔王さまに瓶詰めする姿をお見せするのは少し恥ずかしいので、別の部屋で入れてきてもよろしいですか」
どこが恥ずかしいのか分からない。けど、乙女が恥じらうのだから紳士らしく深く追求してはならない。
「なるべく早く頼んだ」
スライムは自室に入っていく。
暫く待ったがなかなか戻ってこない。もうすぐ昼になろうとしている。朝から動きまわり、腹が空いたのでテーブルにあった果物を齧る。
日本にあったリンゴより酸っぱく果物らしい味だった。
「お待たせしました」
二つ目のリンゴを手に取ろうとした時、スライムが両手に瓶を抱え戻ってきた。
「ありがとう、これならいけるかもしれない」
固まったゴム状の粘液で蓋をした消化液入りビン。振ると中の液体は揺れ、漏れることもすぐに割れてしまうこともない。
「今度こそ魔獣を倒して敵の顔を拝んでこよう」
「期待してお待ちしております」
ポケットやベルトに瓶全てを仕舞い込む。今度こそ魔獣をを討伐するため森へと駆けていった。
道の入り口まで戻ってくると、木々の隙間を太陽が垂直に差し込んでいる。いわゆる木漏れ日というやつ。それによりまばらに地面が照らされ、昼前のような寒さは感じない。
何も用事がなければ木漏れ日の下、気持ちのよい昼寝をしていただろう。だが今は晩飯のリミットが刻一刻と近づいている。
復活するたびに突っ込んで分かったことがあった。それは奴らは同じポイントでしか襲わないという習性を持っている。
二回目の時は慎重に進んでみたものの、最初に殺されたポイントで同じように襲われた。三回目に至ってはその場所まで走って駆けつけ、同じように襲われたため町まで引き出そうと逃げ出した。結果は散々な目にあった。
おそらく狩りをどのようにすれば行い易いかということは学習するらしい。ただ相手も学習するというところまで知恵が回らないようだった。
今回も襲われた場所付近まで駆けつけるとガサリと茂みが揺れ動く。何度も殺されたので罵りたいが、勘付かれ攻撃パターンが変わってしまっては意味が無い。
いつでも投げつけれるようポケットからビンを取り出し、両手に持ってジリジリと下がる。すると先の戦闘と同じく1つ、また1つ茂みの揺れが増えていった。
そろそろか、と身構えた瞬間獣が茂みから飛び出てきた。
「馬鹿め」
あまりに想像通りすぎた。四回も同じ茂みから飛び出てくるのは舐めているとしか思えない。遠くにいた魔獣は今にも噛みつかんと口の周りの皮膚を引きつらせ、素早く最短距離で詰めてきてくる。
「魔王選手、一投目」大きく足を振り上げ、「投げたぁ」
ビンは勢い良く飛んで行く。ワインが入っていそうなビンは、尻を中心に縦回転でクルクルと回り、魔獣へ目がけ飛んで行く。
――バリンッ。
ビンは魔獣の後方へと飛んでいき、地面に命中して砕け散った。
「おしい」だがまだ距離に余裕がある。
「魔王選手二投目」
余裕を持って今度は確実に当たるように狙いを定め、「投げたぁ」
慎重且つ大胆に投げたビンは理想的な軌跡を辿って魔獣の頭へと吸い込まれていく。
「ギャンッ」
ガラスの破片が飛び散り、魔獣の毛を濡らした。
ようやく攻撃らしい攻撃が決まって人生初のガッツポーズを決める。しかし、詰めが甘かった。ビンに当たった魔獣はその場で止まらない。
「ガゥァ!」鋭い牙が鈍く光る。
「こっちまで来ないよな、こないよな」
タタタッ、タタタッ。一歩、二歩、三歩と近づいてくる。
「頼む、倒れてくれっ」
――ズサァ……。
魔獣は前身全てを溶かし背骨や内蔵が飛び出ている。
「ふっふっふ、餓狼の計敗れたり」
今まで三回死んでも傷一つ追わせることの出来なかった魔獣を、自分の力だけではないとしても、一人で倒すことに成功した。
引き続き二匹出てくるものと思っていた。
「……」
予定と狂ったからか2匹は出てこない。
「どうした、今なら許してやらんことはないぞ」
何をしても勝てる気がした。このまま襲ってこずに尻尾を巻いて逃げると思った。だが考えが甘かった。前方の茂みが揺れ始め、左右に別れて茂みから茂みと渡っていく。囲もうとしていた。
猪突猛進してくるものだと思っていたから、左右から同時に襲われるのは想定していない。
「二対一で同時とは魔獣にしては考えたな」
ジリジリと詰めてくる。
「だがその程度の策略で倒せると思ったか」
魔王には秘策があった。どんな窮地、どんな危機的状況でも覆せる。最強にして最後の奥義。
「今だ!」
自信に満ち溢れた表情の魔王は、逃げた。一目散に逃げた。
「ハッハッハ、これには反応出来まい」
逃げたには逃げたが逃げたが、その方向は後ろではなく更に奥へ。意表を突かれた魔獣はすぐに追いかけることが出来きなかったらしい。少しの間を置いて茂みから魔獣が飛び出す音が聞こる。
予想通りであれば開けた道を追ってきている。ベルトに差していた試験管のように細長いビンを、指の隙間にそれぞれ八本抜き出し構えた。
「これでも食らえっ」
すかさず八本とも振り返ざまに全て同時に投げた。ビンは真っ直ぐ飛んでいく。投げた後に分かったが、魔獣は二匹とも開けた道に出ていた。
互いに回避の邪魔したのかお互い避けることが出来ず、八本すべて命中する。細長くビンの中に入っている液体量は一匹目に投げたものより半分ほど少ない。
それでも八本全て当たったため、悲鳴とともに一歩も進むこともなく瞬時に全身を骨だけにして制止させた。
「群れの主よ。言葉が分かるなら見逃してやろうではないか」
一際大きな魔獣に声を掛ける。ビンが残り2本しかなく出来れば去ってもらいたかった。
だが、そんな期待に反し茂みより一回り大きな魔獣が姿を現す。
「都合いかないよなぁ。やっぱり」
茂みから全身現れると、ジクザクに飛び跳ね回避運動を行いつつ向かってくる。素早い左右への回避により、ビンを投げることが出来ない。
「クソっ、馬鹿でもやはりボスはボスか」
愚痴をこぼしても状況は好転することはない。攻撃出来る機会は一度。たった一度のチャンスでビンは二本。それだけで魔王のやることは決まった。
高鳴る心臓を落ち着かせビンを両手に持ち、相手の動きをじっくりと見極める。
「まだだ、まだもう少し……」
刻一刻と魔獣は迫り来る。あと数回跳ねればたどり着き、再び喉笛を噛み切られる。極限の緊張の中、魔獣は魔王までほんの数歩先というところで大きく横っ飛びした。
「そこだっ」
最後の横っ飛びと思われる魔獣に魔王は着地点に向けビンを投げる。すると魔獣は軽々と空中で後ろ足を地面に付け、上へとジャンプして回避した。
普通なら絶望へと叩き落とされるだろう、だがこのビンは当たればラッキー程度に投げたもの。そこまで重要じゃない。そうとは知らず地面に着地した魔獣は、勝機とみたのか直進して飛びかかってきた。
「待ってました」と思惑通りの魔獣に対し、ビンを体で隠すように投げる。
魔獣は前足を広げ抱きつくように噛み付いてきた。再び攻撃するチャンスは残っていない。なので全力で避ける。
「ガゥアッ」
魔獣は大きく前足を広げ襲いかかる。魔王はたった一度避けることだけに専念したため、頬に前足の爪が掠れたもののギリギリで避けることに成功した。
そして、魔獣は横を通り過ぎる。
――バリンッ。
ビンが割れた音が聞こえた。突如現れたビンを避けることが出来ず魔獣は液体を被ったのか、あるいは避けられ地面に命中したのか。それは分からない。ただ何かに命中した。
「クゥン……」
弱々しい鳴き声が聞こえた。その後にドサリと倒れる音が聞こえる。期待を胸に後ろを振り向く。魔獣が倒れていた。心の底から湧き上がる歓声。困難を打開した達成感。初めは魔獣が倒れていたという事実しか理解できなかった。それが徐々に、少しずつそれらの感情が沸々と湧き上がった。
「いやっはぁ、初勝利っ」
激戦を繰り広げ一応自分だけの力で勝利をもぎ取った。その興奮は冷めやまることを知らない。
「落ち着けぇ、深呼吸だ深呼吸」
吸って、吐いて。ゆっくり吸って。吐いて――。
昂ぶる気持ちをゆっくりと落ち着かせる。回りの雰囲気が分かるようになっていた頃には、喧騒なる森から静寂に包まれた森へと変わっていた。
道を進み少しすると、森が大きく開けた場所に出た。目の前にはギルドで聞いていた話とは少し想像と違い、山の麓というより絶壁に近い岩でゴツゴツとした壁が反り立っている。
今まで続いていた石畳の跡が、広場に入って3分の1ほど進んだところで途切れている。その代わり今までなかった壊れた石の塔や綺麗な石の塔が左右に道を挟んで並ぶ。
不思議なことに、今まで挑んできた冒険者の人骨など一切落ちていない。剣や鎧だったと思われる塊が、壁と森の境目辺りにうず高く積まれていた。
目的のタイラントゴーレムは見当たらないが、おそらくここが依頼にあった場所で間違いない。
「タイラントゴーレムさんいますかー?」
明らかに誰かの手が加わっていて、それがもしタイラントゴーレムの仕業だとすれば、話が通じる可能性がある。話しかければ出てくるかもしれないと思った。
「案外タイラントゴーレムなんていないのか」
人の手が加わった形跡があるせいか、視界が遠くまで通らずおっかなびっくりで進んでいた森のような警戒心がない。その状態で広い空間へと入っていった。
まずは石畳の跡に沿って一番近い石の塔に近づいた。真新しい石の塔は岩から切り出したと思われるほど綺麗に角が立っている。
三段重ねの中段の石にはレイスやカルロ、アレキサンダーなど名前が掘られている。古く欠けている石の塔にはペルコロイス4世とかろうじて読めた。塔の付近は土が柔らかく、掘り返した事がわかる。塔、名前、土が柔らかい。以上のことからこれは墓だろうと推測できる。
「うへぇ、気持ちワリィ」
掘り返せば人骨が出てくるかもしれない。そういうのはあまり見たくない。石を見終わった後、道なりに壁まで進む。すると岩でできて扉のような枠があった。岩の扉の形状は取っ手や輪のノッカーもない。一見すると四角い切れ込みにしか見えないが、直感的に扉だと感じる。
「この中か?」
拳でノックする。しかし岩が厚すぎて中に空洞があるのかどうかすら分からない。
「ふぅむ……」
唸り声を上げるが誰か答えを教えてくれるわけもなく、虚しく空へ吸い込まれていく。 このまま見当たりませんでしたとギルドに報告するわけにもいかない。そこでせめてこの扉の奥だけは確認しようと決心する魔王。
扉をだとすればどんな扉にも開き方がある。まずは基本中の基本、押してみる、だが当然開かない。掴めそうな場所がなく引くことは出来ない。横の溝に指を入れスライドさせてみても開かない。
「あとどんなやり方あるんだ?」
他に開け方がないか首を捻っていると、
「不正侵入者、発見、排除」
機械を連想させるような単語のみ声とともに、魔王の周りにだけ一瞬で影が出来た。
声が頭上から聞こえ誰だと見上げたが時には既に遅かった。視界限界まで上下左右どこを見ても岩しかない。
「落石!?」
接近してきた岩は顔に鼻から直撃し、重みに耐え切れず体が仰け反ると背骨ごと折り畳まれた。
九魔王目
「ターイラーントゴーレムー、いーるかー」
広場にたどり着くと調子を付けタイラントゴーレムを呼ぶ。録音なのか機会か、その辺は分からないが言葉を話せたのだから自分の言葉も分かるはず。そう信じて待つ。
木が春風でざわつく。いくら待ってもタイラントゴーレムの姿は見えない。
さっきはどこからやってきたのかと崖の上を見るが、降ってくるには随分と高い。急に影が出来たことを思えば違う。
どれだけ待っても現れる気配がない。となると、聞こえた声通りの内容ならば扉に触れる・押すなどの内部へ侵入しようとする行為が原因なのだろう。そうと分かれば簡単である。奴を怒らせればいい。
魔王は手短な石をその辺から拾い上げた。
「魔王選手、一投目っ投げましたっ」
広間の中央当たりから投げた石は放物線を描き、岩の扉に当たってカンッと乾いた音を響かせ跳ね返る。
「敵対者、排除」
投げた石が静止すると、岩で出来た壁を水から出るかのようにぬるりと現れた。
地面に着地するとズドンと地響きが地面を伝って響き渡る。外見は全身が岩で出来ており、大きさは魔王の三倍ほど。
太い腕、少し長めの胴体、ちょっとガニ股の、まさにこれこそがゴーレム。といった風貌。
「排除、開始」
攻撃を宣言する声が聞こえる。どうせノロマなんだろ、と全て避ける気で構えた。
一瞬も見逃さないぞ、とこれから瞬きもしないように一回だけ瞬きをした。すると、投手と打者ほどの距離があったのが一瞬でなくなっていた。
あれほど離れていたゴーレムが威圧感を放ち見下ろすように目の前に居る。
「それは反則なのでは」と咄嗟にその理不尽なまでの素早さに驚愕した。
しかしこれが現実。一緒に押し寄せてきた風が体を突き抜ける。その風が肌や刺激し髪をなびかせる、これは決して夢じゃないと否定する。
信じられないと疑い再び瞬きをする。目を開ければきっと遠くにまだ奴はいる。
目を開けた時には巨大な岩が顔に触れるか触れないかまで接近していた。
恐怖に慄く声を上げる間もなく、岩は近づいてくる。顔を背けることも目を閉じる時間もなく顔と岩がキスをした。
一〇魔王目
「ここは……」
見渡す限り真っ白な空間、いつも目を覚ます城とは違う。立っている場所も白い、だがそれは本当に白い部分に立っているのか浮いているのか、それすら分からない。ただただ白い場所にいた。
「誰か――」
大声で叫ぶ、だけど誰も反応してくれない。壁に当たって魔王の声が返ってくることも無い。この空間には魔王一人だけだった。
「やぁ、魔王君」
突如若々しい声が魔王からそう遠くない距離から響いてきた。ただ、その声は聞き覚えがない。
「誰だ?」
声の聞こえた方角へ振り見るが声の正体が見えない。
「んー、そうだね。君をあの世界に呼んだ人といえば分かるかな、紙を残した人。あれがボクだよ」
今度は右側から聞こえてきて、ふんぞり返って自慢気に話してるのが分かる。
「それで、元の世界に戻してくれるのか?」
「嫌だね。ボクもこっちの世界でまだまだやりたいことがいっぱいあるからね」
淡い期待を込めて聞いた願いは想像通りの回答が返ってきた。分かっていたが、実際に起こると少し腹が立つ。
「なら何の用なんだ、呼び出したということは何かあるんだろ?」
「正解。君、鋭いね」ケラケラと笑っている。
「君は今何回復活してると思う?」
魔王は指折り数え始めた。スライムになんやかんやで二回溶かされて二回、ダンディーな隣人に泥棒と間違われて一回、スライムの料理に胃を溶かされ一回、魔獣に噛み殺されてで三回、タイラントゴーレムに訳も分からず二回。
「丁度九回か、この空間が復活前だとすれば八回だな」
「流石っ。ボクが見込んだだけあるよ」
「そりゃどうも」
話の流れが掴めない。何がいいたいのかさっぱりだった。それでも期待通りの活躍をしていると、元ニート魔王に魔王として褒められ悪い気はしない。
「そこでね、能力を元々の性能に戻そうと思うんだ」
申し訳無さそうに言うのなら納得出来なくもなかった、だが当然だといった態度で言われる。
「今まで痛い思いして死にまくってたのにそれは酷くないか?」
「子供に武器をもたせるほど怖いことはないよ」
確かに一理ある。一理あるが納得いかない。だからといって話を進めない訳にもいかず、仕方なく今後もこの世界で生きていくことを受け入れた。
「はぁ……それで、今の能力は元の何倍なんだ?」
「百分の一倍かな」
死んだはずなのにもう耳がおかしくなったようだった。尋常じゃないレベルの制限なんて、それはもう制限ではなくバグでしかない。
「すまない。俺の聞き間違いだと思いたい。もう一度頼む」
聞き間違いだと信じたい。
「元々あった性能の一パーセントだよ」
「頭が痛い……。他になにかあるのか?」
「復活時間かな、強くなった分復活までの時間が伸びるよ」
強くなった分デメリットも増える、それは仕方ない。百倍なら今の三分から単純計算で六時間。六時間だとしても魔王の復活が六時間ってのは少ない方だと思う。
「なら――」
「三分経ったからボクの回答タイム終了っ。君も世界征服頑張ってね」
魔王の事情を一切考えず伝えることを伝えたら別れを告げる元ニート魔王。
「ちょっと待ってくれ!」
元ニート魔王を追いかけ手を伸ばすが空しか掴めない。そして真っ白な空間が眩しく光りだした。眩しくなる空間に耐えれなくなり、目を手で覆った。
「ベッド、か」
見慣れた天井があった。起き上がり体を見回してみるが肌が青く透けていたり、頭に角が生えていることはない。
「ちょっと試してみますか」
ベッドから降りる。あれが現実だとすれば何か強化されているはず。ならばと部屋の中央に向かった。
「少しぐらいなら大丈夫、かな」
魔王をイメージする。角が生えており、禍々しく、そして格好いい。腹の底から気を溜めるような感じで力を込める。
すると以前は薄皮ほどしか出なかった魔王オーラが、部屋いっぱいに広がった。
「お、おお、おおぉ~」
紫と黒が交じり合うオーラが柱や壁に悲鳴を上げさせる。城全体が振動し、部屋中にホコリが舞う。イメージ通りの燃え上がるような黒いオーラが身を包む。
少し期待して頭を触ったが角は生えていなかった。
「ご無事ですか!?」
スライムがノックもせず扉を勢い良く開けた。家の振動で何事かと思ったのだろう、凄い形相である。
「おっと、驚かせてすまない」
スライムに気がついて家を壊しかねないと思った魔王はオーラの放出を止めた。
「魔力制御も出来るようになったのですね。おめでとうございます」
まるで自分のことのように、にっこり微笑んで褒めてくれる。女性に褒めて貰えるなんて物心ついてから初めてかもしれない。
「それがな、魔王に会ってな」
魔王と聞いた瞬間、
「どこでですか、どちらで会われたのですか」と、両肩を掴まれて前後に揺すられる。
「お、落ち着いてくれ。会ったのは死んだ後のよくわからない真っ白なところだ」
揺すられながらも更に細かく説明した、すると肩から手を離してくれた。
「そうですか」
先程まで微笑んで褒めてくれていたスライムが項垂れる。
「でも本人は元気やってるみたいだったよ。それと世界征服頑張ってくれってさ」
機転を利かせ奴の言っていたことを思い出して言ってみたものの、すぐには寂しそうな表情から戻らない。
その状態で暫くオロオロとした魔王だったが、
「……分かりました。もうあの人は知りませんっ。魔王さま、一緒に世界征服しましょう」
「お、おう」
しょんぼりしていた顔が、急にやる気に満ち溢れる顔になる。手を握り奮起するスライム。女性の気の変わりの早さは魔王には理解できなかった。
そんなスライムに「とりあえず、この力を使ってタイラントゴーレムを倒してくるよ」と、声をかけた。
すると「分かりました。今日の夕飯も豪華にしますね。行ってらっしゃいませ」と気合を入れて料理に取り掛かることを宣言して見送る。こうして依頼を済ませなければならない制限時間が短くなった。
城を出ると森へ向けて全力で走った。少しでも早く依頼を終えてスライムの料理を食べなくていいように。。
走りだしてわかったが、身体能力が劇的に向上していた。周りの風景は遅く見え、二倍は速く走ることが出来るようになっている。それでも世界陸上選手より少し早いぐらい。
お陰で走ること一〇分、タイラントゴーレムのいる広間に到着した。
「さて、力試しといきますか」
少し大きめの石ころを拾い上げる。大きはずの石は、水切り用の小さな石を持ってるかのうように軽い。
岩の扉に投げつけると一直線に飛んでいき、カァンと鳴り響いて大きく跳ね返った。
「敵対者、排除」
壁からぬるりとタイラントゴーレムが溶け出てきた。
ズドンと両足が地面に着き「排除、開始」と戦いの火蓋が切って落とされる。
「見える、見えるぞ」
つい先程まで全く見えなかったゴーレムの挙動が、足に力を込めて地面を蹴りひとっ飛びで向かって来る、というのが鮮明に見えた。
「ここなら」と、城だから少し遠慮した魔王オーラを限界まで引き出す。するとタイラントゴーレムの二倍以上の大きさでメラメラとオーラが吹き出した。
飛びかかってきたタイラントゴーレムはオーラなど関係ないと言わんばかりに、一直線でその大きな図体を魔王のオーラに突撃してくる。
禍々しく燃え盛るように立ち上るオーラに突っ込むと、少しオーラを削って侵入してきた。
しかし、少し進んだだけで磁石の同極を合わせたかのように、体に触れること無く飛んできた方へ弾け飛ぶ。そして岩が割れるような鈍い音と共に壁にめり込んだ。
めり込んだ後すぐに体が支えきれず前のめりに倒れこむ。背中の岩は通常の岩の高度ではないらしくどこも砕けていなかった。それでも衝撃でダメージがあったのかのそりと立ち上がる。
「ようやく起きたか、だがもう遅いっ」
全身から溢れ出すオーラを全て右拳にオーラを凝縮するように押し込める。凝縮したオーラは消え、黒く闇が渦巻く球が手のひらに出来た。
「飛んでけええぇぇぇ」
「魔力圧縮感知、危険、防御」
タイラントゴーレムは両腕で衝撃を和らげる姿勢を取った。それでも放った黒く渦巻いた球体は空気の断層を作り近づいていく。
――ッッガァァァァン
ソフトボールほどの大きさからビー玉ほどに小さくなり、限界まで小さくなった球は体全てを飲み込むほど大きな爆発となって地面諸共全て抉り吹き飛ばす。衝撃波は魔王を突き抜け森の木々を揺らす。
えぐれて吹き飛んだ土が宙を舞い、土煙で視界が通らない。
「……人?」
いつでも攻撃出来るように構えていた。その状態で暫くすると煙が晴れてゆき、小麦色の肌を持つ少女が座り込んでいた。
「この馬鹿っ。せっかくキースに強化してもらったのに全部きえちゃったじゃない!」
少女はプンスコと怒っていた。状況的に事務的な機会音の持ち主だったタイラントゴーレムの核だか本体である。とてもさっきまでのタイラントゴーレムとは思えない。
「この我を愚弄するか小娘」と、魔王らしい威厳を出しつつ少し抑えめのオーラを纏う。
「ひ、ひぃ。ごめんなさい!」
涙を浮かべ今にも泣きそうになってしまった。少し可哀想な気持ちになったのでオーラだけは止める。
「俺は魔王。お前は誰なんだ」
「キースに強くしてもらったちょー強いゴーレムだよ。キースに頼まれてずーっと扉を守ってるんだよ、凄いでしょっ」
腰に手を当て鼻高々に自慢している。
「お陰で俺は二度も殺されたんだがな」
「あっ……」シマった、という顔をして目が泳ぐ。
「まぁ、なんだ。俺の配下になるというのであれば、許さないこともない」
「えっ、許してくれるの?」
目をキラキラさせつつ上目遣いに見つめてくる。
「あ、ああ」
小動物的な可愛さ、何も悪いものを知らなさそうな純粋さを持つ目で見つめられ、今度は魔王の目が泳いた。
「やったぁ、わたし今日からマオーのものになるねっ」
見た目は一二か一三、それよりかもう少し若いかもしれない少女。好みのショートヘア。服装はサキュバスが着ていそうなほぼ際どいビキニアーマー。そんな子に魔王のものになると言われる。
可愛い、可愛すぎる。ストライクゾーンにドストライク。もう滅茶苦茶にしたい。でも明らかに法律上アウト。いや、この世界だと法律もなにもないのか。
などと考えていると一つ疑問が思いつく。
「そういえば名前を呼んでも反応しなかったよな、なんでなんだ?」
少女は首を傾げて何を言っているのだろう、という顔をする。
「言い直そう。お前の名前はタイラントゴーレムじゃないのか?」
ようやく何を言っているか分かったという表情で「わたしの名前はゴーレムだよ?」と、不思議そうに自分を見つめる。
天然、どちらかというと馬鹿。自身がタイラントゴーレムという名前で呼ばれていたとは、微塵も思ってないらしい。
それでも気付いて欲しかった。そうすれば一度も死なずに済んだかもしれない。
「はぁ……。とりあえず依頼達成だけど、あの中に何があるんだ?」
魔王は岩の扉を指差す。
「見たいの? マオーになら見せてあげるっ」
ゴーレムは足についた土を払い、走って扉へと向かっていく。それに魔王も付いていった。
「これね、こうやって。ここを持って」扉のすぐ下の土をのけ、出てきたくぼみにを手を入れた「ほいっ」
扉は下から上へ開けるタイプだったらしい。難なく開いてしまった。大魔導師が残した財宝だから、結界やからくりが仕掛けられていると思っていた。拍子抜けである。
「わたしだけの場所、いいでしょっ」
中は綺麗に掃除されており、真ん中の台座に置かれた焦茶色の表紙の本が一冊。それとベッドが一つ。壁一面に木の棚がある。その中で1番頑丈そうな木の棚にだけ、杖やボロ布、ロザリオが一つ置かれていた。
「いい場所か?」
「わたしとキースの思い出が残ってる唯一の場所だよ」
この場所がゴーレムにとってどれほど素晴らしいか、ぜひ聞いてくれと語り始める。始まりは百年以上遡る。石畳の道がきちんと舗装されていて、広間全体に屋敷があった頃の話。
ゴーレムは当時沢山いた他のゴーレムと一緒に山で遊んでいると、誤って屋敷裏の崖から落ちてしまった。幸い体が丈夫だったため足首を挫くだけで助かった。
ただ運悪く、敷地内に生えてた木をクッションにして地面に落ちたため、屋敷の人間にバレてしまう。足を挫いて立てないゴーレムはその屋敷の人間に見つかってしまった。
当然その屋敷の使用人に殺されそうになってしまう。囲まれ、殺されるかと思ったらしい。そこに丁度屋敷主の子供だった青年キースが見つける。
青年は魔物の知識に精通していた。そのためゴーレムの言葉が分かって、ゴーレムは状況を説明し足を治療してもらって屋敷に住むことになった。
ゴーレムとキースは、最初は主人と客という間柄だった。それが春は花を愛で、夏は湖で泳ぎ、秋は月夜の森を散歩、冬は暖炉の前で過ごす。時折遠くまで旅に出る。
そんな日々を繰り返すことにより数回、主人と客から親友以上の存在に変わっていった。
ある時、青年は念願の宮廷魔道士として雇われる。魔法を使う者として最高の職場である。キースが首都にいくことをゴーレムに伝えると、二つ返事で付いて行ったらしい。
当時、魔物は敵だった。青年といても風当たりが辛く、一緒にいないと一歩も外に出歩けなかった。
そんな首都で派閥争いや命を狙われることにキースは嫌気を差し、町へ帰ろうかと何度も言った。だがそんな時、ゴーレムが必ずそばにいることで共に乗り越えた。
何十年も経ち、晩年には世界一の大魔導師と呼ばれるようになったキースは死の足音を感じ、首都を去って屋敷に戻った。
屋敷に戻って数ヶ月。長年共に過ごし一度も愛を告げれなかったゴーレムに、何かしてやれることはないだろうかと必死で悩んだ。そして行き着いたのが生涯で得た知識を一冊の本にまとめ、ゴーレムを守ってくれる人に託すこと。
残り僅かな命をゴーレムのために削り、そして完成させた。その時にはもう立つのもやっとなほどだった。
時間が残っていないキースは、ゴーレムを食料保存庫であるこの部屋へと連れて来た。
そしてゴーレムに大魔導師が残りの命全てを注ぎ込み、ゴーレムを強化する魔法を唱える。するとゴーレムの肉体は出会った当初に戻って通常のゴーレムより何十倍も強くなった。そしてゴーレムの過ぎ去る時間も何十倍も遅くなった。そんな魔法を使った大魔導師は、本をゴーレムを倒せるほど強い人に渡して守ってもらうように告げた。
ゴーレムは分かったと頷くと、キースは持っていた杖と服だけを残し消えてしまった。
ゴーレムは声が出なくなるほど泣いた。食料保存庫に篭り月日は流れ、キースとゴーレムしか居なかった屋敷は、何も知らない兵士に魔物が住む場所として燃やされた。怒り狂ったゴーレムは兵士を殺した。そしてキースとの思い出が残るこの食料保存庫に扉を付けて、キースの残り香と共にキースの言いつけを守ることを決めた。
「だからね。ここはキースと思い出が残ってる一番大切な場所なの」
話の途中から当時を思い出しているのか目が潤んでいた。今じゃ微笑みながら涙を流している。
「だからマオー。これ、はい。大事な本だから。大切に、してね」
笑顔で、大粒の涙を流して、両手で落とさないように本を渡してくる。
「確かに受け取った」本を受け取り抱きしめる「だから、もういいんだぞ」
「う、あ、あ。――うぁあああああ」