六話
六話目になります
神田誠 主人公
前田智 同僚で同い年
山田繁人 同僚で五つ上の先輩
大竹一哉 同僚で先輩。おまじないを勧めた人
俺は目を開けた。
目の前は何も変わらない家の天井だった。
「あ・・・・・・れ?えーと、確か・・・・・・」
起き上がって外を見ると、もう夕方になっていた。
そうか、寝てしまっていたのか。
俺の記憶では、気持ちよく寝ている時に、母親が家に来て起こされたのまでは覚えている。
そして・・・・・・そして・・・・・・。
「えっと、どうしたんだっけ?」
辺りを見回すと、母親はもういなかった。
背伸びをし、俺は起きた時の癖で頭をボリボリ掻く。
「・・・・・・え?」
そこで俺はあることに気付いた。
急いで洗面所に行き、鏡で自分を見た。
「・・・・・・・・・・・・」
髪が・・・・・・ない。
俺の頭は、スキンヘッドとまではいかないが、一分刈りほどの坊主になっていた。
「え・・・・・・ええ・・・・・・へ?」
自分の目だけでは信じることができず、右手でさわり感触を確かめる。
・・・・・・ザラザラする。
頭を撫で回す。
ザラザラする。
何度触ってもザラザラする。
何度も・・・・・・何度も何度も触っても・・・・・・ザラザラする!
「な、な・・・・・・なんじゃこりゃ!」
俺は何の身支度もしないまま、起きたときの格好で家を飛び出した。だけど頭が寒かったため、玄関に置いていた黒いニット帽を取りに戻ってまた家を飛び出した。
俺は走った。
久しぶりに全力疾走をした。
実家まで、一時も休まず走った。
俺の髪を切ったと思われる、母親がいる実家へ・・・・・・。
「おかーん!」
俺はドアを勢いよくあけて叫んだ。
家には父親、母親、弟の家族全員揃っていた。
ここまで走ってきて息を荒くしている俺を、三人とも俺を見ていた。
「おお、誠か。おかえり」
「あら、おかえりなさい」
「おっ、兄ちゃんおかえり!」
三人とも俺を温かく迎えてくれた。
だけど、俺の心はそんな穏やかではなかった。
靴をぬぎ、台所で食器を洗っている母親のもとに早歩きでいった。
「母さん!何なんだよこれ!」
俺は自分の頭を指さし、もう一度叫んだ。
家族みんな驚いた顔をしていた。
「な、何?」と母親は慌てて返事をした。
「何?じゃねえ・・・・・・どういう事だよこの頭は!」
そして俺はニット帽をとって、家族に自分の頭を見せた。
「「「ッ!」」」
少しの間、沈黙が走った。
俺は三人を見ると、父親は俺の頭を見て固まったまま、弟は俺がまた丸坊主になっている姿を見て笑うのを押さえるのに必死で、口をふくらませて体が震えていた。
母親は、嬉しそうな顔をしていた。
そして、母親は言った。
「あら、あんた髪切ったの?」
「・・・・・・は?」
何を言っているんだこの人は?
意味がわからない。
「やっぱりあんたはその髪型が一番似合うわね!なんかこう、大人っぽくなったような感じがするじゃない。やっぱり男は坊主よね」
「いや、これは・・・・・・その」
母親の言葉を聞き、俺の頭の中が混乱する。
おかしい・・・・・・おかしいぞ。
俺の髪を切ったのはそこにいる母親じゃないのか?
俺が寝ている間に、俺の頭を丸刈りしたんじゃないのか?
そこで意味のわからない事を言っている母親が、俺が長い時間をかけて伸ばした髪の毛を切った張本人じゃないのかよ。
頭の中で、意味も無く何かがグルグル回っている感じがした。
「ほ・・・・・・ほぅ、髪切ったのか。良いじゃないか、似合っているぞ」
父親は、全然ありがたくもないフォローをしてくれた。
弟は、兄ちゃんが坊主にしてる!と言いながら我慢できずに笑っていた。
だけど、俺の耳には父親と弟のフォローとか笑い声とか全く耳に入らなかった。
雑音にすらならなかった。
俺の耳は、一言一言が意味のわからない事を言っている母親の言葉しか耳に入らなかった。
「いつ切ったの?」
「何処で切ったの?」
「気合入れるために坊主にしたの?」
・・・・・・唖然だった。
俺は母親の言っている言葉をすべて拒絶するかのように両手で耳をふさぎ、頭を左右に振り、壁に背中を預け、ズルズルとしゃがみこむ。
変な汗をかいていて、その汗が生ぬるくて気持ち悪い。
様子がおかしいと思ったのか、三人とも俺のところに歩み寄ってきた。
「お、おい誠、大丈夫か?」
さっきまで喋っていたけど、今日初めて父親の声が俺の耳に入ってきた気がした。
俺はハッと我に返る。
「な、何でもないよ。急に来てごめんだけど・・・・・・俺帰るわ」
俺は立ち上がり、玄関のところへ行く。
三人とも、え?みたいな顔をする。
「お、おい誠、もう帰るのか?せっかく来たんだから、夕飯でも食べていきなさい」
父親はそう言って俺を引き止める。
「い、いや、今はあんまり食欲がないんだよ。ごめんな、また今度来た時に頂くよ」
俺は父親に顔を合わせず背中を向け、少し声を震わせながら言った。
「そうか、それじゃあ次は正月にでも帰ってきなさい。来る時はちゃんと連絡するんだぞ」
「・・・・・・うん」
俺はうなずき、玄関のドアを開けた。
「・・・・・・」
気になった事があったから、俺はドアを開けている手を止めた。
「母さん・・・・・・」
「な、なーに?どうしたの?」
母親は慌てて返事をした。
だけどそんな事は関係ないと、俺は聞いた。
当たり前で・・・・・・決まっている事を。
「・・・・・・今日、俺の家・・・・・・来たよな?」
だけど、俺の予想は反した。
「い、いいえ?今日はずっとお家にいたわよ。どうかしたの?」
「ッ!」
その言葉を聞き、俺の心臓が激しく動いた。
今にも飛び出してきそうなほどに暴れている。
呼吸も乱れ、乾いてきた汗が再び俺の全身にまとわりつく。
手が震え、今の母親の言葉を否定するかのように、俺の全身が訴えていた。
落ち着け・・・・・・。
落ち着け落ち着け落ち着け!
俺は家族には分からないように深呼吸して呼吸を整え、体の震えを押さえる。
「いや、何でもないよ・・・・・・。それじゃ、正月に」
俺は、振り返って家族の顔を見る事ができず、そのまま家を出てドアを閉めた。
そこまでだった。
俺は結局、また全身が震え始めた。
呼吸は乱れ、汗も出る。
心臓は暴れ、ドクン・・・・・・ドクンと鼓動が直接頭に聞こえている感じがした。
「う、うう・・・・・・うぅ」
俺は自分の手と手を思いっきり握り、何かに祈るような形になっていた。
何故、そのような形になったか知らないが、ただ単純な事だった。
自分を落ち着かせるために。
夢であってほしいと願うために。
この奇妙な恐怖から逃れたいがために・・・・・・。
俺はその手を、長い間離さなかった。
ありがとうございました。
次話もお楽しみにm(__)m