五話 あなたの
五話目になります
神田誠 主人公
前田智 同僚で同い年
山田繁人 同僚で五つ上の先輩
大竹一哉 同僚で先輩。おまじないを勧めた人
「まったく、心配して損したぞ」
「同感です」
前田と山田さんは愚痴をこぼし、オムライスを食べている俺を呆れ顔で見ていた。
あの後、前田に肩をかしてもらい、近くのファミリーレストランで食事をする事になった。
前田と山田さんは軽食で、俺は二人の何倍も食べていた。
多すぎかもしれないが、昨日の夜から何も食べていないため、とてつもなく空腹状態だったのだ。
それにどの料理もとても美味しく、口に入れる度にますます食欲がわき、食べ物が口に入る入るで止まらなかった。
「いやー、でも一時はどうなるかと思いましたよ。なんで急にあんなふうになったのか自分でも知らないんですから。わけがわかりませんでしたよ・・・・・・まったく」
口の中にまだ食べ物が入っているが、それだけは言いたかったので俺は言った。
「言いたいことは全部飲み込んでから言えよ行儀が悪い。それにしても、ほんとに驚いたな・・・・・・。いきなりお前が倒れるんだからな。あれ、本当にわざとじゃないのか?」
山田さんが疑うように俺の顔を見た。
俺は口の中にあるものを全部飲み込んで
「本当にわざとじゃないんですってば!なんか、身体が一気に疲れて、次第になんかその・・・・・・全身の力が抜けちゃってそんで・・・・・・震えてきて、立てなくなったんですよ。変な汗をかいて気持ち悪いし、目の前が歪んで見えちゃうし、わけがわからなかったんですから」
「ふーん、実に興味深い・・・・・・そして怪しい」
「全然信じてないじゃないですか・・・・・・」
結局、俺の言っている事は信じてもらえず肩を落とす。
「なあ、もしかして・・・・・・やっぱりコレのせいじゃね?」
前田が俺の手に指を刺し、自身ありげに言った。
俺と山田さんは少し考えていたが、俺の手のひらに書かれている絵を見て思い出した。
「あー、そういえばそうだったな。すっかり忘れていたよ」
「な?な?やっぱりコレのせいだよ!やばいぞ・・・・・・今回大竹さんが言ったおまじないは本当の本当のマジじゃねえの!」
前田が凄く楽しそうな顔で見ているが、俺と山田さんは「ないない」と、手を振って言った。
「マジかもしれないじゃないですか!」と、前田が言っている最中に、俺は手のひらに書かれている絵を見て、他の人に見られたら恥ずかしいと思いトイレで手を洗う事にした。
トイレには俺一人だった。
手洗い場に行き、蛇口を捻る。
両手を合わせ、水に手をつけ洗おうと思ったとき・・・・・・手が止まった。
改めて自分の手のひらを見返した。
絵というより、紋章とかマンガで見る魔法陣みたいな、よく見ると不気味に感じる絵が、俺の手のひらに書かれている。
自分で書いたのだけれど・・・・・・。
「本当に、コレのせいなのかな・・・・・・」
俺は小さく呟いた。
これで、宝くじが本当に当たったら、コレのおかげなのだろう。
このおまじないの、おかげなのだろう。
大竹さんが教えた、このおまじないの・・・・・・おかげ。
アーメンと口にして宝くじを手にした瞬間、俺の体に異変が起きたのは確かだった。誰が何と言おうと、実際に体験した俺が言うのだから本当だ。昨日の夜から何も食べないでお腹が空いていたけど、あんなタイミングでこんなふうになることは絶対にないと思う。
・・・・・・というか絶対にないだろう。
空腹だけであんな状態にはならない。
今は飯を食べ、空腹を満たし、体調は元通りになった。さっきのあの体調はなんだったのか不思議なくらいだ。
「・・・・・・」
蛇口から出る水の音が、周りが静かなせいかやたら大きく聞こえる。
いろいろ考え事をしていたせいか・・・・・・妙に恐くなり寒気を感じるような錯覚を起こした。
俺は考える事をやめ、振り切るように勢い良く水に手を突っ込み思いっきり洗った。
石鹸で泡を出し、インクを落とし、水で洗い流す。
それをもう一度繰り返す。
もう手についているインクは無いがお構いなしに石鹸をこすり、泡立っている手でまた洗い流す。
またその繰り返し。
何度も何度も、繰り返し手を洗った。
何回繰り返したかわからないが、やっと手を洗うのをやめ、トイレから出て席に戻った。
まだ前田と山田さんは、俺があんな状態になったことを、あのおまじないのせいだとか、そうじゃないとかで言い合っていた。
山田さんは、俺がトイレから戻ってきた事に気付いた。
「じゃあ、神田も戻ってきたしそろそろ行くか」
「そうですね」
山田さんが言い、前田がそれに答え二人席を立った。
それと同時に俺は店員を呼んだ。
店員が俺のとこに駆け寄ってくる。
それを前田と山田さんはただ見ている。
そこで俺は言う。
「すいません、このジャンボパフェ一つ下さい」
「「・・・・・・え、まだ食べるの?」」
前田と山田さんの口から声が漏れた。
三人の間に、俺がパフェを食べ終わるまで変な沈黙が続いていた。
今年のクリスマスはなかなか楽しくて、少し不思議な一日だった。
翌日、俺は午前中まるまる寝ていた。
仕事も年末休みだと言うことで、あの後も前田と山田さんと夜遅くまでボウリングやらカラオケをして遊び、朝方になって帰ってきたのだ。
「今日はたくさん寝よう」
そう思い、熟睡している時に急にたたき起こされた。
誰に?
母親だった。
「ほら誠、起きなさい」
なんの用で来たかはわからないが、母親は俺が寝ている時に勝手にあがりこんでいた。
「んだよ、寝かせろよ」
寝ぼけながら俺は起こされる事に抵抗する。
「こんな天気が良いのに寝て過ごすなんてもったいないわよ。せっかくの休みなんだから、張り切って何かしなさいよ」
「・・・・・・じゃあ張り切って寝る事にするよ」
そして俺は二度寝をする。
母親は俺の毛布を奪い、カーテンをあけた。
外からの日光が俺の眠気を妨げる。
「くそー、何しに来たんだよ」
「ここ最近あんたと連絡とって無かったじゃない?ちょっと心配だったのよ。それに暇だった」
「単に暇だったんだな?」
俺は母親の対応が面倒くさくなり、諦めて起きる事にした。
「じゃあ、とりあえずお茶入れるよ」
俺はキッチンの所に行き、急須にお茶葉を入れお湯を入れる。
十分にお茶を含ませ、茶碗にお茶を入れ、机に置いて母親に渡す。
「はい」
「あら、ありがとう。少しは大人らしくなってきたんじゃないかしら」
「え、そ・・・・・・そうかな?」
「でも、もっと大人らしくなるためには何かが違うのよね」
「え?どこが違うのかな」
少し気になってしまったので聞いてみた。
「んー、そうね・・・・・・あ、わかった!」
「ど、どこどこ?」
「髪!髪が長すぎるのよね。少し切ったら?そしたらもっと格好良くなって、大人らしく見えるはずよ」
「髪か、確かに少し長くなってきたかなと思っていたとこなんだよな・・・・・・」
俺も最近思っていた事だった。
「どうせ今日暇だし、せっかくだから散髪してこよっかな」
そう言って、早速外出するための準備をしようと立ち上がった。
「いや、今日はお母さんがやってあげるよ」
予想外の言葉を言ってきた。
「は?何言っているんだよ。別にいいよ、店でやってくるって」
「良いじゃない良いじゃない!久しぶりにあんたの髪、お母さんに切らせてよ」
「だから別にいいって!だいたい母さんに切らせたら、丸刈りにしかならないし、だから正直言うと、絶対母さんには俺の髪は切らせない!」
その時、異変が起きた。
「・・・・・・あ、あれ?」
急に、目まいが襲ってきた。
方向感覚もわからなくなり、俺の視界の中にある物全てが、二重、三重に見えてきた。
全身の力が抜け、立っていられなくなり、俺はドタンと勢いよく座り込み壁にもたれかかる。
「な、何だよ・・・・・・これ。また・・・・・・」
そう、昨日のクリスマスの時と同じ症状だった。
だけど、今回は少し違っていた。
目まいが襲い、全身の力が抜けて、立てなくなったのは前回と同じだが・・・・・・今回は疲れとか、気持ち悪い汗とかの症状は出ていない。
ただ、眠たくなってきた。
眠気が俺を襲ってくる。
頭も重たくなり、いっそ目を閉じて眠った方が楽になれると思ってしまうほどだった。
急に俺の様子がおかしくなり、母親はどうしているのだろうと思った。
「か・・・・・・母さ・・・・・・・・・・・・ん」
力がうまく入らないが、震えながらも自分の顔を母親の方に向けた。
だけど母親は
「いいじゃないたまには、ちゃんと格好よくするから、お母さんにま・か・せ・て!」
全く気にしていなかった。
気にしてないどころか、気付いてすらいないようにも見えた。
それに、母親の目がなにかおかしかった・・・・・・。
なんて言えばいいのか思いつかないが、言うとすれば・・・・・・瞼が尋常じゃないほどにひらいていて、まん丸になっていた。
ひらきすぎて、今にも目ん玉がこぼれ落ちてしまいそうなほどに・・・・・・。
目には光がなく、瞳孔も開いていて、俺を見ているようで俺を見ていないような感覚。
死んだ目・・・・・・そう、目が死んでいるようだった。
「か、母さ・・・・・・ん?」
おかしい。
絶対におかしい。
母親は、今の俺はどう見えているのだろう。
こんな母親は初めて見た。
怖い。
怖いよ。
なんだよ。
なんなんだよこれ。
何か変だ。
俺・・・・・・どうなるんだよ。
ああ、頭もついにボーっとしてきて、何も考えられなくなってきた。
瞼もだんだん重たくなり、開けられなくなってきた。
もう、駄目だ。
起きて・・・・・・いられない。
母さん、もう・・・・・・寝てしまうけど、頼むから・・・・・・俺の、髪は・・・・・・切らないで・・・・・・くれ・・・・・・。
心の中で最後の悪あがきを言った。
どうせ母親には届いていないのだろう。
だけど、俺は見た。
そして聞いた。
目が閉じる瞬間、母親の口が動いた。
何かを言っている。
それは、確かに聞こえた。
「あなたの代償は頂きました」
そう、確かに言っていた。
母親の口から・・・・・・。
だけど、あの声は・・・・・・母親の声ではなかった。
もの凄く低く、どす黒く、これまでに聞いたことがない声だった。
俺は目を閉じ、目の前は真っ暗になった。
ありがとうございました
次話もお楽しみにm(__)m