三話 前日
三話目になります
月日は流れ、十二月二十四日。
クリスマスイブだが、この日も仕事である。
日が昇りはじめ、まだ薄暗い朝六時半、目覚ましが鳴り起床する。
朝飯は簡単に、ご飯とケチャップをかけた卵焼き、そして俺の大好きなかつおぶしのおつゆ。
このかつおぶしのおつゆがたまらん。かつおぶしの風味とマッチしたさり気なく含まれている醤油の味。
ズズッと一口含み、十分に味を楽しんで、そして飲み込む。ハァッと息をはき、冷えた体が温まる感覚を味わう。
うん、うまい。
「朝はやっぱこれだよな」
朝食を済ませ、朝のお天気アナウンサー橋本カナちゃんの天気予報を見ながらゆっくり仕事着に着替え、朝七時に家を出る。
会社には愛用のバイク、カワサキのニンジャ250で通っている。
時間は七時四十分、予定通り会社に到着。
下っ端は先輩より早めに出勤し、現場に行くためのワゴン車に道具を積めて準備をする。
先輩達は、八時少し前に出勤。
八時に全員集合して、円陣になってラジオ体操をして体をほぐし、現場に向かう。
今日の仕事場は、会社から三十分程度の場所にある今からどんどん建物ができて発展していくだろう、見渡す限り空き地だらけの場所である。
俺は入社一年目の新米なため、まだ自分の仕事はできない。
見習いとして先輩の後ろにつき、仕事の仕方をこの一年間で徹底的に作業の力を身に付ける。
二年目からは自分で動き、少しずつ一人前になっていく。
俺の担当は、大竹さんだった。
「もっと下半身で踏ん張りながら叩け!最初は数回に分けて垂直に叩いて、最後は一回で奥までぶっ刺すんだよ。中途半端にやったら途中で曲がって奥まで刺さらなくなるって何度も言ってるだろ」
「す、すいません」
大竹さんが釘を叩くのがあまいと怒っている。
入社して半年少しが過ぎ、それなりに作業に参加できるようになった俺は、道具運びとか見るだけではなく、こうやって実際に作業をさせてくれるようになっている。
先輩がやっているのを見ると簡単そうに見えるが、実際にやるとびっくり。なかなかうまくいかないものだと痛感した。
釘を板に食い込ませている時に、叩いた衝撃で板と板がずれてしまい思ったようにうまくいかない。
それにやり直しがきかない。
一度刺してしまったため、その釘を抜いてやり直しても、最初に刺した穴を辿ってしまうため、全く意味が無いのだ。
一番大変なのはバランスだ。
建築場は足場が悪い。地上から四、五メートルほどでも上から見ると下からより高く見え、恐怖感がにじみ出る。
風もあり、よりいっそう難しい。そんなところで一日中バランスを保ちながら、釘を打ったり組み立てたりで大変だ。
それに今の季節は冬だ。
ちなみに、仕事の車に付いている温度計を見たら、気温六度と十度をきっていた。
十二月に入り、日に日に寒くなっている。
風が体を通り抜けるたびに体が震える。
ハンマーを叩くたびに手が痺れる。
麻痺した感覚を感じる。
建築業は、大変な仕事だと毎日思い知らされる。
俺は一生懸命頑張っているのだが、固まっているみたいに体が思うように動いてくれない。
仕事をしているのに汗をかかない。
それなのに大竹さんは
「まったく、何回教えたらできるようになるんだよ」
そう言いながらも、たっぷり汗をかいている。
なんで汗かけるんだよ・・・・・・。
「でもまあ、俺はお前を見込んでいるんだぜ。最近の若い奴らはすぐへばっちまうし、すぐ辞めちまうからよ。それに比べちゃ、前田もそうだがお前ももう少しで二年目だ。この一年、よく頑張ったな。どの仕事でもそうだが、最初の一年ってのは一番大変な時期だからな。お前もこれで立派な一人前になれるって事だ!」
「あ、ありがとうございます」
俺は照れながらも、とても嬉しかった。
確かに、この一年は覚える事が多すぎて大変だった。
俺の同期は、俺と前田の他にも二人いて、本当は四人いたのだが二人はこの一年間で辞めてしまった。
前田は、まだ仕事がちゃんとできているって訳ではないが、いつもの明るさで先輩達には毎日可愛がられている。
前田もこの仕事が楽しそうで、毎日頑張っている。
そのおかげでこの一年間を乗り越えられてきたのだろう。
「ところでよ・・・・・・」と、仕事をしながら大竹さんといろんな話をしていたのだが、急に話を変えてきた。
「明日は待ちに待ったクリスマスだな」
「あ、ああ・・・・・・そうですね」
やっぱりその話か。
今日のいつかはこんな話が絶対来ると予想していたのだが、よりにもよって大竹さんと二人の時に話をされるとは・・・・・・。
「なんだよ、やっぱり信用していないんだな?安心しろ!今回は、今回の今回は!絶対に当たるからよ!」
俺が少し嫌な顔をしたのだろう、大竹さんは俺を見てそう言った。
いつもはずしてばかりなのに、何でこんなプラス思考な発言ができるのだろうと、不思議に思ってしまう。
「大丈夫ですよ、信用していますって。だからそんなに熱くならないでくださいよ」
「本当か?」
「本当です」
「一応、信用してくれるんだな?」
「え?あ・・・・・・ああ。もちろんです。信用していますよ」
「よし!」
結局、もっと食い掛かってくるのかと思ったが、大竹さんとはその後、例の話はせず普通に会話をしながら仕事をした。
仕事が終わり、帰り際に大竹さんから「明日、頑張れよ」と言われた。
そう、明日はクリスマス。
宝くじを買う日だ。
「さて、さっさと家に帰って寝よ」
愛用のバイクにまたがり、エンジンをかけようとした時に
「おーい、神田」
誰かに呼びかけられた。
振り返ると、前田と山田さんがいた。
「ん?どうした?」
「お前、明日宝くじ買いに行くんだろ?」と前田。
「ああ、行くよ」
「じゃあ、俺たちと一緒に行こうぜ。どうせクリスマス暇だしよ、宝くじ買う前に適当ブラブラしようぜ」と山田さん。
「ああ、もちろん良いですよ。一人で行くのは心細いですし、助かります」
「オッケー、じゃあ十二時に○×駅前でな」
「わかりました」
「明日楽しみだな!じゃなー」
「じゃあまた明日」
俺は軽く手を振り、前田と山田さんを見送ってからバイクを走らせた。
バイクの快音が町中に響いている中、今の俺はその音がやたら遠く聞こえた。
「・・・・・・」
帰りながらも、俺は考えていた。
もし・・・・・・もしもだ。
もし本当に宝くじが当たったとしたら、それは大竹さんが教えたおまじないのおかげなのだろうか?
でも、もし本当に宝くじが当たったとしても、俺はおまじないを正直信じたくはない。
だってそうじゃないか。
俺は小さい頃から神様を信じていない。
それと同時に、占いとかおまじないとかも信じていない。
そんな長い間信じていなかったのに、ちょっとした遊びのおまじないをして、宝くじが当たって、簡単に心変わりなんてしたくない。
結果的には偶然、そう・・・・・・偶然って言葉で片が付くのだ。
はたまた奇跡って言葉で済むのだ。
それでいいじゃないか。
ちょっとだけ、負けず嫌いな気持ちがあるのかもしれない。
ちょっとだけ、意地を張っているのかもしれない。
ちょっとだけ、馬鹿馬鹿しく思っているのかもしれない。
そこで思った。
本当の本当に信じるにはどんな出来事が起これば、俺は信じるのだろうか・・・・・・。
そんな事を考えているうちに、俺はいつの間にか家に着いていた。
ありがとうございました
次話もお楽しみに♪