二話 おまじない
本編に入ります
十一月二十八日。
そろそろ月の終わりと同時に季節の変わり目でもある。
秋から冬になり、より寒くなる。体は震えるし、肌はカサカサになる。冷え性の俺には人一倍堪える。
寒がりの所為か、暑いのには慣れている。それに動きやすいし、毎日が清々しい。だから夏は大好きだ。
寒い日には建築の仕事はとてもキツイ。体をブルブル震わせ、鉄筋や木材を持ちながら高いところを歩く。下は見ないようにはしているのだが、駄目だとわかっていても見てしまうのが人間、ついつい下を見てしまい体が縮こまってしまう。
高所恐怖症ではないのだが、高いところは怖い。怖いものは怖いのだ。そんな仕事を半年以上続けているのだが、どうも慣れないものである。
今日もなんとか午前中の仕事を終え、昼飯を食べていた時の話だ。
「おまじない・・・・・・ですか?」
「そうだ、おまじないだ」
話を始めたのは、先輩の大竹一哉さん。丸坊主にあごひげで、かなり恐そうな人である。見た目はどこか暴力団にいそうな感じだ。実際そうではなく、激愛の娘をもつ良い一児の父なのだ。
だけど意外にも、占いやおまじないとかが大好きな人でもある。コンビニに並べられている占いとかおまじないの本を見つけると、すぐ手に取り読み始め、気に入ったものを自分の後輩たちに試させるというなかなか厄介な性格だ。
「またですか大竹さん。先週俺にやらせたばっかりじゃないですか」
そう言ってため息をつくのは俺の五つ年上の山田繁人さんである。優しそうな顔をしていて、とてもおおらかな人だ。
「その前は自分ですけどねえ・・・・・・」
続けて言った、短髪でまだ子供っぽさがあるやつが前田智。俺と同い年の同期である。
これまでにも、運命の人と出会うおまじないをやって、いつの間にかチンピラに出会って絡まれたことがあった。山田さんなんて、最近競馬で勝つおまじないをやって、三万負けしたところだ。
だからこの会社の人たちは、大竹さんの手に入れた情報の占いやおまじないを、これっぽっちも信じていない。
俺が、神とやらを信じていないかのように。
「本当だって。これは確かな情報なんだよ!」
大竹さんはやらせる気満々だった。いろいろ言いながら俺たちに説得している時、前田と山田さんはチラッと俺を見た。
「そっか、今回は俺か・・・・・・」
どういう事かと言うと、俺、前田、山田さんの中で大竹さんがこんな事をやらせる時、順番で挑戦するという暗黙の了解ができていた。前回は山田さん、前々回は前田が行った。そこで今回は、俺が挑戦という事になった。
正直やりたくない。
何が起こるかわからないことは誰だってやりたくはないだろう。断りたいけど、大竹さんには逆らえない。だって見た目が怖いもん。
しかし、やるしか選択の余地はないのだ。
「しょうがないですね、自分がやります」
「おお!やってくれるか!」
落ち込み気味になってきた大竹さんの顔が一気に明るくなった。
「それで、なにをすれば良いんですか?」
「まあまあ、落ち着けって。慌てるなって」
落ち着いているし、慌ててないし。
「その前に、今一番近い宝くじはなんだ?」
「えっと、年末ジャンボですか?」
「そうだ。今回は、この年末ジャンボで必ず当たるおまじないを教えてやる!」
「「「おおお!」」」
俺たちは興味が湧いたリアクションをする。前回の山田さんがやった競馬の時も同じリアクションだったのだが、お金という欲望には勝てないのだ。
「ってことは、結果発表の時におまじないをして当てるってことですか?」と前田が質問した。
「いや違うな、おまじないはその日じゃない。宝くじを買う日だ」
「「ふんふん」」
俺とあとの二人も関心しながら聞く。
「そして、宝くじを買う日は・・・・・・」
「買う日は?」
「十二月二十五日。つまり、クリスマスだ」
「おー、クリスマスか」
「そうだ。そして、クリスマスとはそもそも何の日だ?はい、山田」
山田さんは急に指名され少し戸惑うが「えっと、キリストの誕生日ですよね」と答えた。
「イエース。クリスマスはイエス・キリストが誕生した日だ」
「それと宝くじには何の関係があるんですか?」
前田が興味津々な顔で聞いてくる
「そう焦るな。お前の悪い癖だぞ」
「そうだぞ前田、落ち着け落ち着け。今回やるのは俺なんだし」
俺が前田にそう言い、前田は少し気落ちしたみたいだ。
しかし、落ち着けと言ったものの、正直俺が今一番落ち着いてない状況だった。
クリスマス、イエス・キリストが誕生した日。
イエスは、神として称えられている。
キリスト教と言う宗教があり、毎週日曜日に、家族揃って協会で聖書を朗読する習慣があるらしい。隣人を愛しなさいとか、もし隣人が悪い人でも愛せるのかよ。馬鹿じゃねえの。とか言っていた小さい頃を思い出す。
俺はクリスマスを特別な日だと思ってない。
他の人は特別な日だと思い、お祭り騒ぎとまではいかないが街中は大分賑わっている。そんなのはどうでも良い。しかし、カップルがイチャイチャしているのを見ているともの凄くイライラするため、俺はクリスマスの日にはいつも家にいる。
だけどテレビを見ようにも、ニュースや番組でクリスマスクリスマスとうるさいため、結局のところテレビは見ないでゲームをしている。
要するに、俺にとっちゃクリスマスは、必要ない日なのだ。でもそんな日に、俺は産まれて初めて宝くじを買うのか?
神頼みでもしろとでも言うのか?
俺はそう思いながら少し苛立っていた。そうとも知らず、大竹さんは話を進める。
「良いか? じゃあ話すぞ。まず宝くじはクリスマス、つまり十二月二十五日に購入する。これはさっき話したな」
俺は頷く。
「その購入する時に、やっておく事がある」
「当たるためのおまじないですか?」
「そうだな」
「それじゃあさっそく教えて下さいよ」
山田さんも結構興味津々な顔になってきていた。
今回やるのは俺なのに。
「最近は失敗ばっかりだったが今回は一味違うぞ。よく聞いとけよ」
一度も成功してないのだが。
「まず、朝飯と昼飯は一切口にしない」
「・・・・・・えっ?」
「まあ聞け。ちゃんと説明するから」
「あ、はあ」
食事をするのが俺の数少ない楽しみなのに、それを禁止されたことにびっくりしてしまった。
「次に、宝くじを購入するのは夜になってからだ。夜の方が『気』が大きくなるからな」
「質問、『気』ってなんですか?」
山田さんが早速挟んできた。じゃなくて質問してきた。
「気ってのは、簡単に言うと運だ。夜になると『運気』が強くなってくるんだ」
「それで、その運気をどうするんですか?」
また山田さんは興味津々に質問する。
「集めるんだ。集めて体の中に蓄えるんだ。だけど、運気を蓄えるのにも限界がある。その為に体の中を少しでも蓄えられるように、体をできるだけ空の状態にする必要がある。だから、朝飯と昼飯を口にしないようにするんだ。できれば前日の夜食も」
これで疑問は解決したな? と大竹さんが俺に聞く。
「え、はあ」と俺は頷く。・・・・・・え、夜食も?
「そこで、どうやってその運気を集めるのかと言うと・・・・・・」
山田さんに質問される前に、大竹さんは話を進める。
「これだ」
三人の目の前で、胸ポケットにあるボールペンを取り出し、自分の手のひらに絵を書いて見せた。
その絵は、逆さの正五角形だった。その五角形で対角線上に線を引き、逆さの五芒星が出来上がる。その五芒星の中にある正五角形をまた対角線上に線を引き、五芒星が出来上がる。
想像してみたらわかるだろう。
「これを手のひら、足の裏に書く」
「これを、手のひらと足の裏に書くんですか?」
今さっき聞いた事を、確認としてもう一度聞いてみた。
「そうだ。何だ・・・・・・嫌か?」
「嫌ですよそんなの」
俺は即答した。
「足の裏にこれを書くならまだしも、手のひらに書くとなると誰かに見られるじゃないですか」
「手袋着ければ良いだろ」
「あ、確かに」
「これは、なにで書くんですか?」
山田さんが質問した。
「ああ、普通にペンで良いよ。だけど、色はちゃんと黒でだぞ」
「黒以外はだめなんですか?」
「だめって訳じゃないが、赤で書いちゃだめってことだけは言っとく」
「あー、なんか赤はだめっぽいオーラが出まくっていますからね」
前田がのんきにそんなことを言った。
確かに、こんな絵を赤で書いたら異様な雰囲気が出てきそうである。
どうせ何も起こらないけど。
「これで、そのおまじないみたいなのは完了なんですか?」
俺が言おうとした台詞が山田さんに持っていかれた。
「いや、まだ終わりじゃない」
次で最後だと大竹さんが答えた。
「最後は、この蓄えた運気をどうやって使うか教える。使うタイミングは、宝くじを買うときだ」
うんうんと三人は頷く。
「そして宝くじを受け取るときに、この言葉を言ってくれ」
「な、なんて言うんですか?」
「それは・・・・・・」
大竹さんは真面目な顔になり、少し空気が重くなり始めた。きっと、それらしい呪文を唱えるのだろうという期待が、そう感じさせているのだろう。
ドキドキする・・・・・・ドキドキする。そして大竹さんは言った
「アーメン」
「「「・・・・・・」」」
沈黙した。
「・・・・・・だっさ」
前田がつっこんだ。
大竹さんが顔を赤くして前田を痛めつけ始めた。
「大竹さん!お、落ち着いて」
山田さんが大竹さんをとめている。
それを見て俺は少し笑いそうになるのをこらえていた。
「神田、お前も何とかしてくれ!」
まだ怒っている大竹さんを押さえている山田さんが、俺に助けをもとめてきた。俺のこれまでの経験上、大竹さんが怒っている時は興味のある話をすれば良い。
「それにしても大竹さん、今回は結構本格的な感じですね。このおまじないもコンビニにある本から見つけたんですか?」
俺が何とか頭を回転して出てきたしょうもない質問だった。
「あ・・・・・・ああ、まあな」
大竹さんは意外にも急に落ち着き、返事をした。いつもなら、自信満々に「そうだろ!」と胸を張って答えるのに、今日はやたらとひかえめだった。
とりあえず、大竹さんを落ち着かせる事には成功した。
しかし、この時は何も考えていなかった。これが、俺の人生を大きく変える物語の始まりだとは、思いもしなかったのだ。
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