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俺は神を信じない  作者: コハ
17/21

十六話

十六話になります


それからというもの、俺は野口さんを追い出した件で精神的に不安定な状態が悪化したという事になり、家族以外面会謝絶が二ヶ月の予定が五ヶ月に伸びてしまった。大竹さん、前田、山田さん達に会えるのはもう少し先になってしまった。



二ヵ月半が経ち、怪我も徐々に回復してきたとの事で俺はリハビリをする事になった。右足に義足をはめ、両側にある手すりにつかまりながら歩くとの事だった。難しいと思っていたが、想像していたよりはるかに難しい。いや、難しいと言うより大変と言うべきだろう。

義足は義足であって、俺の足ではない。俺の思うように動かないのだ。

左足はなんとか前に出せるが、右足がうまく前に出せない。出したくても、この足は俺の足ではない。

無理矢理前に出そうとすると、バランスを崩し倒れそうになる。倒れないために手すりをつかんでバランスを整えるのだが、手には必要以上に力が入ってしまう。一メートル進むだけでも、かなりきつい作業だ。

一歩一歩歩くたびに、汗が垂れ落ちる。



医者には最初で五メートルを休まないで歩ければ良いと言われたが、とんでもない。二メートルが限界だ。そこからどう進もうが、支えている腕は疲労でふるえ、足も前にだせない。

リハビリが終わればすぐに筋肉痛になった。

すぐにひねくれて、やりたくない、諦めようと思ってしまったが、歩くためにはやらなくてはいけない事だ。俺は頑張った。

それから何日も繰り返しリハビリを続けた。

半月が経った頃、俺はやっと五メートルを歩く事が出来た。ただ歩く事にこんな達成感を感じたのは産まれて初めての事だった。



「やった! よく頑張ったね、誠」



汗びっしょりになった俺に声をかけたのは両親だった。

そう、俺がリハビリを投げ出さず頑張れたのは、毎日欠かさず家事や仕事の合間を縫って見舞いに来てくれる家族のおかげだった。二十一の大人がただ歩くことに家族は必死に応援してくれて、弟も時間があれば来てくれる。俺は感謝の気持ちでいっぱいだった。

これからも毎日リハビリを続け、いつかは歩けるようになり、家に戻って普通に家族と暮らせたら良いなと俺は思う。そんなこと、恥ずかしくて口には出せなかったが、この気持ちは本物だ。

俺の目には光が戻り始めていた。

俺はこの気持ちを一時も忘れず、毎日リハビリを続けた。



「・・・・・・」



だけど、ピタッと止まったかのように家族が見舞いに来なくなった。

最初の一週間は、そんな日もあるだろうと思い、少し心寂しいが黙々とリハビリを続けた。それから二週間、三週間過ぎても家族は見舞いには来てくれなかった。

たまに自分から何となく電話はするものの「今は忙しい」と言い、すぐに電話をきられる。

おかしい。

俺はいろいろ考えたが、思い出したくない事を思い出してしまいそうだったから、振り払うように頭を横に振り、考え事をしないようにリハビリに励んだ。

俺はそれから毎日、一人でリハビリを続けた。



悲劇が起きた。



家族が見舞いに来なくなり、二ヶ月の事だった。

日曜日、俺は家族の事が気になり外出許可を申請した。過剰かもしれないが、自分でもわかるほどに俺の精神は不安定である。情緒不安定とでも言うべきだろうか。それほど、今の俺には家族の支えが必要だと思っている。

医者からは、看護婦の保護者付き、夕方までに戻ることが条件で特別に許可はもらえた。

俺はすぐに支度をすませ病院を出た。実家はタクシーで四、五分ほどの場所にある。

実家に着き、タクシーから降りる。

俺は実家を見渡すと、いつもとなんら変わらない風景なのだが、不思議と嫌な予感が背中を襲う。



「・・・・・・」

「神田さん、歩けますか?」

「あ、はい。大丈夫です」



俺は毎日リハビリを続け、手すりを使わず、壁に手をそえて何メートルも歩けるようにまでなっていた。

今は看護婦から松葉杖を受け取り、それで玄関へと進む。

玄関へ着くと、俺はなんとなくインターホンを鳴らした。実家ならそのまま入ればいいじゃないかと思うが、俺はいち早く背中を漂う嫌な予感を消したかったのだ。

インターホンを鳴らせば母親がすぐに返事をしてドアを開ける。

そう期待していた。



「・・・・・・誰も、出ませんね。お留守でしょうか?」



看護婦の言葉を聞き、俺はドアに鍵がかかっているのか確認した。

ドアノブを回し、引くと、カチャと音と同時にドアが開いた。



「あれ、開いていますね。神田さん、どうかされましたか?」



看護婦が俺を見るとそう聞いてきた。

俺は声が漏れそうなほどに呼吸が荒れ、手が震えていた。嫌な予感はさらに強さを増し、冷たさを感じる。

俺はドアを恐る恐る開いて家の中を見た。



「え、なに・・・・・・これ」



看護婦が言うのも当然だろう。家の中は荒れていたのだ。

玄関から見渡せる廊下の壁には、前回来た時にはなかったはずの傷やへこみが何ヵ所も、それに読めないが文字のようなものをペンで書き殴られている。



「ッ!」

「か、神田さん!」



俺は松葉杖を捨て、土足で乗り込んだ。義足を引きずり、片足で跳んで移動した。向かって右側にある、両親がいるであろうダイニングキッチンへ。



「かあさ・・・・・・ッ!」



部屋は、ここも荒れていた。

椅子やテーブルは倒され、カーテンは破られている。キッチンにある食器はほとんどが取り出され粉々に割れていた。壁には廊下と同様、傷やへこみ、文字が色んな所に殴り書きされている。


そして両親が、首を吊って死んでいた。


窓からは日光がよく入り、両親の姿を、表情をはっきりと俺の目に焼き付かせた。

いつも仕事に行くときのスーツ姿の父親。いつも家事をしている時のエプロン姿の母親。しかし、それにはたくさんの血がついていた。服にも、顔や手にも。瞼は開いていて、目に光がない。まるで全てを諦めたかのような表情をしていた。

俺の口からは声も、息すらも出なかった。



「神田さん、大丈夫ですか? ・・・・・・きゃあああああああああああああああああああああああああ!」



看護婦が叫んでも、俺は両親の姿から目を離すことはなかった。

家の前にはニュースとか刑事ドラマでよく見る黄色いテープが張られ、パトカーが実家の前に何台も停まっていて、警察もたくさんいた。玄関はブルーシートで覆われ、外からは見えないようになっている。

周りには見慣れた近所の人たちが野次馬になって実家を見ていて、少しにらんだ顔でひそひそと喋っていた。

鑑識が現場検証している中、俺は庭で警察から用意されたキャンプなどによく使われる椅子に一人座りこんでいた。



「きみが、神田誠くんだね」



そこで一人の男が俺に声をかけた。

背丈はそれほど高くないが、体はガッシリしているのが服を着ていてもわかる。オールバックでひげを生やし、とても男らしい人だ。



「はい、そうです」

「私はこういうものだ」



そう言い、俺に名詞を渡した。

名前は秋山武あきやまたけし。今回の事件を担当する刑事のようだ。



「今回の事は残念に思う。辛いよな・・・・・・」

「・・・・・・ッ!・・・・・・う、ぅッ!」 



両親のあの姿を思い出し、俺は涙を流した。



「我慢するな。泣きたかったら、泣いていいんだ」

「・・・・・・は、い。あ、あの」

「ああ、心配するな。君の両親はもう、病院に搬送している」

「そう、ですか。良かった」

「それと、これを君に」



そう言うと、秋山は俺にぐしゃぐしゃに丸められた一枚の紙を渡した。



「君の父親が握っていたものだ」



そう聞くと、俺は紙を広げた。



「ッ!」

『誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ誠頑張れ誠生きろ』



この言葉が紙いっぱいに隙間なく殴り書きされていた。何事にも丁寧な父親らしい字ではなく、ぎりぎり読めるほどの荒々しい字だった。

俺は紙を見て身震いした。そして、また涙を流した。

悲しくて、悔しくて。



「う、くぅ・・・・・・」



俺は手で顔を覆う。

秋山さんは俺の肩に手を当て、俺を励ました。



「辛いだろうが、頑張って生きるんだ」

「・・・・・・はい。ッ!」



そして一つ気になることがあった。



「秋山さん!」

「ん、どうした」

「お、弟は!」

「・・・・・・」



弟は自分の部屋で、血だらけになって死んでいたと、秋山から聞いた。

腹部に数えたくもないほどの刺し傷があり、弟のすぐ近くに落ちていた包丁で何度も刺されたのがすぐにわかった。涙のあとがあり、目を開けたままでとても悔しそうな顔をしている。

そんな話を聞き、俺は頭がおかしくなりそうになった。

秋山は「聞かない方がいい」と気にかけてくれたが、俺が無理言って話してくれた。



「何で、こんな事に」



怒りや悔しさが溢れそうになるのを抑え、俺はまた泣きそうになる。この気持ちを誰にぶつければいいかわからなくて、今にも頭が壊れそうな状態だ。



「おそらく、君の弟を殺したのは母親だろう」

「え、母親? な、なんでですか!」

「母親の両手に大量の血液がついていた、君の弟の血だろう。そこにある包丁で何度も刺したと思われる」

「そ、そんな。なんで・・・・・・・・・・・・」

「神田くん、ここは私達に任せて。何かがわかり次第、すぐに連絡するから。君は病院に戻って、リハビリを続けてほしい」

「・・・・・・・・・・・・」



俺は返事をせず、力なくうなずいた。

警察の人に病院まで送ってもらい病室に戻ったが、その日俺は、二か月間休まず続けていたリハビリをせず、病室からも出なかった。




ありがとうございました(^^)/


次話もよろしくおねがいします

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