十五話
十五話になります
「う・・・・・・ん」
俺は何の前触れも無く急に目が覚めた。
なんだか廊下の方が騒がしい。どうやら、一悶着あってうるさくて起きたのだろう。
なんだろう?
気になるが、見に行こうとはそれほど思わないし、どのみち一人では起き上がるのもままならない状態だ。
もう一度寝ようとしたが、よく聞くともめている物音と声がだんだん近づいてくる。
「・・・・・・?」
なんとなくだが、俺は閉まっているドアに注目していた。もしかしたら、俺に用があるのではないかと思ったからだ。
じゃあ誰が?
考えられるのは、大竹さんと前田、山田さんの三人が無理矢理乗り込んで来たぐらいしか思い当たる節がない。
今は家族以外面会謝絶のため、看護婦と少しもめているのだろうか。
なんだか嬉しいような・・・・・・でも、合わせる顔がないのが本音だ。
なんて言えば良いのだろう。どんな顔をして会えばいいのだろう・・・・・・。
そんな事を考えていたが、違っていた。
俺がいる部屋の扉が開き、俺に用があったのは正解だった。
だけど、大竹さん達ではなかった。
二人の看護婦に捕まえられながら無理矢理入室してきた人は、四十代後半と見られる真面目そうな人だった。
前髪は七三で分け、スーツをきちんと着こなし、とても身だしなみの良い人のように見えた。
そんな人が俺を見た途端、急に泣き出した。
「す・・・・・・すいませんでしたああああああああああ!」
そう言って看護婦を振り払い、俺の近くに来て荒々しく土下座をした。
こんな立派な大人が、こんな底に落ちた俺に土下座をしている。
「本当にこの度は、本当に・・・・・・本当に!申し訳ございませんでした!」
その人は、俺に何度も謝り、何度もおでこを地面に叩きつけた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そう言って、俺はその人を止めた。真面目そうな人は俺を見上げる。
俺は気になることを言った。
「あなたは、誰なんですか?」
そう、誰なんだこの人は。なぜ俺にこんなに謝る?
俺は早く、こんな空気を取り除きたかった。なんだか、もの凄く重く感じる。
早く話を聞いて終わらせようと思った。
「す、すいません。私、こういうものです」
そう言い、俺に名詞を渡した。俺はそれを受け取り、名詞を見る。
『○×株式会社△部課長野口正雄』と、書かれていた。
「はあ、まさお・・・・・・さん、ですか?」
「はい・・・・・・この度は、息子が事故を起こし、あなたの、その・・・・・・足が、本当に、申し訳ございませんでした」
「息子?俺と事故にあった・・・・・・人のお父さんだったんですか?」
「・・・・・・はい」
正雄さんは少しずつ落ち着いてきて、話をした。
「私の息子が、仕事で運送をしている最中に居眠り運転をしてしまい、あなたを轢いてしまいました。息子はその場で逮捕され、現在裁判を控えております・・・・・・」
「そ、そうだったんですか」
本当に、この人たちには申し訳ないことをした。
金の欲しさに、欲望に負けておまじないをしたせいで、関係ない人を巻き込んで不幸にしてしまった。
俺は宝くじが当たって五千万円を手に入れたからまだ良いものの、野口さんには・・・・・・何も無い。
無いどころか、失っていく。
息子は刑務所に、お金は慰謝料に、周りからの信頼感はあっという間になくなる。
全てがじわじわと失っていくのだ。
本当に申し訳ないことをした。この人たちに、俺はなんて言えばいいんだ。
すいませんでしたで済むわけが無い。謝れば済む問題じゃない。
どうすればいいんだ。
そんな悩んでいる時に、正雄さんは震えだした。そしてまた、涙を流し始めた。
この先の人生が、どう待ち受けているのかわかっているのだろう。
そして絶望しているのだろう。
俺は何も言えず、ただ俯くままだった。
「すいません。この後もいろいろとやることがあるので、これで失礼します」
「あ、はい。わざわざ・・・・・・ありがとうございます」
そう言って、俺は野口さんを見た。
「・・・・・・最後にもう一度、謝らせてください」
「いや、あの」
そう何度も謝られても、困るのだ。謝られるたびに俺の心に罪悪感がのしかかる。
だけど、そうとも知らずに正雄さんは謝った。
「神田さん、この度は、本当に・・・・・・」
正雄さんは顔を上げ、俺に近づき言った。
「あなたの代償は頂きました」
「・・・・・・・・・・・・ッ!」
正雄さんは少しニヤけた顔で、そう言った。
「・・・・・・ひっ」
俺は、思い出したくない事を思い出した。
「神田さん?」
正雄さんは、俺の驚いて怖れた顔を見ると気にして呼びかけた。
しかし、そんな事はどうでもいい。
「帰・・・・・・れ」
あの、一年前の時の母親と同じ声・・・・・・同じ言葉。
「えっ?」
もの凄く低く、どす黒く、これまでに聞いたことない声。
「神田さん?」
そう、あいつの・・・・・・死神の声。
「帰れって言ってんだろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は病院中に響くであろう大きな声で叫び、野口さんに手元にある枕を叩きつけた。
少しでも動かすと痛かった体が、我を忘れているせいか全く痛くなかった。
「ちょっ、神田さん!落ち着いてください!」
見ていた看護婦が俺を抑えにきた。もう一人の看護婦は正雄さんを病室の外に連れ出した。
「はあ、はあ・・・・・・」
正雄さんが病室から出て見えなくなり、俺は落ち着いた。
「神田さん、大丈夫ですか?」
看護婦が俺に声をかける。
「あっ・・・・・・す、すいません。一人にしてください」
そういうと、看護婦は何も言わず一度頭を下げ病室を出た。
「・・・・・・」
病室が静かになる。
あの声は空耳なんかじゃなかった。
聞こえた。確かに俺は聞いた。
『あなたの代償は頂きました』と・・・・・・。
思い出しただけで、実際その時に聞いた時よりも実感が湧き恐怖を感じる。
鳥肌が立ち、体が震え、気持ち悪い違和感が後ろから体を覆う。
思い出したくもないのに思い出してしまった時のがっかり感はこれまでにないものだった。
俺は両手で頭を抱えこんだ。
「ッ・・・・・・・・・・・・!」
少し痛む体が、俺に生きているという実感を与えていて、それが密かな支えになっていた。
ありがとうございました(´・ω・`)
次話もよろしくお願いします( ..)φメモメモ