十四話
十四話になります
「神田さん、聞こえますか!神田さん!」
「・・・・・・う、ここは」
自分の名前を呼ばれて俺は意識を取り戻した。
「神田さん意識が戻りました!神田さん、大丈夫ですよ。もう少しで病院です!」
右側から顔をのぞかせて俺の名前を呼んでいるのは救急隊員のようだ。
左側には医療器具がずらりと並んでいる。
どうやら救急車の中らしい。
「俺は・・・・・・うっ!」
「動かないで!安静にしてください!」
「は・・・・・・い」
なぜ俺は救急車で運ばれているんだ?
何が起こったんだ?
動こうとすると全身に鋭い痛みがはしりとても動かせる状態ではない。
意識が朦朧としている中、何があったのか思い出そうとする。
「現在、○○市○○交差点で事故の被害にあった神田誠さんを搬送しています。至急応答おねがいします。現在傷病者の状態は―――」
救急隊員の人が病院と連絡をとっているのが聞こえた。
事故?
そうか、俺は事故にあったのか。
なぜ事故にあった?
確か、家から出ないようにしていたけど、いつの間にかバイクに乗っていて。
「・・・・・・ッ!」
思い出した。
気が付いたらバイクに乗っていて、俺は横から来たトラックにはねられたんだ。
あいつが、俺の体を・・・・・・。
「・・・・・・?」
その時、右足に違和感がした。
俺は痛みをこらえながら首を上げ、目線を右足に向けて見た。
「・・・・・・あぁ・・・・・・あああ!」
右足が、無くなっていた。
俺の右足が、膝下から無くなっていた。
「俺の、俺のあ・・・・・・し」
右足に痛みは無かった。麻痺しているからだろう。
しかし、足が無くなっていることに俺は正気でいられなかった。汗をかき、呼吸が乱れ、目が泳ぎ、心臓の鼓動が激しくなる。
今にも吐いてしまいそうな気分だ。
おまじない。神への代償。
俺の足が・・・・・・。
「神田さん、落ち着いてください!もう少しの辛抱です!」
救急隊員の人が呼びかけているが、まったく耳に入らない。
「俺の・・・・・・・・・・・・あし・・・・・・」
体を動かせない俺は、首だけを動かして自分の足を探す。
どこ、どこにある。
「・・・・・・あっ」
足はすぐに見つかった。
医療器具が並ぶ上部の棚に、ビニール袋に包まれて置いてあった。
俺は自分の足を見つけて、ホッとした。安心してはいけない状態なのだが、少し安心した。
俺は体に入っている全身の力を抜き、目を閉じて深呼吸をした。
目を開けた、その時だった。
「・・・・・・ッ!う、うそ・・・・・・だ」
俺の目の前には、俺の足がある。
そしてもう一つ、あいつの・・・・・・死神の手が俺の足を掴んでいた。
救急車のフレームをすり抜け、俺の足を掴んでいる。
「や、やめろ・・・・・・やめてくれ」
あいつには聞こえているのかわからない。それでも言う。
俺は意味も無く、力の無い左手を震えながら少しずつ前に出す。
「神田さん?」
救急隊員が俺に声をかけるが、まったく耳に入らない。
「頼む、頼むから」
俺は泣きそうになりながらも、必死にあいつに声をかける。しかし、そんなことは何も関係無いかのように、あいつはゆっくりと俺の足を持っていく。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は叫んだ。心の奥底から。
だが、あいつは気にも止めない。
そして、あいつの手も俺の足も見えなくなった。
「あ、ああ・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は叫んだ。喉が潰れるほどに大きく。
叫んで・・・・・・叫んだ。
左手は意味も無く前に突き出し、手を精一杯広げた。
「神田さん、落ち着いてください!神田さん!」
救急隊員が俺に呼びかけるが、我を失っている俺の耳にはまったく入らなかった。
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俺は集中治療室に運ばれ、なんとか事は落ち着いた。
医者には幸いにも命に別条は無いと言われたのだが、実際見た目はかなり痛々しい。
骨も数箇所骨折し、打撲、捻挫、痣もでき、全身は包帯で埋め尽くされている状態だ。
それと、病院側からの不可解な点が一つ。俺の右足が、搬送中に紛失したとの事だった。
今もまだ探しているとの事だが、救急隊員は確かに救急車の中に入れたと言っている。
それは俺も認める。
確かに救急車の中にあったのだから。
問題はその後だ。何故俺の右足が無くなったのか、俺は知っている。
あいつに、俺の足は持っていかれたのだ。
あの時の事はあまりのショックで所々覚えていないのだが、その瞬間の事ははっきり覚えている。
でも、正直思い出したくない。
思い出そうとしただけで吐きそうになる。頭も痛くなる。
夢であってほしい。そう何度も思うけど、夢じゃない。これは現実だ。もう、後戻りできないのだ。
俺は、取り返しの付かない事をしてしまったのだ。
今は集中治療室から移動され、個室の病室で横になっている。
あの事故から二日目、つまり今日は一月一日になる。
もう年は明け、昼になる。
あの後、俺はショックのあまりにまた意識を失い、丸一日寝たままの状態だったらしい。
目を覚ますと、家族がいた。
母親、父さん、弟。
ああ、生きていると実感した瞬間だった。
母親は、俺が寝ている時もずっと泣いていたのだろう。目は真っ赤になっていた。
父さんは、ずっと我慢していたのだろう。俺が目を覚ましたのをわかって、急に泣き出した。
弟は悔しくも泣いていなかった。だけど、顔を見ればもの凄く心配していたのがわかる。
俺は良い家族を持ったなと心から思った瞬間だった。
だけど、悔しくも俺の目は死んでいた。鏡を見ないでもわかるくらいに、自分の目は死んでいた。
俺の心はぼろぼろになっていたのだ。
自業自得なために誰も責められず、自分自身に怒りを感じたしまい余計に自分の心を傷つけてしまう。
立ち直れるようになるのはまだまだ先の話。
精神的に病んでいるのが医者にはわかったのだろう。家族以外面会謝絶になっていた。
聞くと大竹さん、前田、山田さんの三人、会社の先輩達も見舞いに来たが帰してしまったらしい。
前田とは、初詣に行く約束したのに行けなかった。悪い事をしたな。
会ったら・・・・・・謝らないとな。
それに、もう一人謝らなければならない人がいた。
俺を轢いた運転手だ。
聞けば、運転手は俺の年二つ上らしい。居眠り運転で事故を起こしてしまったという話だが、この事故はあいつの仕業だ。
俺は、あの運転手を巻き込んでしまったのだ。
きっと、仕事熱心だったのだろう。
きっと、これから家族を持ち、幸せな家庭を築いていくはずだったのだろう。
それを俺が壊してしまったのだ。
本当に、申し訳ないことをしてしまった。
「・・・・・・」
一人でそんなことを考えている時に、両親が見舞いに来てくれた。弟は部活に行ったらしい。
「誠、気分はどうだ?」
「あまり良くないよ」
父さんの言葉に俺は答えた。
「だろうな。そうだろうと思って、さっきお前の家に行ったんだ」
「・・・・・・うん」
「そこで、こんなのを見つけたんだ」
父さんはカバンからそれを取り出して俺に見せた。
「これは、宝くじ・・・・・・」
そういえば、すっかり忘れていた。この宝くじを買うとき、あのおまじないをしたから俺はこんな目にあってしまったのに。
「それでな、今日当選発表だろ?さっき確認したんだけど・・・・・・」
「・・・・・・」
「なんと・・・・・・」
「・・・・・・」
「当たったんだよ!二等の五千万!五千万だぞ、やったじゃないか誠!」
「ごせん・・・・・・まん」
「そうよ誠、おめでとう。あなたは我が家のヒーローよ!」
「ヒー・・・・・・ロー。はは・・・・・・」
違う、やめてくれ。俺はそんなことを言われていい人間じゃない。
俺は最低な人間だ。
その宝くじを当てたのは、俺の力じゃない。
誰かも知らない人を犠牲にしてしまったんだ。誰かも知らない人を巻き込んでしまったんだ。
ただ、お金の欲しさにこんな取り返しの付かない代償まで払ってしまった。どんな事を言われてもしょうがない。
俺は、俺は・・・・・・・・・・・・。
そんな事を考えている間に、両親は帰ってしまった。また、俺の周りに沈黙の空気が漂いはじめた。
「・・・・・・」
俺は無言になる。
ずっと、俯いたまま俺はまた考え事をする。
この後、俺はどうやって生きていくのだろう。
俺の右足は無くなった。
やっと一人前になった仕事はもう出来ないのだろう。
もう、二度と・・・・・・。
義足を着け、周りからは障害者扱いされる。周りからは、障害者が世話をされているのを見てもあまり気にしないと思う。
だが、俺は思った。
実際、自分が世話をされていて、それを他の人に見られていたらどう感じる?
俺はきっと、凄く恥らうだろう・・・・・・。
前まで何不自由なく過ごしていた人が、突然世話をされているのを見られて、普通でいられるわけがない。そんな環境に慣れるまで、俺のプライドは少しずつ傷ついていくのだろう。
俺はそう思う。
そんな視線に慣れるには相当の時間が必要だろう。
長い長い時間が・・・・・・。
何ヶ月、何年かかるだろうと思うと先が思いやられる。
その前にも、義足に慣れるためにリハビリも必要になる。それも付け加えると、ますます大変になる。
なんだか、考えているだけでキツく感じてきた。
覚悟・・・・・・しないとな。
「・・・・・・」
何故だろう、急に眠くなってきた。
疲れているのだろうか。
別に抵抗するつもりは無い。今は何も重圧感はない。
ぐっすり・・・・・・寝て良いのだ。
俺はそのまま、ゆっくり目を閉じ眠りについた。
ありがとうございました( ..)φメモメモ
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