十三話
十三話になります
きっと疲れていたのだろう、その日の夜はぐっすり眠れた。
前田と別れてからは歩いて帰れる気力が無かったため、タクシーをひろって帰宅し、家に着いてからは何をする事もなく敷きっぱなしの布団に倒れ込むように横になった。
目を閉じてからは、何かを考えるよりも早く俺は眠りについた。
外から漏れる光で俺は目を覚まし体を起こす。
時間は確認していないが、外の明るさで午後をまわっているのなんとなくわかる。
枕元に置いていたスマホを見ると、前田から連絡があった。
『体調は大丈夫か?新年に神社行こうぜ!山田さんも俺から誘っとくよ』
俺は読み返す事もなく、少しの間ただその画面を見ていた。
「新年・・・・・・か」
はたして、俺は新年まで無事でいられるのだろうか。
このメールを見た途端、急に背筋が凍るのを感じた。
一瞬、フラッシュバックのようにあの時見たものを思い出す。
「死神・・・・・・」
口にするだけでも恐ろしく感じる。
俺はそれを見るまで、代償なんて軽いものだと思っていた。
前田の言ったあの言葉を思い出す。
『たとえば、代償の価値・・・・・・とか』
髪以上の価値なんて、そんなのはたくさんある。
腕や足・・・・・・そして臓器。
髪なんて、今思えばまた生えてくる。
でも、それ以外はどうだ・・・・・・戻らないのだ。
代償で取られたら、もう戻ってこない。
「・・・・・・嫌だ」
取り返しが付かないのだ。
「嫌だ嫌だ」
あいつが、代償を取りに来る・・・・・・俺のところに。
「ああああああああ!」
頭が変になりそうになり、何かを振り払うように俺は叫んだ。
周りの事なんて何も思わず。
自分の事だけしか考えず。
「ふう・・・・・・ふう」
乱れた呼吸を整える。
取り返しのつかない事をしたと、今さらになって後悔する。
だけど、もう遅いのだ。
なら、俺は決めた。
「取られてたまるか」
代償なんて渡すものか。
俺は代償を取られず、宝くじを当てて儲けてやる!
死神にやられてたまるか。
だいたい、死神って何だよ。神はいないんだよ!
神とか信じている奴なんて馬鹿じゃねぇの。
この世界は科学で証明できるんだよ!。
「・・・・・・」
意地を張っているだけかもしれない。
頑固なだけかもしれない。
何故、自分はこんな暴言を吐いてしまっているのかわからない・・・・・・。
きっと弱音を吐いたら、あいつはすぐに隙を狙って代償を取りにくるかもしれないからだろう。
一瞬でも、弱音は見せられない。
神を、神様を信じている方・・・・・・すいません。
許してください。耐え切れないのです。
あいつが、死神が・・・・・・すぐ近くで俺をずっと見ていて『取るぞ・・・・・・取るぞ』と圧力を押しつけているようで、怖くて怖くて、耐えられない。
心の中では謝罪をしているのに、口では暴言を吐きまくっている。
自分でもよくわからないが、こうしてないと頭が変になりそうになる。
家から飛び出して、気を紛らわすために走りたい。
全力で・・・・・・何も考えずに。
でも、今外に出ればあいつの思うつぼだと思う。だから一番安全である家からは出られない。
仕事は年末休みまで有休を使おう。そしたら次の仕事は来年になる。
年をこせばあいつも諦めるだろう。それまでの辛抱だ。
新年まで、俺は家から出ない。
一年前の事を考えると、誰も家には入れられない。
とりあえず玄関の鍵、窓、カーテンを全て閉めた。
食料は幸いにもたくさんある。
十二月二十六日。
俺は、新年までの六日間、家を出ない事を決心する。
・
・
・
・
・
四日が過ぎた。
十二月三十日午前九時ちょうど。新年まであと二日となった。
この四日間、今のところは何も起きていない。
何も起きていないのだが・・・・・・疲れるのだ。
体が鈍らないために家の中で運動していたわけではない。
逆に何もしてないのだ。
家の中で四日間、何もせず、誰とも話をせず、テレビを見るだけの日々がどれだけ苦痛か深く感じた。
何もしないで過ごすのが疲れるなんて、こんな体験は初めてだった。
時間の間隔もずれ始め、夜中から今まで起きっぱなしだ。
もちろん何もしてない。
ただ・・・・・・眠れないのだ。
疲れているのに眠れないというのも、初めての体験だった。
引きこもりの人たちはこんな状態や環境で過ごしているのかと思うと、逆に関心に値する。
俺は横になっていた体を起こして立った。
別に何かをするわけじゃない。ただ何となく立ったのだ。
無言で、家の中をウロウロする。
カーテンは閉じっぱなしで電気もつけてないため、家の中は薄暗い。
ちなみに昨日から、鏡で少しずつ伸びてきている自分のひげを見てさわるのが良い時間つぶしになっている。
最初は、鏡を見るとすぐ後ろにあいつがいると思うととても見られなかったのだが、一度見てみていないと安心してからは鏡を見られるようになった。
今日もひげをさわると、昨日よりだいぶ伸びていた。
四日間剃らなかったらこんなに伸びるんだと思った。
その後も、俺はずっと自分のひげをさわり続けた。
何も考えず、ひげを触っている指の感触をあじわいながら時間だけがゆっくり過ぎてゆく。
ふとお腹が空腹を訴え、俺はひげを触るのをやめて朝飯を作る事にした。
とは言っても、カップラーメンなのだが・・・・・・。
台所は洗われていない皿とか、ゴミだらけで汚い。
俺は無表情で荒々しくどかしてスペースをつくり、そこにカップラーメンを置き、お湯を沸かし朝飯を作った。
カップラーメンを黙々と食べる。
ズルズル、ズルズルと食べている音が静かな家中に響き渡る。
「ふぅ」
食べ終わり、最後の汁を飲み干して息を吐く。
そしてそのまま仰向けに倒れこんだ。
「・・・・・・」
この四日間、ずっとこんな感じだから考え事をする機会が多すぎて、考えるのが面倒くさくなってきていた。
最初の一日目はいろいろ考えることがあったのだが、二日目からはもう考えることが無くなっていた。
考え事を探しても全然見つからず、なんで見つからないのだろうと考え、結局見つからないから考えるのをやめる。
最近はずっとこの調子だ。
「・・・・・・はあ」
ため息をはき、ふと目を閉じた。
目を開けたときには、もう外は暗くなっていた。
「ん・・・・・・寝ちゃったのか」
なんだか・・・・・・やたらと肌寒い。
「・・・・・・・・・・・・え?」
バイクのエンジン音が聞こえる。
「な・・・・・・なんで・・・・・・」
『なんで俺はバイクに乗っているんだ』
なぜ・・・・・・なぜ俺は外に出てバイクに乗っているのだ?
驚きより、俺は混乱していた。
「か・・・・・・」
だけど、俺はもう一つの事に気付き俺は絶望した。
「体が・・・・・・動かなッ!」
体が動かないのだ。
寝ぼけているわけじゃない。意識ははっきりしている。
だけど体がいうことをきかない。
まるで、体が誰かに乗っ取られているように・・・・・・。
「・・・・・・ッ!」
そして俺は気付いた。
誰が俺の体を乗っ取っているのか。
だが、もう遅かった・・・・・・気付いてからじゃ遅かったのだ。
あいつはずっと家の中にいた。
あいつはずっと・・・・・・すぐ後ろにいたのだ。
俺は、どう足掻いても逃げ切れなかったのだ。
あいつから、代償を取りに来るあいつから・・・・・・。
「・・・・・・死・・・・・・・・・・・・神」
交差点で、横からトラックが来た。
俺には叫ぶ暇も与えられなかった。
ブレーキ音がとてもうるさく聞こえた。
ヘッドライトが、やたら眩しかった・・・・・・。
ありがとうございました
次話もお楽しみにm(__)m