居酒屋にいって顔が可愛い奴はだいたい絡まれる
「レナントロジー国担当ギルドへようこそー!!」
緑をベースにしている服のギルド職員一名が、笑顔とお辞儀でニーナ達を出迎える。
「おほー、なかなか、うんうん」
天汰は何故か頷いている、大和も手を合わせて拝んでいる。出迎えてくれた人が結構可愛いメガネっ娘だったのと二人の行動関係はきっと関係ないだろう。
「なんか知らんけど、メイド喫茶ってこんな感じだと思う」
あの後、入国審査に合格したキャラバン『クナスナイル』はあらかじめニーナが予約していたホテルに入り、ギルド加入組+黒石もここにやってきた。異世界組は鈴木以外合流できたのである。
「身分証明書をお持ちですか?」
ギルド嬢は笑顔のまま聞いた。
「これを」
ジルが分厚いファイルを差し出す」
「キャラバン『クナスナイル』様ですね、確認のために時間を取ります、ホールにて少々お待ちください」
ジルからファイルをうけとり、ギルド嬢は奥を示した。
奥に進むと木製の大きな机と椅子が四、五個の島を作っている。そこには何名かの人かいて、談笑していたり、飲み食いをしている。大雑把に二、三十人ほどいるが、一際目立っている島があった。
「関わるな」
誰かが何かを言う前に、ジルは一言皆を制した。
空いている隅の方のテーブルに移動して、そこに陣取る。
「なんだか、居酒屋みたいな雰囲気ですね」
クラリアが言う、少しだけ嬉しそうだ。
「クラリアさん、居酒屋に行ったことあるんですか?」
大和が聞くと、
「敬語はやめてください」
クラリアは苦笑いだ。学年で言えばクラリアは大和達よりも一つ下だ。年上からの敬語は慣れないのかもしれない。
「まあ、飲んだことはありませんが、補導・粛正のために立ち寄ったことはあります」
十手を手に取ってクラリアはそう返す。
「粛正って、クラリアちゃん……」
天汰も苦笑い。
「いえ、最初から暴力に頼っているわけではないですよ? ちゃんと話し合いからやろうと私は努力しています。けど、まあ顔を見られたらいきなり殴られそうになるんですけどね……」
「オウ、バイオレンス」
天汰はクラリアの世界にそんな印象を抱いた。
「あれ、そういえば鈴木くんは?」
今更のように黒石が思い出す。
「あの子は、勝手にいなくなっていたわ、だから私たちが捜すことはないし、あの子が私たちを見つけない限り合流することもないわ」
ニーナは冷たく言い切る。
「それでいいですよね、団長?」
「アァ、俺は最初にそう言っていた、特にコッチから捜すことはしねぇよ」
ジルがそういったところで、先ほどのギルド嬢がやってきた。
「えー、『クナスナイル』様ー、確認が取れました。今回はどのような要件でしょうか」
「アァ、更新と新規登録をお願いしたい」
ジルが答える。
「はい! では、本人確認等ありますので、皆さんあちらへどうぞ」
ギルド嬢は受付へと促す。
「あ、悪いけど黒石君はまだ登録できないわ」
ニーナが思い出したように言う。
「うん、まあ……はい、そうですよね」
まだ魔法が使えない黒石は、冒険者になるには能力が足りない。
「悪いけどしばらくここで待っていて? 更新はそんなに時間かからないからすぐ戻ってくるわ」
「変なのに絡まれるなよー」
大和が冗談っぽく言うが、ホールの中に一組そんな感じの奴らがいるので黒石には冗談ごとではない。
「誰か一緒に残って――――」
黒石の一言はジルの「お前ら! 早くきやがれ!」といった声にかき消された。
「じゃあまた後でね」
残っていたニーナ、大和も行ってしまった」
「あ……行っちゃった。一人は何か不安だな」
黒石が不安になっている中、ホールの中にいる、ジルらに『変なの』と勝手に認定された人たちは意外と深刻な状況に立たされていた。
(そろそろマズいですわね……)
彼女の名前はキリシキ・スフィア。金髪のツインテールと、赤いパーティードレスのような華やかな服を着ている。三人の従者を引き連れていて、それらを見合わせて彼女がそれなりに高い身分だということがわかる。
「こらソフィー、テメェ肉多く取り過ぎだろう!」
「ガレアさんあんまり働かないから食べる量少なくてもいいじゃないですか」
「お前ら、人の目があるところで騒ぐなとあれほど――」
「「スキ有り!!」」
「ノオォォォォ!?」
「…………アナタ達、他の人の迷惑になるでしょう」
スフィアが言ったその瞬間、
「「「スキ有り!!」」」
ソフィー、ガレア、イデオの三人は主であるスフィアの皿目掛けてフォークを刺し伸ばした。
「……そう、アナタ達はそんなに死にたいのね?」
ぐらり、とスフィアが揺れる、従者たち三人は(あ、これ本気で怒っているやつだ)と理解する。
「お、お嬢様、落ち着いてください!」
ソフィーは十代後半の女性メイド、スフィアの世話係をしている。従者歴は四年、スフィアと歳が近く、男性にはできない相談などもできる良き友でもある。
「もとはと言えば、ガレアさんが大食らいだからいけないんです!」
「げぇ! なんで俺!?」
ガレアは二十台ほどの青年のボディーガード、スフィアの幼い頃から仕えており、従者歴は十二年。
「俺が悪いっていうなら、イデオさんだってお嬢の皿にフォーク向けましたよね?」
「お馬鹿、あれはそういう流れだったでしょう」
イデオはスフィアの生活全般を支える完全瀟洒な執事。従者歴は一番長く十九年、スフィアが生まれたその日から仕えている。スフィアの理解者であり、親兄弟よりも近い存在である。
「もし私が悪いと仰るなら、あそこに座っている青年も一緒に巻き込みますよ?」
イデオは一人で座っている見知らぬ青年――黒石を指さして主を脅した。本来主に対してこの態度はあり得ないのだが、十九年も一緒にいるとどうしてもこうなってしまう。仕方がないのだ。
そしてその主であるスフィアの反応だが、
「全員まとめて相手にしてやる!」
スフィアにはそんなこと関係なかった。空になってしまった皿を従者たちに投げつけた。
所変わって鈴木は二時間に及ぶ交渉の末、なんとか持ち金の中で一人奴隷を買うことができた。
服が霊にもよってボロボロの布きれのようなものだったので、とりあえず自分が着ていたジャケットを着せて表道に出た。
あまりお金を使いたくはなかったので、鎖等のオプションアイテムは一切買わなかった。
「…………」
(なんかスゲー睨まれているな……逆にそれもいいけど。いや、そうじゃなくて、これからどうしようかなー、ジルさんとかになんて言おう、ほとんど何も考えずにやっちゃったもんなー、ま、何はともあれ……)
鈴木は買ったばかりの奴隷少女に聞く。
「ねえ君、あの闇市ってなんなの?」
「…………」
「男ばかりの奴隷の中で一人だけ君みたいな女の子がいた理由は分からないけど、いろいろ教えてくれたらあの闇市ぶっ壊せるよ」
「……あなたに戦える力があるとは思えない」
奴隷少女は、警戒と観察の目で鈴木を睨む。布きれのような服を着ていただけに、肌や髪もボロボロカサカサ、肩まである黒髪は、手入れすれば光るな、と鈴木は全く関係ないことを思う。
「俺にはね。確かに折角異世界に来たのにチート能力もボーナスステータスもまったくない。でも今、ギルドに俺の仲間がいる。そいつらに頼んであの場にいた他の人を助けることができる、ついでに金も回収できる」
「?」
少女は半分くらい何を言っているのか分からないという表情になるが、鈴木が説明をすることはない。
そんな感じで奴隷少女をだまくらかして丸め込み、道行く人にギルドの場所を聞きながらなんとかギルドに着いたのだが……。