出先で親とはぐれた子供は見つけてくれた親に対してはぐれないでよねって思うよね
初戦闘の一日後、キャラバン『クナスナイル』の一行は走らせる馬車の向こう、地平線上に目的地をとらえた、あそこが次の目的地、レナントロジーだ。
黒石が目を覚ますと、キャラバンの人達がいつも以上に慌ただしくしていた。
(あれ、馬車が停車してる……?)
毛布替わりの何かの動物の毛皮をどかして、馬車後方に置いてある靴を履いてから馬車から跳び下りる。
外に出てみると『クナスナイル』の乗員が停車している馬車の間を行ったり来たりして荷物を運んでいる姿を確認できた。
黒石は近くを通った荷物を運んでいる人を呼び止める。
「あの……」
「ん、ああ、異世界人の――――えー、黒石!」
黒石が呼び止めた人――頭にオオカミのような三角で灰色の耳が付いている。動物的な容姿が特徴の獣人といわれている種族だ――は、一瞬誰だっけという顔をしたが、すぐに黒石のことを思い出せたようだ。
「どうした」
「あの、今、何をしてるんですか?」
「今か? 今は入国のための準備で、レナントロジーで売るための物を整理しているんだ。レナントロジーはもうしばらくすると物凄く暑くなるからな、だから乾肉なんかの保存食が売れるんだよ」
「へえ……あ、僕も手伝います!」
「そいつは助かる。今、入国手続きのために何人か先に行っているんだよ、レナントロジーは入国手続きが面倒で時間がかかるからな、丁度人手が足りなかったんだよ」
獣人族の男は嬉しそうに言う。
「君の友達も、先に行っているはずだ」
「え」
「さて、じゃあ荷物だけど――――」
黒石は留守番組だった。
正方形の小さな石板を敷き詰めた石畳の道は、全体的に少し濡れていて少し滑りやすい。きっと道端に流れる水路の水がどこからか漏れて染み出たものなのだろう。所々場所によっては苔が生えている場所もあり、見るからに転びそうだ。近寄りたくない。
鈴木は、その石畳の道を転倒しないように歩いていた。
(…………うーん……アカン、これ完全に迷子だわ…………)
鈴木が迷子になる少し前。
『クナスナイル』の冒険者は現在六人いる。六人全員がキャラバンを離れるわけにはいかないので、その内の三人と黒石を除く異世界組四人の合計七人が先に入国審査を受けていた。
「この、先に入国する理由とは一体何なのでしょうか」
クラリアが疑問を口にする。
「さっきニーナさんが団体入国審査には時間がかかるし、個別入国で先に入ってホテルの部屋をとったりしたいって言ってたよ」
大和が答える。
「成る程」
「あとは、俺らに長くこの国を見てほしい、とか?」
鈴木が自分の推測を言ってみる。
しばらく待っていると、入国管理所からニーナ達がやってきた。
「みんなおまたせ、ごめんね、私達は武器の持ち込みとかギルド記録証明書とか審査内容が多くてちょっと待たせちゃったね」
ニーナの後ろにはジルと、ソルジェ・リケルというハンターの男がいる。キャラバンのメンバーだ。
リケルは赤茶色のボサボサな髪で、顎には無精髭を生やしている。前髪は目元まで伸びていて完全に目を隠している。巨大な剣を背負っており、一番『らしい』雰囲気がでている。
「ニーナ」
ジルがニーナを呼ぶ。
「俺はキャラバンの入国審査を、リケルはギルドに受け付けに行く。その間、そいつらに適当に国の説明と案内とホテルの予約を頼めるか?」
ニーナは少し考え、
「うーん、そうですねー、まあ私が適任か。分かりました、任せてください。二人一部屋でいいですよね?」
「アァ、それでいい。オイガキども、くれぐれも迷子になるなよ、もしそうなっても誰も捜しにこないし、時間内に戻ってこなければそのまま置いて行くからな」
『はーい』(一名、空返事)
「お前のことを一番言っているんだよ、鈴木」
「嫌ですねー、どうして俺がそんな謂れを受けるのか」
鈴木はわざとらしく肩と手を上げる。
「まあいい、余計なこと際しなければ俺は何も言わん」
ジルはほとんど無意識にため息をついた。
「ニーナ、じゃあ任せた」
ジルは先ほど出てきた入国管理所に戻っていた。
(ああ、これはニーナさんに全投げしましたね)
クラリアは内心でクスクスと笑った。
「…………頑張れ」
リケルも一言だけ言って去って行った。おそらく『ギルド』というところに向かったのだろう。
(リケルさんさりげなくイケボじゃん)
どうでもいいことだが、大和はそんなことを思った。
「――――じゃあ、みんな行こうか」
ニーナ達一行は徒歩二十分ほど歩いた。
「レナントロジーは連邦の中では小さな国でね、それに独自の国兵も持たない比較的平和な国なの」
歩きついでにニーナは国の説明をする。
「平和、ですか」
クラリアはどうも釈然としないようだ。
「あ、決してなんにも問題がないっていうことではないのよ、今のは他国との問題がないってこと、一つだけ大きな国内問題があるんだけど、まあそれは私たちがどうこうできる問題でもないし、気にしなくてもいいわ」
「そうですか」
クラリアは釈然としない気持ちを無理やり割り切る。
「ニーナさん、質問いいですか? ギルドって多分冒険者の集まりというか、組合だと思うんですけど……」
天太が遠慮勝ちに発言する。
「そうよ、各地に点在する冒険者のほとんどがギルドに加入しているわ」
「さっき、リケルさんがギルドに行くって言ってましたが、ギルドにいる人は国兵じゃないんですか?」
「いいえ、違うわ。確かにレナントロジーにギルドはあるけれど、ギルドは独立組織よ、場所を借りているだけ。もちろん、各国とはもう切っても切れないような深い関係にあるのは事実なんだけどね」
「ギルドって何をする場所なんですか?」
次は大和の質問。
「まずね、冒険者っていうのが個人営業なんだけど――」
ニーナの説明にクラリアが割って入る。
「個人営業なら、冒険者の主な収入源ってどのようなものになるのですか?」
割って入られたニーナは嫌ながおひとつせずに答えを返す。
「あー、そうね……ギルドの説明よりもまず冒険者の説明から話した方がいいかしらね」
「スイマセン」
「いいのよ、気にしないで。まずね、冒険者っていうのは自称なの。だから、冒険者になるのは誰にでもなれるわ、でも、それじゃ冒険者の質とでもいえばいいのかしら、それがバラバラで、もし……こういう言い方は失礼だけど、弱い人が身の丈に合わないことをして死んだりしたら可哀想でしょ?」
「まあ確かに、目も当てられないですね」
天太が同意する。
「だったり、以来の管理不足からの冒険者同士のトラブルだったり色々と問題があったの。それをどうにかしようと立てられたのがギルド。創設者はキリシキ・ヒスイっていう昔の冒険者よ。次に、ギルドだけど、ギルドの役割から言おうかしら。ギルド加入した冒険者にはランクとクラスが割り当てられるわ。自分のレベルと大雑把な役割のことね。ランクはAからEまであって、Aに近いほど高いレベルを持っていると言えるわ、基準としてEランクは一般人と同じくらい、私や兄さんなんかがCランク、ジルさんが最近Bランクになったわ」
「俺らって、ランクどれくらいありますかね」
「天太くんと大和くんはまだDランクかしら、でもこれからまだ伸びそうよね。クラリアちゃんは下手するとCランクあるかもね」
鈴木はカウントされなかった。
「ランク制度のおかげでみんな身の丈に合ったクエストを受けれるようになってからは死亡事故も大分減ったわ」
「無くなったわけではないんですね」
クラリアが呟くように言う。
「そうね……やっぱりギルドでいくら安全策を講じても冒険者には危険が付き纏うわ、誰にでも、平等にね」
ニーナは目を伏せる。きっと、キャラバン内でも過去に誰かが亡くなったことがあるのかもしれない。
「ちょっと湿っぽくなったわ、ごめんね。えっと、危険が付き纏うと言っても、昔と比べれば大分ましよ、そのためのランク制度だもんね」
「ニーナさん、さっき言っていたクラスっていうのは?」
大和の質問にニーナは快く答える。
「私なら白魔法使い、アナタたちなら侍とナイトね、クラリアちゃんは柔軟な戦士かしら。個人個人の戦い方の傾向、役割をギルド側が大雑把にいくつかのくくりに分けているの。これでパーティーのバランスがクラスをみると一目でわかる訳、これも事後帽子に一役買っているわ。あ、パーティーというのは――――」
「それくらい俺らにもわかりますよ」
やや苦笑しててんたは言った。
「そ、そう?」
あまりにも基本的(一般的)なことを口走ってしまい、ニーナは思わず顔を赤くした。少しだけ。
「え、えっと、そうクラス! クラスは野良の冒険者同士がパーティーを組む相手を見つけるのにも役立っているわ。……野良の意味は分かる?」
先ほどの失敗を防ぐためか、説明の前に一応聞いてみる。
答えたのはクラリアだ。
「ギルドには加入しているものの、私達のキャラバンのように特定の組織に入っていない冒険者の総称、であっていますか?」
「そうね、その考え方であっているわ」
ニーナは足を止める。止めた先は大きな石つくりの建設物、ちょっとしたレンガの城のように見えなくもない。
「着いたわ! ここが私たちが宿泊するホテルよ」
先頭を歩いていたニーナが両手を広げて振り返る。
振り返って、凍り付く。
みんな「おお」だの「デケェ!」だの無言で目を丸くするだの三者三様の反応を見せる。三者三様、三人が三人の反応を見せている。
さて、さっきから鈴木は何故会話に参加していなかったのか、それは参加しなかったのではなく、そもそも会話の場所にいなかったのだ。
鈴木は一行の後ろの方にいた。みんなが会話に夢中になっていたあの時なら、歩幅を小さくする等の簡単なことで一行から離れる(実際にはニーナ達の方が鈴木から離れて行っている)のだ。
ここにきて、ニーナ以外の三人も鈴木の姿が見えなくなっていることに気が付く。
「あれ、すーさんは?」
「え? あれ」
みんなはキョロキョロとあたりを見渡すがもう遅い。
ニーナは、ギリッと歯を鳴らす。
「あんのォ問題児が!!」
ニーナはここ数年ぶりに、身内に対してキレたのだった。