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異世界冒険記  作者: 九重九十九
レナントロジー国編
6/69

戦闘は参加しないと経験値がもらえないので無理やり参加します

 鈴木は停止した馬車の中で、ここ数日でクナスナイルについてわかったことをいくつか思い出しながら確認してみる。

(馬車は合計七台、先導一台、荷物車四台、乗員車が二台と、先導車と乗員車で荷物車を囲むように移動していると)

 気怠そうに一度伸びをし、馬車後方から外へと跳び下りる。

 地面は芝生が生えているのだが、その一面が水で濡れていて、ビチャッと水音がはねた。

「うげ、靴ぬれた……」

 いやな顔をして、足をぷらぷらして水を切るが、もう靴に水が浸透してしまった。もう仕方がないと割り切って、鈴木は周辺を散策する。

(今の乗員が俺らを含めて十九人、俺らが入ったせいで一気に人数が増えたようでなんだか申し訳ない)

 食料は元々多めにあったようなので、キャラバン全員が空腹に困るようなことはないのがせめてもの慰めだった。

 現在は、馬を休ませていて、乗員はその間に武器の手入れや、他の人とおしゃべり、そして、

「天汰、武器に振り回されるな、腕だけ動かそうとするからそうなるんだぞ」

「大和、刀は両手で振れ! それは左手が生きてないぞ」

「黒石さん、まずは復習です。内なる魔力を感じてみましょう」

 そして、天汰、大和、黒石の三人の訓練もこの時間に行われていた。

 天汰と大和の訓練をしているのは、ロストロ・ゲーシック、リアネス・ギルバートというナイトと侍だ。

 天汰はゲーシックからナイトの戦いを、大和はギルバートから侍の戦いをそれぞれ教わっていた。

「ニーナさん、だから魔力がどうのって言われてもわからないですよ」

「うーん、心の中の温かい力、みたいな?」

 黒石はエルフの妹のほう、ニーナアルバスウルリバシスト――ニーナから魔法使いの講義を受けている。因みに、ニーナのクラスは白魔法使いらしい。

(そのうち、誰かから各クラスの特徴を聞いておきたいな)

 などと思っていたら目の前からクラリア・ハルゲイドが歩いてきた。キラリアが鈴木に気が付き、近付いてくる。

「鈴木さん、どうも」

「やあ、クラリアさん」

「ですから、さん付けは――まあいいです。それよりもこんなところでいったい何を? 訓練もせずに油を売っていてもいいんですか?」

「あー、いやいや、俺はみんなみたいに異世界補正が掛かってないみたいだからねー、一人だけ弱いまま、みんなの足を引っ張っているところ―」

 間延びした声でやる気のなさを表すような鈴木に「そうでしょうか」とクラリアは真面目に返す。

「ポケットに入れている鋏、それは相当使い込まれているようですが。私の憶測ですが激しく三年は使っているのでは?」

「目聡いねキミ」

 この世界に来て一度しか出していない鋏を観察されているとは全く思わなかった。クラリアの鋭い着眼点に称賛したくなったが、特にいい言葉が思い浮かばないのでそれは見送った。

「まあ、緩やかに五年って感じで使ってるかな」

 実際にポケットから鋏を取り出して見せてみる。大きさは普通の鋏より少し大きいくらい、銀の刃は無数の傷があり五年の歳月を表している。また、方刃は微細な凹凸がついており、挟む対象をしっかり捉えることのできるようになっている。持ち手側は黒いプラスチックのフレームと赤い内ゴム当てで、こちらの方にも使い込まれた跡がうかがえる。

「まーそれに、もし補正があっても訓練とか面倒だし、汗かいても風呂とかにも入れないし」

「お風呂好きなんですか?」

「んにゃ、あんまり好きじゃない」

「そ、そうですか……」

 といったところで、ルベル・クランの大声が響く。


「左方面にモンスター有り! 繰り返す、左方面にモンスター有り!!」


 キャラバン全体に緊張が走る。

「……クラリアさん、今の声誰だっけ?」

「あなたは緊張しないのですね」

 クラリアは呆れ気味に言った。

 因みに、ルベル・クランは馬車の操縦者をしている人である。




 ジル達は、緊張はしていたが慌ててはいなかった。

「クラン、モンスターは何だ?」

 ジルは停車している馬車の上にいるクランに近付いて聞く。クランは単眼鏡を覗き込みながら答える。

「ヤンガータルが三匹、内二体は小さいな」

「おそらく子連れだな、ヤンガタールは鼻がいいからな、食料品に釣られてきたんだろうよ」

「モンスターの脅威としては低いだろうが、コッチは新団員がいるぞ」

「あの四人のことか」

「クラリアも入れての五人だ」

 単眼鏡から目を外し、下にいるジルに向き直る。

「黒石と鈴木には誰かが付いておけば問題ないだろう」

 ジルの中では黒石と鈴木を弱い認定しているようだ。

「とりあえず、指示をしてくる」

「ああ、俺はここで見張りを続けるぜ」

 クランは再び単眼鏡を構え、ジルは馬車から離れる。

「しかし、ヤンガータルか、あんな雑魚相手にするのも面倒だな……そうだ」

 ジルの足先は、天汰と大和が訓練をしている方へと向かう。

「おう、お前ら、調子はどうだ」

「ん、ああ、ジルさん。どうも」

 最初にジルに反応したのは天汰にナイトとしての戦い方を教えているゲーシックだった。

 ゲーシックは男には必要ないくらいのサラサラした金髪に、それに似合う整った顔を持っている。団内での二枚目といったやつだ。ゲーシックは誰もが認める爽やかな微笑みをジルに向ける。そこに、

「おお、団長か!」

 ゲーシックが爽やかなら、ギルバートは暑苦しさ。不揃いのボサボサな髪に太い眉、腕や足に着いた大きな筋肉、自然と『剛気』の文字が思い浮かぶような、ギルバートとはそんな男だ。

「ギルバート、今日も暑苦しいな」

「ガハハ、褒めるなよ」

「褒めてはいないが……」

 素振りをしていた天汰と大和もジルに気が付き、会釈をする。

「オゥ、ガキ共そろそろ武器の扱いには慣れてきたか?」

「はい」「意外と手に馴染みます」

 それぞれ順調のようだ。

「ほう、それはいい。とてもいいな、ところで――」

 ところでの使い方が少々不自然なことに、天汰は嫌な予感がした。

「――先ほどモンスターが現れたことは知っているか?」

「さっき誰かが大声で言っていましたね」

 大和が思い出しながら答える。

 ここではモンスターが現れても、構わず訓練を続けていたので、あまりモンスターに意識を向けていなかった。

「まあ、モンスターについては雑魚の一言に尽きるんだが、折角お前たちがいるんだ、なら、後は分かるよな?」

「俺達でモンスターを倒せって言うんですか!」

 驚く天汰に大和が声をかける。

「大丈夫だろ、第一、こうやって俺らに持ちかけてくるってことは俺らで倒せるってことだろうし」

 大和はそう楽観的に言う。

「そういうことだ、あまり気負うなよ。もしもの時のためにニーナを一緒に同行させる。さっさと準備をしておけ」

 ニーナは少し離れた位置で黒石に魔法のことを講義中だ。ジルはニーナ達の所に向かった。




 天汰と大和はそれぞれ西洋風な甲冑、洋風な鎧を装備していた。天汰は更に円状の、少し内側にカーブをおびた銀色の盾と、十字架のような細身のロングソードをそれぞれの手に持って少し重そうだ。大和の方も時代劇の中でしか見たことのない鎧武者のような姿になっている。

 そんな二人と付添いのニーナ、黒石、後学のために見ておきたいと申し出たクラリア、そして野次馬の鈴木の六人がキャラバン近くのモンスター目指して歩いている。ちなみに、ニーナは短杖をクラリアは十手とブーメランを、鈴木は弓と矢を五本(おそらく勝手に持ち出したのもだと思われる)、それぞれ装備している。

「二人とも初戦闘じゃん、頑張ってね!」


 黒石は戦闘に参加するわけではないのに、やや緊張した表情で二人を応援する。

「うん、まあ、やってみる」

 大和も少し緊張しているのが声に出ている。

「けど……」

 その声に戸惑いの色があるのをクラリアと鈴木は見逃さなかった。

(まあ、それも仕方のないことなのかもな、だってモンスターが……)

 鈴木はモンスターの方に視線を移す。

 ヤンガータル、黒池波は四肢の先まで生えている。尻尾はあるが短く、進化の過程で自然とそうなったのだろうと予想できる。東部についてある耳は三角形で、四足の姿は

(動物の犬にしか見えねぇからな)

 あくまでも姿が見ているだけで、ちゃんとしたモンスターなのだが、いかんせん姿が似ているので理性が働いて攻撃しにくいのである。

「――さあ、二人とも準備はいい?」

 先行して歩いていたニーナが振り返って聞く。

「うっす」「はい!」

「うん、いい返事ね。さて、モンスターのなまえはヤンガータル、特徴は足が速いのと鼻がいいことくらいかな? あと歯がとがっているから噛まれると痛いわよ」

(それもう犬じゃね?)

 鈴木はそう思ったが迂闊な発言は控えた。




「なあ、あいつら大丈夫かな」

「なんだクラン、心配か?」

 馬車の上でそわそわしているクランに変わって、ジルは馬車に背凭れて煙草を吹かすほど落ち着いている。紫煙を吐いて空を見上げてジルは続けて言う。

「ニーナもついているし、二人とも防具を着ている。怪我はするかもしれないが、所詮ヤンガータルだ、命にかかわるほどのことにはならないだろう」

 そういってまた煙草に口をつける。

(いや、俺が言っているのはそこじゃないんだがなぁ)

 などと思いつつ、クランは馬車の上から単眼鏡で様子を見る。




「セイ! ハッ!」

 天汰の剣はヤンガータルを狙い振り下ろすが、天汰の周りを走るヤンガータルには当たらない。元々、ヤンガータルの動きが速いことと天汰が慣れていない防具を身に着けていることが相俟って、見当違いな所に剣を振っているのがその原因だ。

 大和の方は小さな二体のヤンガータルに翻弄されている。

 こちらは攻撃といえるほどの攻撃はされていないので、子供のヤンガータルは案外遊んでいるだけなのかもしれない。

「うーん、やっぱり最初はこんなものよねー」

 少し離れた場所で、ニーナは採点口調で呟く。誰に言った訳でもない一言だったのだろうが、鈴木が答える形で口を開ける。

「いやー、それだと俺らが困ります」

 戦闘中の二人以外の全員が「え?」みたいな顔で見られるが、鈴木は特に説明する気はないようで、背負っていた矢筒から日本、矢を取り出し、一本をつがえる。

 鈴木がやろうとしたことに気が付いたニーナが慌てて止めに入る。

「ちょっと待って! アナタ普通に兄の弓持っているけど、練習もなしにいきなり弓術は無理よ!」

「…………駄目ですか」

「駄目っ! というか、普通に無理なの、初心者がいきなりやれば放った時に弦で耳を打って、手首を打って、弦は千切れるわ。最悪肩を痛める。そもそも、狙いの付け方だって知らないでしょうに」

「……わかりました、そこまで言うのならやってみます」

「うんうん、諦めて――――ない!?」

 鈴木は勝手に弓を引いていた。

「黒石さん、危ないのでこちらに」

 クラリアは黒石を鈴木の背中側に誘導する、此処ならどんな下手な誤射でも矢は飛んでこないのだ。

「弓は昔、齧ったことがあるんだ~」

 などと適当に嘯き、記憶を思い返す。

 …………特に上手だった記憶は出てこなかった。

「ま、いっか」

「待って、まいっかって何!? 何か不備があるならやめた方が――」

「セイ!」

 躊躇なく放った。

「ん、ニーナさん何か言いました?」

「」

 ニーナは絶句している。

 鈴木の放った矢は、天汰の横五センチのところを通って、大和にじゃれているヤンガータルの横腹を貫いて地面に突き刺さった。この一射で戦況が傾く。

 ワォ――――――!

 黒板を引っ掻いたような金切声と、感電した時のような激しい痙攣。ヤンガータルの子供は全身を使ってのた打ち回るが矢が地面に刺さっているのでその場を動けない。ニ、三秒ほどそうしていたが、すぐに糸が切れた人形のように動かなくなった。

 天汰の相手をしていたヤンガータルは、子供の叫び声を聞きつけると、天汰のことなど放り出して我が子に寄り添う。

 くぅん、小さく泣いた子供の顔を、舌先で優しく舐める。

 感動のシーンなのだろうが、大和はこの隙を見逃さなかった。

 師であるギルバートから教えられた戦闘スキル<スラッシュブロー>、刀を流れるように、隙だらけのヤンガータルに一線! 顔から尻にかけて振り切った。

「でえぇぇぇい!!」

 血しぶきが、びしょ濡れの芝生の水に混ざり、薄い赤が一面に広がる。ヤンガータルは力なく倒れて、その時の衝撃で斬られたところが二つに分かれた。

「大和、スゴい……」

 天汰は大和の<スラッシュブロー>をみて驚きを隠せない。

「あ、天汰! もう一匹がソッチに逃げる!」

「え、あっ!」

 最後のヤンガータルが天汰の帆王に逃げる。完全に気を抜いていた天汰は剣を振るが、見学組からでも分かるくらい振り遅れていた。そんな攻撃が当たるわけもなく、ヤンガータルは天汰を置いて逃げてゆく。

「まだだ!」

 天汰は剣をブン投げる。

「あたれぇぇ!」

 剣は弧を描いて宙を飛ぶ。そして偶然にも剣はヤンガータルの足にかすって、斬ることに成功した。そして一瞬でも足が止まって的に成り下がったところにすかさず追撃の一手――二本目の矢がヤンガータルの内臓を貫いた。

「お、また当たった。練習サボってた割にけっこう当たるなー」

 機嫌よく呟く鈴木に黒石が目を険しくして問い掛ける。

「すーさんちょっといい」

「ん?」

「二人に当たりそうになるとか考えなかったの?」

「え? 当たったらその時に考えればいいし、第一当たったとしても今の二人なら大丈夫、防具も付けてるしね」

 この時、黒石は鈴木が弓を持っている時に前に出るのは絶対やめようと心に決めた。

「はーい、そこまで」

 モンスターの全滅に伴い、ニーナが終了を宣言する。

 前線二人がニーナの所に戻ってくる。

「二人ともお疲れ様、どうだった? 最初の戦闘は」

 ニーナの問いにまず天汰が答える。

「イヤー、疲れました。思ったより甲冑が重くて、足元も濡れていたので転ばないようにするのに精一杯でした」

「そうね、地形の状態は思ったより重要よ、毒の沼だったり、魔法が使えない場所があったり、ここなら滑りやすかったり、足元がぬかるんでいたり、電気が通りやすかったりするわね。大和くんはどうだった?」

「俺は、とにかく無我夢中でした」

 少しだけ微笑んで大和は言った。

「そうね、戦闘中は何が起こるか分からないわ、気を抜いた瞬間にあっさり死ぬなんてこともよくある話よ、ね、天汰くん?」

 先ほど気を抜いていた天汰は身を小さくする。

「う、気を付けます」

「うん、気を付けてね。大和くんは<スラッシュブロー>よくできたわね、この短期間でよく身についたものだわ」

 <スラッシュブロー>はただ斬るのではなく鋭く、深く斬る技術のことだ。

「ゲーシックさんの教えがいいのと、すーさんの援護のおかげっすよ」

「そうね、戦闘はパーティーで行うもの、他人に任せきりじゃ負担も偏るし、それが不調の原因になったりするわ、ただ――――今回私はアナタが戦闘に出るとは聞いてなかったわよ鈴木くん!」

 ビシッと指を刺し、ニーナの瞳は糾弾するように鈴木を睨んでいた。

「何を言っているんですか、さっきニーナさんが言ったじゃないですか……」

「アナタは今回、見学と聞いているわ。だから、パーティーには入っていない」

「いやいや、違いますよ、ソッチじゃなくて、戦闘は何が起こるか分からないってコトです。何が起こるか分からないなら、俺が急に戦闘に参加してもおかしくはないですよね?」

「そんな……そんなの、言葉遊びだわ!」

「それに、こうでもして俺らの実績を作っていかないと、いつ切り捨てられるか分かったものじゃありませんから」

 鈴木は悪びれる様子もなく言う。

 ここにいる全員が知る由もなかったのだが、確かにジルは今回一匹でもヤンガータルを逃がしていたら次の街で誰かを下ろすつもりでいた。結果的に鈴木の行動は正しかったわけだが、それを知る者は誰もいない。

 最終的な結果として、ニーナの中に鈴木に対する不信感と、その場に嫌な空気だけが残った。

 なお、弓返却時にホーリィにみつかって、すごく睨まれたのはこの後すぐの話。

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