ジルとの交渉
ジルの命令で、迎えに来てくれた馬車から一歩も動くなと言われてどれくらいたっただろうか、外の景色は暗さを帯びてきて一日の終わりを世界全体に知らせているようだ。
「黒石くん、一人で大丈夫だろうか」
ポツリと大和が呟く。
迎えに来た馬車は最初に乗っていた馬車とは違うもので、合流後はジルとクラリアはまた別の馬車に乗り換えて今、この馬車には天汰、大和、鈴木の三人に、エルフの兄妹が操縦席と屋根上にいることは分かっている。
「大丈夫だろう大和、意外とキャラバンの人と交流しているんじゃないかなと、俺は予想」
「いやいや、二人は知らないだろうけど、黒石くん君たちがやられたと思ったショックで気絶したんだよ、だから今も倒れたままなんじゃないかと俺は予想」
「じゃあ俺も何か予想を立てる、ええと――――」
大和が考えていると馬車の動きが遅くなり、そして止まった。
「お、止まったな。今日はこの場所でキャンプかな?」
順応が早い鈴木は横窓から他の馬車の様子を確認する。
「うん、他の馬車も止まったみたい」
「なあなあ天汰、外で寝泊まりってなんかワクワクするよな!」
「そうだね、でもなんか疲れそう」
「あー、わからなくもない」
天汰と大和は互いに苦笑しあう。
「――――お前達」
「「!」」「アン?」
馬車後方から不意に声が聞こえた。三人は当然そちらを見る。
「降りてきてみんなの手伝いをしてくれ」
馬車の後ろから声をかけたのは、金髪の短い髪に緑系の服を着ている男だが、やはり一番に目を引くのはその尖った形の耳であろう。ファンタジーとは切っても切り離せない関係。先ほど見たエルフの兄妹の兄のほうだろう。
「えと、アナタは?」
天汰が名前を聞く。
「ホーリィアルバスウルリバシスト」
「ホー……なんだって?」
「ホーリィ アルバス ウルリバシスト、ホーリィでもアルバスでもウルリバシストでも好きに呼んでくれていい、周囲からはホーリィと呼ばれている」
もう話すことはないと言わんばかりに、ホーリィはさっさと行ってしまった。
「なんか、感じ悪いやつだったな」
大和がボソッと呟く。特に同意の声はなかったが天汰は小さく頷いた。
「とりあえず降りるか」
大和、天汰は馬車から跳び降りた。鈴木は「あだだだだ……固まった」と中途半端な大勢で止まっている。
「すーさん、大丈夫?」
天汰は、やや呆れ顔だ。
「クッ……俺にかまわず先に行け!」
「あ、コイツどうでもいい場面で名ゼリフ使いやがった!」
「フハハ、最初に名ゼリフを言ったのはこのすーさんだ! うおバランスが崩れうおわあああ!?」
自滅である。
「いてぇ、顔ぶつけた」
「大丈夫?」
今度は大和が心配そうに言う。
「ク、俺はもうダメみたいだ、俺にかまわず――」
天汰がセリフに割り込み、「無限ループって怖くね?」の一言でこの茶番は終了した。
「あなた達、よくわからないけど面白い人みたいね」
また新しい声が聞こえた。天汰と大和が振り返ると、女性のエルフと黒石がそこにいた。
「みんな無事だったんだね!」
黒石がホッとため息をついた。
「「うおお!? メッチャ美人や!!」」
「お前らどけ! 俺が見えないだろうが!」
鈴木が二人の間に割り込む。
「ほう、これは確かに……なかなかハイレベルな……」
女性のエルフは金髪の長い髪に緑系の服、整った顔立ちは境ほどのエルフ――ホーリィを連想させる。しかし、身長はホーリィよりも少し小さく、目付きもだいぶ柔らかだ。
「ゴメンね、急いで出てきてくれたところ悪いんだけど、私はそんなに美人ではないの」
「いやいや、こっちの世界のモデル並みじゃないですか」
お世辞ではなく、本心から鈴木は言う。
「そんなことよりも、さっきは兄がごめんなさい、あんな態度だけど悪気はないのよ? あれでも、昔に比べると随分良くなったほうなの」
「アレで……」
大和がため息をついた。きっと今後のキャラバン生活でのことを思ったのだろう。
「あ、まだ名前を教えてなかったね、私はニーナアルバスウルリバシスト、ニーナでもアルバスでもウルリバシストでも好きなように呼んでくれていいわ、ちなみに、みんなはニーナって呼んでいるわ」
(これはおそらく君たちもそう呼んでほしい的なことだろうな)
鈴木が分析していると、
「……ねえ、僕いつまで空気扱い?」
と、悲しみが顔に表れている黒石が消え入りそうな声で呟いた。
「アレ黒石いたのー?」
「まったく気が付かなかったわー(棒)」
バカ二人がさっそく新しいネタに走る。
「僕がみんなのこと、どれほど心配していたか…………二人とも馬車から跳び下りるし、気を失っているうちに鈴木くんも降りてるし!」
「何故私が下りないと思っていたし、もしかして黒石くんおこ? ねえ黒石くんおこなの? ねえ、今どんな気分? ねえねえ、どんな気分?」
黒石を見ると煽らずにはいられない。
「こんな気分だー!」
「おうふ!?」
それは、黒石にしてはとても珍しいストレートパンチという肉体言語であった。
「お、おま……おままままままままま!? このひ弱なもやしっ子である僕に向かって暴力を振るうとかなんてことを!」
寸前のところで何とか避けられたのだが、少し動悸が激しくなる。
「すーさんさっきから一人称安定してないけど大丈夫?」
「というか俺、鋏を突き刺されたんだけど、あと大和も殴られてたし」
それぞれ突っ込みを入れるがそれをあえてスルーする。
「ひ弱ならなんでそんなに早く避けることができたんでしょうね!?」
「まあまあ黒石くん落ち着いて、どうどう」
天汰が割って入る。
「すーさんがひ弱かどうかは後で審議するとして、俺らも後先考えないで馬車から跳び下りたのは悪かったと思っているよ、ごめん」
「スマン、悪かったよ」
大和も謝る。
「で、すーさんは?」
黒石の目は、はよ謝らんかいと言っている。
「ご、ゴメンナサイ」
言わされた感が多大にアリアリだったが、黒石はそれで良しとしたようで、小さく頷いた。
「反省したのならよし、もう無茶なことはしないこと! わかった!?」
「「「だが断る!」」」
「打ち合わせでもしてたのかお前ら!」
「ジョーダンだよ、たちの悪いジョーダン」
「たちの悪いって自覚してるならやめてくれよ……」
黒石は疲労困憊といったふうに弱々しく言う。今のやり取りでもう今日の気力を使い果たしたのだろう。
「あなた達、本当に面白いわね」
ニーナは口元に手を添えてクスクスと笑っていた。
「おう、お前らちょっといいか」
「あ、団長、お疲れ様です」
次に現れたのはジルだった。ジルに気付いたニーナが頭を下げる。
「オウおつかれ、コイツらに少し話があるんだが、連れて行ってもいいか?」
「はい、いいですよ」
ニーナは黒石を連れてきただけで、これ以上用はないようだ。
「そういうことだ、四人ともついてこい」
ジルは先に歩き出す。
「身内だけの会議で即決して有無を言わせない作戦ですね、わかります」
さらりと皮肉を飛ばして鈴木はジルの後をついて行く。
「ちょ、すーさん、勝手に行くなよ」
残りの三人も後をついて行く。キャラバンのメンバーが焚き火をおこしたり、テントを張ったりしているのを眺めながら歩いて行くと、すでに誰かが座っている焚き火の前でジルは止まった。
「みなさん、今晩は」
「クラリアさん……」
天汰が呟く。
「その、『さん』付けはやめてもらえませんか……? おそらく皆さんの方が一つ年上なので」
少しだけ照れた様子でクラリアはそう言った。
でも風格だけはかなりあるよな、と四人は思った。
「まあお前ら、座ってくれ、話をしよう」
ジルの合図で四人は焚き火を囲むように円状に座る。
「それで、話というのはだなァ……」
「今後の僕たちのこと、ですよね?」
黒石がジルの言葉を先取りする。
「そうだ、黒石には先に少しだけ話したが、我々クナスナイルは連合国を回って物資を配達するキャラバンだ、そこでお前さんらには二つの選択肢がある。一つは、このままキャラバンに乗せてもらって近くの街まで送ってもらい、その後の人生をこの世界の住人として生きるか」
「キャラバンの乗員となって各地を巡って、元の世界に帰る方法を探るか、ですね?」
「その通りだ、鈴木、君は状況をよくわかっているな」
「それほどでもないですよ」(ドヤァ)
「すーさん顔がうるさい」
「どういうこと!?」
「――話を戻していいか? それで、お前さんらはどうしたいんだ?」
ジルの顔は、どこか品定めをしているようなものだった。
「少し、俺らだけで話し合ってもいいでしょうか」
「アア、構わない。今後の人生を左右するかもしれない場面だからな、じっくり話し合え」
ジルの許可ももらえたので、鈴木は立ち上がり、三人を手招きして焚き火から離れる。
「さて、みんなに一応聞くけど、キャラバンに町まで送ってもらうか乗員になるか、どっちにする?」
四人で集まって身内会議を開く。
「「乗員で」」
「はいはい、大和と黒石は乗員派ね、天汰は?」
「うーん、まだこの世界に来たばかりなのに、もう所属を決めてもいいものかと思って」
「ああそのことね、確かに、探せばもっと条件のいいところがあるかもしれない」
「でしょ? だから、ここに決めてしまうのはちょっと早いかなーと思うんだ」
「大丈夫、その時はここを裏切って別なところに行けばいいだけだから」
「うわー、すーさんゲスいなー」
「じゃあ、天汰も乗員賛成ってことでいいかな」
「うん、まあ……もうすーさんが決めちゃっていいよ」
「マジで? わかった、じゃあやれるだけのことはやってみるわ」
話がまとまったので焚き火の所に戻る。
「答えは決まったか?」
ジルの問いに代表して鈴木が答える。
「ええ、俺らはキャラバン『クナスナイル』の乗員になることを決めました」
「ほう、我々も仲間が増えるのはうれしい。で、誰が仲間になるんだ?」
「え?」「ん?」「は?」
鈴木以外の三人が素っ頓狂な声を上げてしまった。ただ、鈴木だけはこの可能性を考えていたのでそうはならなかったが、内心でため息をついた。
(さて、どういこうかな)
「なんだお前ら、まさか全員キャラバンに入れるなんて思っちゃいなかっただろうな」
「で、でも、俺らは――」
「黒石、しー」
鈴木は黒石を黙らせる。
「あっちも慈善事業じゃないんだ、これくらいは想定内だよ」
「ほう、では鈴木、誰がどうするか教えてくれないか? 我々の希望としては、魔力量が多い黒石が来てくれることが望ましいが」
「んじゃあ、黒石は乗員確定ということで」
「わかった、黒石は今この瞬間から『クナスナイル』の所属だ」
ジルも黒石は欲しい人材なのですぐに了承する。
「ちょ、すーさん!? 勝手に決めないでよ!」
「いいからいいから」
まだ何か言いたげな黒石を口を押えるという物理的手段を用いて黙らせる。
「あと三人ジルさんに認めさせるから、いい?」
「もごもご」
「よし、じゃあ黙ってみてろ」
黒石の口から手を放し、ジルに真正面から向き合う。
「ほう? しかし鈴木よ、俺ァこのままだとあと一人しか乗員させる気はないぞ? どうする」
「では、少し長話をしましょう、構いませんか?」
「ああ、好きにしろ」
(さて、ここが正念場だぞ、がんばれ俺)
自分を応援するという、ある意味悲しいことをして鈴木は言葉を紡ぐ。
「さて、俺らは今日初めてこの世界に来ました。そこでは、俺の世界の常識ではありえない数々の出来事がおこりました、そのうちのいくつかを紹介しておきます。まず、黒石をはじめとして、天汰、大和はこの世界に来て明らかに強化されています。黒石は先ほどジルさんが言ったように俺らの世界にはなかった大量の魔力、天汰、大和の二人においては強靭な肉体、これはあの牛みたいなモンスターの攻撃をくらっても無傷だったところからもわかりますよね?」
「しかし、その程度ならこの世界の人ならできる奴も多々いないこともない」
この発言で鈴木は天汰と大和はいけると確信した。
「珍しくないと、そう言いたいのですか? だとしたらそれは誤った判断だと言わざるをえない」
「なにィ?」
「今の俺が言っていることはあくまで現時点での話、今さっき言ったジルさんの言葉でわかったんですが、正直言ってあの牛みたいなモンスターの攻撃をくらって無傷でいられる人間はそういないでしょう?」
「それは……そうだが」
「やっぱり。これは俺の想像なんですが、この先、天汰と大和はジルさんがびっくりするほど成長しますよ、それはもう、物凄くね」
物凄く、なんて抽象的な表現をしたのは、鈴木自身割と情報不足で具体的なことがまったくわからないのと、とにかく色濃く相手の印象に残るためだ。ぶっちゃけ、こういうのは勢いが大事なこともある。
「この二人をキャラバンに入れなかったこと、それはアナタが墓に入るその時まで後悔する種になりますよ? 現時点ですでに素晴らしいものを持っていて、なおかつそれがさらに伸びる。こんなお買い得を手放すなんて、そんなことはしませんよねぇ? あ、なんならジルさんが直接あのでっかいハンマーでこいつら殴ってみます? きっとぴんぴんしているはずですよ」
「いや、遠慮しておこう。しかし、確かにこの二人はカイゼランドの攻撃をうけてもなんともなかったんだったな。それを手放すのは確かに惜しいな。よし、二人の乗員を認めよう」
ニヤリ、鈴木は内心ほくそ笑んだ。
「待った! このままだと俺が取り残されそうなんでね、まだしゃべっても構わないですか?」
「ああ、好きにしろ」
「どうも。さて、俺以外の三人の乗員が決まったところで悪いんだが、ジルさん、実は俺らは四人じゃないと意味がないんだよ」
「どういうことだ?」
ジルは鈴木の言うことの意味が分からないらしい。当然だ、だってそれは口出まかせなのだから。
「わかりませんか? いわば、運命とでも言うのでしょうか。いや、俺の感じ方だろ八百長、いや、出来レース? とにかく、俺たち四人はこうして異世界にいるわけですが、まず、俺たちの世界では異世界など認知されていない。異世界にいることが異常。俺たちの世界にはネットという、えーと、なんといえばいいのでしょうか、ほとんどの人がネットというものを利用できて、さまざまな情報を知ることができます」
ジルはよくわからないのが顔をみるだけでわかる。すかさずクラリアがフォローを入れる。
「ネットでは、明日の天気や薬草の効果、音楽を聴いたり買い物もできますね」
「便利だな、俺にはどんなものか皆目見当もつかないが、まるで魔法のようなものだということは分かった」
「部分的に見れば、魔法よりも便利な所がありますよ」
(まあ、知らない人からすれば魔法も科学も大差ないか)
そんなことを思いながら鈴木は言葉を続ける。
「では、先ほども言ったようにネットにある情報は誰でも知りえます。つまり、俺ら以外の誰かも、この世界に来るための情報を知り得ることができます、が、そうなった場合、俺らの世界では騒ぎになってすぐに情報規制がかかり、一般の人はこの情報を知ることはできなくなります」
「話がややこしくて理解できているのか不安だが、普通なら知りえないような情報をお前さんらが手に入れられるのがまず有り得ないと、そういいたいわけだな?」
少々困惑気味だが、ジルはなんとか鈴木が言いたいことを理解したようだ。
「そうです」
そういった後、
(まあ、異世界に行く方法を天汰が一番最初に見つけた可能性もあったりするんだが、それは伏せておこう)
鈴木はいまのことをジルに聞かせてはいけないと心のメモに書いて話を続ける。
「それに、この世界に来て野垂れ死ぬこともなく、このキャラバンに拾ってもらえた上に、俺らと同じく別の世界からきた先輩異世界人がいるんです。これを運命と言わずして何というか!」
「先輩ではないです、私が一つ下です」
「いや、異世界人としての先輩でね? まあ、それはいいや。で、此処までの話を聞いてどう思います、ジル団長さん?」
「ウーム、確かに、少し出来過ぎているのかもしれないな」
認めた。言わされた感はあるものの、ジルの口からこの状況の異常性を認める言葉を引き出した。あと少しだと鈴木は思った。
「そう! 出来すぎなんです。流れからすると、俺らは全員『クナスナイル』の乗員となるはずなんですよ」
「うむぅ……中途半端に説得力はあるな……」
「そして、このキャラバンに入ることは必然的に何か意味があるはずです」
「しかし、うむぅ……」
なおも考えるジルに声をかけたのは意外にもクラリアだった。
「ジルさん、四人とも入れてみてはどうでしょうか」
「クラリア、だがな――」
ジルのセリフを遮って続けざまにクラリアは言う。
「つかえなければ次の街において行けばいいだけの話です」
「――そうだな。よし、わかった。では四人とも『クナスナイル』の乗員として認めよう。ただし、乗員にした成果が見えなければすぐにお前らのうちの誰かが街に置いて行かれる。そのことは覚悟していてくれ」
「「「やったー!」」」
「ありがとうございます」
三人は一緒にいられる喜びで円陣を組んではしゃいでいる。鈴木はそれをチラリとみて、すぐにジルにお礼を言う。
「なァに、精々キャラバンのために働くことだ。クラリア、後は頼む」
「はい」
ジルはクラリアを残して席を立った。そして何番馬車かはわからないが近くの馬車に乗り込んでいった。
「ではみなさん、どうかこれからよろしくお願いします」
クラリアがみんなにそう微笑みかけた。
こうして、四人はなんとか『クナスナイル』に身を置くことになったのであった。