馬車から飛び降りるバカ共
馬車の中は小刻みに揺れて、目を閉じていればいつの間にか眠ってしまいそうな心地よさがある。そんな中四人の面々は緊張していた。
馬車の中は意外と広く、四人とこの集団の中核らしき人が二人、その他の荷物がいくつか入っているが、まだ数人座れるくらいの広さと余裕がある。
「まずは自己紹介といこうか、俺は『クナスナイル』のリーダーをやっている、モノム・ジルだ。そして隣のコイツが」
「クラリア・ハルゲイド。クラリアと呼んでください」
「ジルさんにクラリアさんね」
ジルの名乗った男は手足に大きな筋肉を持っているつる禿げ頭のガタイがいいオッサンといったところか、右目付近にある大きな傷跡がなかなか味を出している。隣の銀髪の女性は、整った顔と白い肌、腰には二つの武器――ブーメランと十手だ――そして、どこかで見たことのあるような既視感のある制服を着ていた。
「まずはお礼を、今回あなた方に拾っていただけなければ私たちは今夜をどう過ごさないといけなかったかわかりませんでした、本当にありがとうございます」
代表して鈴木が言う。
「いや、困ったときはお互い様だ。それにお前さんら、訳ありなんだろう? 何の装備も持たない若者四人がフィールドのど真ん中にいるなんて普通じゃ考えられねぇ、よほどのバカか自殺志願者か訳ありのどれかだ」
「お互い様、ですか。そういってもらえると助かります。ああ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね、私の名前は鈴木雄介、で、となりのコイツが」
「平田天汰です」「木場大和」「あ、黒石真心太です」
「あいよ、覚えた。漢字圏の人だったか」
ジルの一言に鈴木は思考しだす。
(漢字圏? つまり、この世界には漢字があるってことか、言葉も通じているみたいだし、いろいろ知らないといけないなこの世界のこと)
なんて考えていた時だった。ジルの横でじっと座っていたクラリアが口を開く。
「待ってくださいジルさん。この方たち、私と同じように異世界からやってきた人達です」
クラリアは四人をじっと見つめてそう断言する。
「あなた達はおそらく、日本に住んでいたのではないでしょうか、そして多分学生。学年までは分かりませんが、どうでしょうか」
(ビンゴ。つーか、他にも異世界あるのね)
鈴木は異世界についていろいろ考えないといけないな、と思った。
「服装が私の世界の元の似ているのでそう思ったんですけど、あの、どうですか?」
誰も答えを返してくれないから不安になったのかクラリアは再度問いかける。
「たぶんそう……というか、やっぱりここ異世界だったんだな。いや、本当のことを言いますと僕たちも自分たちにおこったことを理解できていない段階なんですよ」
天汰が現状の説明らしきものを言う。
「クラリアさんはどうやってこの世界に来たんですか?」
「私の場合は、飄々とした不思議な男に送られて。元の世界には帰ることはできると思いますが、自分の意志では帰れません」
(こいつ、察しがいいな)
鈴木はクラリアの評価を少し上げる。そしてクラリアにいくつか質問しようと口を開きかけたタイミングで「クハハハ!」とジルが大笑いをした。
「こいつは驚いた。まさかクラリアだけでなくお前達も異世界の人間か! どうだお前ら、どうせ行く宛もないんだろう? だったらこのジル率いるクナスナイルに迎え入れてやるが、どうするお前さんら?」
問い掛ける視線でジルは四人を見詰める。
(うむぅ、確かに最初からこのキャラバンに取り入るつもりだったけど、それは俺らが異世界の人間という希少性があったからで。けど、このキャラバンはすでにクラリア・ハルゲイドという異世界人を引き入れている。これじゃあキャラバンに入っても異世界人スゲーみたいなチヤホヤされないなぁ)
鈴木が考えている間に黒石が、
「いいんですか!?」
(黒石――!? このバカ正直が!)
こういうところでは先に弱みを見せるのは危ないと鈴木は思っているので、内心で黒石を罵った。勿論、表情には出さない。
「おうよ、任せときな!」
頼りになるような笑顔で、ジルは親指を立てた。と、その時、
ブオォォ――――!!
「何? 何の音!?」
「法螺貝?」
黒石がパニくる中、大和と鈴木は油断なく周囲の状況を掴もうと注意深く辺りを見渡す。馬車の後ろ側は開けているんでそこから外の状況を確認することができる。
「おう、天汰。よくこれが法螺貝だと分かったな」
ジルは忌々しそうに舌打ちをした。
「あの、ジルさん。今の法螺貝は一体何なんですか?」
「警報だよ黒石。近くに危ないモンスターがいやがる、たぶんアイツだ、チッ、ホントしつこいな」
「モンスター!」
天汰が目を輝かせる。
「おいクラン! 今のは何番馬車からだ!?」
ジルが前側(おそらく、前で手綱を握っている人)に向かって大声を出す。すると、ややあってからくぐもった声が返ってきた。
「二番馬車からでっせ、旦那!」
「よし、これから四番馬車は二番馬車と入れ替わる!」
「ガッテン!」
クランと呼ばれた人がそういった直後、今度はこの馬車から法螺貝の音がした。
「う、意外とうるさ……」
鈴木は耳を押さえる。
「ジルさん、この馬車なんだがスピードが上がってません?」
大和が聞くと、
「ああ、モンスターに荷物をダメにされる前に馬車の位置を入れ替える。そして向かってくるモンスターを迎撃する」
天汰だけでなく大和の目も輝きはじめた。
「皆さん、もしかすると揺れるかもしれないので、何かに掴まっていてください」
クラリアは十手を握り、すでに臨戦態勢だ。
「旦那! ヤツがこっちに気が付きましたァ! よ、四番馬車に向かってきますッ!」
「落ち着けクラン! チッ、モンスターでも何度も戦えば見分けがついてくるか――――クラリア、俺の武器を」
「どうぞ」
クラリアが馬車の荷物の中から、ジルに巨大なハンマーを手渡した。
「そのハンマー、武器だったんだ……」
黒石が呟いた。
「旦那、もう奴は目の前でっせ!」
「横窓から確認したァ! 後ろから出る!」
グワン、馬車が揺れた。ジルがハンマーを担いで馬車後方から飛び出したからだ。
「よぉ、カイゼランド……また会ったなァ」
馬車内。
「大和どいて」
鈴木は先ほどジルが見ていた横窓に張り付く。
「あー、やっぱりか……」
ジルと対面しているのは、わかりやすく言えば鬼牛――二足歩行の巨大な牛だ。手足は筋肉が盛り上がっており、足は蹄だが、手は五指で発達している。その手にはどこで入手したのか見事な手斧を握っている。
(あの時の足跡からして有蹄種のモンスターかとは思ったけど、うん。俺らが勝てる相手じゃないな)
最初に見つけた足跡を思い出しながら鈴木は思った。
「なに? どんなモンスター!?」
「あーハイハイ、今場所譲るよ」
鈴木がそこから退いて、残りの三人が窓に身を寄せ合う。
ぎゅうぎゅうになりながらも三人で寄れば狭い窓だが、三人はそんなこと気にならないようで、「おお!」と簡単の声を上げた。
(しかしこうも普通にモンスターが出るのか、この世界かなり厳しいな)
鈴木は右手を顎に手を当て、左手で右手を支えるようにして考える。
「モンスターや! モンスターが直立しとる!」
「ヤベー、テイション上がってキター!」
天汰と大和は何がハマったのか、爆笑している。
「よっしゃ、俺もモンスターの近くに行くわ」
天汰はまるでそうするのが当然のように、馬車後方から飛び降りた。
「ワ――――!! 天汰くんのバカ――――!!」
黒石の絶叫、当然の反応である。
「天汰! ――お前はいい奴だったよ、じゃあの」
鈴木は状況を見てアッサリ天汰を見捨てた。ゲスい顔をしている。
「あ、じゃあ俺も」
天汰に続き、大和も馬車から飛び降りた。
「「おバカさ――――ん!!」」
黒石と鈴木は同時に叫んだ。
そして、大和は着地と同時にモンスターのダイレクトアタックをモロにくらった。
「大和――!」
先に飛び降りた天汰も状況を見ていたのか、大和のほうを見る。
(モンスターはジルさんと戦っていたはずなのに、なんで!?)
無駄な思考をしている暇はなかった。そのジルの大声が響く。
「バカヤロー! 天汰、上だァ!!」
「え?」
声に反応して天汰が上を向いた時には、モンスターの全体重のこもった踏みつけをくらっていた。
「死んだ――!」
クラリ、と馬車から様子を見ていた黒石が仲間の死のショックで気絶した。
「あ、黒石さん!」
倒れる黒石はクラリアが受け止める。
「クラリアさん、黒石のこと頼みますよ!」
「ちょっと、鈴木さん!」
鈴木も先の二人のように馬車から飛び降りた。先の二人よりも少し離れた場所に着地したおかげで攻撃こそくらわなかったが、特に何か策があるわけでもない。隠し持っていた鋏を内ポケットから取り出しておくが、これであのモンスターと戦うなんてことは絶対に避けたい。
(オイオイ、冗談じゃないぞ、天汰一人だけならジルさんいるし大丈夫かと思ったが、完全に読み違った。ゲーム感覚のつもりではなかったがどこか楽観視していた部分があったのも否定できない。その結果二人は……いや、結論を出すのは確認してからだ、まだ二人が死んだと確定してはいけない。とりあえず今は――)
「ジルさんが戦いやすいようにあの二人をモンスターから引き離すのが吉かと」
鈴木の考えを先読みしたように、声が後ろから聞こえる。
「そうだな、うまいこと馬車に乗せれば万々歳だが、さすがにそこまで望むのは高望みってものだろう……ん?」
振り返ると、そこにはさも当然のようにクラリアがいた。
「どうかしましたか?」
「降りちゃったかー」
「はい、鈴木さんおそらく襲われたら打つ手もなくやられてしまうかと思いまして」
「反論できないな。じゃあ、その十手が飾りじゃないところを見せてもらおうか」
「そんな状況にならないのが一番なんですけどね」
「うん、まあ、そうだな。とにかく、遠回りして大和を助けにいこう」
「はい」
鈴木とクラリアはコソコソと移動し始めた。
ジルもこちらの意図を見抜いてくれたのか、引くような――倒れている二人から離れるように戦ってくれている。
「等身大のハンマーぶん回してるのかよ、アリエネー」
ジルの様子をチラリと見て鈴木はそんな感想を漏らす。
「確か、アレは魔法で体を強化しているらしいですよ」
「ああ、やっぱりあるのね、魔法」
「私は使えませんけど、私の世界にもありました。一般的にはないと信じられていましたけど」
「なんで信じられてないのにあるって言いきれるんだ?」
「この目で見ましたから」
「ああ」
そんな会話をしながら鈴木とクラリアは進んでゆく。緊張感はあまり持っていないようだ。そうこうしている内に大和が倒れている付近に着いた。モンスターはジルが引き付けてくれているので問題なく救助が行える。
「ム、大和さん」
クラリアは大和の服をめくり、腹部を確認する。
「外傷がない?」
「そんな馬鹿な、モンスターの突進をモロにくらったんだぞ?」
「内臓系も痛めている様子もありません」
「つまり、気絶して寝ているだけかよ!」
よく見てみると、意外と安らかに眠っているようだ。
「じゃあ天汰も?」
少し離れたところで倒れている天汰に駆け寄り、様子を確認してみると、
「お前もかよ!」
二人とも外傷・内傷共になかった。
「クラリアさん、そいつ叩き起こして、こっちも起こしてみるから」
「はい」
「オラァ天汰ァ! 起きんかいゴラァ! 髪型変な風に切るぞオラァ!」
「待って、起こし方が色々オカシイ!」
天汰は飛び起きた。
「起きたか、よし、いろいろ言いたいことはあるけどソォイ!」
鈴木は持っていた鋏を天汰に向かって躊躇なく刺した。
「いった……くない?」
「俺は刺した拍子に手首ぐねって痛かったけどな!!」
「なんで刺された俺が嫌味っぽく言われてるの!? 意味わかんないんだけど……」
「五月蠅い」
「えー」
天汰がアウェイになっていると、
「天汰! すーさん!」
大和とクラリアがこちらに駆け寄ってきた。
「天汰さんも無事ですね、よかったです」
「大和」
鈴木が手招きで大和を呼ぶ。
「ん?」
寄ってきた大和に全力のストレートパンチをくらわせた。
「お前も心配させやがって」
「ごめん……」
「そしてお前もか」
殴られた大和は特に何ともないようだ。体格差は多少なりともあるだろうが、全力で殴られて何の反応もないのはおかしい。
「え、何が?」
「んにゃ、なんでもない。みんな無事で何よりだよ」
「そうですね、後は……」
スラリアの視線の先、ジルとモンスターの激戦が続いていた。
「アレに対して俺たちができることはない、強いて言うならココから離れてジルさんの心配を払拭することくらいか」
「ない、とは言い切りませんが、離れた方が賢明だと私も思います」
「相互理解が得られたというところでさっさとずらかろう、早急に!」
「しかし、もうその必要はなくなったみたいですね」
「え?」
クラリアはいつの間にか違う方向を向いていた。
「見てください、馬車です」
クラリアが指さす方向には馬車が一台走ってきている。その上には、弓を構えた男と杖を持った女性が乗っている。どちらも美形だ。
「あの耳……まさかエルフ?」
大和が目を細めてぼそっと呟いた。
「嘘マジ? てかオマエよく耳なんて見えたな」
「だからよ、自分でも驚いてる」
「俺にも見えたぜ」
大和に続き、天汰もエルフの特徴的な耳を確認できたみたいだ。そこにクラリアが口をはさむ。
「あの二人はエルフの兄弟、名前は……長いのでフルネームは覚えていませんが、とても強いですよ。特に妹さんはわたしたちの世界ではありえないとされる魔法を使えます。副団長を任されるのはそういった所以があるのでしょう」
「魔法使いキタコレ!」
「天汰落ち着け、飛び跳ねるな」
過度の興奮により飛び跳ねる天汰を窘める。
「スマヌ、ちょっとテイション上がっちまった」
「嘘つけ、お前こっちに来てからずっとテイションは上がったまま冷めてないだろ」
「そうなんだよ」
「で、深く考えないで馬車から飛び降りたと」
「う、ゴメンナサイ……」
天汰は目を泳がせる。
「あ、」
大和が声を出した瞬間、凄まじい勢いで何かが通った後の、風を裂いたような鋭い音が聞こえた。
弓だ。鈴木にとっては聞きなれた、矢が風を切り、的に突き進む音にほかならないものだった。ただ、一つだけ違うところがあるとすれば、
「なんで矢が当たっただけで体の一部が吹き飛ぶんだよ」
「なんでも、魔法で強化しているみたいですよ」
クラリアが答えてくれた。
「――てことは、俺が魔法が使えればあれくらいの戦力にはなるな」
「おや、鈴木さんは弓の経験が?」
「部活でやってた。ま、実力はそこそこ。大会には成績が悪かったから出してもらえなかったけどな」
鈴木の顔に暗い影がおちたので、クラリアもそこから先は気を使って聞いてはこなかった。
そんな雑談をしているうちに、ジルはモンスターを圧倒していた。
先ほどの矢はモンスターの片腕を消し去っていて、そのおかげで拮抗していたジルとモンスターの戦いはジルの方に勢いが傾いた。手数が少なくなったモンスターにハンマーの一撃を食らわせ転ばして、そこで足を潰し、顔を打って歯をへし折る。お世辞にも綺麗とは言えない、生々しい戦い方であった。
分かりにくいかもと思ったので一応説明を。
世界は『元々鈴木たちがいた世界』と、話の舞台の『ファンタジーの世界』、それとは別に『クラリアが元々住んでいた別世界』があります。
またわかりにくそうなことがあればあとがきにでも書くので、それでは次の話をしばらくお待ちください。