走って偶然見つけたもの
光が薄まっていき、細めた目を開けてみるとそこには見慣れない草原が広がっていた。
「は?」
「え?」
「すげぇ」
皆それぞれの反応をしだす。
「はは、ははは! マジか!? マジだ! マジだった!!」
天汰は徐々に感情が高ぶってゆく。
「え、マジで? マジなの?」
「信じられん」
黒石や大和はいまだこのことを受け入れられきれていないようだ。
「これ、どうなんだろう」
鈴木は一人、地面にしゃがみ込んで何やら唸っている。
「すーさんどうかしたん?」
黒石はしゃがみ込む鈴木に気が付いて声をかける。
「いや、足元見ればわかると思うんだけど、魔法陣があるじゃん」
「うん」
鈴木の言う通り、みんなの足元には川原で描いた魔法陣があった。しかし、あちらは石灰粉で描いたのに対してこっちは地面が焼け焦げたように陣が描かれている。
「これ、焦げてるけどどうなってるの?」
「俺に聞かれても……」
「それとついでにアレ、見える?」
鈴木は陣の外側の地面を指さす。
「ほらアレ、あの蹄の跡、みえる?」
「うん。わかるよ」
「俺にはあれ、二足歩行してる足跡にみえるんだけど。少なくとも俺の知る限り二足歩行する口蹄動物はいない気がする」
「じゃあその足跡って」
黒石が恐る恐るという風に聞く。
「モンスターの痕跡見つけたの!?」
話を聞いていたのか天汰が首を突っ込んでくる。
「モンスターかどうかは知らんが、俺らのいた世界にはいなさそうな生物だろうな」
(まあ、本当に異世界なら『生物』でもないかもしれないが)
とも思ったが今はさして重要ではないのでそのことは口に出さない。
「そんなことよりも、一度元の世界に戻ろうよ。探索するにしてももう時間も遅いから明日にしよう」
「いやでもほらここ、日向ごっこできるくらい晴天だし」
黒石の提案を天汰は渋る。
「俺らの世界でのことだよ!」
「それに、元の世界に戻る方法なんて知らないし」
「…………は? は?」
「いや、二回も言わなくてもちゃんと伝わってるから」
「今のは信じられなくて二回言ったんだよ! 方法を知らないってどういうこと!?」
「まあまあ落ち着けブラックストーン。まさか俺も本当に異世界に行けるなんて思ってなかったんだよ、それに元々、元の世界に戻る方法なんて載ってなかったんだから仕方がない」
「一理ある」
「一理もねーよ! すーさんちょっと黙ってって!」
「まあまあ落ちつけよ黒い――ブラックストーン」
「言い直さなくてもいいよ! というか、なんですーさんはそんなに落ち着いていられるんだよ」
「はっはっは、この程度で驚いていたらキリがないぞ。それに、こういう時に慌てふためいていたら冷静な判断ができないぞ」
「一理ある」
大和も乗っかってきた。
「大和くんはどうも思わないの?」
「俺の場合、面白いことに巻き込まれたって感じだな。正直、元の世界に帰れなくてもそれはそれでいい」
「俺は帰りたいです。ネットがつながってないところには一秒たりともいたくない所存です」
鈴木は自己意見を述べる。
「ちょっと待って、みんな。あれ、なんだろう」
大和が急に地平線を指さす。いや、それは言い過ぎた。今現在みんながいるところは少し山なりになっている。それは、この草原のそこらかしこも同じようになっており、山なりだったり窪んでいたりといろんな所がそうなっている。
大和が指さした方向、そこには山なりになっていたところの裏から出てきた。
「え、なにあれ」
視力がいいわけではない天汰と黒石はよく見えていないのか目を細める。代わりに答えたのは視力はいい鈴木であった。
「四足歩行でそのくせ肩部分にめっちゃ筋肉がある。そんでもって緑の豚みたいな体で顔は鷹みたいに鋭い嘴をもってる。うん、化け物だ」
「その化け物が大量に群れでこっちに来てる気がするんだけど」
「「「…………」」」
大和の一声に場に静寂が訪れる。
「逃げるんだよぉおおオオオ!」
最初にかけだしたのは鈴木であった。
「あ、テメ! 待ちやがれ!」
天汰が追いかけ、大和、一瞬遅れて黒石も後に続く。
「お前ら、誰か一人ぐらい囮になってあの化け物を引き付けろよ!」
「ふざけるな! あんなの死ぬだろうが! すーさんこそ囮になれよ!」
「ンなこと言われてはいそうですかーってなるわけないだろうバカか!」
しかし、そんなことを言っているうちに他の三人は鈴木に追い付いてきた。というよりも、鈴木の走るスピードが遅くなってきたというのもある。
普段から全く運動をせずにゲームやネットサーフィンに明け暮れていた日々のツケがでてきた。
「ゼェ、ゼェ、ちょ、片腹イタタ」
「急に走るからだバカ」
天汰が右手をお腹に抑えながら捨て台詞を残して先に行く。
「ちょぉ、ま、待ってぇな。マジで待て!」
「ああ、もう」
見るに見かねたのか大和が戻ってきて肩を差し出す。おぶされということらしい。
「スマン」
「何が悲しくて俺は男を背負わなければならないんだろうね」
大和はしみじみと呟く。鈴木を背負っているというのに、足取りは一人で走っているときとあまり変わらず、天汰や黒石と離れるというようなことにはならなかった。
ひとしきり走ると三人は誰からともなくスピードを緩めた。
「はぁ、はぁ」
「うー、久々に走った……なんか気分悪い」
「俺も少し疲れた」
足を完全に止めて天汰と黒石は草の上に仰向けになる。モンスターの群れの進路からはしっかりとはずれているので周囲に目に見える危険はない。
「大和サンキュー」
「うん」
鈴木は大和の背中から降ろしてもらう。
「お、若い男二人がはぁはぁ言いながら並んで寝てるー」
「お前殺すぞ」
「おお、怖い怖い」
天汰の殺意のこもった眼差しを軽く流して鈴木は遠くに見えるモンスターの群れを見る。
「うーん、あれはもうダメだろうな」
「あ? 何が」
「魔法陣。あれだけ地面が踏まれれば陣も踏み荒らされるだろうね」
黒石が勢いよく上半身を起こす。
「魔法陣がなくなったら帰れないじゃん!」
「落ち着け黒ストーン」
「変な風に言わないでよ、まだブラックストーンって言われた方がましだよ!」
「じゃあ黒石」
「言わないんだね」
ぼそりと天汰が呟く。
「だいたい、魔法陣があっても帰れるか分からなかっただろうが。それにお前ら確か紙持ってたよな」
「あっ、そういえば」
黒石は思い出したようにズボンのポケットをあさる。が……
「ない……」
「あれ、俺のもない」
「右に同じく」
大和、天汰が後に続く。
「お前らもう無くしたのかよ」
「じゃあすーさんちゃんと持ってる?」
「もちろん――持ってるわけがないだろう」
確か、天汰からもらってすぐに風に流されてどこかに行ってしまったのを思い出した。これは自分の胸の内に閉まっておこうと思った鈴木だった。
「まあ、そうだろうな」
「全員魔法陣のプリントがなくなってる、これは魔法的な何かしらが働いたってことだな」
天汰が決め顔でいう。
「というかさ、このままじゃホントに俺らヤバくない?」
「そうだよ! どうするんだ!」
大和のセリフで現実に戻された黒石がまたパニックを起こしかける。
「それについては、アレを頼ろうか」
鈴木が指さす方向には、馬が荷車を引いている集団があった。
(まあ、あそこにいるのが人間とは限らないけど)
話は全然進みません。それでも続きを期待するという風変わりな人がいることを願って。