かっこいいセリフは行動と結びついて初めてかっこいいように見える
さて、スフィア一行が激戦に身を置いている中、鈴木はというと、裏道を使って馬車の反対側に回っていた。
(さてさてさて、スフィア達が暴れているおかげで敵の目はそっちに向いているハズ、それに奇襲だったからなおのこと、他に目を向ける余裕はないハズ)
しかし、鈴木の背後から手を伸ばす者がいた。
「ぐえっ!?」
服を後ろから掴まれて、首が一瞬だけ詰まる。
「アナタ馬鹿なんですか! 巻き込まれたらタダじゃ済みませんよ!」
「アイリスちゃん……気配消して離れたのによくわかったね」
首をさすりつつ、鈴木は振り返る。
「てか、思ったより力が強いね、僕よりあるんじゃない?」
「そ、そんなはずないですじゃありませんか!」
(お? 動揺してる?)
「そんなことよりアナタ、前に言いましたよね」
「あー、えー……と?」
「完っ全に忘れてますね」
「おやおや、あの、アレでしょアレ? ちゃんと覚えていますよハイ」
「自分の発言を記憶していないのですか? 最低ですね……」
見下すような視線(身長は鈴木の方が高いので、実際は見上げているのだが)に満足したので冗談はこれくらいにする。
「覚えてるよ、君以外の他の人を助けるんだろ?」
「違います」
「え?」
「アナタには戦える力がないです」
「あれ、それ言ったのアイリスちゃんじゃなかった?」
「どっちでもいいです。細かい奴はキライです」
「えぇ~」
「もし、アイツが気が付いたら、戦う力を持っていないアナタなんてすぐに殺されますよ!?」
人間が水風船のように破裂死したのは鈴木の記憶に新しい。
「アイリスちゃん、リスクなくして成功を得ようなんて、それは人生にとってとても烏滸がましい考え方だよ」
「…………」
その沈黙は、今までの沈黙とは少し違った、何も言い返せない、咄嗟に何も思いつかないような、そんな沈黙だった。
「じゃあ、アイリスちゃんも分かってる通り、ここは危ないからさっきのメイドさんの所まで戻ってもらってもいいかな?」
「…………」
アイリスは何か言いたそうに口を開いたが、やっぱり何も思いつかなかったらしく、キッと鈴木を睨んでから走り去っていった。
「……さて」
アイリとのお喋りで時間を取られてしまったが、聞こえてくる音の様子から状況はあまり変わっていないと考えられる。
馬車には簡単に侵入できた。中は広く、物は少なかった。小さな暖炉には火掻き棒があるが、使われている形跡はない。鈴木達がこの世界に来たのは寒い冬だったが、この世界では春くらいの暖かさなので、使っていないのは当たり前なのかもしれない。しかし、何よりも目を引くのは大きな檻だ。
檻の中には、鈴木が蛭に見かけたガタイの良い人や、腕っぷしの強そうな人が一斉にこちらを見ていた。ちょっとしたホラーである。
「あ、うん、こんばんは~」
とりあえず挨拶をしてみた。
「――えっと、皆さんを解放したんだけど、鍵がどこにあるか知らない?」
檻の中の人は、また一斉に戸棚を指さした。
「どうも」
戸棚を迷いなく開く。
「うっそ、銃みっけ!」
戸棚の中は、数枚の書類、ノート、拳銃に銃弾の入った箱があった。
拳銃と銃弾の箱を迷わずポーチにパクる。
「ちょっと借りるZE! 死んだら返すZE!」
「じゃあ死ね」
「――ッ!」
後ろを取られた。間違いなく死んだ。そう思った。
「ヤ――ッ!!」
鈴木の後ろを取った何者かを(鈴木ごと)蹴り飛ばす者がいた。
「うげっ!」「ヨホッ!」
ヨホホの男と鈴木を蹴り飛ばした者、誰とは聞かずとも、かわいらしい叫び声で分かった。アイリスだ。
「早く逃げて!」
「バカ! お前が逃げろよ!」
セリフこそかっこいいが、鈴木は転げそうになりながら外に逃げている。
少し走って逃げると、丁度目の前に腕を組んだスフィアが待ち構えていた。スフィアはヨホホの男とアイリスが入っている馬車を眺めて、感心の表情を浮かべていた。
「へえ、驚いた。あの子、決して押しているわけじゃないけれど、負けていないわ、あの歳でそれができるなんて、あの子ヴァルキュリーに違いないわ。そっか、ヴァルキュリーだからこそ奴隷として売られていたのね」
「勝手に納得してもらってるところ悪いが、全く分からん」
ほんの少しの運動に少し息切れをしながら、鈴木はスフィアに説明を求める視線を送る。
「ヴァルキュリーは人間の突然変異種、戦いでは負け知らずで、幼い内なら人間の大人の力でも抑え込めるし、奴隷としても高く売れるわ」
「OK、把握」
「理解が早くて助かるわ。おーけいってどういう意味?」
「わかった、とか、そんなニュアンスの意味」
「ふうん?」
そうかだからアイリスちゃん買うときにあんなにお金持っていかれたのかなどと鈴木が考えている内に、スフィアは手に握る銃を両方向ける。
(お、二挺拳銃……かっこいい、ロマンだな)
スフィアは躊躇いなく、馬車内にいる敵を撃った。
パパシュン!
聞き逃しそうになるほど小さい発砲音。
二発の弾丸は性格の一つの頭を撃ちぬいた。
結局、誰もヨホホのタキシード男の名前を知らないうちに、この戦いは幕を下ろした。