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神託の乙女になりました  作者: 銀月


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8/12

7.七日目

「ねえ、こっちにルカちゃんいる?」

 夜明け前、突然部屋に響いたナイアラの声で飛び起きた。

「何があった?」

「やっぱりだあ、どうしよう、ルカちゃん、連れて行かれちゃったあ」

「どういうことだ!?」

 すぐに横に置いた剣を掴み、部屋を飛び出そう……としたところで、後から現れたイリヴァーラに止められた。

「落ち着いて、カイル」

 イリヴァーラは僕を部屋の中へ押し戻し、もう一度「落ち着くのよ」と言った。

「正直、油断してたわ。魔法でやられたの。たぶん、麻痺か束縛か……声も出せなかったから、麻痺のほうね。

 そうやって、私もナイアラも何もできないまま、まんまとルカを連れ去られたわ」

「なら、すぐに助けに行かないと」

「どこに? もう一度言うわ。落ち着くのよカイル。すぐに何かされる心配はない。向こうだって、蝕を前にルカに下手なことはできないはずよ」

 イリヴァーラの言うとおりであることはわかる。だけど、わかっていてもいてもたってもいられず、僕はうろうろと部屋を落ち着かなげに歩き回ってしまう。

「いったい、どこへ連れ去られたっていうんだ」

「少し、整理しましょう」

 イリヴァーラが冷静な声で呼び掛け、ヘスカンが僕を宥めるように肩を叩いた。

「もう一度情報を集めましょう。状況は変わったのだから、何かしら動きがあるはずよ。魔法の出し惜しみもしている状況じゃないわ。むしろ、魔法を使って調べていくところね」

「ならば、“易占”で、指針を神に問おう。蝕まで3日なら、期間も充分なはずだ」

「ええ、ヘスカン、お願い。私はダメ元で遠見をやってみるわ。うまくルカが映ればいいけど。……もう少し絞り込めたら、“神々との接触”も試してみるつもり」

 はあ、と僕も深呼吸をする。確かに、焦りだけではうまくいくものもいかなくなってしまう。

「僕は教会へ行こう。大司教に何か降りているかもしれないし」

「ええ、お願い。私は遠見のあと変人魔術師を訪ねてみるから」

「あたしも、また全部回ってみるねえ。詩人くんも、何か掴んでるかもだし」

 頷きながら、ナイアラが何故か僕を見上げる。

「……ねえカイル。カイルって、ルカちゃんにちゃんと言ってたんだよねえ? 気持ちとか、思ってることとか、ちゃんとさあ?」

「気持ち? 何の?」

「何のって……まさか、何にも言ってないの?」

「だから、気持ちとか、いったい何のことを言ってるんだ」

 みるみる顔色を失い瞠目するナイアラに、何かまずいことでもしてしまったのかと狼狽える。何か報告をしなければならないようなことでもあったのか?

「イリヴァーラ、どうしよう、カイルこの調子だと言ってない、ちゃんと言ってないよ! ルカちゃん行っちゃったのカイルのせいだ、もうやだカイルの馬鹿あー!」

 癇癪を起こしたように大声で喚き出すナイアラに驚く。言ったとか言わないとか、いったい何の話なのか。

「だから何だよ、話が見えない。ちゃんと説明してくれ」

 狼狽える僕に、眉間を揉みほぐしながらイリヴァーラが口を開く。

「あのねカイル。ルカが連れて行かれる時、かすかに話をしている声が聞こえたの。

 ──悪魔王(アスモデウス)の司るものは欲望と猜疑。ルカは、たぶん心の隙と不安を突かれてしまったんだと思うわ」

 イリヴァーラは顔を顰めて大きく溜息を吐く。ナイアラが「カイルに任せきりだったの、間違えたのかなあ」と項垂れる。

「心の隙? 不安? どうして……」

「カイル、私たちは皆、てっきりあなた方ふたりはきちんと互いの心について話しているものとばかり考えていたんですよ」

「ヘスカン?」

「あなたがルカを護るのは、神の使命からというだけではないでしょう? そのことを、ちゃんとルカに伝えていたんですか?」

「それは……わざわざ言わなきゃならないことなのか?」

 ヘスカンまでもが、やっぱりかと盛大な溜息を吐いて首を振る。だって、あれほど態度にも示していたつもりなのに……。

「カイルわかってないよお。どうしてこんな子に育っちゃったのお?」

「育っちゃったって……」

「唐変木すぎるよお。カイル22でしょお? もうすぐ23でしょお? 今まで何やってたのよまったくぅ!」

「何やってって」

 ナイアラがなぜか涙目になって僕をどんどんと叩き、責め立てる。泣きたいのは僕だ。いったい何をどうしてこんなに責められる必要があるのか。

「……馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本当に馬鹿だったのね。言葉で言わなきゃ伝わるわけないでしょう。言葉を何だと思ってるのあなたは。どれだけ私たちがお膳立てしてたと思ってるのよ」

「弁護すべき点が見つかりません」

 おぜんだて? と呆然とする僕を、眉を吊り上げたイリヴァーラが、腰に手を当ててビシッと指差す。

「いい、カイル。色事に経験のない子が、態度だけでなんて気付けるわけないでしょう。態度に示したのをわかれだ? 熟練夫婦だってそうそううまくいかないことを、ルカに気付けというの? このクソ天人が」

「く、クソって」

 ムッとして自分の顔が引き攣るのがわかったが、イリヴァーラの勢いは止まらなかった。

「うるさいわね。ルカの身にもなってごらんなさい。好きになった男が自分のそばにいるのは、その男が誠心誠意仕える神が直々にお命じになったからだって、ずっと思わされ続けてるのよ。しかも、その男がそれ裏付けることばっかり言うなんて、報われなくて涙が出るわ。泣くわよ普通に。耐えられるわけないでしょ。使命が終わったらさようならだとか普通に考えちゃうでしょ。

 そこに悪魔が現れて文字通り悪魔の囁きよ。これでついて行かないほうがおかしいわ。あんたわかってるの?」

 イリヴァーラまでが、なぜか涙目になって僕を糾弾する。

「ほんっと、馬鹿じゃないの。これがクソじゃなくってなんだって言うの。反省しなさいよ。何が偉そうに“神がお命じになった”よ。最初から下心満載だったくせに、ふざけんじゃないわ。気取ってんじゃないわよ。神の名前出さなきゃ女の子ひとり口説けないヘタレのくせに!」

「なっ、いや、だって、そんな……え?」

 好きになった男が?

 ぽかんとする僕を、イリヴァーラがじろりと睨む。

「まさかそれすら気付いてなかったとか、言わせないわよ。その目は節穴なの? 顔に付いてるだけ? 脳味噌腐ってるの? 何の役にも立たない頭なんか、今すぐ地獄の番犬(ケルベロス)に食わせてしまうといいわ。

 ……一日中一緒にいて話してるわりに、様子が変だとは思ったのよ。まさかこっちの気遣い全部無にされてたなんて、想定外過ぎて、覚えた魔法が全部吹っ飛びそうだわ。いったいあんたの親はどうやってあんたを育てたの」

 教会にもっと情操教育しろってねじ込んだほうがいいのかしら、と、イリヴァーラは、ふん、と息を吐いた。

「──ああもう、全部後の祭りじゃない。こうなったら、なっちゃったものは仕方ないわ。カイル、ここが正念場よ。まずは、断固、教会の介入を防いでちょうだい。たぶん、冒険者なんかには任せておけないとか言い出すはずだけど、教会がおおっぴらに動いたらこっちがやりにくくなるんだから」

「……わかった」

「とにかく、調査も準備も使えるのは今日だけ。リミットは蝕が始まる前。3日後の日暮れね。それまでにルカの居場所を調べて辿り着かなきゃ、何もかもアウトだわ。全員で手を尽くすのよ」


 朝の鐘を待って、僕らはすぐに行動を開始した。

 ……まさか、ルカがそんな風に考えていたなんて。どうして僕は気付けなかったのか、後悔ばかりが湧き上がる。いつも笑っているからと、それで安心していた僕が馬鹿だったのか──確かに、言葉にならないものをわかれというのは、無理な話なのかもしれない。

 そんなことをぐるぐると考えながら早足で教会に向かい、大司教猊下への面会を請うと、すぐに案内された。


「では、“乙女”はカルトの手に落ちたと」

「はい、猊下……僕の責任です」

「……なんという、ことだ」

 報告を聞いて、よろよろと大司教猊下は頭を抱えると、眉を顰めた。

「ですが、今、仲間たちも伝手を頼って行方を追っています。すぐに彼女の行き先は知れると……」

 言葉を続ける僕に猊下は止めるようにと手を振り、僕の血の気が下がる。これはよくない(きざ)しだ。

「カイル、お前はここに留まるように」

「──何故ですか?!」

 やはりそう来るかと、どこか納得しながらも僕は猊下に対し声を荒げる。

「神の宝石たる者、愛し子をふたりとも失うわけにいかぬ。捜索には教会の者を出す。冒険者だけには任せん」

「待ってください猊下!」

 けれど、猊下は聞く耳を持たないという態度で淡々と続けた。

「これは私の、いや、教会の決定だ。従え、カイル。お前はこの“正義と騎士の神”教会の聖騎士であろう。教会の決定には従うのだ」

「しかし猊下、僕に我が身を惜しんで隠れ忍べと仰るのですか? 僕はルカを助けに……」

 猊下はじろりと僕に目をやると、ぴしゃりと言い放つ。これ以上の議論は不要とばかりに。

「カイル、後は教会に任せよ」

「……猊下、駄目です、僕はルカを助けに行きます!」

「ならん。従えぬというなら、お前にはこの度の不始末の責任として、謹慎を命じる。衛兵、彼を連れて行きなさい」

 猊下の合図で両脇を衛兵にがっちりと抑えられ、僕は引きずられるように部屋を連れ出された。


 反省坊に押し込まれ、外から鍵を掛けられて、深く息を吐く。いったいどうすれば。どうやってここを出ればよいのか。

 ……まったくもって、いったい何をやってるのだ自分は。ルカは自分をお荷物だと言ったが、本当にお荷物になっているのは僕じゃないか。気ばかりが焦り、けれどどうすることもできず、 ただ悶々と考え込むだけだった。


 地下の反省坊に窓はなく、時折かすかに聞こえる鐘の音だけが時間を知らせてくるのみだ。定期的に回ってくる巡回だけが、外を通る。静かすぎて、かえって焦りだけが募っていく。

 ……剣だけは離されなくてよかった。あとはどうにかして身一つででもここを出れば。

 そこまでを考えて、けれどさすがに教会の中は守りが堅く、魔法による侵入すら封じられているというのに、どうやってここを出るというのか。仲間だって、通常の手段ではここまでたどり着くことすらできないだろう。

 ……扉を破って、と考えたが、すぐにここにいる他の司祭や衛兵たちを全部相手取って逃げるのは気が引けて──破門にすら、なりかねないと考える。


「ここに、天人の聖騎士がいると言うのね?」

 出口のない袋小路をぐるぐると歩き回っているかのように考え続けていると、突然、扉の外から聞きなれない声がして、僕は顔を上げた。

 すぐにがちゃがちゃと鍵を開ける音とともに扉が開き、扇子を口に当てて「埃っぽい部屋ね」と言いながら、従者を連れた、美しく着飾った貴族の令嬢が入ってきた。

「では、申し訳ないのですが、扉は閉めさせていただきます」

「構わなくてよ」

 ここまで案内してきたらしい衛兵が慇懃に述べると、彼女が鷹揚に頷くのを確認して一礼し、外へ出て再び扉を閉めた。

「あなたは?」

「ふうん、お前が天人の聖騎士なの。思ったよりもしょぼくれているのね」

 怪訝そうに見る僕をじろじろと眺めた後、令嬢はつかつかとこちらへと歩み寄り、おもむろに手に持った扇子でぐいと僕の顎を持ち上げた。

「あまり面白みのない顔ね」

 少々この言い草は失礼なのではないかと口を開こうとすると……。

「それではアートゥ、さっさと用事を済ませておしまいなさい」

「はい、お嬢」

「……アートゥ?」

 後ろに控えていた従者が扉の外を伺い合図をすると「こうなるんじゃないかって、思ってたわ」と、虚空からイリヴァーラの声がした。

「しょぼくれて凹んでるところを見に来たよ」

 そして、扉を背にこちらを振り返り、にやにやと笑う従者の顔は……「お前、まさか」

「お嬢も僕も、ルカちゃんどうにかされると少し困るんだよね」

「悪魔王を召喚するのはわたくしこそですのに、カルトなどという下賤の者に先を越されるのは我慢ならなくてよ。アートゥから聞いたわ。お前、そのルカとかいう娘を助けてカルトを潰すのでしょう? こんなところで腐ってる暇があったら、さっさと仕事をなさい」

 その令嬢は尊大に言ってのけると、僕には興味を失ったように後ろへと下がった。それと同時にイリヴァーラが姿を現し、「お嬢様、ご協力に深く感謝いたします」と最敬礼をする。そしてすぐに僕へと向き直った。

「カイル、それで腹はくくれた?」

「腹をくくる?」

「そうよ。あなたはここから出るんでしょう? その意味がわからないとは言わないわよね?」

 僕はごくりと唾を飲み込む。破門、という言葉が心を過るが、僕は決して神に背くわけではない、教会が必ずしも正しいというわけではないのだと、自らに言い聞かせるように考える。神託によってこの身に課せられた使命のために、何より自分とルカのために、すべきことをするために、ここを出るのだ。……保身のためにこのままここに留まりルカを失えば、逆にその時こそ、僕は自分を許すことができず、堕ちるだろう。

「問題ない。剣もここにある。このまま行こう」

 立ち上がり、頷く僕にイリヴァーラは優しく、姉か母にでもなったかのように微笑み、指輪をひとつ差し出した。

「大丈夫よ。うまく行けば、教会のあなたへの処分だってどうとでもできるわ。これから、それだけの働きをするんだから。

 ──さ、これを付けて。ナイアラの透明の指輪を借りてきたの。ここには幻を置いてくわ」

 イリヴァーラが手早く呪文を唱えると、部屋のベッドの上には僕が座って項垂れているような幻が現れた。

「長時間ごまかすのは無理だから、さっさと都を出るわよ。いいわね?」

「ああ、そうそう。ジャスパーから、伝言預かってるんだよ。はい、これ」

 人間の姿を取った“悪魔混じり”の詩人は、くつくつと笑いながら何か封書を差し出した。

「あとね、アレ、連れ込んでるなら、北のほうが怪しいから。今日になって急に慌ただしく移動してるんだよね。北のはここから少し遠いから、行くなら急いだほうがいい」

 では、準備はできたのかしら? という令嬢の声に僕とイリヴァーラが頷き姿を消すと、令嬢は再び衛兵を呼ぶ。そのまま令嬢と共に扉を抜け、僕らは教会から脱出した。


 外はもう夕暮れの時間だった。閉門までまだ少し余裕はあるが、教会の手が回ってからでは遅いと、さっさと外へ出る。荷物ももう運び出してあると。

「ヘスカンの“易占”で、あの詩人に力を借りろと出たの。驚いたわ、彼の主人て、十大貴族のひとつなんだもの」

 どうりで、たやすくあの地下の反省坊まで面会に来られたわけだ。

「でも助かったわ。教会には移動の魔術を阻害する結界があるから、どうやってあなたを連れ出そうかと悩んでいたのよ」

「いちおうね、必要そうなものは揃えておいたよお? カイルの鎧も、そっちの袋に入ってるのお。剣取り上げられてたらどうしようかなって思ったけど、持ってるみたいでよかったあ」

 ナイアラも安堵の笑みを浮かべていた。

「心配させてすまなかった。剣は……僕にしか触れないから、単に取り上げたくてもできなかっただけだと思うよ」

「どっちにしても良かったよお。剣無しのカイルだと、強さ半分になっちゃうもん。これから危ないとこいくのに、半分じゃ役に立たなくなっちゃうよお」

「ちょっと酷くないか?」

 ナイアラはにいっと笑って、「ヘタレの上に半分とかなったら、ルカちゃん泣いちゃうしねえ」とすたすた歩き出した。

「準備ができたなら、出発しましょうか。教会も気になりますが、少しでも距離は稼いでおきたい」

「そうね。変人魔術師の書簡も見たけど、やっぱり怪しいのは北ね。“易占”の結果も“神々との接触”の結果もそう出ていたし、間違いないと思うわ」

 北……都の北に位置する丘陵地帯の、“魔女の舞踏場”と呼ばれる場所を目指して、僕らは歩き始めた。


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