4.四日目
都に着いて1日目。
朝食を食べながら、ナイアラは「その手の情報に詳しいひとが見つかりそうなんだあ」と嬉しそうに報告した。
「あら、さすがね」
「たぶんね、カルトのことならそのひとがいちばん詳しいんじゃないかってえ。かなり情報持ってるみたいなんだあ」
ナイアラが“オトモダチ”に聞いたというそのひとは、いつもだいたい昼過ぎにふらりと現れるのだという。だから、そこを狙って今日も行くのだそうだ。
「僕はいちど教会に行くよ」
カイルも、さすがにまったく教会に顔を出さないわけにはいかないらしい。神託のこともあるから、大司教に話をする必要があるという。
「もちろん、ルカも連れて行くのよね……」
イリヴァーラは何かを思案するように視線を彷徨わせる。
「ねえ、ヘスカン、あなたも付いてってもらえるかしら。その間、私は魔術師回りをするから」
「構わない」
「いや、僕だけで……」
「だめよ。教会が相手なんだから、あなたひとりで行ってほいほい言うこと聞かれたりしても困るの」
「ほいほいって……」
カイルは憮然とするけれど、やっぱりイリヴァーラに押されて不承不承ながら頷いた。
「あと、今日かける魔法なんだけど……ルカ、あなたの精神とカイルの精神を繋いで念話ができるようにするわ」
「へっ?」
「えっ?」
イリヴァーラの言葉に私もカイルも素っ頓狂な声を上げてしまう。
「ルカはともかく、カイルは初めてじゃないでしょう? 前にかけたあれよ。今からかけて昼まで持てばいいくらいだけど、この町の中なら余裕でカバーできるくらいの距離でも話ができるし、万が一の対策ってこと」
それから、呆然とカイルとイリヴァーラを順番に見やる私をしばらく眺めた後、「ああ」と、ぽんと手を叩いた。
「ルカ、安心して。繋いだからって何もかもだだ漏れじゃなくて、意識して送った言葉しか相手に聞こえないから。その代わり、何かあったら躊躇せず、すぐにカイルを呼ぶの。いいわね?」
それでもついちらちらとカイルを見ながら、私はこくりと頷いた。
朝食のあと、さっそくがっちりとカイルに手を繋がれて、町を歩いた。後ろからはヘスカンもついてくる。
「正義と騎士の神の教会は、北の貴族街に近い場所にあるんだ。ここは商業区の北側だから、それほど遠くない」
カイルの簡単な説明を聞きながらきょろきょろと辺りを見回す。商業区といっても雑多な雰囲気はあまりなく、街並みが綺麗で整っているのは、貴族街が近いかららしい。
この都市は、北に行くにつれて高級住宅街となってるのだそうだ。北側の一番立派な城塞には、この都市を治める王がいる……と思っていたのだけれど、ここは自治をする都市国家のような町で、十大貴族と呼ばれる10の貴族が合議制のようなシステムで町を治めているという。城は言うなれば役所兼議会場みたいに使われていて、町の代表はその貴族たちの間での投票によって選ばれているのだそうだ。
へえ、と思いながら北にそびえる城を眺める。やっぱり、映画みたいな派閥闘争もあるんだろうか、なんて考えながら。
しばらく歩き続けて町のようすが変わったところで広場に出ると、そこには剣を掲げた壮年男性の像と、壮麗な建物があった。白い石の外壁には様々な鎧姿の騎士の彫像が立ち並び、複雑な模様を描く彫刻で飾られている。
「着いたよ。ここが正義と騎士の神の教会だ」
カイルに手を引かれて正面の入口へと向かうと、司祭服のような長衣を着たひとが一礼し、ぎいっと扉を開けてくれた。その恭しい態度に、もしかしてカイルは教会の偉いひとなのではないかと思ってしまう。
「カイルは数少ない天人で、しかも教会の聖騎士としても実力があります。ですから、この教会のものなら、ほとんどの司祭が彼の噂を聞いたことがあると思いますよ」
ぽかんとする私にヘスカンから小さく耳打ちされ、私は横を歩くカイルを見上げた。教会の中をゆっくりと進む彼の姿は、いつもイリヴァーラに言い込められてるのとはまったく違い、とても堂々としていて神々しささえ感じるほど、立派なものだった。
(カイルって、なんだかすごい)
(……えっ?)
つい考えたことが伝わってしまったみたいで、急に彼から返答と視線が寄越された。不意打ちで目が合い、私は慌てて視線を外してしまう。耳が熱い。頭の上でふっとカイルが微笑む気配がして、相変わらず握られたままの手に力が篭った。
「聖騎士カイル、あなたが都に入ったと聞いて、大司教がお会いできることを楽しみにしておりました」
教会の奥で、すこし立派な長衣を着た司祭らしきひとに声を掛けられ、カイルが一礼する。
「司祭長殿、実はこちらの大司教猊下に直接お話ししたいことがあり、こうして参った次第です。
こちらは知識と魔術の神の神官であるヘスカンと、今回ご報告する件に深く関わるルカ嬢です」
いつもとはまったく声の調子も口調も違うカイルに緊張を誘われる。報告とは、きっと神託のことだろう。
──ふと、神託のことを報告したら、私はいったいどういう扱いになるのだろうと考えて不安になった。教会に閉じ込められたりしてしまわないだろうか。
思わずカイルを握る手に力が入ると、(大丈夫だよ)とカイルの声が頭の中に響いた。
すぐに大司教猊下の書斎へと通された。カイルを待っていたというのは、本当のことだったらしい。猊下は老年に差し掛かったくらいの男性だ。頭はすっかり白髪に覆われていたけれど、背筋はまだしっかりと伸びていて、戦士のように鍛えられた印象の人間だった。
そして、驚いたことに大司教猊下にも神託が降りていたのだという。ただ、カイルが見たものとは若干違っていて、地獄の光景がこの地上を覆うところまでだったようだけど。
「なるほど、聖騎士カイル。ではその女性は神から啓示のあった“神託の乙女”であると申すのか」
「はい。紛うことなく、彼女こそが神がお示しになられた“乙女”です」
……乙女。その単語に、私はむせそうになっていた。この年になって、まさか乙女と呼ばれることがあるなんて、と思う。しかも、ここに及んで今なお、カイルは私の手を握ったままなのだ。こんな、正式っぽい場で手を握られて“乙女”と連呼され、“もうやめて! 私のライフはゼロよ!”と叫び出したくなってしまう。
(ルカ、どうした?)
密かに悶える私のようすを察したのか、カイルが念話を寄越した。
(なんでもないです。でも乙女乙女と連呼されるのは、かなり恥ずかしいデスネ)
(大丈夫、ルカは“神託の乙女”に相応しい女性だから、自信を持って)
そこじゃない。たぶん問題はそこじゃない。
「なるほど……ならば、彼女は教会で保護すべきだと言いたいのだが、君の意見は違うようだね?」
猊下はカイルと私と、それからしっかり握られた手へと順番に視線を移し、最後にカイルへと戻した。カイルは「当然です」と頷く。
私はひやひやしながらもカイルの手をじっと握ったまま、ただ成り行きを見守るだけだった。
「僕は神託を受け、神の名において彼女を任されました。もちろん、教会に何か含むところがあるのではなく、僕は自身の神への誓いを果たすために、彼女のそばに有り、彼女を護ります」
強い調子できっぱりと言い切るカイルに、なんとなく俯いてしまう。
そこへ、こほん、とヘスカンが咳払いをひとつして、入ってきた。
「私は知識と魔術の教会の神官であるヘスカンと申します。猊下、私からの見解を述べることをお許しください」
大司教猊下が頷くと、ヘスカンはカイルと猊下の見た“神託”の違いを指摘し、実に理詰めで「“神託の乙女”はカイルとともにいるべきだ」と説いた。
大司教猊下の口ぶりでは、うまいことカイルを言いくるめて私をこの教会に止めたかったのだろう。なんせ、神自らが神託とともに遣わした“神託の乙女”なのだ。だけど、カイルは思ったよりも頑固だったし、ヘスカンも神のご意志を盾に取った理屈で畳み込んでくるしで、そうもいかなくなってしまったように見えた。
結局、大司教猊下は、カイルが都にいる間は毎日報告に上がることと、状況が変わった時は必ず教会に知らせることを約束させるだけにとどめた。
ヘスカンを同行させたイリヴァーラは、こうなることを予想していたのだろうか。たぶん、カイルだけだったら、押し切られていたかもしれない。なんせ、偉そうな司祭やら司教やらまでが、彼を囲んであれやこれや言ってきたのだから。
「よかった……」
ひとりであそこに置いて行かれたら、ノイローゼにでもなっていたかもしれない。いくら安全だと言われても、冗談じゃない。
「……情けないけれど、ヘスカンがついてきてくれて助かった」
カイルまでがほっとしたように呟くと、ヘスカンは目を細めて「適材適所というものですよ」と嘯いた。
口角がわずかに上がっているところを見ると、これが彼の笑顔なんだろうか。
結構朝早く出たはずが、教会を出た時にはもう昼の鐘が鳴り響く時間だった。
「あ、おかえりい。待ってたんだよお」
宿の入り口をくぐると、食堂ではナイアラが待ち構えていた。
「お腹空いたでしょう? お昼食べながら話そう」
そう勧められて席に座って、やっとほっとすると、ナイアラが「ご苦労様」と私の頭をぽんぽんと叩いた。
「あたしはねえ、なんと繋ぎが取れたんだあ」
「繋ぎ?」
「そ、詳しいひととの繋ぎ。ただ条件を出されてねえ……」
ナイアラはちらりとカイルを見る。
「ルカちゃんとならお話してもいいよって。大勢といっぺんには面倒臭いから嫌だっていうの」
ナイアラはもう一度ちらりとカイルを見てから、「ルカちゃんどうかなあ?」と言った。
「ひとりでは行かせないよ」
カイルは目を眇めて硬い声で断言した。異議は認めないという雰囲気が、あからさまに漂ってくる。
「でも……」
そのひとに話を聞けなかったら、後々困るんじゃないだろうか。
「絶対にだめだ。僕も一緒だ」
「うん、たぶんそう言うだろうなあと思ったから、カイルはついてきてもいいってことにしてもらったよお」
にこにこと笑ったままのナイアラに、私は安堵の息を吐いた。
「そういうことは、最初に言ってくれ」とカイルも息を吐く。ナイアラは、そんな私たちのようすに「そんなのおもしろくないしい」と笑っていた。
ナイアラによれば、話をしたいなら、夜、夕食後くらいの時間になったら、ふたりで彼の行きつけの酒場に来てくれということだった。今滞在している宿の場所よりも南側の区画で、そもそも独り歩きで行くのは言語道断の地域らしいのだけど。基本的には私とカイルで赴くけれど、ナイアラもこっそりついて来るし、イリヴァーラとヘスカンも、時間をずらしてその店に来るという。
イリヴァーラ曰く、「用心しておくに越したことはないわ。当然の処置よ。向こうだってそのくらい予想してるんだろうし、構わないでしょう」ということだ。
時間を見計らい、訪れた酒場の教えられていたテーブルにいたのは、人間ではない種族……立派な角に長い尻尾の、“悪魔混じり”と呼ばれる種族の男性だった。年齢はよくわからないけれど、私と同年代か幾分か上に思う。彼は私たちに気づくとすぐに立ち上がって優雅に一礼し、おもむろに私の手を取って指先に口付けた。
「吟遊詩人のアートゥと申します。以後お見知り置きを、お嬢さん」
もちろん、こんな扱いなど受けたことのない私はどぎまぎしてしまうだけだ。それにしてもカイルはガン無視なのか? 私と繋いだままのカイルの手に、ぐぐっと力が篭る。
「あ、あの、ルカです、よろしくです。こちらは……」
「へえ、ルカちゃんて言うんだ? 男の子みたいな名前だけど、君に似合ってるね。かわいいなあ」
彼は本気でカイルは構わないつもりか、にっこりと微笑んで急に崩れた口調でさらりと言ってのけた。私はますますどうしていいかわからなくなってしまう。
だが、機嫌の良い彼に反して、背後のカイルの機嫌は急降下しているようだ。背中に不穏な空気がひんやりと冷気を帯びて伝わってきて……振り向くのが、少し怖い。
「ルカ、こういう“悪魔混じり”は自分の衝動と欲望に忠実な種族で信用ならないんだ。言ってることをまともに聞いちゃいけない」
「え? え?」
私の肩に手を置き、アートゥにも聞こえるように言うカイルに少し慌ててしまうが、目の前の詩人は目を細めて笑みを深くするだけだった。
「さすが教会の聖騎士様は言うことが違うね。そのお高く尊い聖騎士様連れの麗しい女性が、僕に何の用なのかな? ……ふうん、なるほど、この子が教会の大切な……ってわけか」
「なぜそれを知ってる」
ますますいきり立つカイルにはらはらする。ここで彼に帰られてしまっては、元の木阿弥だ。
「ああ怖い。そんなに睨まないでくれるかな? 僕は詩人だよ? 意味はわかるよね?」
くすくすと笑いながらその“悪魔混じり”の吟遊詩人は瞳も瞳孔もない金一色の目を細めた。ああ、あまり挑発しないでほしい。
「悪辣な行いに手を染めるというならこの場で斬り捨てるだけだぞ」
「やだなあ。悪辣な行いって何のことだよ。僕は善良な吟遊詩人なのに」
「ええと、カイル、落ち着いて?」
慌てて腕を抑えると、見るに見かねてか、ひょこんとナイアラが横から顔を出した。
「そうだよおー。ねえ、あんまりうちの切り込み隊長煽らないで欲しいんだあ。見た目チャラいけど実はバカが付くくらい真面目だし、融通もどっかに置き忘れてきちゃってるから、耐性低いんだよねえ」
「僕は別に気にしてないよ? なんだか友人に似ているなあと思ったくらいで」
くくっと笑って、ナイアラに応じるアートゥと、深呼吸するカイルに少しだけ安心する。それから、改めてアートゥは私に向き直り、にっこりと微笑んだ。
「で、僕と話をしに来たのは君だよね、ルカちゃん。僕に、何が聞きたいのかな?」
「あの、あく……」
「ちょっと待った」
“悪魔王のカルト”と言おうとした私の口に指を当てて、それ以上の言葉を止める。
「こういう、誰が聞いてるかわからない場所で、そんな風に直球で喋っちゃうのはよくないよ」
そう言って、アートゥは忙しく歩き回る給仕を捕まえて、部屋を用意させた。
「さ、こっちで話そう」
そう言って部屋へと入る彼に、私たちも続いて入った。
「じゃ、改めて……聞きたいのは、“悪魔王カルト”の動きだろう?」
私とカイルだけが部屋に招き入れられたとたん、彼にずばりと問われて思わず頷く。
「でも、どうして?」
「……君は、彼らの間ではすごく有名なんだ、とだけ。
それで教えてもいいんだけど、見返りは何?」
「見返り?」
口調だけは軽いけれど、彼の目は笑っておらず、口だけが笑みの形になっている。
「当たり前じゃないか。タダより高いものはないって言葉、知らないのかな? 世の中ってそういうものじゃない?」
困ったなあと肩を竦めながら、彼はくすくす笑う。
「だいたい、僕が情報を集めるのは僕自身と主人のためなのに、それをぽっと出の君たちに教えてくれと言われて、ほいほい渡してくれると思ってた?」
急にそんなことを言われてしまい、どうしたらいいのかと私はおろおろするばかりだ。カイルもどう切り出したらいいのかと考えあぐねているようだった。アートゥはそんな私ににっこりと笑みを作り、手招きをする。
「だから、ルカちゃん、僕と取引だ。そいつは抜きで、僕と話をしよう」
「だめだ、ルカ。こいつの甘言に乗るな」
カイルが慌てて私の手を握りしめる。
「やだなあ。別にとって食おうとはしないよ。君はともかく、ルカちゃんと話がしたいだけさ。
──で、ルカちゃんはどうする?」
アートゥにじっと見られて、私も腹をくくることにした。硬く握られたカイルの手を撫でて、ゆっくりと解く。
「話を聞く。だから、カイル、ちょっと待ってて。大丈夫」
部屋の扉は開けたまま、そのすぐ外から仁王立ちでこちらを見ているカイルに、アートゥは視線を送ってまたくすくす笑う。
「すごいな、君の忠犬は。今にも飛びかかって噛みつきたそうに僕を見てるよ」
「あの、それで、取引って……」
「たいしたことじゃないよ。とっても簡単なことさ」
アートゥはあくまでも軽い調子で続けた。
「僕は君たちに興味はないけど、君たちがこれから作る物語にはとても興味がある。だから、君の旅が終わったら、またここへ来て君の物語を語ってほしい」
「え、それで……?」
「旅をしない詩人は、いつだって物語に飢えているんだ。僕はもう主人を決めたから、ここから動くつもりはないんだよ。
……君たちの物語の最初の聴き手になり語り手になるという名誉を僕にくれるなら、君が望む情報は全て渡そう。どうだい?」
「それなら……」
少し考える。私の物語……私に起こった、いろいろな出来事を、最初に彼に話せばいいということだろう。
「それでいいなら、喜んで」
「じゃあ、君の名前に誓って」
「……ええと、私、長嶺瑠夏は、吟遊詩人のアートゥを、私の物語の最初の聞き手かつ語り手にすることを誓います」
つい片手を上げて宣誓のように言葉を述べる私に、彼は満足そうに微笑んだ。
「よし、取引成立だね。そろそろ君を返さないと、いい加減本当にかみつかれそうだ。彼を呼んでおいで」
私は、睨むようにじっとこちらを見ているカイルを振り向いた。それからもう一度アートゥに視線を戻し、ぺこりとひとつお辞儀をする。
「ありがとう」
「あ、そうそう」
歩き始めた私の腕がいきなり後ろに引かれてバランスを崩し、アートゥに抱きとめられる形になってしまう。あわあわと慌てて身体を起こそうとするのに、抑えられてしまってうまくいかない。
そんな私の頭の上でくすりと笑って彼が屈む気配がして、耳元に囁かれた。
「“神託の乙女”、君、善いものも悪いものも、極端なものほど引き寄せるみたいだね。あそこの“翼持ち”の聖騎士様がいい例だよ」
私の身体を離すと、彼は声を上げて近づいてくるカイルにちらりと視線を投げ、にやりと笑い……いきなり私を上向けて額に口付けた。
「だから、気をつけてね。悪魔王は確実に君を狙ってるんだろう。君は心を強く持つ……いや、それよりも、君はひとりじゃないことを知るといい。君に善き神々の加護があることを祈ってるよ」
その“悪魔混じり”の詩人の声は、さっきまでとは違い、優しい響きを持っていた。思わず見上げれば、またにやりと笑ってひとつウィンクを返し、今にも剣を抜こうといきり立つカイルへ乱暴に私を押しやる。そして、へらへらと笑って「ああ怖い」と肩を竦めた。
「残念ながら、僕と彼女の間ですでに取引は成立している……その内容は秘密だよ。だけど、僕はその取引に従って君たちが望む情報はなんでも渡すと約束した。
──ね、ルカちゃん?」
頷く私を背中からしっかりと抱きしめて、カイルは私とアートゥを見比べた。
「それで、彼から聞き出せたのは、私が“贄の乙女”って呼ばれてることと、儀式の詳細はジャスパーっていう魔術師が詳しいことと、あと……」
「奴らが本拠にしてると思しき場所だ」
「なるほど……その話だけでも、いい予感が全くしないわね」
私とカイルがあの詩人から聞いたことを話すと、イリヴァーラとヘスカンは何かをじっと考えているようだった。
「変人魔術師か……正直、伝手を探していたところだから助かったけど」
「変人なんですか?」
「そう言われてるわね。“神混じり”なのに全然らしくないって」
イリヴァーラは、何をどう聞くか、今から考えないとと呟く。
「“神混じり”なら、教会には協力してくれるんじゃないのか?」
「甘い、甘いわカイル。“神混じり”のくせに神官でも司祭でもなく魔術師って時点でお察しよ。しかも、一般人から変人だと思われてる魔術師さえ彼を“変人”と呼ぶのよ。ただの人の好い“神混じり”なわけないでしょう?」
イリヴァーラにびしっと指差されたじたじとなるカイルの横で、ヘスカンはうんうんと頷く。
「それで、イリヴァーラ、詩人さんから言われたんだけど、その魔術師がへそ曲げないように、私ともうひとりくらいで行くのがいいだろうって」
「なら、明日はルカと私で魔術師訪問ね」
「僕が行く。そんな魔術師なら、なおさらだ」
「だめ。あなた魔術師と話ができるの? 肝心なとこ聞けなかったら無駄足になるのよ」
「でも」
「まあまあ、ここはイリヴァーラの言うとおりだよお? 忠犬カイルくんは、あたしと一緒にお留守番しよう?」
ナイアラがカイルの背をぽんぽんと叩くと、イリヴァーラが飲み物をぶっと吹き出してしまった。
「何それ」
「あ、あ、ナイアラ、それは……」
「詩人くんが言ってたんだよお。忠犬ぶりがすごいねって」
カイルの機嫌は、急降下したまま戻ってこなかった。
 





