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3.三日目

 翌朝は、思ったとおり顔はぱんぱんにむくみ瞼は腫れ上がり……イリヴァーラに「ちょっと酷いわね」といきなり呆れられてしまうくらいだった。

「冷やして治めるにも時間がかかるし、どうしようかしら。またマント被って抱えて歩くわけにもいかないし」

 思案顔のイリヴァーラに、なんとなく小さくなってぺこりと頭を下げてしまう。

「……原因に責任取って貰いましょう」

 原因? と首を傾げる私にイリヴァーラはにっこり笑うと、「そうね、それがいいわ。あなたはシーツを被ったままここで待っててちょうだい」と部屋を出て行った。

「ルカ、怪我をしてたのかい!?」

 ──と思ったら、すぐにばたばたとカイルが飛び込んできた。慌てた彼にシーツをめくられそうになって、必死で抑える。こんなみっともない顔は見られたくない。

「カイル、つべこべ言わずそのままルカに“癒し”をやって。シーツはめくるの禁止よ。かすり傷を治す程度でいいわ」

 カイルの後ろからイリヴァーラが入ってきたようだ。原因て、つまりカイルのことなのか。彼はどうも納得がいかない風に「どういうことなんだ」と呟いてから私に手を当てて、祈りの言葉のようなものを呟いた。当てられた手からふんわりと暖かいものが伝わってきて、瞼のひりひりした痛みがすうっと引いていく。

 イリヴァーラがシーツを覗き込んで私の顔を確かめ、「よし、もう大丈夫ね」と微笑んだ。

「じゃ、カイルはもう用済みよ。身支度をするから出ててちょうだい」

「説明もないのか?」

 うるさいわねとぐいぐいとまた戸口に押しやられ、「いったい何だったんだ」と言いながら、カイルはまた外へと追い出されてしまった。

「少しは解消できたのかしら? ナイアラはあれで話をするのがうまい子だから、あなたの気持ちが晴れるといいんだけど。さ、さっさと身支度しましょう」

 そう言ってイリヴァーラは今日も私の着替えを手伝いながら、「それにしても」と溜息を吐いた。

「カイルには困ったものだわ。なんでもかんでも神に結びつけなきゃいけないのも、限度があるでしょうに」

 ぶつぶつと言いながら、どんどん服の紐を結んでいく。

「あれでも悪気は皆無だし、朴念仁なだけなのよ。勘弁してあげてね。間違いなく、あなたのこと一番気にかけているのはカイルだから。使命は抜きにしてね」

 そうだといいんだけれど、と思うより前に、カイルは皆に好かれているんだなと感じる。

 小さく溜息を吐いて、皆が“使命だけじゃない”という言葉が本当だったらいいな、と考えて、ああ、自分は結構カイルのことが好きなのかと、やっと思い至った。会ってからたったの丸2日。やっと3日目に入ろうというところなのに……こんなに自分が惚れっぽかったことはないし、もしかして吊橋効果ってやつなのだろうか。

 危険な目には、十分すぎるくらい遭ってるからなあ。


 ぼんやりとそんなことを考えているうちに身支度が整い、食堂に下りた。

 昨日決めたように、聞き取りの魔法が掛かってるのは私とカイルだけだ。

 よく考えてみたら、それもイリヴァーラが主にカイルに気を遣った結果だったのだろう。

「女子トーク、したいな」

「ん?」

 ふと思いついて口に出して、いいかもしれないと思えてきた。今日は“深淵の都”という大都市に到着するし、しばらくはそこに滞在する予定だ。ナイアラとイリヴァーラと、女の子だけ3人で話をする機会を作れるだろう。

「カイル、イリヴァーラとナイアラに、都に着いたら、女の子だけ3人でゆっくり話をしようって伝えて」

 カイルは目をぱちくりと瞬かせて、戸惑いながらふたりに伝えてくれた。

 イリヴァーラは「あら、面白そうね」と笑い、ナイアラも「いいねえー」と目を細める。ふたりとは、もっと仲良くなれるんじゃないかと思えた。


「“深淵の都”っていうのは、今も昔も大陸で一番の大都市なの」

 街道を歩きながらイリヴァーラが、のんびりと説明をしてくれる。昨日のようにナイアラは少し前を行っていて、あれは彼女が斥候役を担当してて、昨日みたいな待ち伏せや魔物がいないかどうかを探りつつ進むためなのだそうだ。

 逆に言えば、街道だというのにそんなことをしなければならないほど、この辺りが危険だということでもある。

「その都も、“大災害”のせいで昔よりはひとが減ったって言うけど、それでもいろいろな種族が何万……いえ、何十万も暮らしているわ」

 この世界で何十万人も暮らすような大都市があるなんて、と驚きに目を瞠る。

「あまり見ない種族も見られるわよ。カイルみたいな天人はともかく、精霊混じり、悪魔混じり、神混じりみたいな混血の種族も多いし……ただ、あまり良くない種族も多く入り込んでるから、気をつけないといけないけど」

 良くない種族、と聞いて首を傾げると、イリヴァーラは考えるように指を顎に当てる。

「そうね……一番の代表は魔人ね。天人とは逆。下方世界の住人と人間の合いの子よ」

 かほうせかい? と呟くと、カイルが頷いた。

「下方世界っていうのは、九層地獄界(インフェルノ)のような、悪しき神々の支配する世界をひっくるめた呼び方だよ」

「そう。つまり平たく言えば魔人ていうのは、悪魔と人間のハーフで、悪魔の性質を濃く受け継いでいるの。

 他にも……そうね、私のような黒妖精には近づかないほうがいいわ」

 肩を竦めてイリヴァーラが言う。何故? とまた私が首を傾げると、イリヴァーラはちょっと眉尻を下げて笑った。

「黒妖精はね、もともと悪なる神の1柱である魔女王の下僕として作られた種族なの。だから、黒妖精の大部分は今でも魔女王に忠実に仕えているわ。私みたいな捻くれ者は稀だから、黒妖精をみたら悪いやつだって考えて間違いないわね」

 ……ああ、だからイリヴァーラは、町ではフードを深くかぶったままだったんだ、と腑に落ちる。宿に着いてから、ナイアラと違ってあまり外を歩かないのも、そのせいだったのか。

「悪魔混じりも、気をつけたほうがいいわね。遠い祖先に悪魔の血が混じっている種族で、悪魔の性質は薄まってるけど、それでも、悪なる神の信徒だったり悪なることに手を染めてたりっていうことが多い種族なの。彼らは立派な角と長い尾を持ってるから、見ればすぐにわかるわ」

 それから、この世界(アーレス)にいるという、様々な種族のことを聞きながら歩いた。時々ヘスカンの注釈も入り、ふたりは本当にいろいろなことを知っているんだなと感心する。

 休憩の時、ナイアラが「なんだかすごく楽しそうなおしゃべりが聞こえてくるの、いいなあ」と口を尖らせていたけれど、都に着いたら存分に話をすればいいじゃないとイリヴァーラに言われて「絶対だからねえ」と私の手をぎゅうっと握った。


 このまま都まで何事もなく行けるかと思った時……また、襲撃を受けた。

 昨日のように待ち伏せていたことは、たぶん、間違い無いんだろう。けれど、昨日のようにナイアラが察知できるような待ち伏せではなくて……。

「ま、ほうだ」

 横を歩いていたカイルが、それだけをどうにか呟いて、いきなり崩れ折れた。

「カイル!?」

「襲撃よ! 魔法に警戒して! ヘスカン、カイルを頼むわ。麻痺よ」

 私がカイルを助け起こそうとするよりも早く、イリヴァーラがナイアラに叫んで私の腕を掴み、街道の端にある茂みの方へと引っ張った。ナイアラがとっさに街道の横の茂みへと走りこむと、間一髪の差でナイアラがいた場所に魔法の爆発が起こる。

「カイルは大丈夫。すぐにヘスカンが治すから。少し周りを気をつけてて」

 爆音にくらくらしている私にそう言って、イリヴァーラはまた魔法を唱える。複雑な指の動きに、昨日よりも長い詠唱なのは、少し難しい魔術を使おうとしているからなのだろうか。

 突然、横の茂みががさがさと揺れて、小さな剣をもった人間が襲いかかってきた。悲鳴をあげそうになって、慌てて手を口に押し当てる。イリヴァーラの集中を壊しちゃいけない。けれどすぐに狙いがイリヴァーラだとわかり、思わず立ち塞がろうとした……ら、くぐもった呻き声を上げて、そいつはばたりと倒れていた。

「こっちの警戒は、あたしががんばるねえ」

 茂みからひょこっと顔を出したのはナイアラだった。私は安堵の息を吐いて、へたりこみそうになる。

「あいつら、ルカちゃん狙ってきてるんだあ。ルカちゃんは生捕りって考えてるみたいだから、火球みたいな魔法は飛ばしてこないと思うのお。だから、イリヴァーラと一緒にいてあげてねえ?」

 こくこくと頷くと、ナイアラがにいっと笑った。

「ルカちゃん、頼りにしてるから、お願いねえ」

 それだけを言って、また茂みの中に隠れてしまう。ナイアラの言葉で、襲撃者のやり方がまどろっこしい理由がわかった気がした。彼らは、私を巻き込まずに、綺麗な状態で手に入れたいのか。だから、カイルたちを個別にやらざるを得ないんだ。

 怖いけれど、いるだけで役に立てるなら……と考える。


 その後も、茂みの中からくぐもった呻き声が次々と上がっていった。襲撃者は結構な数、隠れていたようだ。必死の面持ちで警戒していると、いつの間にかイリヴァーラは詠唱を終えて、馬ほどもあるような狼を2匹従えていた。狼はすぐにこちらを伺っていた賊を嗅ぎだして、襲いかかる。

「ナイアラなら大丈夫。こういう隠れ場所の多いところは、あの子の独壇場だから」

 イリヴァーラが私を安心させるようににっこりと笑う。と、さっき倒れたカイルも回復したようだった。立ち上がり、上を指差すと剣を抜き放ち、ふわりとまるで鳥のように、優雅に空中に舞い上がった。

「カイルが上から敵を見つけてくれるわ。あの剣は特別製だから、もう彼が魔法を食らうことはないわよ」

 くすくすと笑いながら、イリヴァーラは私の肩をぽんぽんと叩いた。

「奇襲には少し焦ったけど、でも敵が私たちを見縊ってくれていてよかったわ」


 そこからは、また一方的だった。カイルが上から敵を炙り出し、ナイアラも潜んだ者を順番に見つけては忍び寄り、ヘスカンは援護と癒しの魔法でふたりの補助をやって、イリヴァーラが敵の魔術師の魔法を封じ込めて……彼らは4人で連携して戦うことにとても慣れているようだった。さすが、チームを組んでいるだけある。たぶん、皆それぞれの腕もとても良いのだろう。様々な魔法や矢が飛び交っているけど、私の目には皆危なげなく戦っているように見えた。カイルが傷を負ってしまった時はやっぱり怖かったけれど、すぐにヘスカンが治していた。


 ──ひと晩経って、ナイアラと話して、昨日は怖くて仕方ないだけだった戦いも、今日はもう少し冷静に見ていることができたようだ。おかげで、そんなことを考える余裕もできていた。

 人間は慣れる生き物なんだと、つくづく感じる。


「今回もやっぱり、カルトだったわね」

 昨日も出てきたカルトという単語に、“カルト”というからには宗教団体なんだろうかと考える。ということは、悪魔王というのは単純に悪魔の王様というわけじゃなくて、れっきとした1柱の神なんだろうか。

 ヘスカンの表情は相変わらずさっぱりわからないけれど、カイルは渋面で頷いていた。

「都入りしても、ちょっと油断できなさそうだねえ?」

 ナイアラの言葉に、全員が頷いていた。

「むしろ、もっと注意が必要かもしれないわね。着くまでに何か考えましょう」


 “深淵の都”は、想像以上に巨大な町だった。海に面した平原に築き上げられた、巨大な都市。ちょっとした日本の地方都市くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。

 何メートルあるのか、たぶん5、6階建てくらいのビルに相当しそうな高さの城壁に囲まれ、内側のいちばん小高い丘の上には大きな城がある。街道の先は城壁に作られた門へと続き、そこには長い行列ができていた。

「もうすぐ日暮だし、だいぶ行列が伸びてるねえ」

「あれは都の外門だよ。この都を訪れる者は、ほぼ全員があの門から中に入るんだ」

「ほら、さっさと行って並ぶわよ」

 都が見える場所まで来て、もう襲撃はないとようやく安心できたのか、皆の表情も少し和らいでいた。


「さて、明日からなんだけど」

 宿に落ち着き、夕食を食べながらイリヴァーラが話を切り出した。

 かなり大きな宿で食堂も広く、あちこち私たちのようなグループがいて、賑わっている。

 ここは、主にこのあたりで活動する冒険者が利用する宿なのだという。そうは言ってもそこそこ値が張るほうなので、変にガラが悪いのが多くないのだとは、ナイアラの言だ。

「私とヘスカンは、たぶん知識と魔術の神の教会の図書館に入り浸りになると思うのよ。ほかにも、心当たりの魔術師を当たってみようとも考えてるし」

「あたしはあ、あちこち回って、いろいろ情報を仕入れてくるねえ。この町なら、カルトの話も集めやすいしい。今夜からさっそく動くんだあ」

「僕は……」

「だから、ルカはカイルにくっついててちょうだい」

「きょうか……え」

 カイルの言葉を遮って、イリヴァーラが続けた。その横でヘスカンがうんうんと頷いている。

「ええと。私、ここでおとなしくしてるから……」

「だめよ。あなたをひとりにするわけにいかないの。4人の中で一番暇なのはカイルだから、彼があなたについてるのがいいわ」

 部屋に閉じこもっていればいいかなと考えたけれど、それでもひとりになるのは断固アウトらしい。

「宿屋の部屋にいたところで、来るときは来るわ。だからあなたは絶対ひとりになっちゃいけないの。いいわね?

 そういうわけよ、カイル。だからくれぐれもよろしく。天人で聖騎士のあなたにちょっかい出すやつはそうそういないと思うけど、くれぐれも気をつけて。それと、明日からは聞き取りのほかにもうひとつ魔法をかけておくわ」

「あ、ああ……」

 イリヴァーラの迫力に、カイルも押されている。

「教会に行く時も必ず連れて行くこと。そうね……手を離したらだめよ。わかっているわね?」

「え、手……」

「わかった」

 戸惑う私とは裏腹に、拳をぐっと握りしめてカイルが頷いた。明日は本気で手を繋いだままになるのだろうか。

 イリヴァーラを見ると、「これでひとまずは安心ね」と微笑みを返してくれた。


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