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神託の乙女になりました  作者: 銀月


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2/12

1.一日目

 ぱちりと目を覚ますと、私の目の前に顔があった。金髪碧眼の絵に描いたような美形のお兄さんだ。その顔ににっこりと微笑まれ、そのキラキラっぷりにぼんやりと手を上げてその顔を撫で回してから、あまりにはっきりした手触りに「うへえ」と変な声を上げてしまった。

「ちょ、これどうなってるの?」

 夢にしてはリアル過ぎる。温かい体温と息遣いがダイレクトに伝わって、これ夢だよね? 夢なんだよね? と私は狼狽えてしまった。なんだこれ。

 いきなり私に顔を撫でられたお兄さんは一瞬困惑した表情を浮かべたけれど、またすぐににっこりと微笑んだ。彼の笑顔の破壊力は眼福すぎてヤバい、と思う。

「……?」

「……」

「……」

 そのイケメンお兄さんは、微笑みながら聞きなれない響きの言葉で何やら私に話しかけた。お兄さん以外の声もして、見回すと周りにはほかの人たちが……人? ひと?

「人間じゃない?!」

 驚きに思わず飛び上がり、落っこちそうになった私をお兄さんが慌てて抱え直す。が、それすらも私は気づかず、こちらを覗き込む猫耳少女と、服を着たトカゲと、色の黒い耳が尖った女の人を目を丸くして凝視する。とても作り物には見えない彼らの顔に、うえ? と再度変な声を漏らしつつもう一度よくみたら、イケメンお兄さんの背中には翼が生えていた。時折揺れたり動いたりするところを見ると、やはり作り物ではないようだ。


 ああ、やっぱこれ夢だわ。


 やけにリアルな夢見ちゃったなあと考えながら、私はもう一度寝なおすことにした。


 ……のに、起こされた。


「……!」

 ぺちぺちと軽く頬を叩かれて目を開けると、イケメン他が何か慌てているように話しかけてきたが、相変わらずよくわからない言葉すぎて聞き取れない。

「わかりません。日本語でお願いします」

 私が片手を挙げて要望を述べたとたん、彼らは軽く目を瞠り、何やら口々に話し合いを始める。私を置いてきぼりにひとしきり話して結論が出たのか、色の黒いお姉さんが前に進み出て、もぞもぞもごもごと何かを呟いた。

「はい、これで暫くなんとかなると思うわ」

「え、わかるようになった?」

 突然日本語で話されて驚く私に向かい、にっこり笑うお姉さんも美人だなあと思う。近くにいかないとフードで隠れてチラ見しかできないのが惜しい。

「ねえどこから来たのお? なんて名前え?」

「人間のように見えるけれど、君は天上の国から来たんじゃないのか」

「身につけているものから察するに次元旅行者かね?」

 だが、お姉さんの言葉が終わったとたん全員に同時に話されて、また目が回りそうになる。言葉が通じてもこれは無理。

「え、あの……」

「はい、そこまで。全員整列!」

 やっぱり混乱したままの私を見て、はあ、とひとつ溜息を吐くと、お姉さんは思い切りパン! と手を叩いた。とたんに、全員がぴたりと話すのをやめて、一列に並ぶ。

「く、訓練されてる……」

「イリヴァーラはキレると怖いんだあ」

 私の呟きが聞こえたのか、猫耳少女がにかっと笑った。耳がピクピク動いてたまらなくかわいい。触りたい。

「自己紹介と質問は順番にしないと。混乱してるでしょう? じゃ、カイルから」

 黒いお姉さんの仕切りで、私を抱えたお兄さんが口を開いた。ずいぶん慣れているところを見ると、いつものことなのだろうか。


「僕はカイル。正義と騎士の神の教会の聖騎士だ。君の名前は?」

「ええと、長嶺(ながみね)瑠夏(るか)です」

「そうか! ナガミネ、よろしく」

 ぱあっと嬉しそうに笑うお兄さんに相変わらず抱き上げられたまま、私はぺこりと首だけでお辞儀をして……それから気付いて訂正した。

「……あ、すみません、長嶺はファミリーネームで、瑠夏が自分の名前なんです」

「そうか、じゃあ改めてルカ、よろしく」

「はい。……それで、そろそろ下ろして……」

「裸足なのに、地面に立たせるわけにいかないだろう?」

「いや別に」

「だめだ。怪我をするから」

 腕にさらに力を込めてがっちり抑えられ、断固だめだと言われては、諦めてこのままいるしかないのだろうか。

 なんだか落ち着かない。


「はい、次あたしぃ!」

 はいはいと手を挙げて、猫耳少女が歩み出た。どことなく間延びした話し方なのはこの子の癖なのか、それとも猫っぽいからなのか。腰のあたりでゆらゆらする尻尾に思わず目を瞠り、あまりの可愛さについつい視線で追いかけてしまう。

「あたしはあ、猫人(ねこびと)のナイアラっていうのー。ねえルカちゃんいくつなの? まだ若いよね。16? 17?」

 とたんに私はぴきんと固まった。たしかにこの濃い顔の人たちに囲まれてると自分は童顔だと思わざるを得ないが……それにしたって……。

 可愛らしく小首を傾げ、きらきらした目で私を見ているナイアラに、これはなんだか嘘は付けないなという気持ちになってしまう。

「す、すみません……これでも25なんです……」

「えっ」

 今度はトカゲ男以外の3人が凍りついた。

「まさかの、歳上……」

 頭上で思わず呟く声が聞こえて、つい、「なんか、すみません」と謝ってしまう。

「あっ、いや、僕こそ、失礼なことを、すみません。僕は歳上でも問題ありませんから!」

「そうだねえ、ルカちゃんかわいいからたしかに問題ないけどお、何の問題なのかなあ?」

 目を細めて、本当の猫みたいにナイアラがにやあっと笑うと、カイルは「うるさい」と、少しだけ顔を赤らめた。

 これはフラグと考えていいのだろうか。さすが夢。夢じゃなきゃありえない。


「では、私でいいかな」

 今度はトカゲ男らしい。ゆったりとした外套の下から重たげな鎧がちらりと見えて、光を反射する。

「私は竜人(りゅうじん)のヘスカン。知識と魔術の神の教会の神官だ」

 胸に手を当てて優雅にお辞儀をする彼に呆気にとられ、「……ト」まで口に出したところでカイルの指が素早く唇に押し当てられた。

「それは禁句だ。彼は誇り高い“竜人”だから、逆鱗に触れてしまうよ」

 小さく呟かれて見上げると、カイルは片目を瞑って微笑んだ。

 ヘスカンはそのようすを見てか、目を細め……たようだが、トカゲ、もとい、竜頭の作る表情はまったくわからない。彼はひとつ頷いて、改めてまた口を開いた。

「ルカ殿。あなたは次元旅行者なのか?」

「じげんりょこうしゃ?」

 聞きなれない単語に首をかしげると、ヘスカンも首を傾げる。

「はて?」

「……次元て、二次元とか三次元とか? そこを旅行?」

 次元と言われてもそれしか思いつかず、やっぱり首を傾げる私に、ヘスカンはこほんと咳払いをした。

「簡単に言い直すならば、あなたは他の現物質界から来たのかということです」

「げんぶっしつかい? ……ここ、夢の中じゃないの?」

 言い直された言葉もさっぱりわからず、やっぱり私はぽかんとする。

「夢? いいえ、ここは我々が“世界(アーレス)”と呼ぶ、数ある現物質界のひとつです」

「……異世界ってこと?」

「そうとも言いますな。旅行者でないなら、やはり神の手により? ……ふむ」

 ヘスカンはひとりで勝手に納得してしまったようだった。

 よくできた夢だと思ったら異世界とか、やっぱりこれは夢なんじゃなかろうか。


「最後に、私はイリヴァーラ。見ての通り、黒妖精の魔術師。質問は特にないけど、あとで幾つか魔法を掛けさせてもらうわ」

「はあ……魔法ですか」

 人外に囲まれてる今、もう魔法のひとつやふたつでは驚かない。たぶん、もう大抵のことじゃ驚かない。


 そして落ち着いて考えてみたら、たしか私は部屋でうとうとしていたはずで、つまり、部屋着の適当な格好のままだし、すっぴんだし、裸足だし……目に入る自分の恰好に、そのままここに来てしまっていることに気づいてしまった。

「うあああ!」

 突然頭を抱えて悶える私に驚いたのか、カイルが真剣な顔で覗き込む。ヘスカンにも覗き込まれたが、彼の表情はやっぱりわからない。

「どうしたの。どこか痛むのか?」

「病の兆候や怪我はないようだが?」

「……いえ。なんでもないです」

 自分がとてつもなくだらしない格好で人前に出たことに暴れたくなっただけです。


 ──結局、いちばん近い町に到着するまでの数時間、私は抱えられたままだった。決してスレンダーとは言い難い私の体重は、それなりのはずだ。よくもまあ、抱えたまま歩き続けられるものだと感心する。そんなにガチムチには見えないんだが、脱いだらすごいのだろうか。

 途中でまた言葉が通じなくなってしまったが、これはあらかじめ説明されていたとおり、魔法が切れたんだろう。当初に比べれば幾分か事情はわかっていたので、私はおとなしく連れていかれるがままに従った。


 町には、より多くの見慣れない生き物……種族がいた。もちろん人間がいちばん多く見かけられたけど、ヘスカンのような竜人や、ナイアラみたいな獣耳の種族も多いようだ。

 カイルの種族は少ないのか、彼以外には見かけなかった。やたらと声を掛けられていたのは、私を抱えて目立っていたからだろう。イリヴァーラのような黒妖精もあまりいないようだ。

 そして町に入ってそれほどかからずに、たぶん宿屋か旅館か、そんな雰囲気の店に連れ込まれた。部屋に辿り着いたところでようやく私は降ろされて、一息つく。ずっと抱えられていたせいか少し動くだけで関節がぽきぽきと鳴り、身体はすっかり固まっていた。思いっきり伸びをして、あちこちぐるぐると動かして、床に立ち上がって膝の曲げ伸ばしをして……と、身体を動かす間、何が楽しいのか知らないが、カイルはずっとわたしを眺めている。言葉が通じるなら、何でそんなに見ているのかと聞いてみたかった。


 一通りの運動が終わった後、私が下ろされてからほんの30分もしないくらいだろうか、コンコンとノックの音がして、お湯を入れたたらいを持ったヘスカンとイリヴァーラが入って来た。ヘスカンはたらいを置いてすぐに出てしまう。イリヴァーラは何かカイルに話しかけているが……何やら拒否しているようすのカイルに指を突き付け厳しい調子で追及している風だ。なんだろうと呆気に取られて眺めていると、そのうちカイルはうなだれて部屋を出ていった。

 イリヴァーラはそんな彼の後姿に呆れたように肩を竦めて首を振った後、私へと向き直る。身振りで説明しているのは……湯で身体をきれいにしてこれに着替えるように、ということだろう。

 なんとなく頷いて、渡された布とたらいのお湯で身ぎれいにしてから、渡された服を着る。下着の形は違うし、ボタンやら紐やらもたくさんあって、自分の知る服とはだいぶ勝手が違っていた。どうにももたもたとしていると、イリヴァーラが見かねてか手伝ってくれる。

 ようやく一通り服を着ると、今度は硬そうな革のブーツを渡されて……こんなの、サイズを合わせなきゃ履けないんじゃないだろうかと思いながら足を突っ込んでみたら、不思議とぴったりで、履き心地も悪くなかった。


 そして、ようやくイリヴァーラがまた私に魔法をかける。


「時間を節約したいから、身支度が整うのを待ってたの。この魔法、日に何度も使えないし、時間もそんなに持たないのよ。で、宿に落ち着いたことだし、少しは考える余裕もできただろうから、お互いのことについても話をしましょう」

 彼女はいっきにそこまで言うと、扉に向かって「カイル、もういいわよ」と声を掛けた。たちまちカイルが入ってくる……その彼のようすが、かつて実家で飼っていた犬が駆け寄ってくるさまを思い出させて、なんだかおかしかった。


「たぶん、気になってるだろうから、最初に言っておくわ」

 宿の食堂の一角に座り、全員に茶が行きわたった後、イリヴァーラが切り出した。

「あなたが次元をまたいでここに来たなら、帰る方法はあるわ」

「帰るなんて!」

 思わず声を上げたカイルをじろりと見て、彼女は続ける。

「ただ、そのためには、あなたの出身世界がどこかを特定しなきゃいけないの。魔法で次元渡りはそれほど難しくはないんだけど、行先に合わせた同調具を用意する必要があるのよ」

「はあ……」

 なんとなくぴんと来なくて、よくわかったようなわからなかったような返事を返してしまうが、どこでもドアのようにはいかないということだけはわかる。

「まあ、あなたをこの世界(アーレス)に連れてきたのが正義と騎士の神なら、神に聞ければ早いでしょうね」

「ええと……神に聞くって、どうやってですか? 神様ってどこかにいるの?」

 どうにもわからなくて質問すると、なぜだか全員が驚愕の表情を浮かべていた。

「ええ、そうね……カイルが聖騎士の力を振るえるのは、神からその代理として力を与えられてるからだし、ヘスカンの神官としての魔法も、神が降ろしてくれたものよ。神がいなかったら、全部消えてしまうわ」

 それに、とイリヴァーラはちらりとカイルを見やって、続ける。

「カイルは神のおわす上方世界の住民の血を引いてるの。直接姿を見たことはなくても、カイルがいることで、神がたしかにいると証明はされてるわ」

「……まさかとは思うけど、カイルの翼は天使の翼?」

 驚いてカイルを見れば、彼は嬉しそうに笑って頷いた。

「そう。僕の父は十天国界(パラディーゾ)の中層にいる天使のひとりなんだ」


 ……ファンタジーすぎて頭が付いていきません。なんなのこの世界。


「まあ、だから、時間はかかるかもしれないけれど、あなたが帰ることはできると思うわ」

 イリヴァーラが、まるで大した事でもないようにこともなげに言うのだから、おそらく本当に帰れるのだろう。私は少しだけほっとした。


「それと、次はカイルが見たっていう“神託”ね」


 カイルが頷き、改めて自分が見たという“神託”の光景を語る。

 “神託”と言われて正直胡散臭いものとしか思えなかったのだけど、語られた光景はなぜだかとても恐ろしいと感じられた。なぜだかわからないけれど、これは確かに起こりうることなんだという確信が、私の中に存在した。


「“神託”を正しく読み解くのは、位の高い神官でも難しい」

 ヘスカンが呟くように言うと、カイルも頷いた。

「神の考えていることを正確に推し量ることは、定命のものにはいささか無理のあることだ。だから、我々は、できるだけ多くの情報を集め、考え続けなくてはならないのだ」

 厳かに言うヘスカンを押しのけて、にこにこと笑いながらナイアラが割って入る。

「つまりぃ、いくらここで額突合せて考えても、無理ってことよお。まずは“深淵の都”でえ、お偉い神官様に高名な魔術師様からあ、お話聞かないとねえ」

「そういうこと。ただ、ひとつだけ私にもわかることはあるわ」

 イリヴァーラに、全員が注目する。

「ふたつの月が欠けるって光景……蝕のことだと思うの」

「触?」

「そう。普通はどちらか片方の月が欠けるだけなんだけど、極稀にふたつとも同時に欠けることがあって、魔術的に特別な日でもあるわ。その日でないと働かない高位魔術もあるの」

「……その、触の日の暗示なのか?」

「可能性は高いというより、間違いなくそうだと思う。いつが触なのかは、改めて調べないといけないけれど、そう遠くないことは間違いないと思う」

 イリヴァーラとカイルは、少し難しい顔になって、しばし黙り込む。それから、気を取り直したように顔を上げた。


「あと最後にもうひとつ。言葉の問題よ」

 私はこくこくとすごい勢いで頷く。言葉がわからないのって本当につらいと、今日のほんの数時間だけで思い知ったのだ。

「さすがにね、今かけている通訳の魔術をずっとかけっぱなしは無理なのよ。一応、私もヘスカンも使える魔術だけど……この魔法、結構高位の魔法なの」

「高位……難しいってことですか?」

「そう。だから、そうそう日に何度も使えるほどの余裕はないの。都まで旅をするなら、通訳のために魔法の力を消耗するわけにはいかないわ。ここから都まで2日程度だけど、それでも街道には賊だって魔物だって出るんだし。ヘスカンは神官の魔法が使えるから、通訳よりも非常時のために魔法を取っておいてほしいしね」

「はあ」

「だから、明日からは、通訳の魔法の代わりにあなたが聞き取りだけできるようになる魔法だけを掛けることにするわね。これは初歩に近い魔法だから、それほど負担にはならないから」

 聞き取れるだけでもありがたいので、私は一も二もなく頷く。

「あと……そうね。同じ魔法をカイルにもかけておくから、もし何かどうしても言いたいことがあったら、カイルを通して」

 私はもう一度大きく頷きながらカイルへ目を向けると、彼も満足げに頷いていた。

「では、これからよろしく、ルカ」

 にっこり笑って差し出されたカイルの大きな手を、私はしっかりと握る。


 どうやら本気で夢ではない異世界に、私は来てしまったらしい。


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