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其の後のキリギリス

作者: 有宮休一

「バタン」と厚いドアを閉められて、キリギリスはひざまで積った雪道を、何も考えずに重い足をひきずっていくと、一羽のツバメがキリギリスの周りを一度旋回したあと、既に実がなくなった柿の木に止まりました。

「あれ、あの時のキリギリスさんじゃない?」

「あぁ、ぼくの演奏を聞いてくれたツバメさんだね。もうとっくに南国に旅立ったんじゃなかったの?」

「今年はまだ秋だというのに急に雪が降って来たからね。いつもはこれくらいに旅立つのさ」

「そうなのか、なんか秋が短い気がしていたんだ。もうお腹がすいて歩けそうもないんだけど、ツバメさん助けてよ」

「それじゃあ、これからおいらといっしょに南国へ行くかい?」

「うん、どこへでも連れていっておくれ」

ツバメはキリギリスの上着の襟をくちばしでくわえると、あっという間に大空へと飛び立った。


 ツバメが向かった南国は、上空から見ると、刈取りが終わった田んぼが一面に広がっていて、あぜにはヤシの木が並んでいた。

ツバメは民家の近くの藪の中にキリギリスを置くと、広いたんぼを低空飛行して消えていった。

 キリギリスは久しぶりに新鮮な食べ物にありついて、得意なバイオリンを奏で始めた。

すると隣の藪から褐色の体をした南国キリギリスが目をむいてすっとんできた。

「おいっ、お前、だれに断ってここで弾いている?」

キリギリスは、びっくりして演奏をやめたが、南国キリギリスはキバをむいて「早く立ち去れ!」と怒鳴る。

日本でも縄張りはあったものの、多少の暗黙の譲り合いが成立していた。しかし、ここでは仲間であっても弱肉強食の原理が何の遠慮もなく通るところだった。

キリギリスは噛みつかれる寸前で別の藪に移った。するとそこにも南国キリギリスがいて、「ここに来るんじゃない!」と追い払われた。

やっとのことで落ち着いたのは、藪とたんぼのあぜの間に広がっている低い草むらであった。

しかしここは、天敵に狙われやすい場所だったので、キリギリスは、バイオリンを弾くのを控えてできるだけじっとしていることにしました。

 すると、アリさんが餌を運んでいるのをよく観察することができた。

ここは冬がないので餌を蓄える必要がないらしく、葉っぱの影で時折休んで雑談しているものがよく見られた。しかし、ここのアリさんは凶暴であった。

弱ったバッタがじっとうずくまっていると、それをすぐに察知して、よってたかってまだ生きているにもかかわらず餌食にしてしまうのである。

そこでキリギリスは、片足を代わる代わる貧乏ゆすりをするようにしていた。

ところが、それがよくなかったようで、振動を感じたトカゲが忍者のように背後から近づいてキリギリスを襲った。片脚を食いつかれ、咄嗟に逃げようとすると食いつかれた脚だけポロッととれたために、飛び立つことが出来、なんとか命拾いをすることが出来ました。


 しばらくして春がきましたが、雲が少なく、太陽が高いので気温が一番高くなる季節です。

キリギリスが松葉づえをついてあぜ道を歩いていると、つばめが上空を旋回して降り立ちました。

「ここにいたんだね。おや、足がなくなったのかい?」「トカゲにくれてやったのさ」

「キリギリスさんもいいところがあるじゃないか」「そっかなぁ、おかげで難儀してるけど」

「ところで、おいらはこれからまた旅立つんだけど、よかったら連れていってあげようか」

「おぉ、それはありがたい、好きなバイオリンもこっちではままならないからな」

つばめはキリギリスの襟をくわえると、あっというまに大空高く舞い上がっていきました。


 つばめが舞い降りたのは、半年前の例の柿の木のところで、もう4月というのに、周りはところどころにまだ雪があります。

「南国との気温差が広がっているようだね」とつばめは言うと、飛び去っていきました。

キリギリスは足の付け根が寒さでうずくのをがまんしながら、松葉づえをついて歩いていきました。となかなか食べ物はなく、やっとのことで土から顔を出したばかりのふきのとうを見つけて、一口かじってみると、その苦いことといったらありません。仕方なく呑み込むしかありませんでした。

またしばらく歩いて行くと、前に尋ねたアリさんの家のドアが見えました。キリギリスは食べ物をもらえることは期待はしていませんでしたが、様子を見ようとドアをノックしてみました。

すると、しばらくしてドアがゆっくり開いたかと思うと、まぶたを半分開けたアリさんが、ドアの隙間から顔だけ出して言いました。

「あっ、キリギリスさん、何か食べ物をここに運んできてもらえませんか。もう一月前から蓄えが尽きて飢え死に寸前なんです。この寒さではまだ外に出ることもできません」

それを聞いたキリギリスは、「冬が長くなったようですなぁ。でもあと少しの辛抱で温かくなりますよ」と返事をして、ドアを自分からバタンと閉めた。

キリギリスは空きっ腹を忘れて、腹の底から笑いがこみあげてきた。

『この分だと、一ヶ月はアリさんは外に出られまい、……。俺は苦い草の芽でも何でもかじって生き延びてやる』そう思うと、バイオリンの音色を褒めてもらったときにもなかった優越感に満たされた。

その時である。黒い影が音もなく滑空してきた。

そしてキリギリスは笑ったまま、その黒い影の主へと吸いこまれた。


                      <完>


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