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夏時間、君と  作者: たむら
season1
6/47

オマエって云わないで

高校生×高校生

 付き合ってもいない男子に、偉そうにオマエって云われるの嫌い。だから、あたしはそう呼ばれるたびにいちいちムキになってしまう。

「オマエ、シュート下手なー」と、あたしがそう呼ばれるとどう反応するのか分かっていてわざわざそう呼ぶ――ついでに自分でも苦手意識のあるシュートをズバリと指摘されてムカつく――高地(たかち)が、自主練中に隣のコートからそう声を掛けて集中を乱す。

「うるさいオマエって云うな苦手だからこうして自主練してるんじゃほっとけボケ」

 あたしは高地の方を向かずにそれを早口&低音で云い切る。それでもヤツは、体育館の中央を仕切るネットの向こう側からじーっとあたしを見ていた。

「何、見てられると気が散るんだけど」

「散らないように集中する訓練だと思えば? 河野(こうの)サン」

 今度は厭味ったらしく名前にわざわざサン付けしてきよった。何なのコイツほんとムカつく。

「ねえ、練習しないの」

 ち。また外した。リングに当たって、ボールが体育館を真ん中で仕切っているネットの方に転がる。取りに行くと、向こうのコートのセンターラインにいた高地が、いつの間にかネット沿いにこちらへ来ていた。

「俺は自分のノルマ済んだからいいの。なあ、」

「何」

 じっとこっちを見ないでくれる。あたしは一本でも多くシュート練習したいんだけど。そう思いながらボールを掌の上でくるくると動かす。

「教えてやろうか、シュート」

「は?」

「云っとくけどただじゃねーぞ」

「いや、そりゃあ一年のくせにレギュラーのアンタから教わってただで済ます気はないけどさ、……いいの?」

 ずっと意地悪ばっか云われてたので、その親切っぽい申し出さえ思わず疑ってしまうよ。

 ヤツはちらりとステージ横の時計を見て、「いいよ。やる?」と素っ気なく口にした。

「うん、やる!」

 なんだ、コイツ結構いいとこあんじゃん。心の中の高地につけたタグ――性格悪い、口も悪い、バスケットのセンスはいい、顔はまあまあいいらしい、のうち、性格悪いを外してやろうと思ったら、人差し指と中指をぐんと開いたチョキをあたしに見せた。

「じゃあ、報酬は二つ。俺に『オマエ』って呼ばれていちいち噛みつかない事と、来週の夏祭りに一緒に行く事、だ」

「はぁぁぁぁ???」

 あたしが顎を外さんばかりに呆れていると、「スゲー顔」とやっぱり失礼な事をしれっと云って、それからヤツはあたしの持ってたボールを上からひょいと掴んで(あれは出来ないので悔しい)、自分のもひょいと拾って、体育館倉庫に戻してくれた。ありがとう、って云おうとしたらバカダナーって顔で「HR始まるぜ、着替えないの?」と云われたので、お礼の言葉を即座に引っ込めて再び戦闘モードで迎え撃つ。

「うっさい! 今しようと思ってたところ!」

 くっそ、その無駄にソツないところ少し削ってあたしによこせ! と思いつつ、慌てて更衣室に飛び込んだ。ヤツはそのまま体育館の隅っこで着替えてるらしい。

 激高していた勢いでか、あたしの方が早く着替え終わった。勝ち誇っていたら呆れた目で見下げられた。ち。

 二人して、窓と扉を競うように閉めて体育館を出れば、競歩の様に廊下を横に並んで抜きつ抜かれつを繰り広げ歩いて――途中で先生に見つかっても『走るな!』て云われないように――、職員室で体育館の鍵を返してから、それぞれのクラスに飛び込む。あたしが一-B、アイツが一-C。

 あたしの後ろをすれ違う時、ぐっと屈んだらしいアイツの声が耳元で低く響いた。

「忘れんなよ、明日からの朝の自主練と、『報酬』」

「忘れいでか!」

 叫びながらバン! と扉を閉めたら、既に来ていた先生と、教室に揃っていたクラスメイト全員から『何だコイツ』って目で見られてしまった。チクショー、これも高地のせいだ!

 外そうかな、なんて思っていたアイツにつけてたタグは、取れないように再び強く結び直した。


 高地とあたしは、男女に別れてるけどバスケ部の部員同士だ。

 同じ市内とは云え学区が違ったので中学までは別で、初めて部活で互いを知った。

 最初は、多分普通だったと思う。いつしか向こうが一方的に突っかかってくると云うか、顔を合わせばねちねちイヤミを繰り出してくるので、こっちとしてもやられたらやり返すの精神でギャンギャン吠えて噛みついた。

 先輩方は仲いいねーなんて云って笑うけど、とんでもないよ。温厚な男バスの森先輩と中身を交換して欲しいくらいだ。そう訴えても、『高地君カワイソー』だなんて云われてしまう。確かに、他の女バスの子には態度が普通だからそう思うのかもしれないけど。

 キライなら、ほっといてくれればいいのに。いっそ無視してくれた方がマシ。

 何度かキレてそれをぶっちゃけても、鼻で嗤っていつものように喧嘩を吹っ掛けてくるって、相当性格悪いと思う。



 シュートはうまくなりたいけど、高地に絡まれるのは勘弁。そんな風に思っていたのに、案外ヤツの教え方は丁寧だった。

 こうしてるつもり、でそうではなかったフォームを、しっかりじっくり直してくれた。

 何回云われても手首が柔らかく使えなくて『あ゛―――ッッ!!! もう!!!』って苛つくあたしを『そんな急にうまくなったら皆苦労しねえんだよ、桜木花道見習え』って素っ気なくなだめたり。

 直前まで覚えてても実際やる段になると教えられた事がパーッと真っ白になっちゃって体育座りで落ち込むあたしに、『体が覚えるまでやったらぜってー忘れないから。シュート練はやったらやった分、ちゃんと身に付く』と顔拭くタオルをあたしの頭に被せてからふらっと飲み物を買いに行って、あたしを一人で泣かせてくれたり。

 あれ、案外アイツ、あたしの取り扱い分かってる? もしかして、いいヤツ?

 そう思ったけど、戻ってきたアイツがあたしに放って寄越したのはおしるこの缶。あたしがこの世で最も嫌いな飲み物の一つだ。

『たーかーちぃぃぃぃ!』

 弱ってたとこ優しくされたみたいでうっかり絆されそうになってたあたしが、めちゃくちゃ怒って高地を追いかける。高地は逃げ惑いながら『糖分は脳みそにいいんだぞ! 飲んどけ!』なんてゲラゲラ笑ってる。このヤロウ。

 タオルを返し忘れたと気付いたのは、家に帰って洗濯物をかごに入れていた時だ。

 頭に被された時点で、使ってなくてせっけんのいい匂いだったそれをそっとリュックから出して、同じようにかごに入れる。自分のじゃないスポーツタオルを自分ちの洗濯の山と一緒にするのってなんか変な気持ちだ。

 リュックに肘まで突っ込んで他にも洗濯物はないかと探していたら、買った覚えのない小さな缶の感触があったので、ついでにそれも取り出す。――おしるこだ。

「ヤなヤツ―」

 思わず口に出してしまう。人の嫌いなのわざわざ覚えてるとかさー、ほんと性格悪い。

 でもおかげで落ち込む暇がなかった――いやいや、もう騙されないぞ。

 おしるこは、それが大好物だったおじいちゃんのお仏壇にお供えした。優しげなおじいちゃんの写真に向かって、話しかける。

「じぃじぃ(と呼んでいたのだ)、アイツ何でこれくれたんだと思う?」

 嫌がらせ? 元気出せ?

「わっかんないなー……」

 いい音のおりんをちーんちーんといつまでも鳴らしていたら、お母さんに怒られた。ち、高地のせいで。


 タオルは洗い上がった翌日に渡そうと思ってたのに、朝の自主練で二人きりの時に渡すのも皆の前で渡すのも、なんか恥ずかしくて駄目だった。次の日もそのまた次の日も。

 そうこうしているうちに、『いいんじゃないか、後は一人でも出来ると思う。たまに鏡でフォームをチェックしろよ』とマンツーマン指導終了のホイッスルを鳴らされた。

 そうだ、ずっと続くんじゃなかった。

 なんかいつまでも高地とぎゃーぎゃーやりあうような気がしてた。そうだよね。

 アイツはあたしの事嫌いだし、たまたま親切心で教えてくれてただけだ。

 馴染んだそれに勝手に他の理由を付けたいのはあたしだけ。


 あちこち微調整したら、フォームがまるで違うものになったって自分でもハッキリ分かる。シュートの精度がぐんと上がった。先輩にも褒められたのがすっごく嬉しい。

 なので、その日の部活上がり、上機嫌であたしは云ったのだ。

「ありがとう高地、ほんと助かった!」

 明日は日曜で部活が午前だけなのも上機嫌に拍車をかけてたかもしれない。

 そしてあたしはすっかり忘れていたんだな。

 高地は、「お役に立てたみたいでよかったよ、河野サン」と、いつもよりイヤミ成分少な目に配合した言葉と態度。ちょっと、顔付きなんか優しげに見えない事もない。だからと云ってコイツにつけたタグは外さないけど!

 それぞれクラスの自転車置き場に行って、鍵を開けて自転車を押す。門を出たところでコイツとは右と左に別れる。

「じゃーねーおつかれー」

 そう云って、珍しくこっちもにこにこしながら別れの挨拶をすると、「おい、ちょっと待った!」と、珍しく高地の焦った声が聞こえる。

「ほえ?」

 まだ漕ぎ出さなかったので、振り向いて高地を見ると、やっぱり顔が珍しく焦ってる。

 やったー焦らしてやったぜーと小学生の男子みたいにニヤニヤしてたら、はあとため息を吐かれた。

「何」

「オマエ、覚えてないだろ」

「オマエって!」

 云うなあといつものように云いかけて、思い出した。

『オマエって呼ばれていちいち噛みつかない事と、夏祭りに一緒に行く事』――、あっ。

 あたしの顔見て、分かったって分かったんだろう。高地は自転車のスタンドを立てて、ゆっくりと腕を組んだ。

「……忘れてんなよ」

「ちょ、ちょっとだけだもん」

「明日だぜ、祭り。分かってる?」

「イエス、オーケーオーケー」

「何テンパってんだよ」

 くすっと笑うのが、いつもみたく意地悪なんじゃなく、フツーだったからちょっとだけびっくりした。

「まさかとは思うけど、夕方用事入れてねーだろうな」

「入れてねえっす」

「んじゃ行くって事でいいな」

「いいっす」

「行き違いになると困るから、携帯教えろ」

「ハイ」

 忘れていた手前、素直に赤外線モードで差し出すと、「……素直は素直で、気持ち悪いもんだな」とか失礼な事云われた。


 その日、帰ると携帯にさっそくメールが来ていた。

『明日忘れんなよ』って来たので、『忘れいでか!』とソッコーで返事をしてやった。タオルはまた渡しそびれてリュックの中に入ってた。


 練習はいつも男女別れて行うので、休憩以外でアイツと話す機会はない。とは云え、ネット越しに互いの動向はある程度伺える。日曜の午前練でも高地はいつもどおりで、『俺、河野と祭り行くんだよ』とか吹聴してなかった。――あたしも何故か、誰にも云わなかった。云えばいいのに、『あの性格の悪いクソ野郎に、シュートを教えてもらった見返りとして今日一緒に祭り行く羽目になったんですよー』って。

 なんでだろ。そんな風に云ったら悪いような気がしたんだよ。

 自分でもよく分からないまま、結局誰にも告げないまま、午前練が終わる。


 お祭りは超マイナーな催しなので、市内でも遠くの子とか、市外の子は知らない。なので、この辺じゃない人が多い女バスの誰からも『お祭り一緒に行かない?』って誘われる事はなかった。

 土日は部ジャーや部Tでの登下校が許可されているので、部員皆でお揃いのTシャツに体育着のハーフパンツで来たあたしは着替えナシ。さすがに電車でやって来る組は制服の人が多く、部活終わりの更衣室の中は大いに賑わっている。制汗剤の匂いでむせ返りそうなそこで汗を拭いてから皆より一足先に出て、背中にリュックを背負って(これが地味に暑い)、自転車置き場でスタンドを上げていると。

「おい」

 来たよ来たよ、今度は一体どんな難癖をつけやがる?

 ざっざっと大股でこっちにくる、あたしと同じTシャツにハーフパンツ姿の高地に、思わずダースベイダーのテーマをBGMにしてやりたくなる。

「何」

「忘れんなよ」

「忘れないっつーの」

 メールで、時間も場所ももう決めてある。うんざりした顔を隠さず返すと、高地は念押しで「じゃあ、夕方な。逃げんなよ!」と云い捨てて、自転車に乗ってさっさと漕ぎ出していきやがった。

「逃げいでか!」

 大声で言い返すと、リンリン、とお返事みたいに軽やかにベルを鳴らしてきた。

 変なヤツ。ムカつくヤツ。

 でも、なんかそれだけじゃなくなってきてる。


 夕方からの降水確率は〇パーセント。でも酷くむしむししていたのを理由に、浴衣を着るのはやめにした。なんであんなヤツに浴衣姿を見せなくちゃならんの。しかも、きっと絶対いちゃもん付けてくるに違いない。

 だからTシャツ(もちろん、部Tにあらず)にカーキ色の膝丈カーゴスカート、コンバースのハイカット、って云う楽ちんスタイルで待ち合わせ場所に行った。そしたら、高地ときたらなんと浴衣を着て来ていた。男子は着たとしても甚平じゃないの!? しかも着慣れた感があるとか!

 渋い紺の縦縞のそれを長身で和風な顔立ち、厳しめ運動部につき染めていない短髪、のあいつが着てると普段の三割増しだ。何が割り増しかなんて、悔しいから口にしたくもないけど。

 ――これ、外面いいバージョンのヤツのファンが見たらキャーキャーうるさそうだ。『カッコイイー!』とか何とか。想像しただけでムカついて思わず眉が寄ってしまう。

 じろじろ見ていたら視線に気づいたのか、こちらを向いたヤツとバッチリ目があった。今更目を逸らすのもおかしいかと開き直って、仏頂面のまま「よう」とこちらから手を上げる。すると。

「なんだよ、オマエ浴衣着ねえの」

 俺一人でバカみたいじゃん、と呟く。

「みたいじゃないじゃん」

「ひでえな」と云いつつ苦笑するけど、怒ってはないみたいだ。――なんか、いつもと違う。

 毎年決まった日に行われるお祭りは、曜日の巡り会わせで今年は日曜日だった。そのせいか、いつもより混んでる。

「はぐれるなよ」と差し出された手。子ども扱いか。ぐっと握力を測るみたく握り返したら「痛えっつうの」と顰め面された。

「オマエ、なんか食う?」

「なんかって」

「あ? 綿あめとか、かき氷とかじゃねえの、女子が食いたがるの」

「へえ、あたしの事女子って云う認識はあったんだ」

 ナチュラルに感心していたら、「……オマエの中で俺ってどういう人間に設定されてるわけ?」と苦い顔をされた。それでも、手は離されないままだ。握力測るモードでギリギリ締め上げるのは長くは続かないし、そんな事してたら自分も相手も手を痛めてしまいかねない。コイツなんか生意気にレギュラーなんだから大事にしてやらんといけない。だから手の力を抜いた。そしたらふっと笑ってた。むかっ腹にさっそく点火。

「高地は、ヤ―――なヤツ」

 祭囃子や屋台に呼び込む売り子さんの声。そんな周りの喧騒に負けないようにはっきり云うと、高地はざっくり傷付いた顔をした。そんなの、ちょっと前までなら『ヤッター!』って大喜びしていた筈だ、と思いながら手をきゅっと握り直す。

「性格悪いし、口も悪いし、でもバスケットのセンスだけはいいよねムカつく事に」

 もう一つ、さっき姿を見た時に何かを割増しだと思った事は云わない。

「……それから?」

 塩振ったお茄子みたくしおしおになってるくせに、高地は先を促してきた。へえ、それでもまだ聞きたいんだと意外に思いつつ、追加の口撃は止まらない。

「他の子には普通なのにあたしにだけ無礼。わざと人の事怒らすし、オマエとか云うし」

「……そんなに、俺に云われんの、ヤ?」

「ヤに決まってんでしょ! 身内以外は彼氏だけに許されてるよび方なんだからね、それだって人によるからね。そもそもアンタにその資格はないでしょうが」

 きっぱり云ったらますますしゅんとした。それを見て、かねてからの謎を再検討する。

 あたしにだけ無礼。わざと怒らせたりして。それって嫌いなんじゃなくもしかして、まさか。だって、高校生にもなってそんなの子供っぽい。――でも。

 高地のムカつく行動にある仮定を当てはめると、何もかも納得のいく結論が浮かび上がってくる。

 今あたしが云った事にがっくりきてるのも、そう云う事なの? ねえ。

 でもあたしからは何も云わないし何もしてあげない。だって、一応傷付いたんだよ、最初の頃。あたし、気が付かないだけで高地に何かしちゃったのかなって。

 それが、こっちの落ち度とかじゃなくて、ただ単に子供っぽいアイツのとある感情に振り回されてただけだって云う事なら、「なんだよー」って脱力するとともに更なるむかっ腹も立とうってもんでしょう。

 バッカじゃないの。何ビビってんの。てか、云えっつうの。

 云わないなら、あたしだっていつまでもこのままなのに。まあ、もし云われたって快く『あたしも好きだよ』なんてすぐには云ってやらないけど。せいぜい焦れろ。

 ちゃんと好きって云えないくせにやきもちと意地悪を働くなんて冗談じゃないよ。ちゃんと云ってくれる男子に掻っ攫われたらどうするつもりだ?

 シュート練の時に見せたアンタの分かりにくい優しさを、優しさじゃないと誤解したまま危うくスルーするところだったんだよ。そんなんでいいの?


 ちらりと斜め上を見上げれば、横一文字に結んだ口が、少し拗ねているように見えた。かわいい、なんて思ってしまうあたり、やっぱ絆されやすいのかもあたし。気を付けねば。

 それでも、高地が何を思ってあたしに接してきたか、その意図に気付いちゃった今は、ただムカムカさせられていたのが嘘みたいに余裕だ。

「浴衣、自分で着られるの?」なんて、前だったら絶対聞いてなかっただろうな。

 高地も、あたしから喧嘩腰じゃない会話を振ってきたのに戸惑いつつ、律儀に返事を寄越してきた。

「……ああ、うち母親が和裁するから、ちっちぇー時から着る機会が多くて、着付け教わってるうちに気が付いたら一人で着られるようになってた」

「へえ、えらいね。あたし一人じゃ着られないや」

 浴衣も一応持ってるけど、二年前買ってもらった時にはすごく大人っぽく見えた墨のような地の色にとんぼの柄の浴衣は、今はもう子供っぽく思えて着ていない。そう伝えたら、いつものように素っ気なく「じゃあうちの母親に着付け習えばいいじゃん」と持ちかけてきた。

「それ、交換条件は? 『オマエ』って呼ばれるの以外で」

「……俺の事、下の名前で呼ぶのは?」

「ないねー。だからそう云うのはあたし、付き合ってない人とはしないの」

 自分が主導権を握っていると思えば、『はあ?』なんていちいち噛みつかなく必要がないって分かって気が楽だ。ついでに高地をつっついて反応を楽しめる。ほらまたしゅんとした。はは、かーわーいいー。笑っていたら「笑うな」と云われるけど無理―。


 あたしは高地のお母さんに着付けを習うのかな。

 遊びに行く時にはちゃんとカレシカノジョになっているのかな。そうでない、ただの同級生男子のおうちにほいほいついて行くほどバカじゃないよ。

 ほら、高地の中学の同級生も、あたしの中学の同級生も、手を繋いでいる二人をガン見してるよ。『どんな関係なの』って気になってるよ。

 さあ。


 云え。あたしに。


次、高地目線です。

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