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夏時間、君と  作者: たむら
season2
46/47

マボロシのどかーん

エリアマネージャー×雑貨店副店長

 勤めている雑貨店の勤務中にムカつくことがあると、私は幻の爆破スイッチを親指で連打している。超理不尽なクレームだったり、各種ハラスメントだったり。

 幻でもど派手にぶっちらかしてやると、多少スッキリする。多少ね。

 短気な私の仕事における心の平穏は、スイッチ(これ)で保っているようなもんさ。


 この日もいつものように理不尽電話の応対中に無慈悲な処刑をしていたところ、ふと視線を感じた。

 心当たりのある方にそっと目をやると、今日たまたまこの店舗に来ていたエリアマネージャーの青山(あおやま)さんが口パクで『こら』って言っているのが見えた。

 ――私が『どかーん』と密かに爆破を実行していることを、青山さん一人だけが知っている。



 気付かれたのは、一年くらい前のことだ。

三戸(みと)さん、それどうした?」

 いつものようにバーチャル処刑をしてスッキリしていたところ、極秘で遂行していたはずのそれが、バッチリ目撃されてしまっていた。――しかも、なんでか妙に心配されている。そんなに挙動不審だったかしら私。


 春に異動してきたこのエリマネは、ふだん大概ぼーっとした顔(上の人に対してだいぶ失礼だな我ながら)なのに、眉を顰めて、スイッチを押していた私の左手の人差し指付け根に近い側面を「それ」と差す。

「人差し指の付け根の方に、たくさん爪痕がある。さっきのお客さんとのやりとりでずいぶん我慢してただろ。そういうの一人で抱えてないで――なんか悩んでるなら教えてもらえない?」

 聞き慣れたのほほんとした口調の中に、通常とは異なる『心配』がたくさんトッピングされている。

「あ、いや、」

 たいしたことないですよと笑えば、またひとつ余計に『心配』がトッピングされた。

 えーと、もしかしてこれ、お客の仕打ちに耐えるための爪痕だと思われてる? そうっちゃそうだけど、これこのまま勘違いで心配させておく方がよっぽど申し訳ないな。

 そう思ったので、恥を忍んで真相を打ち明けるに至った。

「あの、さっきギフトセット検討してた男性客、すんごい態度悪かったんですよ、金出すんだから言うこと聞けや的な……」

「うん」

「性格も口も顔もクソ意地が悪いってサイアクじゃないですか」

「うん、まあ、そうなのかな?」

「あ、顔がコワいのはいいんですよ、コワっぽい人がにこっとしてくれたら嬉しいし、さっきの人も『言うこと聞けや』ってだけだったら全然スルー出来るんですけど」

「えらいねえ」

 ええい、のんきに感心するなや。

「……せっかく本社で作ってくれた分かりやすいリーフレットもボロクソ言ってきたのが、もうあったま来ちゃって」

 ちなみに、そいつが『え、これ全然意味不明なんだけど。ていうか何この絵。ダサいね(笑)』と言い放った、かわいい後輩(本社勤務)の自作のかわいいイラスト付きのそのフローチャートは、予算や用途に合わせた提案が分かりやすいと、ほかのお客様には大変ご好評いただいているんだけどね!

「それで」

「それで?」

「……ムカつく時にいつもダイナマイト爆発させる妄想してるんで、バーチャルの起爆スイッチを五〇回ほど押してやりました。目の前にいたから堂々と出来なくて、指に爪を食い込ませて。エリマネが見たの、それです」

「あ、なるほど……!」

 最初は感心で始まったリアクションが、だんだんくつくつ笑いに変わった。そんなに笑うなや。


 長く続いたそれがおさまると、青山さんは涙を拭きつつ「君はえらいねえ」としみじみ言った。             

「……それもう聞きました。てか、どこが?」

 イヤな客をバーチャルとは言え四散させてますけど。

「だって、自分に言われてることなら我慢するのに、他の人のために怒ったんでしょ? いい奴」

「……でもちゃんと報復してないし、バシッと正しいことも言ってないですよ」

「それほんとにやったら三戸さんが大変なことになるので、幻の『爆破』にしといて」

「あ、はい」 

「どうしても接客を伴う仕事してると、今回みたいに高飛車な人に当たってしまうこともあるけど、手に負えないような人は指の付け根が爪痕だらけになる前に、どんどん上の人間に振ってください。――と言っても三戸さんの上は店長しかいないし根本的な解決にはならないかもしれないけど、『立場が上の人間にへこへこさせてやった』ってことで溜飲の下がる人もたくさんいるので。僕もその場にいたら遠慮なく使って」

「……ありがとうございます」

 そんなこといままでエリアマネージャー級のえらい人に言ってもらったの初めてで、びっくりしてしまった。

 びっくりしたままお返事したら、青山さんは「バシッと正しいことの言えない大人でごめんね」と笑った。


 そんなやりとりがあって、まあたまにはバーチャル処刑することもあって、それがタイミング悪く青山さんが来た時だったりすると『指見せてごらん』と穏やかながら逆らえない口調でチェックが入る。だけど、あれ以来こっぴどい連打はほぼないから、爪痕は一個とか二個とかで、それもすぐに消えるくらい浅いものだ。

 ほっとした顔をするエリマネを見て、こっちまでつられてほほが緩みそうになる。

 私の指の付け根見て、そんなに優しそうな顔すんなや。


 接客販売業で、ノーストレスでのおつとめってたぶん正直難しい。それでも、頭にたたき込んだ商品の売り込みポイントや価格、お客様の使用状況なんかを聞きながら、その人に一番いい物を選べたら嬉しい。

 でもそういう気持ちって、強い風の中で揺れるろうそくの炎みたいに、なんだかゆらゆら頼りない。自分の中での大切な気持ちがストレスやいやな言葉で駆逐されるくらいなら、いっそのことこっちからマイナス因子をぶっちらかしてやる。

 そんな思いで始めた『処刑』は、本当に時々過激になってしまう。



 どうか、今日だけはエリマネが来ませんように。なんなら困ったお客が来てもいい。

 そんな渾身の願いは、笑っちゃうくらい見事に叶わなかった。


「……どうしてまたそんなにひどいことになってんのかなあ」

 私の指の付け根を見て、呆れたように笑う。やっぱり、心配がマシマシのトッピングで。半端な時間でお店が落ち着いていたので「僕と副店長ちょっと裏でミーティングねー」とほかの人たちに告げて、店舗の裏側の社員駐車場に二人して出た。むわんと暑い。アスファルトからの照り返しのせいか空気も地面も熱い。出たばかりなのにもう冷房が恋しいと思いながら、建物にへばりつくように薄く伸びている影から出る気がしなくて、その鋭角の中でそれぞれ陣取った。

 直射日光の当たらない車止めの上で青山さんがしゃがんで、私を見上げる。シャツにスラックスで膝を抱えて上目遣い。クッソ、かわいいかよ。

「また、誰かのこと?」

「……まあ、そんなとこです」

「詳しく」

「黙秘します」

「僕言ったよね、こんな爪痕残すほどのことがあったら、付ける前に頼ってって」

「すみません」

「……教えてくれなきゃ、こっちだって対応したくても出来ないんだよ?」

「……すみません」

「謝るのはもういいから、いい加減教えて」

「弁護士さん呼んでください」

「容疑者なの君、てか刑事ドラマの見過ぎでしょ」

 ブハッと笑ってもらえて、警戒していた心がちょっとだけ緩む。

 それを見てたみたいに、青山さんは「いいよじゃあ勝手に当てるから」と言って、この店の人の名前を一人ずつ挙げていった。

 それにも答えずツーンとしていたのに。

「……あと残ってんのは僕だねー」

 ため息交じりに笑って、こちらをじーっと見る。 

 顔は普通にしてたつもりだったけど、思わず力強く握りこんでしまった爪の先。またひとつ爪痕を増やす前に「こらこらストップ」と咎められて素直にやめた。


 別に、大したことがあったわけじゃない。

 ほんとに全然、大したことじゃないけど。


 休憩室にお昼を食べに行ったら、ノックをする前に聞こえてきてしまったスタッフ二人の会話。


 ――青山さんてさー、どうも頼りないんだよねえ。前のエリマネみたいに威張ってなくていいけど、なんかねえ。

 ――こういっちゃなんだけど、社内でもすごいナメられてそう。あ、それで今回福袋の割り当て少なかったのかな。

 ――あー、ありそー。

 ――転売屋に行列作られて早々に売り切れてあっちこっちから文句言われて大変だったよねあん時。

 ――『僕の読みが甘かった。次はこうならないように対策します』って今対策しろっつうの。

 ――三戸さんもさ、うちらから引き取った苦情受けてたのにずっと笑顔で店に立っててさ……ほんと申し訳なかった……。

 ――でも副店長元ヤンぽいから、『オラ、あの福袋もっと引っ張ってこいやー!』って裏で青山さんの胸倉つかんで脅してたりして。

 ――エリマネ、『すいませんすいません』て泣くやつでしょそれ(笑)


 陰口っていうほどの陰口じゃない。こんなのにいちいち目くじら立てる方がおかしい。あと私はガラが悪いだけで元ヤンではない。

 あの時の最適解は、バーンとドアを開けて、『人の悪口を言う悪い子はいねーがー!!』ってナマハゲみたいにすごんで、陰口を陰口じゃなくすることだった。

 ガラが悪いくせに筋の通った元ヤンではない私は、マボロシの爆破ボタンを連打しながら聞くだけ聞いて、話題がコスメになってからノックして何事もないふりでモソモソとサンドイッチを食べるしか出来なかった。

 そんな人じゃないんだからねって言う権利もなかったし、上司の悪口やめなさいってたしなめる勇気も、なかった。

 そんな自分のふがいなさに、またがすがすとボタンを連打した。それだけの話だ。


 思い出してふてくされた顔でそっぽ向いてた私に、青山さんがのほほんと微笑む。

「僕のことなんかでそんなに怒るんじゃないよ」

「いいじゃないですか個人の自由ですよ」

「そんな風にしてもらう価値のない人間だから言ってんの。あっちにもこっちにもニコニコするくらいしか芸がないからね」

「何言ってんの!」

 思わず敬語を地べたにかなぐり捨ててしまうと、青山さんもぎょっとなる。ふん、いい気味。

「いつもいつも人の尻拭いとショップ間の調整で神経すり減らしてるくせに『価値がない』? ふざけんな!」

 そう言って、爆破スイッチをがすがす押してやった。

 知ってる。

 この人あてにひっきりなしにかかってくる電話。いやな顔一つしないで、誰かのぐちや泣き言を聞いて、『うん』『うん』て親身に寄り添って。

 欲しいといわれたアイテムを、粘り強く交渉してお店に持ってきてくれても『僕の功績!!』なんて威張り散らさないで、『やっと来たー!』『わー、やっぱかわいいね~』って梱包を解きながら騒いでる我々を眺めてニコニコして。


 なのに、価値がないなんて言わないで。

「ムカつく……!」

「こらこら、幻でも物騒なの押さない!」

「最近食べる量がめっきり減ったでしょ、そんなに痩せちゃって!」

「あ、いやほら心労とかじゃなくただの夏バテだと思うから」

「ならなおさらご自身を労ってくださいよ!」

「そうだねありがとう、というか、どうして君がそこまで……?」

 私の勢いに押されている風で実は冷静な青山さんが、戸惑いながらそう聞いてきたので、よしそれならとこちらも答えを投げ返した。

「恋の導火線に火を付けたの、青山さんですからね」

「……そんな物騒なものに着火した覚えはありませんが?」

「そちらに覚えがなくても勝手に見初めました!」

「見初めたとはまた古風だねえ」

 ええい、感心するなや。

「のんきにしてんなあ! ここまで降りてこいや!」

「……ガラ悪いって」

「これが地ですよ」

「うん」

 青山さんは頷くと「よいしょ」と立ち上がって、車止めから降りた。のらりくらり躱していたのが嘘みたいに、まっすぐ私を見る。

「三戸さんは、仕事熱心でびっくりするほどまっすぐで、人情に厚くて、……案外ガラ悪くて」

「うっさいなあ!」

「かわいいです」

「はあ???」

 するりと自然に握りこまれる指。青山さんの親指の腹が、指の付け根のあたりを何度も何度も触れる。眠った犬の毛並みを整える優しさでその親指が爪痕の上を飽きずに往復すれば、私の心も毛羽立ちがそれなりにおさまった。

 青山さんは、独り言のように言った。

「……なんだかね、感動してるんだよ今」

「なにに、ですか」

「こんな自分を、って言ったらまた怒」

「怒ります」

 めちゃくちゃ被せたら、「ははっ」って笑った。

「……でも言っちゃうけど、こんな自分を見てくれて、好きになってくれる人がいるなんてありがたいな、って」

「……もー、青山さんは自己評価低すぎ!」

 そう怒るフリしておどけてみせる。好き、は表明したけど、手も握られたけど、っていうか、まだ握られてるけど、感謝なんて私の気持ちとはベクトルが違うって分かるから。

 彼の心が、恋から遠いところにあっても今はまだいい。瘦せてしまうほど抱えているストレスから、少しでも気が紛れてくれれば。

 飲み込みにくい硬水を少しずつ流し込むように、そんな風に思う。


 っていうか。

 何でこの人、手を離してくれないのかな。

「あの、」

「ん?」

「離してください、手」

「え? なんで?」

「なんでって……。青山さんの側にその気がないのに繋がれてたって嬉しくないですよ」

 嘘。ほんとはちょっと嬉しい。ちょっとだけ。

 青山さんはそれでもやっぱり手を離さずにうーん、と考える仕草で天を仰ぐ。

「確かに、僕の方はまだ三戸さんの言う導火線じゃないけど」

「ほらー」

 あ、泣きそう。

 思わず繋がれた指をくぐって、また付け根に爪痕を付けようとしたら「こら」とかばうように青山さんの指が潜り込んできて、小さい子が抱っこされたように私の親指が浮いた。

「……でも、線香に火が付けられたくらいには、じりじりしてるよ」

「は?!」

「こんなんじゃだめかなあ」

「ちょ、何言ってんですかおちついて」

「落ち着いてるよ」

「えっ」

「そっちこそ落ち着いて」

 驚きすぎて爪でぎゅっと痕を付けることなんか忘れて、そうしたらガードしてくれてた青山さんの指は、あわあわしてた私の指を捕まえて、するりと繋ぎ直した。

 また目が合う。

 思いのほか、嬉しそうな、優しそうな、それだけじゃない青山さんがいる。

「……夏バテして弱ってる胃に優しいお店でデートしてくれませんか?」

 デート。デートって言ったぞこの人。『導火線に火』じゃないって言ったくせに。

 ちゃんと拒否もしないくせに。

 ふんっと、虚勢で胸を張った。

「私、一人で飲みますけど。いつ行きます?」

「かまわないよ、お好きに。今日は?」

「大丈夫です。よ――しこのあともバリバリ働いてじゃんじゃん飲むぞー!」

「いいけど、デートだって言うことをお忘れなくね」

 そんなの知るもんか。

 好きなのは確かだけど、だからって何でも言うこと聞くわけじゃないんだからね。デートにしてあげないかも。終わるまで会合の趣旨は分かんないよ。

 とりあえず、持てるだけのダイナマイトを持って、胴にもぐるりとそいつを巻いて、自爆に巻き込む勢いで夜に挑む。


 繋いだ手から伝わって、青山さんの方にも導火線に早く火が移れ。

続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4134ci/47/

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[一言] 出てくる言葉は物騒なのに、恋の始まりにオタオタしてる感じがしてほのぼのしちゃったのは、たむらさんマジックでしょうか(笑)
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