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夏時間、君と  作者: たむら
season2
45/47

舞台裏一騎打ち(☆)

「ハルショカ」内の「のら台車顛末記」及び「のら台車奮闘記」の二人の話です。

千木良ちゃんは出演少なめ。

『寝た子を起こすような真似はしたくない』清家さん目線の後日談です。

 のら台車をエサに、俺はまんまと千木良(ちぎら)ちゃんに近づいた。

 誰かの歓送迎会だとか納涼会なんかで、例によって例のごとくこまこま働いて、飲んべえが箸をつけない料理を一人で食べて――そんな彼女に『俺も手伝うよ』って言うくらいしかお近づきになる機会なんてないと思ってたから、あの台車は自分にとって千載一遇のチャンスだった。

 押してみたら、好感触。かと思えば、びっくりするほどの早足で逃げられそうになる。その行動原理でもある彼女の自己肯定感の低さにちょっと呆れて、さらにぐいぐい押してって、でも最後にはちゃんと向こうから選んでもらえた。多分、けっこう滑り込みセーフなタイミングで。

 いつもなにかしらの、ちょっと不遇な物品に感情移入しがちな彼女のことを『いいな』って思ってた輩は社内で俺以外にもいたから、台車の件がなければどうなっていたことやら。



「付き合ってる報告されましたよ、この間の同期会で」

 自販機まで缶コーヒーを買いに来たら、突然そんな言葉を投げかけられた。

「……あー、お疲れー」

「お疲れ様です」

 営業にいる後輩は、配属が決まる前の新人研修で人事課に来た際、俺が面倒を見ていた奴。彼女の同期で、タイミングによっちゃ千木良ちゃんに選ばれてたかもしれない男、でもある。


 営業ではなかなか実力をつけてきているらしい。自信のある人間だけが持つ笑顔をいつも惜しげもなく振りまくそいつだけど、今は納得がいかないという気持ちが表情に透けて見えている。俺相手じゃ隠す気ないのかも。

 俺は、彼女が言うところの『あざとかわいい』仕草であるらしい小首傾げをしつつ「何飲む? おごるよ」と声を掛けた。でも残念ながら――いや別にそうでもないか、千木良ちゃんにはめちゃくちゃ効果のあったそれは後輩男子には通じなかったらしく、「いや、いいです」って言われちゃった。

 とりあえず表面だけでも友好的にしておこうというこちらの大人的配慮はあっさりとはねのけられたので、自分の分だけ缶コーヒーを買うことにする。しかし、ホットが立ち退きさせられるのって早いねえ。夏は選択肢が少なくて困っちゃうよ、と思いつつ、悩めるほどの種類もないので時間をかけずに選んでボタンを押した。

 自販機横のベンチに座り、プルタブを開ける。カシ、という音はいつも気持ちよく乾いている。

 熱くて甘い飲み物をちびちび飲んでいると、俺の後に強炭酸のペットボトルを買って座らずにいるその男が「……なんであいつなんですか」とこちらを見ずに問いかけてきた。バシュ、と攻撃的にも聞こえる開栓音。

「なんでって、それほんとに聞きたい?」

「や、いいです」

「だよねー」

『そりゃあ運命の人だからじゃない?』って、彼女がそこにいたら思考停止になってフリーズして、挙動不審になったあげく変な擬音を出しながら『頭から湯気が出るからやめてください!』って抗議しそうな台詞を口にする準備はできてたんだけど。


 聞きたい訳じゃないのに聞いちゃう、その気持ち分かるよって言ったらさすがにキレられるよな。


 ちびちび飲んでいる俺とは真反対に、豪快に中身を減らす後輩。千木良ちゃんが惹かれたのも分かるよ。こいつ同性から見てもカッコイイもん。

 キュ、と蓋を閉めるさまさえ絵になる男が、独り言みたく言う。

「告白しようと思ってたんですけどね」

「――そ」

『誰が?』『誰に?』なんて、空々しい質問は省いた。

「まさか、二人が付き合うほど親密だったとは知らなかった」

「確かに、親密ではなかったかな」

 同僚で、顔見知りで、世間話はするけど、でもその程度。ほんっと、元のら台車の『だいちゃん』には感謝しかないね。


 千木良ちゃんにはこの後輩のことを好きだった時期がある。それを察したときには、まだなんとも思ってなかった。社内恋愛なんて面倒なことするねえ、若いってすごーい、くらいの。その面倒なことに、まさか自ら足を突っ込むことになるとは(そう若くもないのに)。人生って不思議です。まあでも、道ばたでのらの台車に出会ってさらに情が沸いて拾っちゃう人には敵わない。


 思考がやや迷走しがちな彼女の目線はまっすぐで、誰を見てるかなんて、そんなの当時まったく関係なかった俺にだってすぐ分かった。見られてた方は気づいてなかったっぽい。ちょうどその頃この後輩には彼女がいたし。それは千木良ちゃんも知ってて、だから何にも言わずにただ見てた。

 恋人がいたって、アプローチなんていくらでもやりようがあるのに。

 不器用で気苦労の多そうな子だねって、それだけだったのに。人生ってほんと不思議。


 あんな風にね、自分を見てほしいって思っちゃったんだよね。


 残り物をもくもくと食べるとことか、不遇な物品に肩入れするとことか、いじらしかったり面白かったりしたけど、それがいちばんの理由だな。まあ、こっち見たと思ったらすごい勢いで目線をそらす、みたいに、頑なに『意識される訳がない』と信じこんだあげく勝手に俺を殿上人扱いしてくれちゃってる人に、どうやって(オス)として意識してもらおうかなと、そんな負けん気もあったけど。


 こちらの小っさい缶の中身が半分くらいになった頃、後輩が「今後の参考までに伺いたいんですけど、清家(せいけ)さん、何きっかけであいつと付き合うことになったんですか?」と聞いてきた。

「んー? のら台車だよ」

 正直に答えてやったのに、後輩は『なんじゃそりゃ』という顔をした。ま、知らなきゃそうなるか。

「彼女が困ってたとき、手助けしたらそのお礼にってお茶することになって、――そんなとこかな」

「へー」

「へーってなに」

「だって別にどうでもいいですし」

「せっかく答えたのに」

 俺が抗議すると、そいつは口をねじ曲げるかたちでようやく笑った。

「……こっちはそのうち徐々に距離を縮めるつもりだったんですよ。どうこうなる前にトンビにさらわれましたけど」

「そこはごめんね?」

「むかつくからそのカワイーお顔で謝らないでくださいよ。――同期会では一番仲いいかなってうぬぼれて、ちょっと油断してました」

「……そーかあ」


 例えばのら台車を拾う少し前あたり。あのタイミングで本気になられてたら、本当に『寝た子を起こす』ことになってた。


 付き合い始めてから『千木良ちゃん、あいつのこと前に好きだったでしょ』ってカマかけたら、そんなに? って思うくらいびっくりしてた。例の千木良リアクション付きで。

 それからすごく焦った様子で『めちゃくちゃ過去なので! 今は、清家さん一筋なので!!』って、珍しくどストレートに言ってもらえて嬉しかった。

『うん、知ってる。ありがと』

 そう返しつつ笑うと、『あざとかわいいぃぃ……!』ってテーブルに突っ伏して身悶えしてたっけね。


『彼女、いたので。向こうにずっと』

 ぽつんと、不意に降り出した雨みたいに、すっかりほかの話題になって忘れてたタイミングで、千木良ちゃんが言った。

『だから、好きだったけど何にもないまま終わりました』

『そっか』

『そうです』

 その話は『次、何飲みます?』って二人してメニューを見始めたからそれで立ち消えた。


「……俺はたまたまラッキーだっただけ。付き合うのお前でもおかしくなかったよ」

 俺が正直なところを漏らすと、「あ、そういうのいいです、自分のものにならなかった存在にこれ以上執着するつもりはありませんから」とそっけなく肩を竦められた。

「そ? じゃあ次頑張って! 応援してる!」

「ほんっとむかつく……」

 そう言いつつも、笑いながら立ち去る後輩。その背中に、心の中で声を掛ける。

 タイミング悪くてありがとな。おかげでこっちが恋人になれた。

 ――もし同時にアプローチしてたら、千木良ちゃんはいったいどっちを選んでたかな。

 そんな今更覆しようのない仮定法過去を飲みきった缶と一緒にゴミ箱に捨てて、こちらも部署へ戻ることにした。廊下を歩きながら、楽しいことだけ考える。


 週末は千木良ちゃんとどこへ行こっか。暑気払いでビアガーデン、うなぎ屋さんもいいよね。あーでも河原でバーベキューも捨てがたい。

 おいしいです、ってほころぶ彼女を想像するだけで、後輩とのことはきれいさっぱり忘れて、足取りは知らずに弾んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 清家さん「だいちゃん」がいなかったら、もしかしたら同期の彼に先を越されてたのかもしれないんですね~。「だいちゃん」をしっかりお世話したおかげでしょうか(笑) でも、千木良さんは清家さんを選ん…
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