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夏時間、君と  作者: たむら
season2
44/47

ニコさんVSマーヤ(後)

 会場の隅っこでトークショーを見守る。――緊張のせいかややぶっきらぼうな口調かつ『はい』『そうですね』なんてぶつぎれなニコさんトークを、店長はバレーボールのリベロみたいにどんな(トーク)も難なく受け止めてさらにテンポよく返し、会場を盛り上げている。さすが。

 感心している私の横に美女がやってきて、「さっきはよくも見せつけてくれたわね」と呟いた。どうやら手繋ぎを見られていたらしい。

「……約束でしたから」

「そ。でもあれは私のだから、これ以上ちょっかいだすのはやめてね」

「ヤです」

「……は?」

「ニコさん、フリーだって言ってました。彼の言葉を信じます」

 どう見たって圧倒的不利な私がそう言い切ると、美女は「なまいきなおちびちゃんね~!」とバーガンディーなネイルを施した爪の先で鼻をツンとしてきた。


 何で私、こんな勝ち目なさそうな人相手に堂々とやり合ってるんだろう。

 いつもなら尻尾巻いて逃げる場面なのに。


 そのとき、マッチでくらやみに灯りをともすように思い出したこと。

 ニコさんが。

 自分はフリーだって、きっぱり言ったからだ。

 好きとか、そういうのを置いといても、一緒に仕事したから分かる。ニコさんの言葉は信じられるって。信じていいんだって。

 

 これからもいっしょのお仕事だったら、いろいろ気にして動けなかった。

 でも、今日で大体大きいものは終わり。あとは、展示中によほどのトラブルがなければ、次に顔を合わせるのは展示終了後の打ち上げくらいだ。


 だから、自分から行っちゃう。


 トーク終了後の、展示のオープン記念を兼ねたパーティーで、挨拶を一通り済ませるのを待った。いかついフェイスながらもリラックスしている様子の彼がようやく一人になったところを見計らって「ニコさん」と声を掛けると、「嘉藤さん」とまるで繊細な砂糖菓子かなにかみたいにふんわりと呼ばれた。うわあ、かわいい。入道雲みたいにもこもこ膨らむその気持ちが、告白を後押しする起爆剤になってくれた。

「ちょっとこっち来てください」

 そう言うと、ニコさんの返事も聞かずに手をぐいぐいと引いて会場の外へ向かった。

「え、」とニコさんは戸惑ってるし、美女にも「あ、こら!」と見つかっちゃったけど関係ない。

 これが最初で最後のチャンスだもん。


 私は小走りで、ニコさんは普通に大股歩きで、手を引いたまま階段を降りて、ビルから通りへと出た。

 振りほどこうと思えばどのタイミングでだってそうできたはずだし、ちっこいけれど力持ち! をキャッチフレーズにしている私より立派な筋肉を持っているニコさんなら、そんなのきっと簡単だった。


 でも、手は振りほどかれなかった。

 それの意味していることが、私がこれから伝えることとイコールだといいな。


 信号が赤になったタイミングで、ようやく立ち止まった。

 息を整える。わ、手、めっちゃ汗掻いてる。とっさに離そうとしたら、反対にぎゅっと閉じ込められてしまった。

 自分より大きい、数時間前には冷たかったその手を見つめながら、「ニコさんが、好きです」と口にした。うつむいたままでいたかったけど、えいと頭を上げる。

 ウインドウディスプレイの強い光が、サーチライトみたいに反社会的サングラスの奥まで照らしていたから、ニコさんも私を見てるって分かった。そして。

「はい」

「……!」

 勝算があるようなないような、期待はしてたけど『やっぱり駄目か』も覚悟してたので、そのひとことにめちゃくちゃ歓喜して、思い切りほっとした。

「俺も、あなたが好きです」

「……よかったー!」

 ダメ押しのお言葉までいただいて、ようやくこれが都合のいい夢じゃないって実感する。

 でも。

「じゃああの美女は何者ですか」

 ほっとした途端に押し寄せてきた不満をぶつけるとは、我ながら超現金だ。

 ニコさんはそんな私の不調法を咎めたりせず、「あれは思い込みの激しいただの幼なじみです」と答えた。

「えー?」

「俺が下の名前で呼ばれて本気で嫌がっているのを照れてると勘違いしてて、何度言っても一向にやめない。まあ、仕事面ではあの押しの強さがいい方向に作用しているらしいですが……」

「ちなみに、お仕事って」

「テレビ番組のディレクターだと言ってました。美術や文化関係の番組をやってるらしいです」

「はー……」

 感心してしまったけど、まだ追及の手は緩めませんよ。

「じゃあ、あの人と、キスとかハグとかは」

「一度も」

「でも私、めちゃくちゃ牽制されましたよ?!」

「だから、思い込みが激しいんですって。大体、三〇年近く会ってなかったのにこのイベントを番組で紹介してもらうことになって、取材にやってきたのがたまたまあれで……。『これは運命の再会ね!!』って昼夜問わずLINEは来るし電話も来るしなんなら本人も来るし……」

「……あー」

 確かに、フットワークが軽そうだあの人。

「イベントの宣伝も兼ねての取材だったこともあって、シャットアウトもできなくて本当に困っていました。でも、もう俺には嘉藤さんがいるから、諦めてもらいます」

 そう言いながら寄せられてきた唇を手で塞いで、「まだです」と言った。

「ニコさんの下のお名前、どういう字を書くんです?」

 にっこりしながら改めて聞くと、とたんに情けないお顔になる。かわいい。

「……真実の『真』に、綾取りの『あや』です」

真綾(まあや)さん」

「……」

「私、そう呼んでもいいですか? いや?」

「――や、全然イヤではなくて、驚いています」

 ニコさんは自分の胸に感情が埋まっているようにそっと触れて、ふしぎそうにしていた。あーもー、かわいいったら。

 というわけで、聞きたいことは聞いたし、もらいたい言葉もゲットしたので、満を持してキスした。


 二人して会場に戻ると、美女さんが猛然と近寄ってきた。何か言おうと開いた艶やかな口。それを、ニコさんが目の前に出した片手で止める。

「俺が好きなのはこちらの嘉藤さんで、下の名を呼ばれて嬉しいのもこの人だけだから。勘違いさせてたのならすまないが過度の接触は控えてほしい」と一息に伝えた。

 美女は映画かなにかのキャラクターみたいにぱち、ぱちぱち、と高速で瞬きしたのち、『頼みたかったスイーツが売り切れだった』程度のがっかり具合で「あら、そうなのね~」と言って、そのまま店長のところへ行って「また勘違いしちゃった!」と報告し、「あなたは妄想力が高すぎるから……」とフォローのようなそうでないような言葉をかけられてた。

 思いのほか気落ちしていなさそうな様子に、ニコさんと二人して笑みが漏れる。――やっぱり、自分が誰かを押しのけたり傷つけたりして幸せになるのって、やだもん。そうじゃなくてよかったけどあのあっさり具合に理不尽さを感じないでもない……。

「さあ、そろそろお開きだから、あなたたちもいつまでも色ボケしてないでね」と店長にやんわりさらりと言われて、二人でぎょっとなる。繋いでた手と手はここに入る前にほどいたのに、店長恐るべし……! まあでもたしかに、やることは満載だ。ニコさんと店長はお見送りでまたもや挨拶の嵐だし、私は半分お客さんで来たようなものだけど、それでも半分は当事者だから、会場の片付け作業の一員となって働かないとね。『ちっこいけれど力持ち!』の役立ち時だ。

 ――入り口で、マフィアみたいなニコさんが、おっかない顔を少しだけ緩めて笑ってる。

 あのコワかわいい人が私の彼氏かーと思ったら、リーフレットが詰まった段ボールが鳥の羽みたいに軽く思えちゃう。ふわふわした気持ちで運んでいたら、ニコさんがふいっとこちらを向いたのが分かった。

 と思った瞬間、ターゲットを見つけた殺し屋みたいに、早足でずんずんこちらへ近付いてくる。周りの人がびびってよけるほどの勢いで。

 そして。

「……嘉藤さん、何をしているんですか」

「なにって、パーティーのお片付けを」

「あなた今日呼ばれて来た側の人でしょう」

「でもリーフレットとポスターの搬入も店長と一緒にしましたよ。それにこれ、展示会場の受付に移すだけだし」

 展示会場は、ここの一階だし。

「だからって、運ぶまでしなくていいでしょう、誰かに『お願いします』って言えばそれで」

「ニコさん、私が力持ちなの知ってるじゃないですか、それにみんなで動けば早く終わるし」

「……なら台車を使ってください。働き者なのは知ってますけど、そういうのは今日じゃない別の機会にお願いします」

 そう言うが早く、段ボールは取り上げられ、あいていた台車に載せられてしまった。じゃあせめて押してこうと思ったのに、それもニコさんに取り上げられて、私はただの付き添いになっちゃった。

「……おしゃれなんかしないで来ればよかった」

「そうじゃないでしょう。おすまししていい日はおすましだけしててください」

「だって下っ端なのに」

 二人で廊下を歩きながらうだうだしてたら、すい~っと通りかかった店長が「二光さん、うちの嘉藤は言外のことを察する能力が極めて低いので、伝えたいことははっきりおっしゃって」と笑顔で言い、ニコさんが押してた台車をスマートに奪うと今度は私に向かって「お疲れさま嘉藤、あとは私が帰りがてらやっておくからきりのいいところで上がって」と告げて、ちょうどやってきた搬入出用エレベーターに乗ってまたすい~っと行ってしまった。

「なるほど」

 ニコさんはつぶやいて、それから私に向き直る。

 そのタイミングで「お疲れさまでしたー!」という言葉と拍手があちこちから上がった。さして役に立たないうちに、パーティーの撤収作業が終わってしまったらしい。

「じゃあ、行きましょう」

「え?」

 どこに?

「駅まで送ります。JRでいいですか」

「え、あ、地下鉄です」

 な、なあんだ。てっきりお持ち帰りとかお持ち帰りとか、お持ち帰りとかかと思った……。いや明日も普通に仕事あるから帰るけど。


 改めて二人で会場を出ると、さっきは緊張で気付かなかったけどむわっと熱気がすごい。さすがのニコさんも「暑いですね」とジャケットを脱ぐと、歩きながら「嘉藤さん、今日のワンピース、とても素敵です」と言ってくれた。

「あ、ありがとうございます!」

 ストンとした形で、裾と袖だけめろめろしているこのシフォンワンピースは一目惚れして手に入れたもの(しかもおちびな自分でも大人っぽく見える!)なので、褒められて思わず満面の笑みになる。

 そんな降水確率〇パーセントな私の前で、ニコさんは今日は一日曇りでしょう、みたいなお顔。

「せっかくきれいに装われているのですから、床に直置きしていた段ボールを無造作に持ったりしないでください。汚れたり破れたりしてしまったら、悲しいです」

「あ、はい」

「働き者なのは知っていますから、パーティーのスタッフとして来たのではない時には、お呼ばれされた側として純粋に楽しんでください」

「分かりました……」

 かみ砕いて、諭すように言われてしまう。


 いつの間にか繋がれていた手を、きゅっと握ってみる。即座にきゅっと握り返してもらったことに勇気をもらって「……呆れました?」と聞いた。

「いいえ」

「幻滅とか……」

「まったく。……それどころか、次はいつ会ってもらえるか、そればっかり気にしてます」

 うひゃあ!

「あの、明日でもあさってでも今日でも」

「遡ってるじゃないですか。それに、明日はあなたも自分も仕事でしょう? 今夜はがまんして帰ります」

 ち、ばれてた。


 も少し粘ろうかなとも思ったけど、ニコさんが「明日が休みだったらよかったのに」と独り言のように静かにため息をついたから、それで自分と同じくらい一緒にいたいと思ってるんだと分かって諦めた。

『も少し一緒にいたいです』とわがままを言うかわりに、歩くペースはあからさまに落とした。ニコさんも、フフ、と笑って足並みをそろえてくれた。その上、「上り坂だし、ヒールでよろめいたらいけないから」という心配を言い訳にして、腕を貸してくれた。ぎゅっと両手を巻き付けたニコさんの腕はシャツ越しにも筋肉がみっしりとしていてどきどきした。

 普段の倍くらい時間をかけて歩いたけど地下鉄の階段にとうとうたどり着いてしまい、名残惜しく思いながらお別れした。


 ――その現場は見られていなかったはずなのに、翌日「おはようございまーす」と出社したら美魔女店長にじ――っと一〇秒ほど見つめられ、「嘉藤、二光に名字変わるのはいいけど挙式やら新婚旅行やらは閑散期にしてね」と微笑まれてしまった。

「えっ?! あっ、あの、まだ、そう言った話はこれっぽっちも出てないですけど、」

「あらそうなの? だめねえ二光さん詰めが甘いわ……ちょっとお説教しようかな」

「店長のやんわりぐっさりなお説教めちゃくちゃ怖いので手加減してあげてくださいね……」

 そんな風にゆったり話しながらも、PCのキーボードを打つ店長の指はものすごい勢いで動き続けている。しかも優雅に。

 私も、いつか店長みたいになれるかな。いやなれないか人種が違うもの。でも努力はする。

 だって、ニコさんとの未来も、この会社でのキャリアも、両方手に入れたい。両方大事にしたい。

 そしていつかは『ちっこいけれど力持ちな二光店長』になれたらいいなあ、なんて、そんな風に思っちゃってるのだ。


 ――コワかわいい夫さんが自分の隣にいる未来を思い描きつつお掃除に勤しんでいたら「嘉藤―、仕事中に妄想しないの」とやっぱり店長にばれてしまった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり、可愛いけどカッコよかった!ニコさん! [一言] もちろん、主役の2人も大好きなんですが、陰険にならない恋敵の幼馴染さんや、お見通しな店長さんの事ももっと知りたくなったお話でした!…
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