一三歳
中学生×中学生
背中を預けたコンクリの壁は、西日をたっぷり吸って冬なら大歓迎のあったかさ、なんだけど。
「あっちーな……」
「ほんとだね……」
あいにく今は七月で、高温注意報なんかが毎日ガンガン出てて、夕方になっても全然涼しくなんかならない。私も向こうも持参した水筒の中身はとっくに空で、学校の水道で入れた鉄臭ーいぬるーいお水(いや、むしろお湯?)を飲んでまずいまずい言いながらしゃべってる。
「高倉、今好きなもの飲めるとしたら何飲みたい? 俺すいかのソーダ! 五〇〇ミリリットル三秒で消える自信あるわ」
「わぁ趣味悪ー。私はそうだなあ、桃のミルクティーがいいな」
「それもどうよ」
同じクラスの隣の席の、ついでに言えば小学校の学区も一緒だった染谷君とは、部活も違うのになんか気が合って、たまにこうして帰りに、互いの家の近くで立ち話したりする。大体いつも、ずいぶん前に潰れたお店とその駐車場の間を仕切っている塀の陰で。だって、学校から連れだって歩いて帰ったりしたら、あっという間にヘンな噂になったりするからね。その点、『いつもの場所』なら同じ中学の子があんまり通りかからないし、強烈な日ざしも避けられるし。でもむわんむわん蒸してるから、暑いのは日陰もあんまり変わんないんだけど。
「あーまじで茹だる」とおでこを伝う汗をぬぐう、染谷君。体操着の腕が、もう四月とは違う。もっと細くて白かった。なのに、たった三ヶ月で焼きすぎたトーストみたいに真っ黒で、女子とは違う太さの腕だ。男の子ってすごいなと思わず見惚れてたら、「なに」って聞かれてしまった。
「ん、染谷君すっごい焼けてるなって」
「だろ? 日焼けサロンでもこんなに焦げないよな」
「行ったことあんの?」
「ないけどさ、イメージだよイメージ」
「なあんだ」
そんな、じょうずにキャッチボールしてるみたいな会話。交わす言葉は、ノリとテンポ重視で、頭よさそうなこととか女の子っぽいこととかはちっとも言えない。そんなのぐるぐる考えてるのは、きっと私が自意識過剰なせいだね。
言わないよ。好きだとかつきあってとか。だって、染谷君には、私はただのおしゃべり仲間かもしれないもん。
小学校の時は、ただ同じ学区にいる人ってだけだったのに、中学に上がってからのこの三ヶ月の、一体いつからとくべつ好きになったんだろう。
苦手な給食(ゆでたきゅうりの味って知ってる? とにかくサイアク!!!!)を、先生の目を盗んでこっそり食べてくれた時かな。それとも、クラスで飼ってたちょうちょを、観察が終わった時に「達者でな!」って窓の外へ放した時かな。
気持ちはミルフィーユみたいに、一つひとつはささやかだけどずっしりと積み重ねてしまったから、ないように振る舞うことも出来ない。
その上、身長がぐんと伸びて声も低ーくなっちゃった、日々めきめき変わってく染谷君を隣の席から毎日見ちゃうんだから、ミルフィーユの厚みは倍々で増えていって当然なのかも。
でもそんなの困るよね。私だって、今めちゃくちゃ困ってる。
クラスでお隣り同士としてのおしゃべりとたまにかわす秘密のおしゃべり、それだけで楽しかったのに。
高校生はいいな、バイトも出来るしお小遣いもたくさんあるし、買い食いだって寄り道だって出来る。夜になってから親のお迎えなしで帰ることだって。
それにくらべて、私たちってなんて不便な生き物なんだろう!
整髪料・色ゴム・ヘアアレンジ厳禁、部活で動きまくって汗まみれの体操着、校庭の土埃でうっすら茶色くなった白靴下と白スニーカー。学校の先生方は、自分たちだって中学生だった時があるくせに、恋する中学生の気持ちがこれっぽっちも分かんないらしい。好きな人にはキレイでかわいい自分を見てほしいのに、笑っちゃうほどひどいありさまだ。せめて汗の匂いがひどくないといいんだけど。
あーあ、街灯がともり始めちゃった。早い時間に鳴る夕焼けチャイムは聞こえないふりで無視した二人だけど、徐々に暗くなってくる空はどうしようもない。
「そろそろ帰ろっかね」
「ん、そうだねー」
いやな言葉を切り出す係は、いつも染谷君にお任せしちゃう。ずるいんだ私。
彼の言葉で、二人とも下ろしてたリュックのおしりをパンパンってして、それから教科書満載のそいつをヨイショーッ! って背負って。
ちょっとだけ、見つめ合った、気がした。でも薄暗くなってきたから、ほんとのほんとは、よく分かんない。
「じゃ、また明日」
「うん、ばいばい」
遠ざかる背中を見たくなくって、えいっと勢いよく家に向かって歩きだす。
高校生はいいなって、また思った。いつも染谷君とバイバイをした後って、おんなじグチを繰り返しちゃう。
携帯持ってたら親に「ちょっと遅くなるね」って連絡入れて、場所だってこんなとこじゃなくどこにだって出かけて、も少し一緒にいられるのに。ほんと、不便。
早く高校生になりたい。分かってる、高校生になったからってそれだけで魔法使いみたく何でも出来るようになる訳じゃない。それでも。
染谷君と、もっとおしゃべりしたい。ファミレスで冷房きき過ぎて寒いねって文句言いながら、色んなドリンク飲んで、ずっとずっと一緒にいたい。
高校生になりたい。
行きたい高校も行ける高校も制服も部活も、何一つイメージが湧いてないくせ、そればかりを呪文のように唱え続けた。




