優しくするなら
大学生×高校生
冷えぴたをおでこに貼って、髪の毛はただ一つに結んだだけ、もちろんドすっぴん、辛うじてブラはしてるけど好きなバンドのツアーTシャツ(くたくた)にハーフパンツっていう、隙一〇〇パーセントてか女子力〇パーセントなカッコでリビングのドア開けたら、お兄ちゃんのお友達兼私の好きな人の寺島さんが「こんにちは」とソファから声を掛けてきた。思わずドアを閉めた。
なんでいるの。そう思ったら、聞こえたみたいなタイミングで「堂本に、ちさっちゃんが風邪引いたって聞いたから、それでお見舞いに来たんだ。あ、堂本なら今コンビニ行ってるよ。お母さんはお買い物だって」と教えてくれた。
のっそりと近付いてきたのが、ドアの曇りガラス越しに見える。いつもの黒いシャツ。に、ジーンズ。この人はいつだって黒い服ばっかり身に着ける。
くっくっくって人のリアクションを笑う声が、ドア越しにも聞こえてきた。
「ちさっちゃん何してんの廊下で」
「何って、」
夏風邪引いてヨレヨレのとこをこれ以上好きな人に見られたくないから中に入れないに決まってんじゃん。
云えなくて、うつむく。
閉めてたドアがゆっくり開いて、寺島さんの足が見えた。私よりお兄ちゃんよりおっきい。
「ちさっちゃん」
「……」
「俺、もう君の冷えぴたしてるおでこも熱でぽーっとした目もかみすぎて赤くなってる鼻も見ちゃったから」
「わー! わー!」
失礼極まりない言葉のオンパレードをかき消そうと大声出したら、咳が出た。私の中の嵐を宥めるように、手(これまた大きい)が背中を擦る。
「ばかだねえ」
優しいやさしい声色に騙されたりしないぞ。
「ほら、飲み物とフルーツゼリー買ってきたよ。堂本が帰って来る前にちさっちゃんが選びな」
優しい人は、私を名前で、お兄ちゃんを名字で呼ぶ。
どうして?
聞けないまま、もう二年が経とうとしてる。
ソファに並んで座って――このカッコを見られるのは超絶不本意だけどしょうがない、てか一緒にいるのは嬉しい――、一番好きな白桃ゼリーを選んだ。ゼリーのふたのフィルムってどうしてこんなにかたいんだろう、と思ってたら「貸して」って取り上げられて、いとも簡単にぺりっと剥かれた状態で渡された。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「あの、寺島さん、」
「んー?」
「……そんなに見られてると、食べづらいんですけど」
「ん? それって俺に『あーんてして♡』っておねだりしてるのかな?」
「違いますっ!」
「あれ、また振られちゃった」
そんなことくすくす笑いながら云う男の言葉なんか、誰が信じるんだ。
子供扱い。
いつだってこの人は、こうだ。
優しく丁寧に接してくれるけどそれは私が『堂本の妹』だから。
だから、嬉しくなんかなりたくないのに。私は、本当の気持ちでぜんぶ云って欲しいのに。
桃のゼリーは熱っぽい口の中と喉を冷やしながらつるんと落ちていく。
「おいしい?」
「おいしいです」
「ならよかった」
「寺島さんは、どれ食べますか?」
いろいろ買ってきてくれたゼリーは、まだスーパーの袋の中にどっさりある。ナタデココ入り、ぶどう、フルーツミックス、みかん。が、二つずつ。
「俺はいいよ、お見舞いに持ってきたんだから」
「……私の?」
「ワタシ以外にないと思うけどね」
苦笑した顔で「でも、予想してたより元気そうでよかった」と立ち上がる。お手洗いかと思ったら、床に置いてたボディーバッグも手に取っている。
「寺島さん?」
「帰るよ。俺がいるとちさっちゃんが休めないでしょ」
「でも、まだお茶も出してないのに」
お母さんはまだお買い物中らしくて、気の利かない私は麦茶一杯も出していなくて。今更だけどお茶出しで引き止めようとしても「堂本に明日の飲み会忘れんなって云っといてくれる?」と寺島さんはすたすた玄関に歩き出してしまう。
「お兄ちゃん多分もうすぐ帰ってきますよ」
「いいんだよ。……お大事にね」
どんな言葉も有効魔法にならないまま、ばいばい、と手を振って好きな人は帰ってしまった。
いなくなるととたんに寂しい気持ちに覆い尽くされる。いる間は、『こんな姿見られたくないよー』って気持ちでいっぱいだったのに、ほんと現金。
「寺島さん、」
優しくしないで。
子供扱いじゃなく、優しくして。
二つの気持ちの真ん中で、今日もうずくまっている。
「ただいまー」
お兄ちゃんはそれからほんとに数分後に帰ってきて「お、テラシ、帰ったんだ」と云いつつ冷蔵庫の中のゼリーを見つけてナタデココ入りをひょいっと手にする。
「ねえ、なんで私のことなんか云うの」
「おま、それじゃ俺がまるで筋金入りのシスコンみたいだからやめろよなー」
私がさんざん苦戦したふたのフィルムを、寺島さんと同じにぺりっと簡単に剥がす。ゼリーにスプーンを突き立てて、大きく掬った一杯。わざわざ私にって寺島さんが買ってきてくれたんだから、もっと大事に食べなさいよ。
「あいつが聞いてきたんだよ。『最近ちさっちゃんどうしてる?』って。だから『バカだから夏風邪引いて寝込んでんぞ』って教えてやった」
「バカはいりませんー!」
「でも良かったじゃん、テラシに見舞いに来てもらえて」
「……もっとちゃんとしてる時に呼んでよ!」
あっという間にゼリーを完食したお兄ちゃんが人の悪い顔で笑う。
「それじゃお見舞いになりませんー。……智沙、お前さあ……」
「大丈夫だよ」
空元気で元気よく答える。
「分かってるから、勘違いとかしてないから」
何とか云い切ったところで空元気を使い果たして、「もー寝るね」って背を向けて階段を上がった。スーパーのビニール袋に一つだけ入っていたレモンフレーバーの炭酸も、他の誰にも飲まれたくないから手に持って。
何回、釘刺されたかな。
『あいつモテるぞ』
『テラシは誰にも優しいからなあ』
『今日もあいつは合コンで一番人気でした』
わざわざ云われなくたって分かってる。多分、明日の約束も寺島さんは『飲み会』って云ってたけど、ほんとは合コンなんだって、お兄ちゃんの反応で分かる。あんな風にじいっと見つめてくる男の人がモテるのも分かる。
だけど、恋の捨て方なんて知らない。
私、どうしてあの人なんだろう。学校は共学で部活にだって男子がいて、友達のネットワークを使えば彼氏なんかいつだってすぐに作れるはず。なのに。
私が欲しいのは、どうして寺島さんなんだろう。
うちに遊びに来た時に顔を合わせればいつだって私ともお話ししてくれて、でもからかい交じりで。からかわれてるって分かってたってそんなの浮かれるに決まってる。だって慣れてないし、好きな人の言葉やしてくれることは何だって嬉しい。
子供扱いで優しくしないで、ただ好きって云ってくれればいいのに。――ないね。
「ありえない」
口に出してみたら、もう絶対絶対片思いが叶わないような気持ちになった。
夏風邪以来、寺島さんの姿を見ることはない。お兄ちゃんは聞いてもいないのに「テラシさんは少しこっちにモテをシェアしてくれていいのに」だの、「学園祭はあいつを客引きパンダにして、女子の皆さんに焼きそばガンガン売ったる」だのしょっちゅう云ってる。
聞きたくなくても、聞いちゃうし、ぜんぶ覚えてるし。まったく、片思いなんてほんと厄介なだけだ。この途方もないエネルギーはとっとと自分の中から出し切って、エコ燃料にでもして完全に燃やし尽くしちゃって、踏ん切りつけて次に行きたいよ。
古文の授業で恋の和歌を習っても、音楽の授業でマダム・バタフライのDVDを鑑賞しても、私の心の矢印は壊れちゃった風見鶏みたくいつも同じ方を向いてしまう。それはつまり、寺島さんの方を。
私なんてさ、ただの友人の妹で、あっちから見たらコドモで、手を出したら犯罪だし童顔だから付き合ったらきっとロリコンて云われるし、そもそも恋愛の対象外で……。
当たり前の事実を並べただけなのに、それはズシンと重たかった。
重たい気持ちは、学校に行っても授業を受けても友達とおしゃべりしてもお弁当食べても部活で大活躍しても晩ごはんがハンバーグだってお母さんに予告されても、ちっとも晴れなかった。胸の奥に居座るその重たさのせいで、私は絶対バランスを崩してる、と思う。
会いたいなあ。もうふた月は顔見てないよ。一番来て欲しくない時にはピンポイントで来るくせに、どうしてちゃんとしてる時には来ないの。
美容院でカットしてきたばっかりで、今一番髪がいいかんじなの。ニキビもないし、寝不足のクマもないし、プチダイエットにも成功したんだよ私。
でもそんなの、寺島さんはどうでもいいんだもんね。
自嘲したはずなのに、ぐーっと涙がこみ上げてきた。にわかに熱くなった目元からぽたぽたと雫が落ちる。舗道にそこだけ雨が降ったみたくなって、私の涙攻撃を受けたアリさんの列が乱れるのを見てゴメンて思うけどどうしようもない。
下を向いてたし泣いてたから、自分にかかる影がその人のものだと気付くのに時間がかかった。
「……ちさ、っちゃん?」
戸惑っている声が聞けて大ラッキー、なんて、絶望モードにいるくせにまだそう思う。
今日も黒いシャツだ、でも妙なこだわりかわいいなんて、余裕ないくせにそんなことも思う。
ゾンビ並みにしぶといな、恋心ってやつは。
「……寺島さんてほんと、タイミング悪いですよね」
鼻声とへろっへろな顔で強がってみても、ちっともとげとげしくなってくれない。
ほんの数分前ならカンペキな私だったから、その時だったらむしろ素直に会えたことを喜んだのにと思いながら指先でビシビシ涙を払っていたら、「使って」とタオルハンカチが差し出された。
「でも」
「いいから」
いつになく強めに云われて、しかたなく受け取る。友達の妹への親切心だけで優しくなんかされたくない。そもそもこの人のことで泣いてたのに。道端で女子高生泣かしてるところを誰かに目撃されて、大学でもSNSでも思いっきり騒がれて炎上しちゃえ。
そんな風に心の中で盛大に八つ当たった。それでも。
出されたタオルハンカチの色を、私は一生忘れないだろうと思った。
ゆっくりゆっくり拭いて、一秒でも長くここに彼を留めようと思った。
心配している顔も大好きだと思った。
やっぱり、今日こんなタイミングで会えたことも、風邪っぴきの日に会いに来てくれたことも、嬉しかった。
私ってほんと、おろかな生き物だな。
お兄ちゃんに何度釘を刺されても、いつだってそれは簡単に抜けちゃって、結局まだまだ全然大好きだ。
『ちさっちゃん』って呼ぶ声も私を見つめる目も、お兄ちゃんと違ってお茶の準備やお片付けを積極的にするところも、どうして嫌いにならせてくれないのって詰りたいくらい。あーあ。
「好きです」
云っちゃった。だってこれ以上我慢したら私死ぬ。
駄目なの確定なんだから、今更振られたってどうってことないや。
すっごいびっくりした顔を『ザマーミロ』って思うくらい、いいでしょ。友達の妹だってね、恋するんですよ。――そんなにフリーズしちゃうほど困らないでよ。また悲しくなるじゃん。
涙をタオルハンカチで拭いながら「寺島さんが皆に優しいのを、勝手に勘違いして好きになっちゃって、ごめんね」って言った自分の声は、ぶざまに揺れてた。
目も口もガッて開いて固まってた寺島さんは、それを聞いて「……なにそれ」とようやく反応してみせた。
「え? 何って、お兄ちゃんが教えてくれたんだけど。『テラシは合コンで一番人気』とか、いろいろ……」
「はあ?! 合コンなんか行かないよ、ちさっちゃんがいるのに!」
それ聞いて、今度は私が「はあ?!」ってなった。
『ちょっと、誤解があるっぽいから、少し話ししよ』と連れてこられた公園で、ベンチに並んで座った。寺島さんが左、私が右。風邪っぴきの時と同じだ。触れそうに近い体の左側をめちゃめちゃ意識しすぎてて、自分でもおかしいくらい。
「はい」と渡された炭酸のペットボトルは、お見舞いの時とおんなじレモンフレーバー。これ好き、と呟くと、「知ってる。だからこれにしたんだもん」とあっさり云われて、顔が泣き腫らした目より赤くなる。
ちょうど夕方のお散歩タイムで、あっちにもこっちにもわんこが歩いてた。ここへ来た目的も忘れてうっかり和んでしまいそうだったけど、寺島さんから改めて「で、堂本に何云われてたの、ちさっちゃんは」と問われて、私はお兄ちゃんにさんざん聞かされた話を伝える。すると、寺島さんは前のめりになって頭を抱えた。
「堂本の奴、あいつマジでシスコンだな……!」
くっそー、と目の前で超絶悔しがる姿。そんなの見たことなくて思わずじーっと凝視してしまう。
「……見ないでよ。カッコ悪いから」
「やだ、見る。だって寺島さんも見たじゃん、私のブスな泣き顔」
「そんなじゃないよ」
ふっと顔を上げて、眩しそうに私を見た。
「ちさっちゃんは、いつだってかわいいよ。大好き」
「……アリガト……」
云われ慣れてなくて聞き慣れてもいないその言葉に、お礼はめちゃくちゃ小声になった。俯いた頭のてっぺんを、寺島さんがくしゃくしゃ、と撫でる。
「堂本の家に遊びに行って初めてちさっちゃんに会ったのって、まだちさっちゃんが高一の時だった。覚えてる?」
「もちろんです」
玄関にあった大きなスニーカー。片方すっ転がってるのがお兄ちゃんで、きちんと揃えてあるのが寺島さんのだった。そうとは知らずに、お兄ちゃん今日は靴まあまあちゃんとしてんじゃん、なんて思いながら学校帰りの制服姿で『ただいまーおやつ何ー』ってリビングに入って、その人と目が合って。
『……えと、おやつ、ポテチとポップコーンとチョコウエハース買ってきたけど、何がいい?』
『……あ、じゃあ、チョコウエハースください』
『おめーらおやつの受け渡しより先に自己紹介しろよ』
びっくりしてしまって思わず続けた会話に、お兄ちゃんからツッコミが入った。
それもそうかと、大袋のチョコ菓子をまるっと渡されながら、改めて自己紹介したよね。
寺島です。
智沙です。
そう名前を交わしたあとにはもう、とっくに好きになっちゃってた。思い出してたら。
「自己紹介した時、もうとっくに好きになっちゃってたよ」
自分の心をトレースしたように同じフレーズが、寺島さんの口から出てきた。
「……お揃いで、よかったです」
私も! って素直に云えなくてそんな風にボソッと口にしたら、「ほんとに?!」って、覗き込んできた寺島さんが顔をくしゃくしゃにして笑ってた。
それを見てたら、嬉しいのとか、ホッとしたのとか、さっきまでのかなしいの名残だとか、感情がみんなまとめてまた涙になってしまって、私は借りたままのタオルハンカチが全然離せない。そんな私に呆れるどころか、寺島さんはますます優しい目でこっちを見ていた。
「泣かせてごめんね」
「いや、むしろ私を無駄に泣かせたのはお兄ちゃんだから、寺島さんは気にしないでください」
「あー……そうなるか……」
「だってひどい!」
寺島さんから教えてもらったところによると、初めてうちにやってきてリビングで遭遇したあと、私に一目ぼれしてくれたことを兄に伝えると、あの野郎はしたり顔で『でも智沙の学校、男女交際にめちゃめちゃ厳しいからなあ。学業にもスゲー力入れてるとこだし、本人もお付き合いとか今んとこ全然考えてないみたいよ』とあっちにも釘をぶっ刺したそうだ。もちろん大嘘。うちの学校そんなんじゃないし。
そうとは知らない寺島さんは、それでもうちで会えば私に声を掛けてくれてたけど、『あれは恋愛成分ゼロ、ただの優しさとからかい』だと思い込んでいる私にはちっとも響かないし。――うわあ。
改めて、云われた言葉を反芻してみれば。
『ばかだねえ』
『あれ、また振られちゃった』
『おいしい?』
『いいんだよ。……お大事にね』
どれも、優しいだけでもからかいでもないって今なら分かる。優しくするなら私を想って欲しい、そう望んでいた通りだったって。
「寺島さん」
「んー?」
「ごめんなさい、私、ずっと勘違いしてて」
「いいよいいよ、通じたんならチャラにしよ」
「……でもお兄ちゃんはシメときますから」
「りょーかい」
「今日バイトないって云ってたんで、うちまで一緒に来てくれません?」
「喜んでお供します」
くすくす笑いながら、私がしようとすることを止めない彼氏は最高だ。
繋ぎたくて、でもどうしよ、なんて云お、って私が一人でニギニギしてた手も、さらっと繋いじゃうし。
「……寺島さん、」
「ごめん、もう俺、ちさっちゃんと手繋いでいいんだと思ったら一秒も我慢出来なくて」
「……」
私も、と云えないままぎゅうと握り返したら「夢じゃないらしいよ、すげえ」と寺島さんがくしゃっと笑う。
夢じゃないらしいけど、夢みたい。
夕方になって「たーだいまー。何、テラシ来てんの、連絡もらってねーぞー」と横着して手を使わずに靴を脱いだお兄ちゃん――もちろん寺島さんの靴は今日も揃えて置いてある――が顔を上げたタイミングで、廊下に仁王立ちしてた私はブリザードな表情で言い放つ。
「シスコン」
それだけで、奴は自分の置かれた状況が分かったらしい。
「いやいやいや落ち着けよ智沙俺はなー、純真なお前が傷付いたりしないようにだなー」
「余計なお世話だよシスコン」
「智沙ー、おにーちゃんその呼ばれ方は辛いなー……」
半泣きの兄が私のうしろをついてリビングに入る。ソファに座る寺島さんのすぐ横に座って、手を繋ぐ。あっけにとられて、こちらを指差したまま口も目も開いて固まってる人に、にこっと笑った寺島さんが一言。
「お帰りシスコン」
「お、お、お前のせいで俺は智沙に!」
「嘘つくシスコンが悪いんですよねえ」
「人の恋路を邪魔するシスコンもね」
しおしおのへなへなになったお兄ちゃんに追い打ちをかけるように「寺島さんと付き合うことになったから。これ以上邪魔したら絶交ね。あとお母さんに言い付けといた」と各種ご報告。
「ち、智沙さん……あの……ごめんなさい……」
「今更謝られても悩んで傷付いた日々は戻ってこないしねえ」
「出来る限りのことはします……」
「あ、じゃあ、寺島さんと夢の国でデートしたいからチケット二人分調達してね」
「それで許してくれる……?」
上目使いで聞いてくる兄に、にっこりと笑う。
「それで許すと思う?」
兄が半泣きになったところで、寺島さんから「ちさっちゃん、それくらいで……」とストップがかかってしまった。
「寺島さん甘すぎ」
「そんなつもりないけど、一応自分の彼女のお兄さんだから」
「テラシさん……ありが」
「まあ今日はこれくらいにしておこうよ、今日は」
兄の言葉をぶった切りながら寺島さんはにこにことそう云った。……けっこう、怒ってるのかな? お兄ちゃんも「ヒッ」て小さく声を上げてたし。
まあシスコンがこの先どうなろうといいや。両思いになった私には関係ない。頭の中も心の中も、ずっといたあの重たい気持ちはもうどこにもいなくなって、かわりに寺島さんでいっぱいになってるもん。
わくわく、うずうずした気持ちは勝手に溢れて、気が付いたら「寺島さん」って呼んでた。
「何、智沙ちゃん」
「んーん、……なんかちょっと呼んでみたくなっただけ」
「そっか」
ソファで恋人繋ぎしながら至近距離で見つめ合って、笑いあって。それでこんなに幸せになれるって最高。
思いっきり二人の世界に没頭してたら、「お、お前らここで見せつけてんじゃねーよ!!」ってシスコンが吠えた。
「邪魔者は退散するといいんじゃないかな?」
寺島さん@少し怖いバージョン、はそう云って、私のおでこにキスをくれた。
シスコンはそれを見て、ムンクの叫びになった。
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