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夏時間、君と  作者: たむら
season2
33/47

あざに口付け、甘いハグ(☆)

「ハルショカ」内の「脛に傷痕、膝にあざ」及び「手の甲は銀河」の二人の話です。

 初めての夜はロマンチックからはるかに遠く、ほとんど裸の状態でベッドの上に座り尋問を受ける私は、まるで敵国にとっ捕まった間抜けなスパイのようだ。


 丁寧に服を脱がせて、掌で私の体を一撫でする。それだけでため息を吐きたくなるのに。

 突然難しい顔してそれをプラマイゼロにするの、ほんとやめて欲しい。


「これは?」

「近所の犬にしつこく手出したら噛まれた奴」

「……。これは?」

「中学校の時教室で追いかけっこしてたら窓ガラスに足つっこんだ奴」

「……」

 左の手首にうっすら残る縫合痕だって太ももの傷だってちゃーんと嘘つかないで誠実に答えてやったっていうのに、香月(かづき)ときたら一つ聞くたびにいちいち信じられないと云いたげに眉をひそめて首を振る。まー、仕草までイヤミだこと。

「……これは?」

 腕を取られる。

「小説に出てくる女海賊にあこがれてコンパスでお揃いの傷をつけようと思って二ミリで挫折した奴」

「アホすぎる……!」

「うるさいなー!」

「あれだろ、お前いつか子供産んだとしてその子が大きくなったら一緒に遊びまくって怪我するんだろ」

「見てきたかのように云うな」

「見なくても分かるよ」

 またため息。

「こっちは今でさえ心労でハゲそうだってのに……」

「ごめんよ、諦めて」

「どっちだよ」

「両方だよ」

 私が真面目にそういうと、香月はこの部屋に入ってからやっと笑った。

 そうそう、そんな風にしててよ。せっかくの夜なんだし。てゆうか。

「あんたはなんか云うことない訳?」

 私が腕組みしてねめつけると、香月は顎に手をやり少し考えてから「……お前ほど思いきりのいい傷痕はないな」とすっごーく真面目くさった顔で申告してきやがった。

「そうじゃないだろー!」

「じゃあ何だよ」

「香月さんのバカ!」

「しずかちゃんみたく云うな、それにお前には及ばねーよ」

「この唐変木!」

「唐変木ってなかなか聞かないよな今時」

「ああ云えばこういう減らず口のくせに……!」

「で? なんで田代(たしろ)はご機嫌斜めなんだよ」

「斜めじゃありませんー! 垂直落下ですー!」

 せっかくさっきからいじましく下着姿でかわい子ぶったポーズ――女の子座りやら横座り――してたのにさ。あほらしくなったからかわい子キャンペーンは早々に店じまいにして、がばっと胡坐をかいた。途端に、「こら、そんなカッコしてんのにそんな風にするな」とお叱りが飛んでくる。ふん、『こんなカッコしてるからそんな風にしてる』に決まってんでしょ。さらに私の体を見せつけるように、ゆーっくりと横になった。すると、恋人はとびきり渋い顔になる。渋くならないで、でれっとして欲しいのに。

「香月ってなんかお父さんみたい」

 だからなのかしらねー、下着姿の私の前でそんなに冷静で、えろかわいいランジェリーにも胸の谷間にもさほど食いつかずに、いきなり傷跡チェックなんかしちゃうしさ。――は! それとも、ひょっとして。

「……香月ってもしかして、童てっ……!」

「じゃないし、そんなこと恥じらいもせずに云うな」

「あーもううるさいなー!」

 腹が立ったので、とりあえずきちんとたたんであった服やアンダーウェアをバッサバッサ投げつけてやった。それを奴は一つひとつまた丁寧に畳み直したり、ハンガーに掛けたり。お父さんだけじゃなくお母さんでもあったのかこいつ。そんな風に茶化してみたって、すっかり白けたセクシー気分は戻って来やしない。

 こうなったらふて寝だふて寝! とシーツにくるまって背中を向けると、クローゼットに私のワンピースと自分のスーツのジャケット(それから多分外したネクタイも)を吊るし終えて戻ってきた香月が、「寝るなら化粧落として歯磨きしろよ」ってまた家庭的な注意をかましてきた。

「ほっとけ!」

「……どうした、ほんとに」

 その声が呆れとかバカにしてるとかじゃないのが逆にやんなる。

 心配ばっかりしないでよ。私がして欲しいのは心配じゃないのよ。だってさ。

「あんた私をなんでここに連れてきたのよ」

 金曜日、素敵なホテルのツインルーム。晴れて同僚から恋人になった二人。梅雨が明けてもなかなか手を出されず、やっとこうして初めて過ごす夜。

 からの尋問。ついでにお父さんモード。ナニソレ。わくわくしてた分余計にがっかりよ。

 あんたは私をどうしたいの。

「そうするつもりないなら、私あんたと付き合わないからね」

 セックスしないカップルなんてフルコースのメインを食べないくらいありえない。

 別にそれは快楽だけを欲しがってる訳じゃないよ。


 好きってことを、言葉だけじゃなく伝えたい。恋人同士の会話は、身体も使って目いっぱい交わすものでしょ?

 でも今の香月からはちっとも伝わってこないよ。言葉も熱も。

 連日続く熱帯夜が嘘みたいに快適な部屋。はだかの肩や、足の側面に触れてるシーツの感触は、とびっきりの気持ちよさ。このベッドメイキングを乱すのは惜しいけど、だからって『乱さない』は私の選択肢には存在しない。

「……ごめん」

 いいよ、なんてすぐには云ってやらない。だって許せないかもしれないじゃん。

 どうすんの? 私今日にむけてめちゃくちゃ気合い入れて体を手入れしたしちょっとだけど絞ったし、ワンピースだってランジェリーだって全部スペシャルよ。ここまで人を期待させておいてただのお泊り会にするつもり? あんたの出方によっちゃあ、最悪ここでバイバイなんだけど。

 背中向けたまんまの私に触れるでもなく、常と変らぬテンションで香月は言い訳をしてきた。

「さすがにちょっと、テンパッてて」

「はい、ウソー」

 そんな言葉さえ淡々と云われて信じられる訳ない。

「ほんとだって。今日、俺が何回脛をぶつけたか。まあお前ほどじゃないけど」

「いちいちそうやって人のことくさすところがかわいくないわー!」

 見せなさいよ、と云うが早く起き上がり近付いて、がっとスラックスの裾をめくって、靴下をがっと下ろした(乱暴にすんな、という抗議はこの際聞こえなかったことにする)。

「あ、ほんとだ、あざになってるー!」

「嬉しそうに云うなよ」

 確かに私ほど豪快にはぶつけなかったらしい。小さな青あざが、脛に出来ていた。

 いつもだったら絶対にありえない。だって、香月は歩く時にボーっとしない族だから。

 なのにボーっとしちゃったのね。


 さっきセクシー気分と一緒に遠ざかった愛おしさが、急に押し寄せて一息に私を攫う。どこへって? それはもちろんラブの世界へだ。ち、こんなにすぐに許してやるつもりじゃなかったのにチクショウ。でもまあいいか。だって好きなんだもーん。

 あんな一言とこんな小さな証拠一つで許してあげる位にはね。


「香月のくせに」

 ぽつりと咲いている可憐な花のようなあざを撫でて笑ったから、多分私がそれをからかいのネタにしようとしてるとでも思ったんだろう。香月が、言い返そうと息を吸った瞬間。

 私は、そのあざにキスをした。

 脛毛の処理なんかしてなくって、おまけに靴下の跡までばっちりついちゃってる。あーかわいい。

「好きよ」

 唇を付けたまま囁いて、ちゅうっと吸い上げる。あざの上に、またあざが生まれてるかもしれない。

「……勘弁してくれ」

 それが心底嫌がってる風には見えなかったから、調子に乗ってあっちこっちにキスしてやった。香月が抗うことなくなされるがままだったのをいいことに、馬乗りになってさらにしてたら左手がベッドからつるりと落ちて、ついでに自分の本体も落ちそうになる。でもしっかり者の恋人であるところの香月はもちろんちゃんと私の腰をキャッチして自分の上に乗せた。こつりと合わされるおでことおでこ。奴のついたため息がひどく甘い。

「肝が冷えるようなことするのは勘弁してくれ」

「してやらん」

「余裕ないのにさらに削るなってことだよ」

「ありまくりじゃないのさ」

「まくってたら、お前が喜ぶような言葉だって量産出来るって」

「たとえば?」

「……『好きだ』」

「それから?」

「『かわいい』」

「それから?」

「だからムリ。量産は出来ない」

「しなさいよ!」

「……いっぱいいっぱいなんだよ、勘弁してくれ」

 その言葉にピンときて、いわゆる男の急所へと手を伸ばしたけど、触れて確かめる前に私の動きの意図を分かってしまった香月には逃げられてしまった。ち。でも、ズボンの生地を掠めた指先は、その感触が困った顔とは真反対のテンションだったのをバッチリと確認した。思わずニヤニヤしてしまう。

「香月さんのえっちぃ」

「だから、あの台詞を穢すな」

 もっとふざけようとしてた私の髪に、香月が口付ける。それだけで、機関銃みたいにしゃべるはずだった口に安全装置がかかってしまったのは何でだ悔しいな。


 ゆっくりと、伸ばされた腕。指先が、肩に触れる。そこから二の腕を滑って、止まったかと思うと、くっと引き寄せられた。

 その力はちっとも強くなかったのに、逃げられない。

 暴れん坊の猫を手で囲うように、恐る恐る包囲網を狭める腕に抱かれた。

「ずっと、こうしたかった」

「……そう」

「口うるさい嫌な奴って思われてると思ってた」

「口うるさい奴だとは思ってるよ」

「やっぱりな」

 笑った顔が、とてつもなくかわいい私の男。

「でもヤな奴って思ったことはないな」

「……」

「たまにお説教でイラッとするけど」

「上げてから落とすのやめろ」

 ちょっと感動して損した、と尖がった唇に、私からキスを贈る。わざと音を立ててほっぺにも。なされるがままになっちゃった顔は、情けなくてかわいい。

 間近でじいっと見つめてたら、香月が照れて目を逸らした。その隙に、今度はちゃあんと大人なキス。それだけじゃない。

「……好きよ」

「……そいつはどうも」

「かわいい」

「ヤローがそれをいわれてもな……」

「香月、いっぱいしよう」

「率直過ぎねーか」

 香月さんのバカ、ソレだけじゃないよ。

 ケンカもキスもハグもデートもだって。もちろんソレもだけど。て云うか、まずはソレからだけど。

 いそいそとシャツのボタンを外しにかかると、勘弁してくれ、と四回目の台詞を口にして、ぐるりと視界が入れ替わった。ああ、やっと始まる。待ちくたびれたよ。


 香月と私の体は、どんなおしゃべりをするのかな。けんかみたいな? めちゃめちゃ甘い?


 その詳細は、これからのふたりしか知らない。


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