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夏時間、君と  作者: たむら
season2
31/47

永遠ダッシュ(☆)

高校生×高校生

「ハルショカ」内の「long,slow,distance」及び同じく「ハルショカ」内の「あなたと映画を。」#1の9に関連しています。

 気が付けば、段取りの悪い私を色々とフォローしてくれたり、とか。

 長距離チーム皆で行った映画館で、食べきれなさそうだったLLサイズのポップコーンをさらっと引き取ってくれたりだとか。そんなのが嬉しくって、くすぐったくって。

 二月にふられたばっかりなのに、私ときたら懲りずにまた。


 しばらく恋はいらない。そう思って、バレンタイン後はひたすら陸上の日々。

 そんな私の心なんてお構いなしに春が来て、かわいらしい新入生が入ってきて、私もいっぱしに最上級生なんかになっちゃって。

 ――かわいかったなぁ皆。長距離チーム入りした守屋(もりや)君なんて、最初は呼ばれるたびに震える声で返事しちゃってさ。

 私が回想に耽っていると、「先輩、そろそろミーティングお願いします」って空気を読まずに当の本人が割り込んできた。

「――はいよー」

 わざとよっこいせって云っちゃう。

 あんなに初々しくかわいかった守屋君は、たった三ヶ月でめきめきと身長を伸ばしめきめきと男らしくなりめきめきと頼りがいのある部員になってる。何でも、中学の時も学級委員だの部長だのつとめてたって話。同学年である一年女子はおろか、先輩である筈の二年&三年女子、そして男子にも、他の競技の子たちにも『いずれはあいつが部長』って一目置かれてる。でもさ。


 そんなに早く追い越さないでよ。さみしいから。

 勝手な先輩は、そんな風に思うのよ。

 いつまでもかわいい後輩でいてよ。頼りがいなんて求めてないんだよ。

 だって、頼りたくなるじゃん。 

 ――そういうの、いらないのに。


 無謀な恋をして、見事にふられて。

 春になって、やっと気持ちが上向きになって。

 暑くなってきたと思ったら、すぐこれだ。恋愛脳なんて要らない。長距離脳だけあればいい。いや、勉強脳も社交脳もおしゃれ脳も欲しいけど。

 そんな私の内なる葛藤に、やっぱり松ケンは気付いちゃう。


 休憩中、「水分とってください」って私の水筒を持ってきて手渡すとさっさと離れていった守屋君。プラのボトルを両手で握りしめて少しずつスポーツドリンクを飲んだ。そうしつつ、自分と同じように(彼は片手持ちだけど)飲んでいる姿を眺める。

 ――目が合いそうになって慌てて視線を逸らしたら、顧問の松ケンがいつの間にか横にやってきてて私の肩に肘を乗せて耳元に口を寄せ、「青春だなぁ」ってこっそり告げた。――もう、対松ケンコイゴコロはきっちり成仏させたから今更ドキドキなんてしませんけどね。でもさ。

「あいつはいい男だぞ」って耳打ちするのはさすがにちょっと。

「……それ、無神経すぎ」

 私がわざとくらぁいトーンでそう云うと、先生はぱっと離れて「悪かった、ごめん!」って小声で必死に謝るから、すぐに笑って「許してあげます」って云っちゃった。

 やっぱり好きだな、先生。恋じゃなくても。そう思うのは、いいよね。

 無神経だけどさ、周りに聞こえないようにこっそり会話してくれるなんていい教師だ。うん。

 そう思って、ひとりでほっこりしていたけど。

 そのやり取りを、守屋君がじっと見ていたなんて知らなかった。


「仲、いいんですね」

「誰が―?」

 二人一組になって、走る前のストレッチ。別にペアとか決めてないけど、同性同士で組めない時はなんとなく一緒にするようになってた。トラックの内側で、足開いて地べたにぺたんと座った私が背中を押される側で、押すのが守屋君。その押し加減がギリギリ耐えられる辛さなのが憎らしいよ。

 守屋君からの返事は、松ケンの拭く笛に紛れてやってきた。

「先輩と松本先生」

「あはは、そう見えるー?」

 そんな言葉にも、もうドキッともしないし答えに躊躇もしない。ほんとにただの尊敬できる先生だ。それが嬉しくて弾んだ声で返したら「見えますよ。――悔しいくらい」

 ――ん?

 それってどういう? って聞こうと思って息を吸った。とたん、ピ――ッと長く笛を鳴らされる。

「交代ですね」

 思わせぶりな言葉を吐くだけ吐いて、守屋君は何事もない風にさっさと座り込んだ。


 うわ、なんか、むかつく。

 人の心掻き混ぜたんなら、ちゃんと後始末までしろっつーの。一人ですっきりした顔すんじゃねえっつーの。

 そんな気持ちなままストレッチの押す側をすればそりゃあ当然。

「先輩、痛いです」

「そーかそーか」

 いつもより、ちょっと多く体重掛けてやったからね。


 そんなふうにむかっ腹立てて、一人でもやもや怒ってた。守屋君はそれから何も別にしないし、云わないし。それでますますこっちはキーッてなっちゃう。

 云わないけどさ、そういうのって分かる人には分かるじゃん? で、またそれに気付いちゃった松ケンがある日私を「佐伯(さえき)」ってちょいちょい手招きした。

「はい」

 なんだろ。フォーム崩れてたかな。呼ばれた意図など知らず、アドバイスがあるのかと神妙な顔して待ってたら。

「どうした? なんかここんとこ、守屋とピリピリしてるけど」と云われてがくーってなった。そっちかいっ。――でも。

「……分かりますか」

「ああ。佐伯はともかく、あいつがあんなんなのは珍しいから」と目くばせされて、松ケンに促されるまま自分の後ろを見やる。

 険しい顔付きの守屋君が、やや乱れたフォームで走っていた。それでも、私よりちゃんと綺麗な姿勢に見惚れてしまう。

「あいつって優等生でね、几帳面で真面目で、それでいて社交性もちゃんとあって和風のイケメンで……」

「はあ」

 突然の守屋君推しに『?』マークが頭の周りをポポポポッと現れる。前に一回そういうのやめてって云ったのに。

「カンペキ過ぎて逆に心配されてんだよね、俺ら教師の中で。だからなんか、逆にホッとした」

「へえ」

「でも佐伯がらみだとああなっちゃうのなあいつ」

「へっ?!」

「ま、せいぜいかき混ぜてやれ」

 ぽんっと、私の頭の上で気安く弾む松ケンの手。云うだけ云って、短距離チームの方へと去っていってしまった。

「無理だよ……」

 私の方が、一方的にかき混ぜられちゃったんだもん。それを一人でこだわっちゃってんだもん。最上級生としては一年坊主のからかいなんて、余裕の態度であしらわないとなのにね。むしろ余裕なのは向こうだってば。

 まったくこっちに分けて欲しいよその一年らしからぬ態度、と思いながら長距離チームの方へと戻った。



 気まずくても何でも、同じ部活の同じチームで動いている以上まるっきり接触しないという訳にはいかない。今日も、練習の前に皆で協力して用具を出した。準備と片づけの時は『高跳びだから』とか『短距離だから』とか関係なくて、全員でするのがうちのルールだ。だから、この日も私はハードルをいくつか持って運んでた。L字になってる脚の部分が、運んでると歩く足に微妙に当たるんだよねと思っていたら、いつの間にか守屋君がすぐ近くにいて「手伝いますよ」って声を掛けてくれた。

「ありがと」

 遠慮せずに半分渡す。ひょいと持たれたハードルは、なんかそれだけ重力とは無関係みたいに見えて羨ましい。

「いいなあ」

 思わず呟くと「何がですか」って律儀に聞いてくれた。

「背ぇ高いし力もあるから、こういう時男子っていいなあと思って」

「こう云う時にしか、役に立てないんで」

「そんな事ないでしょうが」

 完璧なくせに、何云っちゃってんだか。

「ほんとですよ。佐伯先輩とだって空気悪いままだったの、ずっとどうしようも出来ないでいたし」

 ――あ。

 今日は久しぶりに普通に会話したけど、そういやそうだった。

「えっとあの、」

「嫉妬してました」

「――はい?」

 だれが、何したって?

 うまい事理解出来なくて聞き返したら、隣を歩く守屋君はまっすぐ前を向いて歩きながら、さらりと口にした。

「俺、松本先生に対して嫉妬してます。それで、ついあんな態度に」

「――しっと」

「はい」

 嫉妬、されるような間柄じゃない。だから嫉妬と云っても私が思ってるようなのとは違う。きっと。

「そうかー、私と仲良くなりたいのかー」

 ハードルを所定の位置に置いて、長距離の縄張りに二人で戻る。

 何故か痛む心を隠して『それは先輩冥利に尽きるね!』なんて笑い飛ばそうと思ってた。だって、そんな訳ないから。

「『それは先輩冥利に尽きるね!』とか思ってそうですけど、そうじゃないですから」

「!」

 守屋君はエスパーか!

「えっと、あの」

「先輩落ち着いて」

 勝手に背中さするなっ! 余計ドキドキする!

「ゆっくり息吸って、吐いて。――そう」

 す――。は――。

 いつの間にかぽんぽんとあやすリズムの掌に合わせて、ゆっくり呼吸した。そしたら、浮かれてた頭も冷めた。そうだよ。

 彼は一年生。で、しっかり者。私は三年生。でもって、彼を筆頭に後輩たちに助けられてばっかのダメダメな先輩。

 ゆえに、彼は私を『そういう対象』として見ている筈がない。そうでしょ? 守屋君が何を思って松ケンに妬いたのかは、知らないし知らない方がいい。

 こんな風に仲間でいられるのは、一一月の大会(そう! 長距離チームは引退がものすごく遅い。受験に響かない事を祈るばかり)まで。まだ暑いしすごくすごーく先のように思えるけど、あと四ヶ月。

 その短い時間を、私の一方的な恋愛脳でごちゃごちゃにはしたくない。

「――分かってもらえましたか?」

「うん」

 守屋君は大事な仲間だって、自分に言い聞かせた。


 松ケンの笛が鳴ればストレッチの時間。いつものように先に私の背中を押されてから交代する。

 陸部お揃いのTシャツ、なのに広い背中をぎゅ――! って押しながら――そんな風にしても『やめて下さいよー!』なんて泣き言云わないとこも憎らしい――「だいじょうぶだからね、私別に勘違いとかしてないし」って精一杯明るい口調で云ってのけた。私えらいわ。

「勘違い?」

 多分わざとゆっくりと復唱された。ちらりと振り返った顔には不本意、って書いてある。

「守屋君の云う好きが仲間としてっていう意味だってちゃんと分か」

「――全然分かってないじゃないですか」

 は――って、ロングブレス。怒ってるの? 怖い顔して。

 そのまま、雑技団ほどじゃないにしても相当柔らかい守屋君は開いた両足の間で体をぎゅーっと地面に近付けながら、云った。

「俺はあなたが好きなんです」

「――は?」

「勘違いされたくないから恥ずかしいけど云いますけど、ちゃんと女の子として好きです」

 ちょっと待ったこの人何云っちゃってんのこんな部活中に声を潜めているとは云っても周りに人がわんさかいる中で云うだなんて、らしくもない。

 私の心の声が全部ちゃんと通じたみたいに、守屋君は「――すいません、『勘違いしてない』まで云われちゃうと、ちょっとさすがにこっちも冷静になれなくて」とすでに冷静な声で云った。

「俺は、あなたが好きです」

 二回云った。

 心臓が大きく跳ねた時、ちょうどストレッチタイム終了の笛がピ――ッと空気を裂いた。短距離チーム、高跳びチーム、ハードルチーム、長距離チームにそれぞれがばらけて行く。二人とも何事もなかったみたいにメニューを確認する。今日はチームの他の子たちは用事があったり怪我して部活をお休みしてたり委員会に出てるので練習に遅れる事になってたりで、結局今のところはふたりっきり。

「少し流しますか」って云ってたくせに、気が付いたらトラックを離れて学校の裏手、部活棟の方に続く人けの少ない道に誘導されてた。

 無理やりもぎ取った二人だけの空間で、三度彼はあの言葉を放とうとする。それが分かったから、先に「――ごめんなさい!」って云った。

 やだやだやだ、そんなのやだ! ただの先輩と後輩でいい。このままがいい。

 頭をぶんぶん横に振ってたらくらっとした。子供みたいにそうして、必死に訴える。でも。

「俺はもうこのままなんて無理だ」

 やめて。追い詰めないでよ。

「あなたが俺を嫌いなら諦めます。一言そう云えばいい」

 ほら、って挑発されて。なんで告白されてる方の私がこんなに追い詰められてるの。分かんないよ。何にも分かんない。分かりたくない。

 嫌いじゃない。嘘なんて、つけない。だから。

「ごめん!」

 それだけ云って、逃げた。


 走って走って走って走って走った。陸部同士の鬼ごっこは相当鬼気迫るものがある。

 走って止まって、もっかい走って。タイム測ってないけど相当いいペースじゃないかな。そう思いながら、部活棟からテニスコートの横の細道を通り学校の外周の狭い道に出てひたすら走る。この辺のくねくね道は陸部も野球部も皆ランニングで使うけど、交通ルールを守っていないとすぐに部活停止処分になるので、横断歩道の手前で途切れない車列にイライラしながら足踏みしてたら。

「先輩、早い……」

 息を切らした守屋君に、追いつかれて手を取られた。

 とっさに、掴まれた手を引いて、車列が一瞬途切れたのを確認して私だけ向こう側に渡る。横断歩道を渡りきってから振り向けば、守屋君は「逃げるな!」っておっきい声出して吠えた。そんな声も焦った顔もタメ語もはじめてだ、と思いながらやっぱり逃げた。


 消防署の脇を通る時、休憩中の消防士さんやランニング中の吹奏楽部とすれ違った。必死に走る私はなにごと? って皆にじろじろ見られたけど、そんなの気にしてる余裕も言い訳する時間もない。

 とうとう横断歩道を渡ってきてしまった守屋君が、猛然とこちらへ迫ってくるのを見た。慌てて脇道に入っても、このやり取りを見ていた消防士さんや吹奏楽部の子が、「あっちに行ったよ!」っていちいちアシストしてたから、簡単に追いつかれてしまった。それでもまだ逃げようとしてたんだけど。

「逃げないで、ください」

 はあ、はあって苦しそうな声。思わず、足を緩めたらまんまととっ捕まった。

「先輩の気持ちを、教えてください」

 なんでそんなにまっすぐなの。やつ当たりしたくなる。

「もう、ほっといてよ!」

 気持ちがせりあがって目から零れた。

「まだ誰の事も好きになんてなりたくないのに!」

「何でですか」

「二連続でふられたらもう一生恋なんて出来ないもん!」

「何でふられる前提なんですか。てか」

 顔の汗を乱暴に腕で拭って、守屋君が私を見る。

「それは俺の事を好きって事で、いいんですか」

「――!」

 とっさに違う、って云えない時点で負けだって、分かった。


 誰の事も好きじゃない、って云えばよかった。

 恋なんて興味ないって、突っぱねればよかった。

 でもそんなのは嘘じゃん。私そんな嘘はつけない。

 なんて不器用なんだろう。また傷付くかもしれないのに。


『うん♡』なんて云えない。すっごい経ってから、小さく小さく頷いた。そしたら、普段感情の抑揚が緩やかな守屋君が「――やった!!!」ってガッツポーズして大喜びしてた。


「一生大事にするとか嘘はつけません。でも、俺なるべく佐伯さんを大事にするんで当分はふられる心配しないでいいと思いますよ」

「なんか誠実なのかそうじゃないのか分かんない事云うね!」

 肩のあたりを叩いてみても、守屋君はにこにこしたままだ。もう、普段部活じゃ全然そんな顔しないくせに――って!

「あ! 部活!」

「今日俺と佐伯さんは外周ランニングしてから合流するっていってあるんで」

 さすがしっかりさんだ。やることに抜け目がない。

「でもそろそろ戻った方がよさそうですね」

「うん、それにたぶん、私たち追いかけっこしてたのバレバレだよね……」

 今頃、吹奏楽部あたりから色んなグループの内外に『逃げる陸部の女子を男子が追いかけてた』って事が拡散されて、遠からず陸部の耳にも届いてる筈。

「怒られる時は一蓮托生ですよ。一緒に『永遠ダッシュ』しましょう」

 ルールを破ったり態度が悪かったりすると課されるペナルティは、部長と松ケンの二人が『よし』って云うまで、ただひたすら一〇〇メートルを何本もダッシュするっていう地獄のメニュー。絶対やりたくなんかないし、インターバルほど休む時間もなくて苦しいばっかり。きっと、帰ったら顰め面した松ケンと部長、それから興味津々な部員一同が待ち構えてる。戻りたくないよー。

 でも、「行きましょう」って、守屋君がなんでもないみたいに笑うから。

「うん」って苦笑いして、地獄の待ってる方へと二人して走り出した。


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