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夏時間、君と  作者: たむら
season2
30/47

スムースでジャジーでメロウ(☆)

永嶋家シリーズ。「如月・弥生」内の「イージーでルーズでジェントル」の二人の話です。

 小さい時はね、数字はいっこいっこ違う色で個性があったよ。

 5は元気な男の子。

 7はお兄さん。8はお姉さん。2はピンクで3はきいろ。

 計算するたびにそのイメージがぷわーって広がって、ぱちんと割れて。


 今でも、その世界のかけらを、みーは持っているんだよ。みーだけじゃなく、多分みんなもね。



 中学の先生にも塾の先生にも心配されてしまったみーだけど、なんとか希望の高校に入ることが出来ました。

 うちから近くって、公立で、のんびりしたとこ。実は学力がちょっと足りるかな? っていう感じだったんだけど、中学での提出物をちゃんと出してたとか、合唱部のボランティア活動(施設で歌ったり、地域のお掃除に参加したり)の加点があったからかな。奇跡の合格、とかお友達に云われて憤慨したけど。


 結城(ゆうき)君は、みんなの予想通り名門男子校に進学するって決まった。そっちも公立だったから合格発表日は一緒。みんな朝はそれぞれ受けた高校に合否を見に行って、学校に寄って報告して帰る。会えた子もいたけど、結城君とはタイミングが合わなくて会わずじまいだった。残念。と思っていたら、うちに電話がかかってきた。

『どうだった?』

 室温に戻す前のバターみたいな、硬い声。緊張してるのかな。そう思いながら「受かったヨー。そっちは?」と聞くと『同じく』って、シンプルにお返事が来た。

『よかった。おめでとう』

「ありがとー。結城君も、おめでと」

『ありがとう』

 ありがとうとおめでとうは、ふたごの金平糖みたいだな。キラキラしたことばは、口にしても目にしてもうれしいから、好き。

 そう伝えたら『卒業してそれっきり永嶋(ながしま)さんのそういうの聞けなくなるのはさびしいな』だって。

「それっきりにしたくなかったらしなければいいじゃん」

『――どうやって?』

 お利口さんなのに、たまにこのヒトみーより『もうすこしがんばりましょう』の時あるよネー。こんな簡単なことがわかんないなんて、うそでしょ? って思いながら口を開いた。

「こうやって電話するでしょ、会っておしゃべりするでしょ、メールするでしょ、お手紙書くでしょ、ほら、色々ある」

『そうしていいの?』

「もちろん!」

『そっか』

 じゃあこれからもよろしく。

 静かにそう云って、静かに電話が切れた。


 ぷーぷー鳴る電話を置くと、お母さんが「お友達からだったの?」って聞いてきた。

「そうだヨ。結城君」と教えてあげると「あの子か」って笑う。

「合格したって?」

「合格したって」

「合否を伝えるだけにしては長くなかった?」

「うん。合格おめでとうからのこれからもよろしくだった」

「ふうん、いいねえ」

 お母さんのその言葉はメレンゲみたくやさしくって、みーはそっかー、いいのか(なにがだかよくわかんないけど)って思った。


 これからもよろしくとは云ったけど、お互い慣れない高校生活は忙しくって、さすがにしょっちゅう『そうする』ことはむつかしかった。それでも、中学とは違う結城君のりりしい制服を見るとフフってなるし、みーも「かわいいね」って制服ほめてもらえたし、たまにでも直接会うのは楽しいね。

 結城君は、やっぱり今年も学級委員になってた。さすがー。文武両道な学校なので、部活動もちゃーんと入ってて、弓道部だって。

「なんか向いてそう」って云ったら、「今のところ的前(まとまえ)にも立ててないけどね」って苦笑された。白黒ツートンの的に向かうのは、まだ一年生は早いみたい。

「大変だねえ」

「そうでもないよ。動かない競技だから、むしろ太りそうで怖い」

 お腹を押さえて真面目な顔でランニングでもしないと、ってしみじみ云うから、大笑いしちゃった。


『バイト?』

「そ。駅前のテナントに入ってるカフェ」

 部活動はやっぱり合唱部で、活動日は週三日だし、ヒマだからバイトすることにした。

「学校帰り、よかったら寄ってみてね」

『うん』

 必ず行くよって云って、電話が切れる。

 そういうのほんとじゃない人もいるけど、結城君はほんとの人だから、ちょびっとはお仕事に慣れた頃、ちゃあんとお店に来てくれた。六時過ぎ。部活のあとかな。

「いらっしゃいませ」

 おひやをコトリとテーブルに置きつつ、「来てくれてありがとね」って云うと、居心地悪そうに「――女の人ばっかだね、ここ」って苦笑した。

「カフェだからねえ。なににする? オムライスとか、ボリュームたっぷりでおいしいよ」

「あ、ごめん。夕飯は家で食べないといけないから、飲み物だけで」

 そう云った言葉がぴりっとスパイシーだったような気がするけど、アイスコーヒーを頼まれてすぐに忘れた。


「お待たせしました」

 コースター置いて。その上に静かにグラスを置いて。ストローは、お店のロゴが入っている面を、お客様から見て逆さにしないでテーブルとちゃんと平行に置いて。ガムシロップ、ミルクポーションをストローの斜め前方に置いて。よしカンペキ。

「ごゆっくりどうぞ」

 透明でまあるい筒の伝票入れに丸めた伝票、ついでにエプロンのポッケからお代が割引になるお食事補助券を出して一緒に入れた。

「永嶋さん、今日何時までなの」

「えーとね、九時までだよ」

 それから家に帰ってからご飯。今日はなにかな。

「女の子一人で帰るには遅くない?」

「だいじょぶ。パパさんのお迎えあることもあるし、なくても途中までは一緒に上がった子と帰るし」

「――気をつけてよ」

「はーい」

 結城君は心配性だね。でもなんか、心配されるのってくすぐったくって嬉しいね。



 それからもたまーに、結城君はカフェへやってきて、コーヒーやアイスコーヒーを一杯だけ飲んでは帰る。それを、一緒にバイトしてる女の子たちが見逃す訳ないよね。

「ねー、永嶋さんのお友達、かっこいいね」

「でしょでしょ?」

 グッドルッキングなだけじゃなくグッドボーイなんだよって言いふらしたいくらい。こっちまで鼻高々になっちゃうよ。

「彼女とかいるの?」

「聞いたことないけど、どうなんだろうねえ」

 みーは自分では結城君と仲良しさんなつもりなので、教えてもらえてないんだとしたら寂しいなって思う。だから、その晩電話で聞いてみた。そしたら。

『いないよ』

 あ、また、なんかスパイシーな声。

「結城君、なんかふきげんさん?」

『何でそう思うの』

 電話越しだと声少し違うけど、みーは耳いいからわかるんだよ。

「気持ちがとんがってるときの声みたいだから」って云ったら、『原因は分からなくても俺の感情は読んでくれるんだ』って、電話の向こうで結城君は笑う。ほろ苦なチョコレートをうっかりかじったみたいに。

『自分が望んでるほどには望まれてないってのは、分かってても辛いね』

「――何の謎解き?」

 本当にわかんなくって聞いたのに、『教えない』なんて云われちゃった。


「自分が望んでるほどには望まれてないのは、わかっててもつらいこと」

 結城君に云われたことばは、いつまでもみーをちくちくさせた。でもわかんないものはわかんない。

 うーんとうなりながらうっかり呟いたら、パパさんとママさんとねーねー、つまり家族全員がみーの方を勢いよく振り向いた。そうだ、リビングのソファでごろごろしてたんだったね。

「ねえ、なにそれ! 誰のこと?」

 ねーねーが目をきらっと光らせて聞いてきた。

「結城君」

「ほんとにー!」

「が、ゆってたの」

「なーんだ」

 ねーねーとママさんが盛大にがっかりしてる。でもパパさんが小さくぐっと拳を握ったの、見えちゃったな。

「何でみんな意味がわかるのさ」

 訳知り顔の三人に聞いたって、しらんぷりされちゃう。

 いじわるさんたち、って云いかけたら、「それはみずほが自分で気がつかなくちゃいけない事だよ」って、いつも云われることを口にしてパパさんが優しく笑う。

「どうして」

「どうしても。とっても大事で、とっても素敵な事だからね」

 結城君もパパさんも、謎掛けばっかりしてくる。答えは絶対教えないくせに。


 そんなことがあってから、梅雨が明けてほんとのほんとに夏が来た。

 もう夏休みで、合唱部の練習がある日は学校ない日はバイトで、結構みーは忙しい。

 あれから結城君とはまだ会えてない。メールとか電話はしてる。電話の声は、もう普通。謎を解くヒントもつかめないよそれじゃあ。

 外はアイスになって溶けちゃいそうな熱気だ。アイスになるなら、ストロベリーがいいな。ピンクでかわいくておいしいから。なんて考えながら自転車こいでマンションまでびゅーんと帰ってきたら、入り口のところで青い顔した男の子が、幽霊みたく立っててびっくりした。だってあれって。

「結城君!」

 思わず声をかけると、いつもよりゆーっくり、ゆーっくりこちらを向く。

「――やあ、永嶋さん」

「やーじゃないでしょ、どしたのこんな暑い日に外で突っ立ってるなんて結城君らしくないよ」

「らしくない、ねえ」

 くつくつ笑う。でもそれはほんと笑いじゃなくて。でも、いつかのスパイシーでもなくて。

 ビターとほんの少しお砂糖が混ざったのが焦げたような、悲しい顔だった。

「とにかく、うち来て」と有無を言わさず、連れ帰った。つめたい手を引いて。

 パパさんのTシャツとジーンズを「出てきたらこれに着替えて」と押し付けて、むりやりシャワーを使わせた。家に入って二人きりなのがわかった途端「出直すよ」と元気ないくせになぜか遠慮し出した結城君を「いいから」ってぐいぐい中に押し込んだ時、そのシャツの背中は、どれくらい外にいたのかぐっしょりと汗でぬれてたから。


「着替えありがとう」とパパさんの服を着て出てきた結城君をリビングのソファに座らせた。手に持ってたシャツと細めのパンツはきちんとたたまれてたけど、奪ってみると想像通り汗で重い。

「これ洗濯と乾燥しちゃうヨー」って声掛けて、洗濯機に入れて回す。

 リビングに戻ると、結城くんはぼーっと座ってて、ぽたぽた落ちる水滴は首から下げたタオルへ吸われるままにしてた。

「ちゃんと拭きなよ」ってそのタオルでみーが拭う。うっかり自分の髪をタオルドライする時くらい遠慮しない強さでごしごししてしまったのに、結城君は頭がぐらんぐらんになっても『痛いよ』も『やめてよ』も云わず、ただおとなしく拭かれてるだけ。


 ちょっと、どうしたの。結城くんは折り目正しく遠慮がちだけどなんでもいいわけじゃなくって、ちゃんと流されない自分を持ってる人。なのに今日は。

 聞きたいよ。でも無理に聞き出したい訳じゃない。黙っていたいなら、みーはそれでもいい。でも、ちょびっとだけでも元気になって欲しい。

「待ってて」と言い捨てて今度はキッチンに小走り。ココアの粉末とお砂糖を小鍋に入れて、ほんのぽっちりのお湯で練って、それから牛乳を少しずつ入れてあっためながら、くるくるかき混ぜた。おいしくなりますようにって、呪文も混ぜて。

 そうして、湯気を立てるマグを結城君の前に差し出す。

「これ飲んで」

「永嶋さん、真夏にこのチョイスって謎すぎるよ……」

「いいから」

 あんなに、今にも凍死しそうだったくせに、なに云ってんの。

 いつもより怖い顔してごり押ししたら、やっぱりおとなしく「いただきます」と手が伸びた。

 ふう、ふうと息で湯気を払う。いつだって姿勢がいい人なのに、猫背になって両手でマグを包んでそうしてると、なんだかちょっと小さい子みたいだよ。

 一回そんな風に思ったら、目の前にいるのがスーパーカンペキ高校一年生の結城君じゃなく、ちいさな結城ボーイにみえちゃって、思わず頭をよしよしってしてた。

「――永嶋さんてすぐそうやって人の事触るよね」

「ん? やだった?」

「やじゃないけどさ……」

「じゃー触らせてヨー。結城君だけだよ、こうしたくなるの」

 みーの言葉に、結城君はなぜかむむっとしかめ面になる。かと思うと「すっげー殺し文句ですね永嶋さん、しかも本人殺しにかかってるのこれっぽっちも分かってないし……」と早口で呟く。

「?」

 きょとんとしてたら、優しく笑われた。

「いいよ、――そのまま聞いててくれる?」

「うん」

 ことん、と置いたマグはとても静かに扱われてたのに、なんだかとっても響いた、気がした。


「もういいって云われたんだ」

 そう笑う横顔は、なんだか泣きそうで。

「――誰に?」

 なにを、ももちろん気になるけど。

 告げられた名は、予想通り。

「母さん」

 お母さんて、あの、みーが数学で一番だったと勘違いして怒鳴り込んできた、あの。

 って、みーの顔にきっとばっちり全部出てたんだろう。

「そう、あの」って苦笑された。

「兄貴がね、俺よりうんと締め付けられてて、でも俺よりうんと反抗出来る人なんだ」

「そっかー」

 みーがそう返すと、結城君の目元がいつかのようにふっと緩んだ。

「やっぱり普通に『そっかー』って返してくれるんだね」

 そういうところが好きだよ、って云ってくれたから「ありがとー!」って笑顔で返したら、「――そういうところは憎らしいけど」って苦笑されちゃった。

 こくりと一口ココアに口を付けて、結城君がぽつぽつ話す。

「うちの親が、子供の成績にものすごくこだわってるの、知ってるよね」

「うん」

 直接見ちゃったもん、知らないなんて云えない。

「小さい時からずっとああいう人たちなんだ。俺は反抗するのなんて無駄だと思って、云われたことをただハイハイって聞いてたんだけど」

「うん」

「兄貴が、そこへ通わせてるって両親自慢の大学をこの間辞めちゃってさ。もう、うちの中大騒ぎ。今までは兄貴が折れて、なんとか収めてたんだけどね……」

 そこで途切れたから、今回お兄さんは折れなかったんだって、わかった。

「父親には『仕事が家庭を顧みない免罪符だなんて思うなよ』、母親には『あなたのためを思ってっていうけど、今まで一度でも本当に俺を思ってした事なんかある?』、俺には『……(けい)、巻き込んでごめん』って云って、家も出て行っちゃった」

「そう……」

 笑って話してるのに、ここへ来た時よりもっと冷えていってるように見える結城君。それでも、時折ココアを口にするから大丈夫、きっとあったまってる、って思うことにした。

「兄貴が家出た後、母親が心労で倒れて入院して、父さんはやっぱり仕事で動けないから俺が手続きしたり着替え持ってったり、家の事とかもそれなりにしてたんだけどさ。――今日、お見舞いで病院行った時に『もういい』って」

 そんなこと、云われたの。

「反省した、自分達は至らない親だった、こんな事になって、つくづくそれがよく分かった、――だから俺は、もういいんだって」

 淡々とした口調で紡ぐ言葉からは、怒りだとか、悲しみだとか、いろんな温度が見えては隠れた。

「勝手だ」

「――うん」

「さんざん人をコントロールしておいて今更。俺、誰かと遊んだりご飯食べたりするのも許されてなかった」

「うん」

 思い出す、『夕食は家で食べないといけないから』って云った時のスパイシーな口調。

「――まあ、ヘタレな俺なんかに云えることじゃないけど」

「そんなことないよ!」

 もどかしい。みーの中に、結城君に伝わって、励ませる言葉がないってことがこんなに。

「これから、どうしようね俺」

 ぽつりと呟く結城君をそれ以上放っておけなくて、でもやっぱり言葉は浮かばなかったから、思わず近づいて立ったまま頭をぎゅっと抱き寄せた。

 ひとりじゃないよ。みーがここにいるのよ。

 ぎゅうってされても、ソファに座ってる結城君はやっぱりおとなしくなされるがまま。やめてよって振り払う気力もないのかも。でも、もしそうされても、みーは傷つかないよ。

 みーもしゃがめば、あわない目線も少しは近くなる。冷たい指先をたぐって、引き寄せてみーの頬にふれさせる。ね? 冷たくっても、こうして触れていれば、あったかくなるでしょ?

 あったかくなって、甘くておいしいものを飲んで、涙を流したら、そしたらちょっとは元気が出るのよ。


 髪の毛を撫でる。うつむいた頭が小刻みにふるえている。大丈夫。

 今日はもう、これ以上悪いことは起きないよ。

 結城ボーイをゆるくハグしている間じゅう、みーはみーが結城君に出来るなにかを考えてた。それはもう、受験勉強してた時とおんなじくらい、うんと真面目に。


 そうしてようやっと導き出した答えを口にする。

「結城君は、やっぱりこれからもばりばり勉強しなよ」

「――なんで。もうしなくていいって云われたんだよ」

「ワタシのためにしてよ」

「永嶋さんの、ため?」

「そ」

 きょとん、とした顔。みーを見上げてくる目は、まだちょっと赤いけど。

「ワタシこんなだから、ちゃんとしてるつもりでもそうじゃないこととか、たくさんあるのね。人を傷つけるつもりなんてないけど、うっかり口にしたことでそうなる時も、たまにあって。だから、勉強したり、教わったりすることで、ちょっとでもそうゆうの減らせたら、うれしいの」

 ほんとのこと。だけど、半分は、結城君のためのもの。

 急に目の前で、ずーっと続いてたはずの道がなくなっちゃったら、すごく困ると思うの。結城君がそうなってたら、みーはとってもとっても助けたいと思うのよ。

 理由なんてわかんないし、なくたっていいの。わけわかんないでしょ、みーに教えるために勉強しろなんてさ。でも、お兄さんの自由の道連れに、ただ振り回されて終わるなんてそんなのはだめだってことくらいわかる。結城君が云われて仕方なくやってたんじゃなく、ちゃんとお勉強好きだってこともね。

「お礼は、そうだなあ、お食事券とか、お食事券とか……」

 それくらいしか、みーにはないけど……。

 うっかりしょんぼりしてたら、「いいよ、永嶋さんの使う分がなくなっちゃうだろそれじゃ」と結城君が慌ててそう云ってくれた。

「でも」 

「じゃあ、歌ってよ」

「え」

「勉強、教えるから。教えられるように、俺もちゃんと勉強するから。だから、たまに俺のために歌ってくれない?」

 あ、通電した。そうわかった。

 分断してつながらないかもと思ってた結城君の回路が、閉じないでちゃんとつながってくれたよ。みーの云ったこと、聞いてくれた。

「うん」

 それならみーは、心おきなくいつでも、欲しい分だけ歌ってあげる。

「じゃあ、まず今。なにがいい?」

 そう聞いたら、結城君ときたらちっとも歌手とか歌とかに興味がなくって、あんまり知らないと云うから、歌はみーが歌って教えることになった。

 たくさんあるよ、すてきな歌。

 ドレミの歌は、英語だと歌詞が全然違うの。

 野ばらは、結城君はどっちがすきかな。みーは、シューベルト派なんだけど。

 切なくて寂しい歌も、底抜けに明るい歌も、毎日歌うよ。

 結城君がそれをいらないっていう日まで、みーの歌は結城君のもの。そう決めた。

 ゆるくしてたハグをぎゅってしたら、結城君もおそるおそる、みーのおなかのあたりをきゅってしてくれた。


 ずーっとハグしてたら暑くて汗かいちゃったんだろうか。顔を赤くした結城君が夕方、ココア一杯分だけ元気になって、乾いたお洋服に着替えて帰って行った。夜になって家族みんなが帰ってきてから顛末(おうちのことはプレイベートだから、にごして)をお話ししたら、ねーねーは「ふうん」ってにやにやして、ママさんは「そうなの」ってにこにこして、パパさんは「なんだか答えの三歩くらい先に到達したね」って、苦笑した。

 そういえば、答えは見つかってないね。まあでもそれも、結城君と一緒にいれば見つかるんじゃないかなあなんて思う、みーなのでした。


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4134ci/32/

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