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夏時間、君と  作者: たむら
season2
29/47

甘えん坊と、その傾向(☆)

「夏時間、君と」内の「クールビズと、その功罪」及び「ハルショカ」内の「眩しがり屋と、その対策」の二人の話です。「ハルショカ」内の「花とコーヒー」及び「気の強い小動物と俺」に関連していますが、未読でもお楽しみいただけると思います。

 七月、産休に入る女性社員――残念ながら気ぃ遣いの(かつら)ちゃん(お花屋さんの彼氏さんと絶賛交際中)でも、小さくてかわいい原田(はらだ)さん(私たちの同期の村上(むらかみ)君と絶賛婚約中)でもない――の代わりに他部署からやってきた後輩の歓迎会が行われた。二次会の飲み屋さんのお座敷で、北条(ほうじょう)は地顔の濃さを生かした、もはや鉄板ネタのホストコントを披露して場を沸かせていた。

 パーティーグッズ(多分)のホストスーツは、紫色のラメが光る安い生地。その腕を気安くぺちぺちしながら、「先輩似合いすぎですって!」と早速懐いてる後輩は、男の子だから嫉妬するなんてヘンかもだけどアイドルみたいにかわいい子で、二人のそのやたらと近い距離感にモヤモヤする。おまけに部屋の中はクールビズに逆行するみたく寒くって、お守りのように持ってきていた冷房避けのカーディガンをはおってみてもちっとも防げないから、ほんといやになる。冷房の風が直接当たらない席を探して座ったら、北条とは一番離れたポジションになったし。

 せっかくの歓迎会でムッとしてたら空気が悪くなるから、二人のじゃれ合いはみんなと一緒に笑ってた。北条のスマホを後輩の彼が覗いたり小突かれたりするたびに低気圧になる自分の心の狭さを自覚しつつ焼酎のお湯割りでむかっ腹をなだめていると。

「ちょっと、大丈夫なのそんなペースで飲んで」

 案の定、『気ぃ遣い』から心配されてしまった。

「いいの」

「……北条君、呼ぼうか?」

「奴は今おもてなし中だから」

 あっ、また腕をぺちぺちされてる。もう、少しは躱したりして見せてよ、おでこを軽ーく拳でコツンてするんじゃなくって。

 目の前に座っている原田さんがカルピスサワーを注文する時に便乗しておかわりを頼んだら、原田さんにまで「ペース早いよ」って小さな声で叱られてしまった。

「だって」とそこまでで口をつぐんでいたら、ヤレヤレって顔した桂ちゃんが大皿やグラスを片付けながら「拗ねちゃってるんですよ、この人」って告げ口した。

「え? なんで?」

 原田さんが、きょとんとするとほんとに小動物みたいでかわいいよなあ。桂ちゃんも小柄で他の人より素早く動くしなんか小さい生き物っぽいっていうか。――なんて私の内なる思考逃避をよそに、二人はどんどん話を掘り下げてしまう。

「ほら、彼氏を独り占めされてなおかつベタベタされてるんで」

「そうなの?」

 答えないでいたのに原田さんが優しく笑って、私の頭をよしよしって撫でた。

「そうなのね」

 ――――――はい。


 お片付けを終えて左隣に戻ってきた桂ちゃんが、「でも北条君て村上君とも仲いいけど、そこは平気っぽくない?」とサラダを取り分けつつ聞いてくる。そのお皿を受け取って周囲に配りつつ「そう云えばそうよね」と原田さんも同意する。

 ホスト顔の北条と一見コワモテな村上君という外見が対照的な二人は、それでもウマが合うのかずっと仲が良くって、今でもちょこちょこ飲みに行ったりしてるけど。

「だって村上君は、あいつにベタベタしませんもん」

 正直に答えたら二人に大いに笑われてしまった。なんでよ。


 結局二次会中、北条は一度も席を変わらなかったし、こちらにふらりと来ることもなかった。

 そんなの別に平気よ。それに、異動してきたばかりの後輩君をここの雰囲気に馴染ませて楽しませるなんて、やっぱりそう云う気遣いが出来るとこ好き。嘘じゃない。

 でも、いい気はしてなかったので、いつもより杯を重ねて盛大に酔っ払ってしまった。


「ねえ、岡野(おかの)ちゃん、靴履ける?」

 ひと足先にお座敷を降りた桂ちゃんが、困った顔してる。

「だいじょーぶだいじょーぶ」

 そう答えたのに、桂ちゃんも原田さんもどうしてそんなに過保護っぽいかな。

「駄目ね。桂ちゃん、ちょっと北条君呼んで来て」

「はーい」

「ほら、岡野さんはふらふらしてないでとりあえず柱に凭れて座ってて」

「だいじょーぶですって」

「云うこと聞きなさい」

「……はい」

 声は小さくても怒る時は迫力満点の原田さんに云われたら、大人しく従うしかない。

 柱に背中を預けると、途端に眠気が襲ってきてしまう。駄目だ、ちゃんと帰らなくちゃ。社会人なのにこんなの恥ずかし過ぎ。そう思うのに、身体が云うことを聞いてくれない。困った、眠いよう。

『――大丈夫だからそのまま寝てろ』

 大好きな声が聞こえた気がして、小さく笑った。

 うん、北条がそう云うなら、そうする。



 目を覚ますと、心配そうなホスト顔が目の前にあった。ふ、と素直に笑う。

「北条、おはよ」

「はい、おはよ」

「あれ、みんなは?」

「なに云ってんの、もう俺んちだよ」

「北条のおうち」

「そうだよ」

 ぐるりと見回せば、確かにここは見慣れた恋人の部屋だ。ということは。

「ごめんなさい……」

「なんで? なにが?」

「持ち帰るの大変だったと思うから」

「全然。岡野軽いの知ってるし、俺がひ弱くないのも知ってるでしょ」と長袖のシャツの腕で力こぶのジェスチャーをして見せた。

 知ってる。

 長袖のシャツの下に隠れているのが案外逞しい腕だってことは、こうなる前から知ってる。自宅でも筋トレを欠かさなかったり簡単に人を抱き上げたりと色々『ひ弱くない』のも、こうなってからちゃんと知ってる。

 酔いつぶれた私が北条の家で起きた時にこのことを気にするって分かってて、わざとちゃかしてくれてるのも、知ってる。

 冷房が苦手な私の為に、この部屋の温度設定を高めにしてくれてるってことも。いつだって温度調節出来るように、ソファにはどの季節もひざ掛けを用意してくれてることも。

 北条は云わないけど、そうやっていつも私のことを優しく包んでくれてる。

「水、飲めるか」

 そんな風に私を気遣ってくれるのは、私の大切な男で。

 苦手だったキラキラゴージャスな顔は、とっくにとびきりのお気に入りで。

 香水と北条の匂いが好き。私、あんたが丸ごと全部好きだよ。

 しがみつこうとしたら、「酔っ払ってんなあ」と苦笑交じりで身を躱された。一秒だって待てないこっちの気も知らずに、のんきにそのままキッチンに歩いて冷蔵庫の扉を開けたりして。

「……それじゃくっつけない」

「くっついてもいいけど、先に水飲んでから」

 そう云って、よく冷えたミネラルウォーターのペットボトルの蓋をきゅっとひねってから差し出してきた。受け取ると、ひんやりしていて気持ちいい。

 こくこくと飲み干して、それから満を持してのハグ。まだシャツ姿の北条の胸元に、ぐりぐり頭をこすりつけてやった。

 もう離れてなんかやるもんか。今日ずーっとがまんしてたんだもん。

 つきあってるのは内緒じゃないから、みんな、他のフロアの人たちも知ってる。でもだからって、会社の歓迎会で恋人モードになんかなれないし(恋人モードになっても、こっちはあんまり変わんないかも、というのは考えないことにする)。


 酔っぱらってるけど、記憶が飛ぶたちじゃない。だから、頭のどっかで『明日の朝、とんでもなく恥ずかしいだろうなあ』ってわかってた。

 わかってても、甘えたいよ。

 胸元に収まったまま見上げたら、ゴージャス顔の恋人は甘い笑みを浮かべて、「ん?」って聞く。

「イチャイチャされちゃって」

「別に、イチャイチャってほどでもなかったと思うけど、男だし」

「あんたは私のなんだから、男にでも触られたらやだ!」

 背中を優しく撫でられたって、むかっ腹は簡単に収まったりしないんだから。

 その気持ちのまま、シャツにぺったりと口紅をつける。出来上がったのは絵にかいたようなきれいなキスマーク。

 驚いた北条の顔をパチンと両手で挟んでキスした。

 酒臭いよね。ごめん。でも今、私すごくあんたとキスしたい。あんたもそうだといいんだけど。おそるおそる目を開けたら、ゴージャス増しましの笑みをたたえて北条がキスを返してきた。

 舌を絡める。その首の後ろに手を回して、引き寄せた。


 存分にいちゃいちゃして、唇を離した。色の薄い目を近い距離からじっと見る。

「うわきしたらころす」

「おっかないな」

「おっかなくて、重たいんだから」

「うん、いいよ」

 何をしても、何を云っても北条はあっさり受け止めた。それがどんなに嬉しいか、思ってることをそのままうまく伝えられたらいいのに。

 素直になりきれない自分なんていつも通り。でもそんなのが酔っているせいかいつもよりもどかしくて、縋るように見つめてしまう。伝われ。

 そしたら、きゅうと抱きすくめられた。だから私は伝わったって思うことにする。いいでしょ? ――いい、よね。

 自分の中で急に風向きが変わって、さっきまであんなに強気だったくせ、もうこんなに不安になってる。好かれてるのも大事にされてるのも充分自覚してるけど、でも、たまに自分にとってはそんな分不相応な感じが信じられないような、いつかしっぺ返しが来るような気もしてしまうんだよ。

 めんどくさくてごめんね。でも、ずっとあんたを好きでいていいって云って。


 トク、トクとシャツ越しに伝わってくる北条の心音。聞いていると、こんな自分が許されるような気持ちになるおと。

 そして北条は、私が望んだ以上の言葉をくれた。

「岡野だったら、重たいのもわがままなのも大歓迎だから」

「……うん」

 潰されず軽すぎないハグの力具合が、すっごく愛されてるみたいで幸せだ。

 北条も私とおんなじくらいそうだといいな。いや、おんなじじゃ駄目。もっと幸せでいてほしい。私が北条の幸せにどれ程貢献出来るかは置いておくとして、この人にはずっと、ずーっと、キラキラをまき散らしながら笑っててほしい。私の分の幸せを差し出したっていいよ。

 よくばりな酔っぱらい思考でとめどなくそんなことを考えつつ、恋人の腕の中で再び眠ってしまった。


 そして迎えた、朝。

 正座してる私――幸い、二日酔いにはなっていない――の前で、北条は苦笑してる。

「いいって別に、気にしてない」

「でも、シャツ駄目にしちゃった……!」

 昨日の自分のやらかしは、案の定余すことなく全部覚えていた。なので、北条のお気に入りのそのシャツの胸元に口紅とファンデーションを付けてしまったことだって、べったべたに甘えたことだって鮮明に覚えてる。

 まるでお気に入りの絵画みたいに、白い壁のど真ん中、飾るようにしてハンガーで吊るされていたシャツ。あわててそいつを引っ掴んで洗おうとしてたら、「そのままにしといて」と止められてしまった。 

「……迷惑ばっかりで、ごめんなさい」

 思わず垂れた頭は、北条にくしゃっとかき混ぜるように撫でられた。

「謝んないで。悪いことなんか一つもないよ」

「でも、シャツが」

「ああ、もうあれは着られないけど」

「……弁償します」

「だーかーら」

 はあ、ってつかれたため息に、びくりと身を竦ませてしまう。すると北条は慌てて「違うから!」って私の二の腕を痛くない強さで掴んで言い募った。

「怒ってないんだって。むしろ嬉しいって」

「でも、」

「シャツを着られないって云ったのはさ、クリーニングに出せばうまく染み抜き出来るかもしれないけど、誰にもこのシャツの痕跡を見せたくないって俺のワガママ。ここにああやって飾っていつでも眺めてたいから洗わないでって云ったの。あと、酔っ払うとあんな風にデレてくれるんだって、なんか新鮮で嬉しい」

「……ばか」

 自分のやらかしたことを棚に上げてそんな風に嘯いたって、「うん、自分でもそう思う」なんて云って。

「北条、絶対女の趣味悪い」

「男の趣味の悪い岡野に云われたくないな」

「悪くないもん!」

「うんうん」

「ニヤニヤしないで!」

「やー、それは無理。彼女がかわいすぎて」

 何を云っても昨日の夜とおんなじに受け止められてしまう。頑なな私に呆れたり、怒ったりしないで、ふんわり微笑むゴージャスな顔。慣れてても眩しくて目がくらみそうだ。


 私一人がけんけん吠える会話は「んー、それよりさ、」の一言で収束させられた。『それよりってなによ!』って噛みつく気持ちは、早くおはようのキスしたい、とキス以上を望まれているって分かる熱量で囁かれて瞬時に消える。

「……駄目?」なんてキラキラを少し減らした弱気な顔されちゃったら、いくらかわいげのない私でも駄目って云える訳ないじゃない。


 腕の中から恐る恐るキスをしたら、おはように相応しくないキスが返されて。

 案の定、朝から『キス以上』が始まる。


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