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夏時間、君と  作者: たむら
season1
24/47

親ばかで色ボケでハッピー/手を

おまけ第一弾は永嶋君。

前半部分は以前に活動報告で投稿した小話です。



 生れて来た子が女の子だと知り、最愛の妻の名にあわせて字はひらがなにしようと決めた。

 生れたのは神無月。

 初めてその子の顔を見たあと一人家へと帰る道すがら、どこかの庭先に咲くピンクの花がとても綺麗で可愛らしく、後で調べたところその名がカンナと知った。そして、『canna』という名前が ケルト語で『杖・脚』を意味していると云う事も。

 誰かの杖になれ、なんて云うつもりはない。そこにいるだけで充分僕としのぶさんに力をきっとくれるだろうから。


 二人目も女の子で、数年後の我が家はきっと女の子たちのおしゃべりでさぞかし華やかだろうと思う。もちろん、その中にはしのぶさんも入っているから『もう女の子じゃないもん』なんて拗ねないで。

 産院の裏手には田んぼが広がっており、二人がいた部屋からは青々とした稲が太陽に負けずに輝いていたのがよく見えた。眠り込んでしまった子供らを起こさぬように君と手を繋ぎおしゃべりをしながらそれを眺めて、この子の名前はみずほにしようと思った。

豊葦原(とよあしはら)瑞穂(みずほ)の国』はこの国の美称だし、と云うのは大げさなので僕と君だけの秘密にしておく。


『穏やか』と称される事の多い僕の人生にだって、多少の波や、越えるのは無理じゃないかと思われる山がいくつかはあった。

 二人にもきっと泣く事があるだろう。助けてやれる事もそうでない事も。

 でも、かんなもみずほも僕と君との娘なのだから大丈夫、と信じている。

 そしていつか自分にとって唯一の人と恋をして欲しい。僕と君のように。

 ――今はまだ、お布団を縦横無尽に転がるかんなと、ベビーベッドの上で揺れるモビールを不思議そうにじっと眺めるみずほだけれど。


 ――――――――――――


 休憩時間、ふと手帳から写真を出して暫しそれを眺めていたら、バイトの女の子に「てーんちょっ、なんかニヤニヤしてますよー」と云われてしまった。

「怪しいなぁ、浮気ですか?」

 ゴシップ好きのその子の興味津々な目に苦笑した。

「本気だよ」と返せば、ますます目が輝く。

 勿体ぶって写真をそっとテーブルに滑らす。くるりと彼女の方に向ければ。

「――なぁんだ、家族写真じゃないですか」

 つまんないと云いたげにその子は休憩室を出ていく。あっさりと返された写真――今から数年前に撮った、僕の愛する妻と娘二人が写っているもの――を再び丁寧に持ち上げて手帳カバーのポケットに仕舞った。その様子を見ていた他のバイトの子が、「すいません、なんか失礼な事云って」と何故か彼女の代わりに謝ってくれた。

「別に気にしてないよ」

「でもあの子もバカだなあ、店長が奥さんとお子さんラブなの、有名なのに」

「え、有名なの?」

 何を云われているんだと、ちょっと焦る。するとその子はくすりと笑って、「よく、『うちの奥さんに』『うちの下の子に』なんて云って、本買ってますし、それに――」

 僕の顔を見て、何故か顔を赤らめる彼女。

「うち、店長と生活圏内が被ってるみたいで、たまにショッピングモールなんかで見かけるんですけど、奥さんとお二人で手を繋いで歩いてる事、何回かありました」

 それには心当たりが十分にある。

 かんなとみずほがそろって幼稚園へ通うようになると、ようやくしのぶさんの手と体が少し空いた。そこで、僕のお休みの日には子らの居ぬ間にお買い物兼デートと洒落込むようになっていた。それをまさかバイトの子に見られていたとは気付かなかったけれど、だからと云ってこれからは繋がないなどと云う気もさらさらない。


 独身の頃と同じように同じ気持ちで手を繋ぐ。共に年を重ねている僕らはだんだんに若さを失う。繋いだ手は、きっと付き合いたての頃と同じではないけれど、その事を嘆くのではなく、むしろ手を離さずに二人で歩いて来た日々を嬉しく思う。

 僕としのぶさんは、たくさんの人の中から互いを選んだ。自由で気ままな日々を捨て、身内ではない人間と新しく家を一から作り上げる事を選択した。

 同棲期間もあったから、船出はなかなかスムーズだったと思う。でも、凪いでいる日もあれば嵐の続く日もあった。付き合っていただけの時には見せられなかった、みっともない自分を晒して、晒されて、それを受け入れ、彼女にも受け入れてもらって。そうしているうちに、家らしきものが出来て、そこに住まう子らも生れて来てくれた。


 溢れる若さと引き換えに大人の女性になった君を、僕は今でも片思いの少年のように眩しい気持ちで見つめる。本を読む振りをして、こっそりと。

 同じように時折、ダイニングテーブルでコーヒーを飲む時に、湯気の向こうから僕を見ている視線がある事を知っている。

 夜、眠る直前に眼鏡を取った僕の目じりに指を這わせて「春人さんが笑うとここに出来る皺、好き」とキスして笑う君がいるから、自分は幸せなのだと知っている。


「――店長、」

「ん、何?」

 気付けばしのぶさんの事をずっと考えていた。いけない、休憩中とは云えここは仕事場で、自分は店の皆を束ねる立場だ。柔らかい絹の布でしのぶさんに関するあれやこれやを名残惜しくも優しくくるんで、幾重にも重ねたそれを心の中にそっと仕舞う。でもそれは一足遅かったらしい。

「そうやって会ってない時も奥さんの事考えてにっこりしちゃうんですね」

 呆れたように、でも優しく笑われてしまった。

「そんなにお好きですか、奥さんの事」

「もちろん」

 考えるまでもない。即答だ。

「うわ、聞いたこっちが照れる……」

 先に戻ってます、とまだ赤い顔をしたままの彼女はエプロンを身に付けて部屋を出ていく。僕の休憩時間はあと一五分。きっとすぐにまたバイトさんが休憩をとる為にここへ来るからそれまでの間にと、さっき仕舞い込んだばかりの写真を再び手帳から取り出して、存分に眺めた。


永嶋家の続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4134ci/29/


14/09/09 一部修正しました。

15/09/07 一部修正しました。



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