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夏時間、君と  作者: たむら
season1
20/47

あっちゃんと一緒

高校生×高校生

 月曜日、夏休み中だと云うのに部活に出る(もも)にくっついて、帰宅部の俺も学校へ行った。

 一番乗りの被服室。まだ九時なのに、締め切られたノーエアコンの四階の教室は強烈に暑かった。なのに桃と来たらにこにこと鍵付きの棚に駆け寄ると一番下の鍵を開け、中から黒くて細長いケースを取り出した。――ライフルでも入ってんじゃねーのっていうと、いつもすっげー桃が怒るその中身は。

「会いたかったよぉ、アッちゃん!」

 彼女の、愛してやまないアルトサックスだ。ちなみに俺は『あっちゃん』と呼ばれているので紛らわしい事はなはだしい。今もうっかり喜んで、『あ、違う』と軽く凹んだ。

「ごめんね、暑かったよね? 昨日は一日会えなくてさびしかったよね? 今日は、いーっぱい遊ぼうね!」

 おーい、桃さんよ。暑っちー中同伴登校した俺、ここにいるんですが。

 窓は廊下のも開けたし、扇風機も回したし、あんたが『アッちゃん』に駆け寄った瞬間に放り投げたリュックを受け止めて、テーブルに置いたの俺なんですけどね。

 部活で忙しい桃に遊んでもらえるのは日曜日だけで、でも俺には『寂しかったよね?』なんて聞かれた事一度もないんですけどー。まぁ『アルトサックスと俺とどっちが大事なの』なんて聞いて『アッちゃんにきまってるじゃん!』て即答されたら悲しいから聞かない程度にベタ惚れですけどー。

 他のクラスのちょいハデ目の子らに、『暇ならうちがバイトしてるカラオケに涼みに来なよー』とか、『皆で水上公園一緒に行こうよ』ってなグレー判定なお誘いも、『合コンしようよ』とか、『クラブ行こうよ』ってな、もろアウトなお誘いも受けないでもないんだぜ。――まぁ、俺が桃まっしぐらで、誘ったって乗らないって分かってるから、からかわれてんだけどさ。

 そうぶすくれながら、ペットボトルのコーラをガブガブ飲んだ。


 部活命で、『アッちゃん』命の桃が、中学校で一緒のクラスになった時から好きだ。

 ほんとは暑いの苦手なくせに、それでも制服のブラウスのボタンはきっちり上まで閉めて着て、夏も冬もエアコンのない被服室で黙々と練習する凛々しい顔の桃が、大好きだ。

 俺はこういう系の音楽に疎いからアニソンメドレーくらいしか曲知らねーし(桃が練習した曲なら聞いて覚えるけど)、楽譜読めねーからフヨミとやらも当然出来ねー。

 『アッちゃん』が大好きな桃の手伝いなんて、行き帰りでぶっ倒れないように日傘差したり、保冷剤を凍らせて、濡らしたガーゼに包んでそれを桃のおでことか項に当ててやったりする程度だけどな。あとは、定期テストの前に桃の苦手な世界史と数学と物理と化学を教えたり。

 赤点とると部活動参加禁止だから、桃は赤点を取らないように毎回必死だ。

 真面目そうな見てくれなのに、要領の悪い桃の成績は中の下くらい。好きな教科と嫌いな教科の差が激しいせいもある。俺は平均的に上。ほんとはもっと高校のランクを上げろと中学の時通ってた塾で散々云われたけど、成績競ってギスギスすんのは苦手だし、そもそも桃のいない高校に通うとか無理だったし。

 そんな訳で、俺は今日も桃の傍にいる。

 カレシカノジョでは、ある。中学卒業する時にダメ元で切り出したらオッケーはもらった。でも。

 俺は好きだ好きだ桃好きだ大好きだといつも云っているけれど、向こうからその返事をもらった事は皆無。云うといつも困ったような顔をされる理由を聞いた事はないし悲しいお返事が来たら嫌なので聞いたりしない。

 バレンタインは『はい、これ』って手作りのチョコパイをもらった。俺としては手作りって部分に赤ペンでぐるぐるマルして強調したいところだ。これが本命じゃないと云うなら、俺は女子の皆さんの残酷さに三年は泣き暮せる。


 毎日、一〇分かけて桃ん家迎えに行って、一〇分かけて学校まで歩いてく。ちょっとだけ俺には遠回りな『く』の字を描くルートも、桃と歩く事でチャラだ。

 その送り迎えを嫌がられてはいない、と思う。

 日曜日ごとのお出かけを、俺はデートだと思ってデレデレするけれど、あくまでそっけない桃がどう思っているかなんて、怖くて聞くどころじゃねー。

 手―出したら泣かれちゃいそうで、手を繋ぐ以上のコトなんか未だにナシだ。てか、一度だけデート帰りの公園で(我ながらベタ過ぎる)キスしようとしたらびくってされて、それ以来冒険はしていない。

 ――付き合ってるよ、な?

 たとえ好きだと返されなくても。

 たとえプラトニックすぎるプラトニックだとしても。

 たとえいつも困った顔されてても。


 あ、どうしよう、泣きそう。


 (すい)部(って、吹奏楽部の奴は云うらしい)の顧問と部員たちは、練習にはめっちゃ厳しいくせに、こうして部外者の俺がパートごとに割り当てられた教室にいても、なんも文句を云ってこない。それどころか、『休み前の期末、桃の赤点回避させてくれてありがとうね』だの『あっちゃん先輩、毎日マメですねー』なんて暢気なもんだ。

 俺がそんな風に吹部の女子に囲まれてたって、桃は顔色一つ変えやしねー。

『ここテヌートなのか』とか、『もっと音を震わせたいな……』とか独り言を云いつつ『アッちゃん』と戯れている。俺なんて、空気と同じと云わんばかりに。


 時々、メゲそうになる。

 好きだし、頑張ってる桃を応援したい。

 でも、たまに思うんだよ。

 桃はほんとは俺なんかいなくても全然平気なんじゃねーかって。



 弱気になってたせいか、夏風邪を引いた。

 咳はないけど喉が超いてー。近所のじじいが先生してる耳鼻科には昨日行ったけど、一晩じゃ当然治りゃしねー。

 テレビでは今日も猛暑日になりそうですのでご注意を、とかわいいお天気アナウンサーが云っているから日傘持ちしなくちゃと思う。でも。

 ――桃に近寄って風邪うつしたら元も子もありゃしない。と云う訳で、泣く泣くそれは諦めた。

「……桃? 俺。おはよ」

『おはよう。声、ガラガラ』

「うん、風邪引いた。悪いけど、今日は送れないから気を付けて行って来いよ」

『分かった。お大事にね』

「おー」

 ぷつりと通話が切れれば、さっきまで声を聞いてたのが嘘みたく思えてくる。いっそ録音しときゃよかった。

 ごろっとベッドに横になって目をつぶると、体温がぐんと上がった気がした。


 いー匂いがする。そう思って目を開いたら。

「……あ、起きた」

 桃が、俺の顔を覗き込んでいた。

「お前、練習は……」

「とっくに終わったよ。ほら、私服でしょ」と、桃は自分が着ていた服を抓んで見せた。

 キャミソールの上にトロンとしたコーラルピンクのノースリーブのブラウスを重ね着して、膝丈の白いレースのスカートを履いて。

 制服を脱いだ桃はいつもかわいい服を身に纏う。思わずにやける。誰にも見せたくねー。でもこんなかわいいんだって世界中に知らしめてーな。

 ってにやにや顔を晒すのは恥ずかしいから(あと、桃にうつしたらよくないから)、マスクで口元隠して「桃はかわいいなー」って云った。

「嘘ばっかり」

「なんでだよ」

「だってそんな気のない云い方して」

「気ぃ入れるって、『……お前が女王アリなら他の女は皆働きアリだぜ』とか?」

「例えがおかしいよなんか」

「俺が猿山のボスだったら、群れなんて要らねー。他の雌ザルもいらねー。桃が居ればいい」

「だからどうして例えがいちいち生き物なの」

 桃が笑う。それだけで俺はもうスーパーヒトシ君を使って難問を正解したような気持ちになるんだ。

「俺はフチ子さんのシークレットよりも桃の方が好きだ」

「でも私、フチ子さんのシークレット欲しいな」

「じゃ、こんどガチャで出たら、やるよ」

「期待しないで待ってるね」

 桃のいる方にごろっと横向きになると、頭の下でちゃぷんと涼しげな水音が鳴った。

「氷枕か」

 ゴム製のその枕の中の水と氷が動いた音だった。

「冷たくて気持ちいー」

「それ、おばさんに云われて持ってきて、さっきあっちゃんの頭の下に入れてたの」

「そっか、ありがとな」

「ううん、何か欲しいものある?」

「桃」

 即答したら「ばか」と怒られた。その顔がほんのり赤い。

「――桃も、俺が桃の事好きなくらい俺の事好きならいいのにな」

 いつもなら、思ってても決して云わない事。だってこれって『アッちゃんと俺、どっちが(以下略)』と変わんねー。人の気持ちを比べたりしても何も意味ないのに。

 ぽろっと口から出たのは、風邪でぼーっとしてたせいだ。

「ごめん、今のナシな」

 さらに下手こく前に桃には帰ってもらおう。そう思ってたら、「……なんで?」って桃がさっきよりも怒った声で云った。

「こっちと同じくらい好きになれって、傲慢な云い方だったから」

「じゃなくて、私が、あっちゃんのこと好きじゃないって云いたいの?」

「そうは思わないけど、俺、自分が『アッちゃん』に負けてるの知ってるし」

 云われるより傷が浅いかと思って自分で云ってみたけど、やっぱりそれなりに傷付いた。――やばい、ちょっとほんと泣きそうかも俺。情けないから熱のせいにしてみてもいい?

「桃、悪いけどもう帰っ……」

「あっちゃんのバカ!」

 その時、桃が泣きながら怒っているのにようやく気付いた。

「何で疑うの! 好きに決まってるじゃん! 私が『アッちゃん』吹く為にいっつもサポートしてくれて、デート出来るのなんか日曜くらいしかないのにいつもいつも優しくしてくれるし好きだっていってくれるし、あっちゃんは私に勿体無いくらいだって思ってるよ!」

 一息に云い切って、部活のおかげで肺活量のある桃もさすがに息を切らしている。目が真っ赤っかだ。やだもうかわいい桃さんたら。

 横向きに寝たまま、「桃、」と掠れた声で呼んで、手招きをした。

 じりじりと膝で近付いてきた桃の頭を片手で抱き込んだ。俺の首筋に微かに当たる、桃の唇。ああやばい熱が上がる。

「汗臭かったらごめん」

「……別に、へいき」

 そう云ってくれたのなら、もう離さんよ。桃も大人しくしてくれてるのをいい事に、抱き込んだままで話した。

「そもそもさー、『アッちゃん』とあっちゃんて、呼び方似過ぎっつーかおんなじだろうが」

「だって」

 好きな存在が同じ名前で嬉しいんだもん。

 そう早口でまくしたてると、桃は顔を伏せてしまった。おい待て何か今いい事云われたぞそして唇がふにってなってるふにって。髪が、さらさらと落ちて、首筋にも鎖骨にも触れていく。熱以外にも色々やばい。何でもいいから何か話して気をまぎらわそう。今までチキン過ぎて云えなかった事とか。

「……俺が部活見学してると空気扱いされるのはどうして?」

「後輩に囲まれてるあっちゃんなんか見たくないもん。それに、囲まれてない時は『アッちゃん』吹いてないと顔にやけちゃいそうなんだもん」

「じゃあ、デートした時にもあんまりはしゃいでくれないのは?」

『デェェェト』って思わず強調しちゃったかも。

「だって、デートしてると知らない女の子があっちゃんのことよく見てるから、気後れして」

 おお、デートって認識はされてたらしい。思わず心の中でガッツポーズ。

「あと、好きって云ってくれないの、なんで?」

「云おうと思う時に限って、いつも先にあっちゃんに云われて、そしたら云われたことで頭いっぱいになっちゃって、気が付いたらもう云うタイミングじゃなくって……」

 ナニソレ。俺達ばっちり両思いじゃんか。

「だから今云う。好き」

 顔を伏せたままの桃に初めてそう囁かれて、さっきとは違う意味で泣きそうになる。待て、まだ早い。この際だから全部聞いちまおう。

「前に俺がキスしようとしたらびくってしたのはなんで?」

 忘れはしない去年の五月、まだ桃は仮入部でゴールデンウィークが暇だって云うから、連日遊びまくってた、その最終日の夕方の公園。

 いい風が吹いて、にこっとした桃があんまりにもかわいくて、理性が若干飛んだ。

 でも、肩に手を乗せて顔を近付けたら桃は体を強張らせた。すごく、困った顔をして。――即座に離れて手を繋いで「帰ろー。腹減っちゃったよ俺」とおどけるとあからさまにホッとした桃が「さっきケーキ食べたばっかりなのに」って手を握り返してくれた。

 バカ話しないと泣きそうだった。

 ってか今思い出してたら涙声になってた。

「……だって、汗かいてたんだもん、私!」

「………………ハイ?」

「まだお付き合いしてひと月だったでしょ? デートのたびに緊張してて、あの日は暑かったからいつもより汗かいちゃってて、初めてのキスなのにこんなの気付かれたらヤダ! って思ったの」

「え、じゃあ、俺が怖いとかそんなのしたくないとかじゃ」

「あるわけないじゃん、……して欲しかったよ」

 まじすか。

「でもそんなのこっちから云えないし、なのにあっちゃんはそれから全然そんな風にならないし……呆れられたかも、って思った」

「……云ってよー、そう云うの……」

「うん、ごめんね」

 俺の理性、この一年と少しでどんだけ浪費しちゃったんだろうか。

 でも、いいやもう。きっと桃はソッチに疎いし、積極的なタイプじゃないから時間がかかるのは同じだ。

 かかった時間は、俺達二人に必要だったんだ、と思っておくことにする。

「じゃあ、風邪治ったら、キスして」

 何が『じゃあ』だよと思いつつ、調子に乗って云ってみたら、顔を上げて『は?!』ってされたから『ごめん嘘です』って云おうとしてたら。

 うっすーいマスク越しに、桃のやらかい唇が押し付けられて、ノックアウト。今俺の顔は漫画みたいに耳から蒸気が出て茹でダコになってるに違いない。駄目だ、明日も熱下がらんかも。そしたら、明日もマスク越しにキスしてもらえるかな。

 ああ、早くちゃんとキスしてーな。手―出してーな。

 そう思いながらうとうとしてたら『そう云うの、あっちゃんこそちゃんと云ってよ』ってちょっと怒ってるような桃の声が聞こえたような気がした。

 怒んなよ。治ったら、ミニストップのソフトクリーム奢ってやるから機嫌直せ。

 フチ子さんのシークレットも当てるし、楽器屋めぐりにも付き合うし。


 でもまずは風邪を治すぜと気合を入れながら寝た。


フヨミ=譜読みです


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4134ci/17/


14/08/25 一部訂正しました。

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