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夏時間、君と  作者: たむら
season1
17/47

よわむしモンスター(☆)

「臆病ハニー」の大矢君目線です。

 なんで、あんな事したのか自分でも分かんない。

 テレビのニュースで事件を起こした犯人がたまに云う言葉。まさか自分がそれを実感するなんてね。


 なんで、あんな事した、俺。

 この仕事に就いてから、恋愛からは遠ざかってた。ナオさんの店のギャルソンになって二年、まだまだ修行中の身ではお金も時間も足りているとは云えない。その上教養や知識も積みたいとなれば、恋も仕事も、なんてOLさんのファッション雑誌のコピーみたいに、あっちにもこっちにも手を出す訳にはいかない。

 女の子は、べったべたな甘えんぼをべったべたに甘やかすのが好き。でも、今、それ出来ないから。むしろ今恋愛したら絶賛放置プレイだから。甘えんぼをかまえないのは放置する側の俺が辛い。いや、どっちがより辛いかなんて本当は誰にも測れないけどね。そこを測りたくなっちゃったら、もうダメ。

『俺が』『あたしが』って云うやりとりは、不毛な上に辛いし悲しい。世界で一番好き合ってた二人の筈なのに、壊れるのは簡単だって思い知らされたりするのも、恋の終わりに今までの思いをすべて無駄にするみたいに傷つけられるのも、二度とごめんだ。


 俺の基本属性は弱虫。得意技は『にげる』。

 そんな訳で、恋愛は封印中。


 なのにさあ、マナミンたらひどいよねえ。

 なんなのあの攻撃の数々。君、恋愛しないって云ってたよね。それで俺もそうだって伝えたよね。

 何故あんなにフラグをガンガンおっ立てるような真似をしますか。じっと見つめられたり綺麗に微笑まれたり安心して懐かれたり。

 確かに、丁度いいって云った俺も悪い。久しぶりの合コンでの酒に、いい感じに酔った口が滑りました。

 マナミンのどこが丁度いいか、あの席では分からなかったけど時間が立ったら分かってしまった。

 べったべたに甘やかすのに丁度いい。

 それにあの場で気付いていたら、ブレスレットなんか渡さなかった。――フラグ立ててたのはこっちも同じか。


 ぱっと見は、『女子アナみたいだな』な、女の人。同い年ばかりの集まりの筈なのに、隙がなくて大人っぽい人。と云う第一印象は、マナミンが豪快に食べ始めた時点でまず崩れ、酔っぱらった時点で粉砕したんだけど。

 仕事帰りなのか、紺白ストライプのブラウスにカーディガン、ちょっとフレアになったミニスカートと云ったスタイル。ショートヘアは少しだけ明るい色味で、化粧はしているようなしていないような、でも多分かっちりしてる。


 そんな風に観察してたら、ほろ酔いマナミンにも俺がしたのと同じようにざっとこちらの外見を検められたの分かった。それでもって、その視線が俺の左手首を何度も行き来していた事も。気に入ったんだろうなあ、ブレス。


 フリーの男が一〇人いたら、俺みたいな特殊例を除外すればまあまず狙いを付けられるだろうなと云った外見、にプラスして、笑った時の顔がとびきりよかったり。恋しない筈のこちらの胸まで無駄にときめいちゃったりした。

 会話が楽しかった。心が躍った。何かの感情をちらりと一撫でしたけど素知らぬ振りしてやり過ごした。 

 そんな風に、マナミンは人を煽るだけ煽っていきなり寝落ちした。ホッとしたような、残念なような。この天然小悪魔め。

 すうすうと安らかに眠る彼女の寝起きを見られないのは残念だったけど、どんな用事でも日付が変わる頃には帰る事にしてた。二日酔いと寝不足で翌日立ちっぱなしの仕事をするのはキツイし頭の回転も明らかに劣る。それをカバー出来るほどの武器を今の俺が持っている訳もなく、時間が来れば帰るって云うのは最優先事項。

 でも、ただ帰るには後ろ髪がごっそり抜ける勢いで引かれてた。

 でも、連絡先を渡すほどの勇気はなかった。――俺の勤めている店なら、幹事の奴が知っている。何その我ながら小ずるい考え。

 他の人たちの様子をそっと窺えば、皆翌日もお盆休みなのか、ガンガン酒を飲み、楽しげに話している。これなら気付かれまいと、端をちょうちょ結びにしてた革のブレスを解いて手首から外し、再び結んで彼女の掌に掴ませた。ぽろっといっちゃわないように、四本の指にも通して。

 俺、何してんのかな。

 自分でも、分かんないな。そんな、訳分かんなくなるほど飲んでないんだけどな。

 こんな事して、向こうからガンガン来られても困るんじゃなかったっけ。

 でもただ手放したくはない。だって彼女は『丁度いい』。

 だから、ブレスを持たせた。理由は、マナミンが好きに考えていいや。

 マナミンが気に入ったみたいだからソレさしあげます、で連絡がなくてもいい。

 ブレスを口実にそっちから連絡して来て、でもいい。

 マナミンのいい方で、って、こんな事しておいてもやっぱりビビりなモンスターを内側に飼ってる俺は意気地がない。


 恋愛事情を聞かれて過去のバカ話を披露する事はまあ、ある。でも勘のいいお客さんに『今はどうなの』って聞かれると、正直困る。今は仕事が恋人なので、なんて俺が冗談交じりにお客さんに云うたび、シェフのナオさんに『じゃあ仕事中に一目ぼれした彼女と結婚しようとしている俺は、ちゃんと仕事してないのかな?』なんて穏やかに恫喝されて怖いし。

『大矢君が恋愛しようとしまいと俺には関係ないですけどね』と突っ放すのも忘れない。えーとナオさん、気のせいかな、ヤローには当たりきつくないですかね。

『いい恋愛は、君を駄目にはしませんよ』

 うん、ナオさんが脅したりすかしたり甘やかしたりして、俺の中に奥深く巣食う弱虫モンスターを何とかしようとしてくれてんの、分かる。

 でもなあ。

 やっぱ、怖いなあ。

 今の自分になりたくて、頑張ったし頑張ってる。

 今、一〇〇パー仕事に向けてる意識を少しでも恋愛に向けたら、どうなっちゃうかな。

 恋をすると、いつも俺は細胞から作り変えられるみたいにその人仕様になる。べったべたに甘やかしてずぶずぶに溺れる。

 俺とこの仕事を理解してくれる、そんな人がいる訳でもないのに今、そうなっちゃうのは、ちょっと。


 だったら、何で渡した、ブレス。俺の中の冷静担当班が痛いところをつっこんできた。

 ――うまくいきっこないって分かってる恋愛は、回避したいんだけど。でもマナミンは気になる。って、矛盾してるよな我ながら。

 恋の終わりは自分の半身が神経繋がったままごっそり持って行かれる感じで辛い。むき出しになった傷口を癒すのは時間だけで、それも長くかかった。マナミンのこの半年を、倍以上掛かった俺はとても笑えやしない。

 傷つくのが痛くて怖くて、駄目になるよりはいいと修行中の身なのを理由にして、一人でいる事を選んだ。

 なのに、恋をしたいモンスターが、心の中で暴れて泣いている。

 一人はさびしくて辛いと。魂も体も繋がりあう相手が欲しいと。

 別れの時には自分も死んでしまいそうなほど弱るくせに。勝手な奴。


 

 無理やり参加させられた合コンの向かいの席でおいしそうに食ってる子に、ナオさんの料理をコースで食わせたいな。

 食いっぷりを見て、まずそう思ってしまった。

 女の子だし、会の趣旨は合コンなのにもりもり食う様に見惚れて、食べ方が綺麗で見惚れて、食の好みが近しい事が嬉しくて、あまりの無防備さ加減に少し腹が立って。


 この気持ちはなんだ、なんてそこまで知らんふりはもう出来ない。

 でも。

 困ったねえ。

 心の中ではモンスターが、半身を見つけたと喜んでいる。分かってるよ、落ち着け。今は無理だろ、駄目になったらまた死ぬ目に遭うんだぞお前。そもそも告白してうまくいくとも限らないし。

 諭しても諭しても、モンスターが鎮まる様子はない。

 そして結局、ブレスレットを持たせてしまった。


 ドキドキする。不安と期待がごっちゃまぜになって。でも今んとこ不安が優勢だ。

 モンスターに唆されてあんな事した自分を後悔した。



 午後五時、夜の部を開店して少しすると、その時間にしては珍しく店の重たい木のドアが開いた。

「いらっしゃいませ――ってマナミン」

「こんにちは。それともこんばんはの時間?」

 ひょこんと顔を出したのは、つい昨日会ったばかりの彼女だった。モンスターが心臓をガンガン叩いて暴れてる。ヤメロ。仕事中だ。

「お客様、おひとり?」

 分かっていながらそう聞くと厨房からナオさんも顔を出して「いらっしゃいませ。大矢君のお客様ですか」とにこやかにあいさつをした。

「あ、はい」とマナミンがよそ行き笑顔で応えてる。――って、よそ行きって分かっちゃうんだ、俺。まだ会うのは二回目なのに。

 あー、もう。

 ドヤ顔すんなよモンスター。俺はギャルソン@見習い中だから観察眼が人よりちょびーっと優れてるってだけだよ。マナミンじゃなくても分かる筈だきっと。多分。

「見ての通り忙しい店ではありませんから、どうぞごゆっくり」

 ナオさんはそれだけ云うと厨房の奥のスペースに引っ込んでしまった。俺はとりあえず彼女をカウンター席に案内して、グラスに水を注ぐ。美しい所作、良い姿勢を意識するのはいつもの事。

「暑かったろ、まあ涼んでいきなよ」

 彼女が何かを食べに来たんじゃないのは、テーブルに置かれたメニューに手を伸ばさない事からも見てとれた。

「あ、うん。……大矢君、ここで働いてるんだね」

「うん」

「素敵なお店」

 店の中を眺めながらのその呟きは、社交辞令には思えなくて素直に喜んだ。

「ありがと」

 まあ俺は内装やら皿やらをチョイスした訳じゃないけどね。日々、ここのお手入れやらグラス磨きをしている身としては、褒められると素直に嬉しい。

「さっきの人がシェフさん?」

「そうだよ、でももうすぐ結婚するからあの人は駄目」

「そんなんじゃないよ、何か背が高くてキリンみたいな人だなーって思っただけ。……それより」

 あ、本題来る。逃げたい。

 マナミンは大ぶりの籠バッグの中からちいさな袋を出して、その中から例のブレスを掌にするりと取り出した。

「これ、大矢君のでしょ?」

「うん、そうだねえ」

「私奪っちゃった記憶ないんだけど持ってたから返しに来た」

「別に、マナミンが使ってくれて構わないのに」

「そう云う訳にはいかないよ」

 流されそうだけど、案外しっかりしてる。酒の入っていない時は。そんなとこもいいよね。珍しくモンスターと俺で、意見一致。

「今渡しちゃってもいい?」

「うん、大丈夫」

 手を出して受け取る。渡される瞬間、マナミンの爪の先が俺の掌に当たって電流が流れたみたいになる。

 触れていたのは一瞬。あっと云う間に離れていったその指を名残惜しく思いつつ、それを振り切るように明るく声を掛けた。

「何かデザートでもどう? マナミンが好きそうな桃のソルベもあるよ」

「あ、いいな! それ食べたい」

 素直な食いつきについ頬が緩む。反対に、マナミンは顰め面をした。

「やめてよ、その食いしんぼって認定」

「だってそうでしょ?」

「・・・・・・そうだけど」

「今度、ゆっくり食べにおいでよ。ナオさんの料理、多分マナミンも好きだよ」

「うん、そうする」

 嬉しそうな顔を見てまた自分の首を絞めるような真似した事を悟った。何しれっと誘っちゃってんのさ。ここで『ありがと、じゃあね』で終わろうとすれば――。その思いを一瞬で否定した。

 終われるか? 今更。

 マナミン、ここまで来てくれた。知らんふりで自分のにしてもいいし、幹事の奴に預けても良かったのに。

 それがむちゃくちゃ嬉しいくせに、『じゃあ』ですませられやしないだろ。

 嬉しい。楽しい。と来て、有名なラブソングのタイトルみたいに気持ちが繋がってしまう。――イヤイヤ、仕事中ですから。

 気を取り直す。オーダーを興味津々なナオさんには気付かぬふりで告げ、その後はマナミンと二人でおしゃべりをしていた。――って、ナオさん、普段デザートの準備にそんな時間掛かんないでしょうが。ソルベの周りに飾る果物を切っているその人の口元が仄かに笑ってるのは、俺の気のせいなんかじゃない。

 デザートが出されるまで、俺とマナミンで好きな映画やその中で好きなシーンや何でその映画を好きかを話した。それがまたことごとく一致していて嬉しいのに困り果てていた――『好き』に向かってぐいぐいモンスターが突き進んでしまうので――頃合いで、いつもより盛りのいい白桃のソルベをナオさんから手渡された。

 それ以上だと露骨に多い、でもその一歩手前に踏みとどまっていた絶妙な増量に、思わず眉を顰める。

「シェフ、」と注意をしようとしていたら「今日はお盆で客足も延びなさそうですし、大矢君の大事なお客様に少しだけ増量のサービスです」とマナミンに向かって先に告げられてしまった。

「わあ、ありがとうございます!」と無邪気に喜ぶマナミン。ナーオーさぁーん、そんなの、婚約者の織枝(おりえ)さんにしかした事ないでしょうが。俺がそれ知ってて、『応援するよ』的な後押しとかほんともう、勘弁して。

 厨房にいる長身のシェフにそう訴えたくても、そ知らぬふり返しだ。


「いただきます」とアイスクリームスプーンに一匙掬って口に運べば、マナミンはそれを咥えたまま「ん~!!!!」と高らかに声を上げた。そしてすぐにハッと我に返ると「うるさくしてごめんなさい」と俺にもナオさんにも謝り、そしてうっとりとした顔で「でもすっごくおいしくって……」と笑う。

 ああ、かわいいなあ。欲しいなこの人。

 寂しいから誰かにいて欲しい、じゃない。

 マナミンが、欲しい。

 一匙ごとに顔をほころばせて食べ、最後には「あーあ、食べ終わっちゃった……」とひどくがっかりしていた彼女にはっきりと自覚してしまった。

 怖いけど。駄目になるかもだしそもそも相手にしてもらえるかも分からないけど。


 ――さあモンスター、どうしようか? 


 モンスターを閉じ込めていた心の檻の鍵を開ける。

 するとそいつは、マナミンに向かって一直線に走り出した。


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4134ci/14/

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