表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏時間、君と  作者: たむら
season1
16/47

臆病ハニー(☆)

ギャルソン×会社員

「クリスマスファイター!」内の「カウントダウン・ベイビー」等々に関連していますが、未読でもお楽しみいただけると思います。

 恋愛は、猪突猛進がモットーだ。

 自分から行くし、気持ちは隠さずストレートにアピールするし、下手な駆け引きなんかしない。みっともないくらいに明け透けだ。

 こんなやり方でも、恋愛は今まで無敵だった。だから、その時もイケると思った。いつものように、何の確証もないままひたすら自分を鼓舞して。

 そしたら、私が落とす筈のその人はとっくに他の人に落とされてて、私の出る幕なんかこれっぽっちもありはしなかった。

 思い上がってた自分が心底恥ずかしい。ライバルだった(と、そう思っていた)彼女は私と爽やかに和解宣言を結んでくれて、それもまた恥ずかしい。

 初めての失敗が学生時代だったら、痛いなって思っても笑ってまたすぐに立ち上がってたと思う。でも、運がいいのか悪いのか、ここまで連勝かつ無敗で来てしまった私に、初めての負けは予想以上に大きなダメージを残した。――今までの『猪突猛進スタイル』がすっかり怖くなってしまった。

 そうなると、一体どうしたらよいかが分からない。

 普段、どうやって歩いてるかだなんて考えもせずに自然と行動しているものなのに、いざ再現しようとしてみると、難しい。それと、同じ。

 恋って、どう云う風にしてたんだっけ。考えても考えても答えは出ない。

 とりあえず、恋愛前線からは離脱して、じっと傷が癒えるのを待つ事にした。



 それから約半年。

『お願い! どうしても他にいないの! 会費はいらないから、出てくれない?』

「……ごめん、やめとく」

真奈美(まなみ)、この日なんか用事ある? それとも帰省してる?』

「両方予定ないけどでも、」

『じゃよろしく、詳細は後でメールするから』

「え、ちょっと待ってっ! もしもし?」

 慌てて携帯に縋ってみても、返ってくるのはプー、プーと繰り返す音だけだった。――もう。

 その文句は、会話を切り上げてしまった友人に向けたものなのか、それとも『ごめん、都合悪い』って嘘がつけないくせに煮え切らない自分に対してなのか。

 苛々してる。半年と少し前の失恋をまだ引きずってる自分に。それから、連日の暑さに。

 私がまだ踏み出せないって知ってて、合コンにと誘って来る友人に。


 いつまでもうじうじしてるなんて真奈美らしくないと、先日女だけで訪れたビアガーデンで喝を入れられた。その時はその愛の鞭をありがたいと思ってたのに、まさかこんな強引に引っ張り出されるだなんて。

 大体、やる気のない女が一人来たら、相手の男の人が一人あぶれちゃうじゃないの。

 でもドタキャンしたら最初っから誰かが一人になっちゃうからそれも申し訳ない。――それで、仕方なく久しぶりに合コンへと足を運ぶ羽目になった。


 月曜から飲み会だなんて、学生さんや平日休みの自分ならいざ知らず、土日休みの友人らはこんな風にお盆とか年末とかじゃないとなかなか行こうと云う気にはならないだろうなと、メールで教えられた店まで歩きながら思った。そういえば、ふられたのは祝日明けの火曜日だったっけ。

 あの失恋については何かにつけてふと思い出してしまうけれど、もう痛手はだいぶ感じていない。彼のお店にも、あれからだって顔を出している。ふられましたもう行きません、と云うには惜しいくらい、その人の作るカクテルは色気のある味だったから。――味に惚れて、そしてそれを作るマスターにもものすごい勢いで惚れたんだった。

 そのバーで、恋人にだけ甘い顔を向ける彼を見ていると、胸が痛むより『これは最初から勝算なんてなかったなあ』と改めてしみじみ感じた。当たって砕けたけど、その事自体は後悔してない。

 誰かと恋をしたい気持ちが、ない訳でもない。でも今までは高いビルとビルの間にぴんと張ったロープの上だって、目隠ししてても向こうに好きな人がいれば渡れるくらい無敵でいたのに、今は幼稚園児の高さの低い平均台に上がるのだって怖い。合コン参加でモチベーションがアップするのを期待していたけれど、やっぱり急には変われないみたいだ。

 こんななのにしれっと参加しちゃってすみません。笑顔での乾杯のさなか、ひっそりと心の内で謝った。

 五対五で、そのうち一人ずつ幹事で、私はやる気ないからカップルが成立するとしたら上限は幹事も含めて四組か。せめてそちらはうまくいくといいな。そう思いながら、シーフードサラダをつつく。何度か来た事のあるこの店は、フードメニューもドリンクメニューも種類が豊富だ。今日は宴会コースになっているけど、前回同じコースを利用した時と微妙に料理内容が異なっていて、そんなところが気が利いていて好きだなあと思う。

 生レモンサワーを飲みつつスパイシーなポテトを食べていた時、目の前に座っていた男の人がにこにこしながら話しかけてきた。

「おいしそうに食べるね」

 聞きようによっては合コンに来たくせに食ってばっかりだな、と当て擦りになりかねない。でもその人の笑顔は本物だったから、多分本当に感心されてるらしい。

「ありがとうございます。ここのお料理はおいしいから、つい」

「うん、見ててほれぼれする食いっぷりだったー。そんな風に食べてもらったらさ、きっとお店の人も料理も嬉しいと思うよ」

 そんな風に云われたら、素直に嬉しい。しかももりもり食べやすい。

 そこから二人で近隣のうまい店を挙げまくって、共感し合った。食と酒の趣味を分かち合えるのって、楽しいもんね。合コンというこの会合に気落ちしていたのが、やや浮上する。

 飲み物を何かおかわりしようと、向かい側に座るその人――確か、大矢(おおや)さんと云ったっけ――と、二人して一枚のドリンクメニュー・宴会用を見る。

 その時、いたずらを共有する子供みたいな顔をして、大矢さんが小声で囁いた。

「ねぇ、今日無理やり連れて来られたクチ?」

「……バレてた?」

「そりゃあもう。他の子みたいに狩りに参加してないで、ひたすら幸せそうに食べてるからね」

「……ごめんなさい」

「いーのいーの。俺もだから」

「え、そうなの?」

「そうなの。だから、悪いなとか思わないで大丈夫だから、今日は美味しいものいっぱい食べて飲んで帰りましょー」

 その軽妙な語り口が可笑しくて、クスリと笑った。それを見て、大矢さんもにこって笑った。ふられてからまだ立ち直っていないこのタイミングじゃなければな、と、ちょっとだけ惜しいような気持ち。

「大矢さん、は次、何飲む?」

「さんじゃなく君でいいよ、皆そう呼ぶし」

「そうなの?」

「そうなのよー。年下のコにまでそう呼ばれちゃうの俺」

 そこでタイミングよく遠くの席から大矢くーんと呼ばれると、ハーイ! と手を上げて応えたもんだから笑いが起きて、一気に場が和んだ。

 なんかおもろいぞ、この人。


 程よく酒が回ると、席は自由席になって好きに人が出入りする。大矢君は今、隣に来た女の子に「お仕事って何してる人だっけ?」って質問されていた。

「俺? 飲食店勤務。つっても、キャバの黒服じゃないよー」

 そんな風に云ってお盆を持つジェスチャーでおどけると、質問した子はやだもー、と笑ってる。――飲食店、か。

 あのバーのマスターを連想してしまって、せっかく少―し浮上してたテンションが、あっさり落ちる。


 店員さんが持ってきてくれた飲み物を、大矢君が「マルガリータ頼んだの誰―?」とか、「浦霞お待ちー」とか云いながら次々にさばいていく。そして私が頼んだカルピスサワーを「はい、どうぞ」と手渡す時、「どしたの? 元気ないみたい」と顔を覗き込んできた。

 初めて会った人の表情の変化が分かるとかスゴイなこの人、と驚きつつ、「ありがと」とジョッキを受け取り、そのままひとくち飲んだ。

「――半年前にふられた相手、バーの人だったから、飲食店って聞くと」

「思い出しちゃう?」

「そうだねぇ」

 大矢君は、とんとん、と煙草を人差し指で叩いてから口に咥えた。そうしておいてから、「あ、煙大丈夫な人?」って聞くのが可笑しい。

「ん、大丈夫だよ」

 どうぞ、ってしたら、めるし、って返事をくれた。その発音がやけにいい。

 他の人たちはなかなか盛り上がっているみたいでホッとする。その楽しげに弾んでいるトークや店員さんの掛け声をどこか遠くに聞きつつ、大矢君の燻らす煙をぼーっと見ながら、ぽつぽつ話した。

「もう、気持ちは吹っ切れたんだけど」

「うん」

「私、ふられたのって初めてで」

「うん」

「まだ恋をするのは、少し怖いかんじ」

「そっか」

 大矢君は、さっきおどけてたのが嘘みたいに静かに聞いてくれた。

「ごめんね、なんかしんみりしちゃった! ご清聴ありがとうございました」っておどけたら、「いいえー」って返ってくる、そのテンポが心地よい。

「私より、大矢君は? なんで今日参加してたの?」

 こちらからも話を振ると、ああ、と苦笑しながらおいしそうに煙草を吸った。

「俺がここしばらく女っ気ゼロだから、若いのに枯れてんじゃないかと幹事の奴に心配されて」

「ゼロなの?」

「そうなの」

「彼女、作らないの?」

「作りたいんだけどねぇ、休みは週イチ月曜だし仕事上がるの夜一〇時だし、そんな訳で彼女出来てもあんまり続かないんだよね」

「へえ」

「ほんとはカワイーカワイーってかまい倒したいし、TDLで彼女と二人でお揃いのカチューシャ付けて歩いたりしたいんだけど」

 ナニソレ似合いすぎる。でっかい耳付きカチューシャをしてにこにこしている大矢君が容易に想像出来て、思わず吹き出してしまった。

「すればいいのに」

「んー、今は仕事が大事だし、せっかく彼女出来ても寂しくさせちゃうのは不本意だから、いいや」

 そう告げつつも、きゅっと煙草の火を消す姿はどこか寂しげだった。何故だか、目が離せない。

「でも俺、今日マナミンが来てくれて助かったよ、その気もないのに俺がのこのこ来ちゃって、そっちが一人あぶれるの悪いなーって思ってたから」

「私もそう思ってたけど、マナミンて」

 高校生みたいなその呼び方に、また笑ってしまう。

 今日会ったばかりの人にこんな気安くされるとか、あんまり好きじゃない筈なのにな。なんでだろ。心地いい。そう思っていたら、大矢君も「マナミン、なんか丁度いいー」って云う。

「なんだろね、空気感? 距離感? 質感?」

 大真面目な顔で『丁度いい』何かを表す言葉を探る大矢君にまたまた笑いが込み上げた。

「知らないよそんなの、丁度いいならそれでいいじゃない」

「マナミン意外とざっくりな人だね」

「意外かなあ」

 あ、酔ってる。

 ゆっくり回る世界と、他人事みたいに聞こえる音。マナミンて呼ばれるのも慣れて、なんだかいい気持ちだ。

 頬杖をついて見上げた大矢君は、黒目増量コンタクトみたいに大きな黒目。髪の毛は明るい茶髪で、少し長めの髪はくるんくるんしてて可愛らしい。

 ピアスはナシ、指環もなし。ネックレスも香水も。左手首に小粒のターコイズがぐるりと並んだ革のブレスレットだけ。

 爪も短くて、だから一見チャラそうなのにそう見えないのかな。白いダンガリーの半袖シャツがよくお似合いだ。


 酔っているせいもあって無遠慮に眺めていたら、「コラー、マナミン見つめ過ぎ」って叱られた。

「ダメだよー? しばらく恋しないんでしょキミ」

「ただ見てただけだよ」

「あのね、マナミンみたいにかわいい子が頬杖ついてじ――――っとこっち見つめてたら、男はコロッとその気になっちゃうの。思わせぶりダメ、絶対」

「大矢君の、けち」

「けちでもいいけど、とにかくダメ」

「私かわいいの?」

「何でそこ食い付いてくるかなー」

 困った顔した大矢君がかわいくて、ふふっと笑ってしまった。そしたら、わざと怖い顔された。

「マナミンはどうも、あぶなっかしい」

「そんなの初耳だよー」

 くすくすと笑いが止まらない。あ、ツボった。ツボる事でもないのにねえ。お酒、回っちゃったねえ。

「――あぶないよ」

「何がー?」

 くたんと、柔らかいぬいぐるみが支えを失くしたみたいに、頬杖が外れてテーブルに凭れた。そのまま大矢君を見上げる。あ、テーブル、冷たくて気持ちいい。

「そんなんしてたら、お持ち帰りされちゃうって」

「いないよそんなモノズキー」

 また笑っちゃう。なんだか今日は笑ってばっかり。

「いつもこっちから突撃するんだから。さらわれた事なんて、ないもん」

「俺が攫ったらどうするの」

「大矢君ならいいよ」

 攫われないと確信したから即答すると、ますます困られた。

「そんな事、考えなしに云ったらダメだって」

「そうなの? どうなっちゃうの私」

 おさけー。桃の味のしゅわしゅわしたやつ飲みたいな。

 そう思って、店員さん呼び出しボタンに手を伸ばしたら、そのままひとさし指を大矢君の手に包まれた。

「呼べない」

「呼ばなくていーの。ほら、飲むならこっち、お水」

「やだ。白桃サワー飲む、ゼッタイ」

「……酔ってると結構わがままさんなんだねマナミン」

「わがまま、だめ?」

 駄目って云われたらちょっと悲しいなあって思いながら、おずおずと聞いてみた。そしたら、大矢君は「ダメじゃないよ」って優しく云ってくれた。

「よかった」

 なんだかすごーく、いいきもち。人けのない海でのんきにぷかぷか浮いてるみたい。

「おーいマナミン? 真奈美さん?」

 大矢君がちょっと焦ったような声で呼びかけてるのが可笑しいな、なんて思いながらブラックアウト。


 起きたら、というか、友人に起こされたら、大矢君の姿は消えていた。『明日仕事だから』と云ってお開きになる三〇分ほど前に帰ったらしい。

 友人は呆れ顔だ。

「大矢君に謝りなよ?」

 何を? と聞く前に、ちょいちょいと指差された先。私の手の中に、大矢君のしていたターコイズのブレスレットが、あった。

「……なんじゃこりゃ」

「大矢君のでしょ?」

「や、それは分かってるけど」

 なんでここにあるの。

「駄目じゃん他人のもの強奪したら」

「してない!」

 噛みつくように身の潔白を訴えても信じてもらえやしない。

「珍しいね、最近警戒心バリバリだった真奈美が一発で大矢君に懐いちゃって。カップル成立かと思ったよ」

「……そんなんじゃないし」

「そう? それ、奪ったんじゃないなら連絡を真奈美の方から貰うための口実じゃないの?」

「さあ、どうだろうね」

 どうしても恋愛に持っていきたい友人に苦笑する。

 でも、大矢君はどう思っているんだろう。気には、なる。

 寝落ちしちゃったけど直前の事までは覚えていた。思い出すととんでもなく面倒な酔っぱらいだったけど、でも大矢君と話してた時の私は失恋してから今までのびくびくしていた気持ちがどこにもいない。台風の後の空みたいな、スッキリと晴れた気持ちだ。

 ――これ、大矢君が握らせたの? 友人が云うみたいに、それを口実にして、直接謝りに来いって事?

 分からないけれど、チャンスだって云う事だけは分かる。


 会いに行こう。これを渡そう。

 それからの事はそれから考えるとする。今までの、猪突猛進スタイルには程遠いけど、とりあえずの一歩。

 そう決めて、男性の幹事に大矢君のお勤めのお店を聞いた。


大矢君のターンに続きます。

14/08/17 一部修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ