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夏時間、君と  作者: たむら
season1
12/47

夏時間、君と(☆)

高校生×高校生

「如月・弥生」内の「チョコレートはあげない」に関連していますが、未読でもお楽しみいただけると思います。

 二年前、名前を付けずに眠らせたその気持ちが、一気に覚醒した。


 四月から朝乗り込む電車の車両をそれまでより一つ後ろにずらした。だからと云って、何が起きる訳でもない筈だった。

 車両を変えてから一週間後、見覚えのある顔を通勤通学で混んでいる車内に見つけた。でもどこかに違和感を感じた。それが何か、気付いた時には人をかき分けて近くへ行き、話しかけてた。

「――白川(しらかわ)、久しぶり」

 驚いてこちらを見上げる顔は、やっぱり中学の頃と同じもの。

 変わったのは、俺が彼女より上の目線になったこと。


子安(こやす)君?」

 よかった。どうやらありがたいことに、あちらにも忘れられてなかったらしい。

「うん」

「え、久しぶりだね!」

「二年振り、だな」

「そっか、松風高校ってこの路線だもんね。……あー、びっくり。まだどきどきしてる」

 とてもそうは見えないにこにこ顔で、それでも『どきどき』は本当なのだろう、うっすらと頬が赤かった。

「白川は西女だもんな」

「よく知ってるねぇ」

「制服で分かりますよ」

「やだー。そう云うとこ、男子だよねぇ」

 くすくすと笑う。ほんとは、西女(そこ)に進学したって知ってたよ。でもそう云っちゃうのはカッコ悪い気がして、制服のせいにした。 

「それにしても、なんで今まで会わなかったんだろうね、同じ電車で通学してたのに」

「あー、俺んち、駅一つ下り方面に引っ込んだの」

「お引っ越ししたんだ」

「そう。それと、こないだまで友達といっこ隣の車両に乗ってたから。こっち乗るようになったの、一週間前からだよ」

「……そのお友達と、けんかでもしちゃったの?」

 踏み込んで聞いてもいいのかな、と少し戸惑いながら、のんびりと聞いてくる白川は相変わらず優しい。俺はいやいや、と顔の前で手を振った。

「そいつに彼女が出来てさ、その子も白川と同じ西女なんだ。その子が乗ってきて降りるまでの三区間、恋人たちの時間を邪魔しちゃ悪いじゃない」

「それでこっちに乗るようになったんだ。でも、寂しくない? お友達、取られた! って思わないの?」

「女子じゃないからねー。どうせ駅降りたら教室まで一緒だし、別に寂しくて泣いちゃうとかないな」

「へえ、ないんだ」

「あったら気持ち悪いって」

「そっか」

 二年ぶりに会ったのに会話はまるで二年前から続いてるみたいに自然だった――と思うのが、俺だけじゃないといい。あの頃は、とても話せるような状況ではなかったのに何故かそんな風に思った。


 一人で乗っていると、音楽を聞いていても単語帳をめくっていてもなかなか進まない通勤快速も、二人でいるとあっという間だ。

 西条女子高の最寄駅で、白川が降りる。

 また明日、声を掛けてもいいか聞くより先に、「また明日ね」と笑顔付きで云われてしまった。

 人の波間に一旦は消えた白川の姿をホームにふたたび見つけると、彼女も車内にいる俺の方を見ていた。電車のドアが閉まった瞬間、彼女は胸の前で小さく手を振る。俺も、振り返す。負けないように、笑顔付きで。

 電車が重い車体を引きずるようにゆっくりと動き出しても、俺は何度も白川との会話を思い出してはにやにやしてしまった。それに気付き、慌てて参考書で顔を隠した。



 白川と俺は、同じ中学で三年間クラスも同じだった。小学校は別で、住んでるとこは学区内でも真反対。

 彼女は、他の女子に比べると抜きん出て背が高かった。と云っても、今思えばたかだか一六五センチ程度なのだけど。そんな彼女と対照的に、大学生の兄をはじめ身内の人間が軒並み高身長にもかかわらず、俺はとうとう中学在籍中に白川の身長を一ミリも超すことが出来なかった。牛乳、たくさん飲んだんだけどね。

 中学生は、自分がガキだと云う意識がないガキの集団なのでタチが悪いと、今になって思う。自分と違うものへ攻撃的な態度を取ってみたり、見た目で差別的な発言をしたり。白か黒かしかない乱暴で排他的な二択の世界。

 自分だってそう云う面があったのだから、一方的に被害者ぶるつもりはない。でも、あの頃身長が一六〇センチで女顔だった自分は、反りの合わない男子に標的にされることが多かった。そして彼女も。

 俺も彼女もさほど自分の身長を嘆くタイプではなかったけれど、それでも毎日あげつらわれるのはキツイ。互いがやられて凹んでいると、『大変だな』『そっちもね』とアイコンタクトすることが増えていた。その時、クラスで人の身体的特徴を悪しざまに囃し立てていた奴は云われている人間を庇うと余計に絡んでくるタイプだったので、交流するのは相手に迷惑がかかると思い、直接の会話は憚られた。

 それでも、些細なアイコンタクトさえも奴は許せなかったらしい。ある日、「なんだよ、デカい女とチビな男が仲いいとか、ウケるんですけどー」とクラスメイト皆の前で揶揄された。さすがに、「おい、云い過ぎじゃねえの」「サイテー」と云う声が聞こえる大きさで飛び交う。そんな中、白川は猫背になることなくぴんと背を伸ばして座っていた。それを見て、俺もただ傷付いてるだけじゃ情けない、と彼女を見習って背を伸ばした。そしてそいつの前に歩いて行き、正面から向き合って立つ。壁のようなデカさだなと思っていたら、相手もチビだなコイツと思っていたらしく、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべられて、小さな心が嫌悪感でいっぱいになる。

「なあ」

 思ったより皆が自分の意見に靡かないことで、そいつはかなり苛ついてた。そこを、わざと撫でるように挑発した。女子にからかい半分で、『王子様みたい』と云われてしまう胡散臭い笑顔を浮かべて。

「お前が俺より背が高くても、俺よりモテないのも俺より成績が悪いのも、俺のせいじゃないよ」

 はっきりそう云うと、目に見えてそいつの顔が赤くなった。「ふざけんな、チビ!」と胸ぐらを掴まれる。ぐっと持ち上げられて苦しいのを爪先立ちで堪えて、笑ったまま静かに告げた。

「白川が、のっぽのせいでもない」

 好きな女子苛めてる場合じゃないだろ、と奴にだけ聞こえるように云うと、「そんなんじゃねえよ!」と突き放され、派手に尻餅をつく羽目になった。そのままマウントポジションを取られ、奴が俺を殴ろうと拳を振り上げたタイミングで担任がやって来て、ばっちり現場を目撃された。後で担任に一人ずつ呼ばれた時に聞いた話じゃ、奴は俺が挑発したとか何とか云ったらしいけど、事情を聞かれたクラスメイトが『身長の事で囃し立てたのは奴の方』と口を揃えてくれたので、こちらにお咎めらしきお咎めはなかった。そのあと、校長と担任と学年主任と親を交えた面談で余程お灸を据えられたのか、以来変に絡まれることもなくなり、やがて受験期に入ると、皆他人に構う余裕もなくなった。

 ただし、絡まれなくなったとは云え奴の剣呑な目つきは相変わらずで、いつまた虐めに近いそのやりとりが復活しないとも限らなかったので、俺も白川もアイコンタクト以上の交流はやっぱり交わさないまま、中学を卒業した。


 ただのクラスメイトだと思っていた。理不尽な、どうしようもない難癖を付けられ笑われても、彼女も頑張っているのだからだと毎日勝手に心の支えにしていたくせに。

 高校進学と同時に一軒家を購入した我が家は、元住んでいたところから駅一つ分の引っ越しをした。それで偶然白川と街中ですれ違うこともなくなった。朝の電車は、デカいくせに気のいい――高校に入るとぐんと背が伸びたものの、あれからどうも上背のある奴に対して先入観を持つようになってしまっていた――嵯峨(さが)と電車の中で落ちあい一緒に通学するようになってからは、同じ路線に乗っている筈の彼女の姿を探すことも、いつしかやめていた。

 嵯峨と、嵯峨の彼女の滝田(たきた)さんがまとまってからも最初は電車で彼らと一緒にいたけれど、そうしていたことで二人に無碍にされたりなんて一度だってない。滝田さんに至っては『嵯峨君と子安君の二人の会話が好きなんだから、遠慮しないで』とも云ってくれていた。――けど、彼女は彼女の横で俺だけを見てくれってだだもれテレパシーを送っている、自分の彼氏の情けない顔を見てないからそんなことが云えるんだ。

 でっかくて、ぱっと見コワい(でもくしゃっとと笑うと可愛らしい……とは滝田さんの談)嵯峨は、俺の提供した話題で滝田さんが笑うとしょげてしまう。そんなあいつの様子がなんともいじらしくて、二人きりの時間を演出するようになった次第だ。

 それが、白川との再会に繋がったと思うと、なんだかとても不思議でもある。


「おはよう、子安君」

「おはよう」

 あれから毎日、俺は滝田さんと同じ駅から乗車して、嵯峨たちと同じに――但し白川は俺より一つ先の駅からの乗車なので嵯峨たちよりも少ない二駅ばかりの――車内での逢瀬を楽しむようになっていた。二年ぶりに話す白川とは会話が弾むのだろうかと不安もよぎったけれど、のんびりさんな彼女との会話は楽で、なおかつ楽しい。

 そろそろ互いの今に慣れたかなと思ったのは五月頃。

 好きなバンドや苦手な教科の話で盛り上がるけれど、会話を交わすのはたった二区間。時間にして五分程度ではあれもこれもと話せる訳でもなく、毎日一つずつ話題をピックアップして、会話に乗せてみた。

 互いに彼氏彼女がいないことを確認出来たのは、衣替えが終わって、六月も半ばを過ぎた頃。

 そして七月に入り、だいぶ今更なタイミングで白川に「子安君、背ぇ伸びたねー」としみじみ感心された。近所のおばちゃんのようなその口ぶりに苦笑してしまう。

「そう云う白川は、伸び止まった?」

「そうなの、成長期は中学でおしまいらしい」

 笑う彼女は、俺より目算で一〇センチ身長が低い。

「子安君は、高校入ってから伸びた組だね?」

「そ。それも、一年で」

「一年―?」

 目をまん丸くして、柔らかそうな手を口元にあてて、多分白川は驚いているんだろうけれど、やっぱりその口調はのんびりしていてギャップが面白い。――かわいい。

 その口調を字で書き表すと『いちねんんん~?』と云う具合だ。

 そんなにのんびりさんで、このあたりでは松風(うち)と同じく進学校として名を馳せている西女でちゃんとやっていけてるんだろうか。心配だ。今度嵯峨を通じて滝田さんに聞いてみよう。

 白川はまだびっくりが収まらない様子で、「一年かぁ」と噛み締めるみたいにもう一度口にした。

「一五センチも伸びたもんだから、成長痛辛かった。今でも膝のあたり、皮膚が骨の成長におっつかなくて切れてた跡が残ってるよ」

「うわ痛そう」

 こんな会話を出来ると、二年前は思ってなかったなぁ。改めて、時の流れを思う。

 身長の話題は互いにアンタッチャブルだった。今なら、俺の方が白川より低い身長のままだったとしても話題に出来たんじゃないかと思う。

 そんなことを考えていたら、白川が急に「ごめんね」と呟いた。

「え、何が」

「あの時……庇ってあげられなくて」

 ものすごく申し訳なさそうな顔をされて、こっちの方が慌ててしまった。

「そんなの、お互い様じゃん。てか俺は男なんだから白川の事庇ってやらなくちゃいけなかったのにそう出来なかったの、今でも後悔してる」

「ううん」

 白川は、静かにきっぱりと否定した。

「私、あの時子安君に『デカい女』じゃなくて『のっぽ』って云ってもらったの、すごく嬉しかった。卑屈になっちゃう時があっても、あの言葉をお守りにしてたんだから」

 それだけ告げると、そそくさと逃げるように西女の最寄駅で降りて行ってしまった。

 なんだよ。

 俺だって、伝えたかったのに。白川がいつもぴんと背を伸ばして戦っていたのを見ていたこと。その姿をとても美しいと思っていたこと。

 今、こうしてまた白川とおしゃべり出来るようになって、毎朝本当に楽しいこと。

 ノスタルジーじゃなく、リアルタイムで白川が気になっていること。


 短縮授業を経て、じきに夏休みになる。同じ電車で朝会えるのはあと少しで、その次はひと月も先だ。

 そんなに待てやしないよ。部活動の活動時間は朝からだったり午後イチからだったりまちまちなので、休み中の電車内で偶然会えることはそれほど期待出来ないし、それだって部活を引退したらおしまいだし。


 話したいことが沢山あるんだ。伝えたいことも。二駅分の時間じゃとてもムリ。

 だからきっと、俺は明日の朝の電車で『おはよう』とあいさつを交わすや否や、白川の連絡先と休みの間の予定を聞くだろう。そして、夏休み中のどこかで会えないかと誘うだろう。

 そしたら、白川は目をまん丸くして、手を口に当てて、びっくりするだろうか。あまりびっくりに聞こえない声で、『本当に?』ってのんびり云って、それから頬を赤くしてにっこり笑ってくれたら嬉しいんだけど、どうかな。


 ――翌日、俺の想像をそっくりそのまま現実に写したような白川の反応にうっかり笑ってしまい、せっかく交わせるようになったメールの数通が一方通行のご機嫌伺いになってしまったことは、まあご愛嬌だ。

14/10/13 一部修正しました。

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