部屋で2人は夢を見せない
前話では海の家で勉強をし、ようやく本題の服作りに入った。
しかし、心愛がお茶をおかわりして海が台所に取りに言ってる間に、心愛は寝てしまった。
さらに、心愛の両親が居ないと聞かされた海は・・・
「はぁ…。やっと本題に取り掛かれるわ。」
ノートを閉じた心愛がつぶやいた。
「そうだね。作ろうか。」
僕は昨日買った布を取り出した。心愛も鞄から取り出し、先ほどとは打って変ったように嬉しそうな笑みを浮かべる。
僕等は早速デザイン通りに布を切っていく。細かく設定してしまったせいで、大変だ。
はにわのクッションのような大まかな作業とは違い、几帳面さが追及されそうな作業に僕も心愛も手こずった。
「あーー。難しいわ。どうして海にはできるのよぉ。むかつくわね。」
「僕だってできてないよ。細かい作業が多くて。」
僕も心愛もお手上げ状態。何とか進むが、その速度は遅い。針で指を何度か刺した。心愛も刺しているようで、何度か悲鳴のような声を上げている。
「痛いわ。なんで私ったら、こんなややこしい服にしたのかしら。」
心愛が刺した指をペロリと舐める。指を刺した時って、サーって血が引くよね。
それを味わいすぎて、むしろ寒いくらいだよ。
「心愛大丈夫?少し落ち着きなよ。ほら、ゆっくり縫えばいいじゃないか。まだ時間はあるんだし。明日も、明後日も、その先だって。」
僕は心愛に笑って見せた。心愛は机の上のお茶を一気に煽る。
「そうね。でも、早く完成品を着たいじゃない。」
心愛はそういいながら、空になったコップを差し出す。お茶のおかわりを示しているようだ。
僕はコップを受け取って、お茶をとりに台所に行った。海が部屋を出て行った後、心愛は先程貰った、はにわのクッションを手に取った。
「海ってば優し過ぎるのよ。別に嬉しくなんて無いんだからね。」
はにわのクッションを顔に押し当てて心愛がもどかしそうな笑みを浮かべる。
そしてゆっくり目を閉じると、疲れていたのか、心愛は眠ってしまった。
その数分後、僕がお茶を持って部屋に入ると、スヤスヤと心愛の規則正しい寝息が聞こえてきた。
「この短時間で眠るなんて、よっぽど勉強で疲れたんだね。」
僕は心愛に持ってきたお茶を机に置いて心愛を見た。
見ると寝づらそうだったので心愛を抱き上げてベットに寝かせた。
抱き上げたとき、ふわっと女の子の匂いが鼻孔をくすぐった。別に変な意味とかではなく、女の子っていい匂いがするんだなって…。断じて変な意味じゃないからね。
ベットに移動させてもまったく起きずスヤスヤ眠る心愛の綺麗な横顔を見た。
「寝てるときはホントに可愛んだけどな。あれ…?」
僕は、心愛の鞄から除いたノートを見つけた。少し忍びないと思ったが、ノートを手に取って開いた。
「もしかして、昨日の夜これ考えてたのかな。」
ノートを見て驚いた。新しい小説の内容がぎっしりと書いてあった。ものの数分でできるものではない。
「心愛はすごいよ。僕も、負けてられないなぁ。」
僕は寝てる心愛の横で、ノートを広げた。設定を細かくしていくことにした。
服作りは一時中止。先に進めると、心愛が怒りそうだ。
それにしても、良くもまぁ、気持ちよさそうに寝れるものだ。仮にも僕は男なのだ。心愛からしたら草かもしれないけどさ。信用されているのか、はたまた男と見られてなさすぎるだけなのか。
「どっちでもいいけどさぁ。少しぐらい男として見てくれてもいいのに…。」
まぁ実際に僕の部屋で心愛が寝ていても何もしないけどさぁ。ここは、ポジティブに信用されていると考えよう。僕は寝てる心愛を横に机に向かった。
どれぐらい時間がたっただろうか。外は暗くなってきた。よほど疲れていたのだろう。心愛はまだ眠っている。そろそろ起こしたほうがいいのかな。
「海―。帰ってきてるの?あら?お友達が来てるのかしら?」
「母さん。お帰りなさい。今友達が遊びに来てるんだよ。だから部屋には来ないでね。」
僕の家では母親が帰ってきてしまった。今この部屋に入られると厄介だ。
それにしても心愛の家は大丈夫かな。早く帰らないと心愛の親も心配してるだろう。
「心愛、心愛。そろそろ起きないと。時間が遅くなっちゃうよ。」
僕は寝てる心愛を揺すった。心愛は眉をしかめこそしたが、起きる様子はない。
「心愛。起きないと、親に怒られるよ。」
僕は起きない心愛を先程より大きく揺する。
「…。なによ…。うるさいわね…あー私ったら寝ちゃってたのね…。」
やっと起きた心愛は少し寝ぼけているようだ。いつもの上から目線が心もち柔らかい。
「あれ…?私どうしてベットに…?海…あなた何もしてないでしょうね…?」
「やっと起きてくれた。って何かするわけないでしょ…。寝づらそうだから移動させただけだよ。それより、そろそろ帰らないと心愛の親が心配するんじゃないの?」
寝ぼけ眼の心愛に時間の話をする。心愛はおぼつかない声音で言う。
「私両親はいないわ…。1人暮らし…よ。でも私にはおじい様が居るから。」
心愛の言葉に僕は言葉を失った。1人で生活をしているなんて考えてもいなかった。
心愛の話によると、両親は早くに亡くなっていて、おじいさんが育ててくれていた。そのおじいさんが大企業の社長とか何とかで…だからブラックカードを持っていたのか…僕はやっと理由が解ったと同時にもの悲しくなった。
僕がどうしていいか解らないでいると心愛が、はにわのクッションで叩く。
「何変な顔してるのよ。苦労なんてしてないし、べつに困ってないわよ。」
心愛は、何とも言えない笑みを浮かべた。僕には到底1人暮らしの大変さがわからない。
ご飯だって1人で食べたくはない。一人で食べてもおいしくないもの…。
「心愛。今日は僕の家でご飯食べていきなよ。晩御飯1人で食べるなんて勿体無いよ。母さん!今日友達僕の家でご飯食べていってもいいよねー!?」
僕は大きな声で台所にいるであろう母親に言った。
「もちろんよー。何にもないけど、食べていってもらいなさい。」
母親の声が明るく響く。僕は心愛に笑って見せた。心愛は呆れたように僕を見返した。
「海って意外とむちゃくちゃね。ありがとう。とりあえずお礼言っといてあげる。」
心愛のお礼を聞いた直後、母親の呼ぶ声がした。
「じゃ、行こうか。」
僕は心愛の手を引っ張って、下に降りた。
僕がつれてきた友達が女の子であることに母親が驚いたのは、言うまでもなかった。