部屋での勉強は夢を見せない
文芸部仮入部をした海と心愛は早速文芸部独特の活動衣装、いわゆるコスプレ衣装を作るために海の家に来た。
そして、心愛に勉強を教える約束をしたので、教えるのだが・・・
結局、自分の部屋に心愛と2人なのに、何のハプニングもなく時間だけが過ぎていく。
授業を終えて、僕と心愛は文芸部に入部届けをだした。
「やぁやぁ。昨日の子達だぁ。入部ありがとうねぇ。私ら全員3年でねぇ。良かったよぉ、入ってくれてさぁ。でも残念だけどねぇ。」
まだ正式に部員と言うわけではないんだよぉ。と赤石部長が言った。
部長いわく体験入部を1週間行えば部員になれるらしい。それまでは、仮入部というわけだ。
なので僕らは少し体験して、服を作るため、少し早めに学校を出た。
学校を出て少し歩くと、心愛はあらかじめ持ってきた布を嬉しそうに取り出した。
「家片付けたんでしょうね?わざわざ持ってきたんだからね。ふふん。キャラも決めて計画は完璧なんだから。」
心愛が楽しそうに話す。クルクルと回るたび心愛の銀色の髪がなびく。太陽の光がキラキラと髪の毛を輝かせて正直綺麗だと思う。
「楽しそうだね。部屋片付けたよ。机とかその他諸々は用意してきたつもりだよ。」
僕は楽しそうな心愛を横にゆっくりと歩く。家までそう遠くない道のりを、時間をかけてゆっくりと。
「ねぇまだ着かないの?遠いわね。」
心愛が少し疲れたような表情をする。無理もない。遠くはないが、心愛みたいにクルクルと回って、飛び回っていれば疲れるだろう。
「もう着くよ。少しおとなしく歩けばいいのに…。あっ、ほら見えてきた。あそこだよ。」
僕は少し遠くに見える茶色い屋根の一軒家を指差した。「へぇー。結構ひろいじゃない。ふふん。がんばるわよ!ほら海も。」
心愛はガッツポーズを決め込んでいる。笑顔で僕にもすすめてきて、その笑顔に思わずガッツポーズをとった。
鍵を開けて家に入った。決して広くない廊下を少し行くと階段があって、その上に僕の部屋がある。
そこならだれにも邪魔されずに、作業ができる。僕は心愛を部屋まで案内して、飲みものを取りに台所に向かった。
「…。意外と片付いてるじゃない。なにこれ、はにわ…?どうして?はにわのクッションがあるのかしら…?」
心愛は部屋を見渡した。
「はにわのクッションがベットに置かれていること以外は、いたって普通の男子高生の部屋…。と言っても海以外の男子の部屋行ったことないからわかんないんだけど。それにしても…。」
心愛は、はにわとにらめっこをした。何秒か後に心愛は、はにわに抱きついた。
「はわわわわわわ。はにわかわいいよぉ。この何とも言えないふてぶてし表情。それでいてもふもふ素材とかなしでしょぉ。かわいいぃぃ。」
一心不乱にクッションをかわいがる心愛が部屋にいるとも知らず、僕は部屋に入った。
それと同時に心愛が固まった。はにわを後ろに隠そうとするが、心愛の細っこい体では、はにわは隠れない。
「違うんだからね。これはただ、海の部屋に変なクッションがあると思って見てただけなんだからね。」
心愛が慌てながら言った。部屋に置いてあるものを変な物って…。ちょっと泣いてもいいよな?僕が少し泣いたって許されるとおもわないか?
「ひどいなぁ…。それ僕が昨日作ったはにわのクッションなのに。今日心愛と服作るんだから、練習しようと思って。結構うまくできたと思ったんだけどなぁ…。」
そう、心愛の手にある、はにわのクッションは昨日作った僕の作品だ。初めてにしては上出来だと自画自賛していたが、心愛に変だと言われるとちょっぴり悲しいよ。
「えぇ!!??これ海が作ったの!?海ってばなんなの!?ちょっと教えなさいよ!てか、コレ私に頂戴。勘違いしないで。もらってあげるのよ。」
そういいながら、心愛は片時もクッションから手を離さなかった。それを見ると意外と気に入ってくれているようで、僕はニンマリと笑った。心愛は僕の表情が少し気に入らないと言った様子でこちらを見ていたが、反論してこないあたりが心愛らしい。
とは言っても、お互い知り合って、まだ2日しかたっていない。それなのに、なぜか昔からの付き合いのように感じてしまう。
「それ欲しいなら作ってあげるよ?それ練習用で縫い目とか結構雑だし。心愛が勉強してる時にでも作ろうか?」
僕は、心愛に自作のクッションを気にいってもらえて気分が良かった。それに、僕の言葉に心愛が大きくうなずくのを見て俄然やる気が出た。
「それじゃぁ。早く教えなさいよ。いつまでも勉強してられないんだからね。ふふん。」
心愛は上機嫌で机にノートを広げた。字はう上手い。今時の女の子って感じだ。
それにしても中身がひどい。勉強が苦手そうだったがここまでとは思ってもいなかった。
黒板に書いてあることはかろうじて写しているが、肝心の答えがない。
普通問題って言うのは、考え方があって、答えがあるものだと思っていた。それが心愛のノートにはない。
「あのさ…。心愛。まずは問題の回答から書かないと。どこがわからない?」
僕は真剣な表情でノートを見つめる心愛に言った。すると心愛がこちらを振り向いて、少し目尻に涙を浮かべながら小声で言った。
「全部…。」
「え…?」
僕は耳を疑った。というより、心愛の声があまりにも小さすぎて、良く聞き取れなかったのだ。
「全部って言ったのよ!そうよ。ノートのあいてる部分に入るはずの答えがぜーんぶわかんないの!!聞こえたかしら!?」
僕が聞き返したのがいけなかったのか、心愛が立ち上がって怒ったような口調で言う。そんなすぐに怒らなくてもいいのに…。難儀な性格だと思ってしまった。
「とりあえず、教えるから…。と言っても時間が限られるから、今から1時間やろうね。じゃぁ始めるよ。」
僕は、心愛にペンを持たせ、問題を解かせた。
初めてたった5分で気付いたことは心愛の集中力のなさと、基礎力がないことだ。
始めは、といっても5分ぐらいは集中しているようだがその後は、わからなくなるとペンを回しだしたり、チラチラとこちらを見てきたりする。まるで餌を待っている小動物のようだ。
「海。ここ。ここ解らないわ。どうしてこうなるわけ!?」
本当にわからないらしく、イライラしている心愛に勉強を出来るだけわかりやすく教えた。
僕も勉強嫌いだが、心愛よりは幾分かましだろう。
なかなか進まない勉強だったが、ようやく一時間がたった。
「お疲れ様。一時間たったから、少し休んでから服作ろうか。はい、飲み物。それから、これも。」
僕は、疲れて机に突っ伏している心愛にお茶を差し出した。それから、心愛が勉強している間に作った、はにわのクッションを渡した。クッションを目の前にした心愛は、クッションを僕の手から引き離し抱きかかえた。
「…。ありがとう。一応お礼は言っといてあげるわ。なに?この顏。かわいいとか思ってないからね!?」
上から目線だと大概がツンデレ発動で真逆の事を言っていることが多い。
まぁとにかく、クッションを気にいってくれたようだ。
僕はホット胸をなでおろし、服作りの準備に取り掛かった。