お見舞いは夢を見せない
信司との話の後に仮病で家に帰った海は、本当にしんどくなってきた。
制服を脱ぐのも忘れベットで横になっいると…。
あいまいな感情が揺れ動くなか、看病という名の時間が過ぎて。
僕は心愛と信司に「体調が悪いから。」といって1人で帰ってきた。
もちろん体調は悪くない。むしろ健康そのものだ。自慢ではないが体調不良で学校を休んだことはないよ。
「2人に嘘ついちゃったなぁ。」
嘘をついてしまった罪悪感が否めない。それも2人は疑うことなく心底心配したような表情を向けてくるから仕方がない。
「考えたって仕方ないんだけどなあ。」
僕はパソコンの前に座った。サイトまで開き文章作成まで行った。キーボードで少し文章を打ち込んだ。
しばらくして手を動かすのを止めた。どうしてだか本当にしんどくなってきたようだ。
「…。なんか頭いたくなってきたかも。寝よ…。」
僕はそう言ってベットに転がった。
まぶたを閉じると自然と眠気がした。連日、と言うか高校入学と同時に忙しくなったから、それによる疲れもあったのだと思う。僕は制服のまま布団にもぐって眠った。
「寝てるな。」
「んー大丈夫かな?顏赤い気がするし。まったく。なんでこうなるまで言わないのかな。少しぐらい頼りなさいよね。」
「まぁまぁ落ち着けって。松山は俺らに心配かけたくなかっただけだろ。」
僕はひそひそとした話声で目が覚めた。目の前にはなぜか制服姿の心愛と信司がいる。
「あ、起きた?」
心愛が顔を覗き込んできて、飛び起きた。なにがどうなっているのかわからない。
「どうしたの?今日は…」
「お見舞いにきてやったんだ。」
心愛は得意気に言ってのけた。手にはリンゴを持っているようだ。
僕は少々首を傾げた。確かに風邪にはリンゴと聞くが、まるごとリンゴとは聞いたことないよ。
「松山のお母さんがもうすぐ包丁持ってきてくれるらしいんだ。姫川がお前を心配してさ…。おっと、言わない約束だからこれ以上は言わないぜ?」
信司は何かを言いかけて口を閉じた。気になるが、心愛の鋭い目つきを前に言い出す気にはなれなかった。
「海。リンゴ剥いたから食べなさい。形はあれだけど…味は美味しいわ。あっ…起きれるの?起こしてあげようか?」
心愛が起き上がろうとする僕の背中に手を添える。その後僕の制服のカーディガンを脱がせた。
「ありがとう。あと手は添えなくても大丈夫だよ。」
僕は心愛に笑いかけた。そしてすぐに恥ずかしくなり目をリンゴに向けた。不慣れなのか凸凹とした剥きリンゴが出来上がっていた。
僕はそのリンゴに手を伸ばし、一口食べた。
「なんだ結構元気そうじゃないか。食欲はあるみたいだしな。」
信司は相変わらず爽やかな笑みで僕を見る。
僕はリンゴを口に放り込み飲み込んだ。
「ありがとう。心配かけちゃったね。わざわざ来てくれなくても良かったのに。」
僕はペコリと頭を下げた。それに対して心愛と信司はキョトンとした。
「なに言ってんの?まったくどこまで天然なんだか。ここまで来るとたちが悪いわよ。」
心愛が笑いながら僕の額にタオルをつけた。
それは先程母親が包丁と一緒に持ってきた濡れタオルだった。ご丁寧に氷水のはったボウルまである。
「これすっごく冷たいよ。」
急に冷えた額に手をあてがった。ただでさえ冷たいはずの物を、体温の高い状態の時に当てられたら凍りそうなほどに冷たい。
タオルを外そうとした僕に心愛の手が止めに入った。
「治んないと困るから外すの禁止。外したら許さないんだから。」
心愛が僕の手を軽く叩く。僕は仕方なくずれ落ちそうになるタオルを手で押さえた。
「頭上がんないようだな姫川には。」
信司が笑いながらそう言っている。さっき…というか放課後の事はもう忘れたのかな。
改めて考えれば信司に僕の気持ちばれてるんだよな。そう思いながら、信司を見た。
実を言うと、僕は信司も心愛の事を好きなのではないかと思っている。何かと心愛の事を気にかけているし、僕の気持ちを探ってこようとしているわけだし。でも信司なんて勝ち目ないよなぁ。
僕はそんなことを考えてしまう。
「あのさ、岡本く…」
「ちょっと!!海!あんたさっきパソコンいじってたわね!?どうしておとなしくできないわけ!?」
僕が口を開きかけた瞬間に心愛の叫び声が聞こえてきた。そう言えば電源を切るのを忘れていた。
心愛の方を恐る恐る見てみると、おぼつかない手つきで電源を落としている。
「ごめんごめん。家に帰った時少し落ち着いていてつい。」
「ついじゃないわよ…まったく何考えてるわけ?」
僕は心愛の言葉に、思わず乗っけていたタオルで目元まで隠した。そして、一瞬のうちに心愛によってタオルがとられた。
「バカ。心配してるとかそんなんじゃなくて、小説書く時間が減っちゃうでしょ!?まぁ心配してないこともないけど。って!何言わせてるの!?」
心愛の顔が見る見るうちに赤く染まる。顔の前で手を動かす動作は何とも言えない気持ちになった。
そんな僕とは裏腹に心愛はタオルを氷水に浸してから又、僕の額に勢いよくのせた。最初は冷たくてビクッとなってしまうが、次第に慣れて、気持ちいいと感じてしまう。もしかしなくとも風邪を引いた証なのかもしれない。そう思うと苦笑いをするしかなかった。
そしてふと信司の方を見ると沈みかけの綺麗な夕焼けが見えた。自分の頬を染める勢いの夕焼けに反抗するように布団をかぶった。一瞬心愛と目が合い本当に顔が赤くなったような感覚に陥っていく。
僕は不思議としんどさは無く、ただ気怠い感覚に侵されながら目を閉じた。