恋愛模様は夢を見せない
ついに、海と心愛のお互いへの心情を聞いた信司だったが
お互いに気持ちは伝えようとしないことを知る。
互いの気持ちを知るが、何もできないと解る信司は…
「松山。少し話しないか?」
放課後、不意に信司が僕に話しかけてきた。その時心愛は掃除をしていた。
僕は躊躇いがちに頷いて、教室を出る信司を追いかけた。速足で歩く信司を必死で追いかけるが、なかなか追いつかない。信司は何度も振り返っては僕を待ってくれる。それでも、速足なのは変わらなかった。
中庭まで歩くと信司が体全体で振り向いて止まった。そして静かな声音で僕に話しかけてきた。
「あのさ、まぁこんなこと聞くのは野暮なんだろうが、松山は姫川が好きなんだよな?」
信司はまっすぐ純粋な目を僕に向ける。
どうしてか信司は恋愛に対する話が多い気がする。それでも信司がこういうことを言うのは最近ちょっと慣れてきた。
「好きだよ?友達だからね。」
無意識に僕は少し目を泳がせて言った。信司は1つため息をついた。そして僕の肩を両手でつかむ。僕は驚いて目を何度かパチパチさせた。
「そうじゃなくて。恋愛対象として好きかって聞いてんだ。お前さっき"土下座するまで"って言ったよな?それって姫川に告白するまでって事だろ?間違っても空耳だなんて言わせないぜ?」
信司は手に少し力を込めたかと思えば、急にパッとその手を放した。その時の信司の表情がどうしてだか悔しそうに見えた。僕には信司の気持ちが解らない。
それでも、あの時の言葉が聞こえていたと知った僕は、顔から火が出そうになった。鏡は見たくないし持ってもいないけれど、今見ればきっと真っ赤になっているだろう。
「聞こえてたんだ。そっか。心愛には聞こえてなかったから安心したのになぁ。地獄耳なんだね。」
静かに声を発した僕は顔をあげて苦笑いして見せた。しかし信司だけに聞こえてたのならいいとしたい。
もしかしたら心愛にも聞こえていて、わざと気づかないふり…なんてするわけないよな。心愛だったら上から目線で問いただすか、ツンデレを発動させるだろうし。僕はそんなことを考えてみた。
「そうだね。これが恋愛感情かははっきりと解らない。でも誰かに心愛をとられるのは嫌なんだ。それがたとえ、岡本くんでも。それでも僕は土下座はしないよ。」
「…どうして言わないんだ?」
「関係が崩れるからね。」
僕は先程の信司と同じように、目線をまっすぐ向けた。
想像よりもあっさりとした返事に困ってしまい、これには信司は何も言えなくなってしまった。信司からすれば2人が両想いなのもわかっている。
しかしお互いが気持ちは伝えないと来たのだから仕方がない。
だからといって自分がお互いの気持ちを言うのはおかしい事ぐらいわかっている。
「…。」
「今の忘れて。僕は今の関係を崩したいわけじゃないんだよ。3人で同じ夢に向かって歩きたい。だからそんなこと言ってる場合じゃないことぐらい理解してる。もし僕も心愛も夢が叶えばその時に言おうと思う。何年先になるか解らないし、実現するかも解らない。でも…だから。」
"ごめんね。"僕は最後に1言つぶやいて信司に背中を向け、教室に戻った。
僕の背中をじっと見ながら、信司は動くことを忘れたように立ち止まっていた。
「どこいってたの!?2人ともいないから心配したじゃないの。あれ?岡本は?」
教室に入るとすぐに心愛が駆け寄ってきた。辺りを見渡しながら信司を探す心愛。まるで小動物のようだ。
それにしても今は心愛の顔を見にくい。ついさっき信司と心愛の話をしたばかりで、どうしても意識してしまい顔を赤く染めてしまうだろう。ついつい僕は心愛から顔をそむけてしまった。
「ちょっとなんで目をそらすわけ!ありえないんだけど。」
心愛は怒ったように言う。しかし怒られてもどうしようもない。
「な…なんでもないんだ。それにしても岡本くん遅いなぁ。」
僕は心愛をはぐらかしてしまった。心愛はすこし納得いかないような表情を浮かべた。それでも心愛はそれ以上僕を問い詰めたりしなかった。
しばらくして信司が帰ってきた。数分前の記憶が無くなったかのように自然と笑っている。
「ごめんごめん。トイレに行ってたんだよ。」
信司は明らかな嘘をついた。それでも心愛の納得した風な顔を見たら何も言えない。それに僕も下手をすれば悟られてしまいそうで怖かった。
「なんだよ。ジロジロ見て。俺の顔になんかついてるのか?」
信司は笑いながらそう言った。
僕は静かに首を横に振った後、同じように顔を綻ばせた。