コスプレ衣装は夢を見せない
今日も、学校が終わって海の家でコスプレ衣装の作成をする2人。
心愛の思わぬ言葉に海の心は・・・
そしてついに完成間近になった衣装にテンションの上がる2人。
心愛からまさかの、衣装を交換する話が持ちかけられて・・・
文芸部の体験を終えた後、今日も心愛が僕の家に来た。
昨日寝てしまった分今日取り戻すと意気込んでいる。僕も負けないように頑張るつもりだ。
「心愛。今日は大まかに完成させよう。」
僕は、針で一生懸命に布を縫う心愛に話しかけた。心愛は、こちらを向かず頷くだけだった。
それほど集中しているのだろう。
失礼ではっきりと申し訳ないのだが、心愛は不器用だ。
チマチマした細かい作業が苦手のようだ。僕も得意というわけではないが、心愛よりは幾分かましである。
「いったーい…。また刺しちゃったじゃないのよ。海、バンソーコー頂戴。」
はいはいと、僕が手渡した絆創膏を心愛は指に巻きつけた。
その頃の僕はと言うと、衣装が8割がた出来上がっていた。衣装と言っても学ランがほぼで、特別難しい作業はない。ただ、小道具的なものが多くて、衣装より時間がかかっているのだ。
「海ってばもう衣装できたわけ!?早いわよ。ちょっとは私に合わせなさいよ。」
心愛が悔しそうに僕の衣装を見た。そんなにみられると、ボロがばれちゃうじゃないか。
僕がそう思っていると。
「ねぇ、コレちょっと着てもいい??お願い。私のが出来たら着てもいいから。」
心愛が両手を合わせて頼んできた。別に着てくれても構わない。それより、待ってほしいのが、どうして僕が完成した心愛の服を着るんだよ。着ないよ?明らかにフリルが付いたようなスカートは。
男装する女子はかわいいが、女装する男子は不気味なんだよ。例外はもちろんいるけど。
「もちろん着てもいいよ。ただ、僕は心愛の服を着ないよ…?」
僕は、輝いている瞳の心愛に言った。
「そうなんだ。残念ね。着てくれてもいいのに。別に海が童顔だから似合うとか思って言ってるんじゃなくて、単純に笑ってあげるためよ。」
心愛の言葉が胸に刺さった。確かにカッコいいと言われるどころか、可愛いとさんざん言われてきた僕だったが、童顔で女装が似合いそうだとは初めて言われたよ。僕も男としては、カッコいいの代名詞に憧れるんだけどな…。その前に、そこまで童顔でないと思う。あくまでも僕からしたらだけど。
「なんでもいいけど、心愛。学ランぶかぶかだね。僕のサイズだから大きいようだね。」
とりあえず僕が童顔とか童顔でないとかは置いといて、学ランを着た心愛に目を向けた。
「なによ。海って意外と大きいのね。私とあんまり変わらないのかと思ってたわ。」
心愛さん。いくらなんでもそれは…。いや、確かに身長はそこまで変わらないけれども、体格は一応高校生の男子と女子なのだから違って当然である。それなのにこの言われよう。
今日から毎日牛乳飲もう。身長伸ばそう。僕は心に誓った。これが何日持つかわからないけど。
「それにしても、上手いわね。ちょっとコツを教えなさいよ。海にできて私に出来ないなんて不公平よ。」
心愛は、そう言って僕のほうに針と布を差し出した。実際差し出されてもどこをどうしていいのか、そんなのは作っている本人にしかわからないことで、僕にはどうしようもない。
「心愛。次にどことどこを縫いたいの?それを教えてくれないとわからないよ。」
僕が心愛に言うと、心愛はノートを取り出した。それは、昨日忘れていったノートで、服のデザインとかが細かく描かれていた。ノート自体は昨日この部屋にあったわけだから、学校で書いたんだろうな。
心愛の努力はすごいと思う。身の回りのことを一人でこなしながら、学校行って、小説書いて。
おまけに服作りまでして、設定は細かく正確だし。ちょっとばかり不器用だけども。
「ここをこうするなら、まずはこっちからしないと、縫い目が合わなくなっちゃうよ。」
僕は、心愛の為に出来るだけ丁寧に教えた。勉強もそうだったが、飲み込みは言うほど遅くもないので意外と進んでいる。ただ問題なのが、飲み込みは早いが忘れるのも早いということだけだった。
「ここね。えーと…いたっ!また刺しちゃったじゃないのよ。」
何とか少しずつ縫っていく心愛の手つきに不安を覚えたが、見守ることにした。
それに、何度指を刺しても諦めないで頑張る心愛に感心した。
「頑張るね。もう少しゆっくりでもいいよ?危ないから、慎重にしないと、また指さしちゃうよ。」
僕が心愛に言うと、心愛は笑っていた。
「何言ってるの。速くしないと、海においてかれちゃうでしょ。そんなの絶対に許さないんだからね。私が海に追いつくまで作業したらだめだからね。」
上から目線もここまで来ると、一種の負けず嫌いだよ。そこもまた心愛らしいけど。
僕は心愛の作業がひと段落するまで、自身の愛読書【厨二病少女の恋愛事情】を読むことにした。
この作品が意外と面白い。タイトルの通りだが、厨二病の少女が、アニメから飛び出してきたような理想の人と巡り合う。実はその人も元厨二病患者であったことから、恋に落ちる。まぁざっくりいうと、ラブコメなんだけどね。さらに惹かれた理由がもう一つ。表紙の絵や挿絵が可愛いということだ。
ほわほわ系のイラストが好きで、そこに惹かれて、今に至るわけである。
僕が、ライトノベルを読み始めて、1時間後。ようやく心愛の服が大まかに完成した。
すでに時間は、7時を回っていた。
「心愛、時間がだいぶん経ってるから、続きは明日にしよう。」
僕は心愛にそう言って、心愛を駅まで送るため、玄関を開けた。その瞬間母親とばったり会った。
「お帰りなさい、母さん。ちょっと心愛送ってくるから。すぐ帰るよ。」
僕は母親にそう言って、玄関を閉めた。
今日も歩いて、のんびりと話をしながら心愛を送った。
服がほぼできたことに喜んでいた心愛だったが、夜風にあたると、少し寒そうに首をひっこめていた。
そのしぐさがカメのようでつい笑ってしまって、心愛に怒られた。
駅について別れた後も、心愛のしぐさが頭から離れなかったのは、よっぽど印象に残ったってことだよね。
僕は、さっきより冷たくなった風に火照った頬を当てて火照りをしずめたのだった。