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甘美な劇薬

 ばらばらに会話していた話に一段落がつき、ふと橘は次は誰が嘘をつく番かと気になり始めた。嘘をつく事を強制されたわけではないから、全員が言うとは限らない。だがこの会を主催した凛が何もしないとは思えなかった。

 同じように皆も思ったのだろう。視線が自然と凛に集まった。それを見て凛は愛らしく微笑みを浮かべた。


「みなさまはカンタレラをご存じですか?」


 誰もが聞き馴染みのない言葉に疑問符を浮かべる中、ただ一人クライシュだけがすぐさま切り返した。


「ルネッサンス期のイタリアでボルジア家が使用したといわれる、伝説の毒薬の名だな」

「さすが部長。無味無臭、遅効性も即効性も思いのままと言われた伝説の毒薬ですわね。実は今日の紅茶に入ってますの」


 凛がなんでもない事のように言い放った途端、一同の間に戦慄がはしった。


「え! 俺さっきからがぶがぶお茶飲んでたよ」

「僕もです」


 口に出して慌てる有田と橘。花音は呆然と凛を見つめ、クルクスも顔を青くした。調理はティーカップを取り落とした体勢のまま体を硬直させていた。


「嘘だな」


 クライシュただ一人が悠然とそう言い切った。その言葉に凛が同意してやっと一同は胸をなで下ろす。


「現在カンタレラの有力な作成方法は、逆さ吊りにして撲殺したブタの肝臓をすり潰したものに、亜砒酸を混入して腐敗させたものと言われているが、ムスリムの俺に気を使って豚を料理に入れなかった斉が、わざわざ使用するとは思えない」

「そうでしたわね。もう少しひねればよかったかしら」


 まるっきり悪気なく微笑む凛に、調理は呆れを通り越して怒りが湧いてきた。


「嘘でも、言ってもいい事、悪い事がある」


 急に不機嫌になった調理の態度に凛は戸惑いをみせていた。


「まあブラックジョークにもほどがあるよな」


 同意を見せる有田。そして橘までもその言葉に頷いていた。


「凛……やりすぎだよ」


 花音までもそう主張されて、凛は呆然としていた。


「気分が悪くなった。帰る」


 いい口実ができたとばかりに調理が立ち上がった。慌てて駆け寄る凛。


「待って下さい。ごめんなさい。ちょっと皆さんを驚かせようと思っただけなんです」


 その必死さは調理の目にも紛れもなく真実に見えた。今度こそ本当に凛が泣き出しそうに見える。

 その必死さに縫い止められたように、調理は無言で席に着いた。ただ後味の悪さのような空気だけがその場に残った。

 妹のように可愛がっている後輩が、本気で困っている様子を何とかしたくて、クルクスは招待状をもらった時から抱いていた疑問を口にした。


「なぜ青い薔薇だったんですか? 自然界に存在しない青い薔薇は欧米では「不可能、ありえない」という意味をあらわします。それをなぜこのお茶会に?」


 凛は一同から目線をそらして、窓の外を見た。雲一つ無く広がる青い空は、春の空特有の薄く淡い色合いをしていた。


「わたくしはこんな平和で和やかなお茶会が、できる日がくるだなんて思っても見なかったですわ。昔の自分ならありえない。そう思っていたと思いますですの」


 凛は自分の過去をあまり語りたがらない。だから彼女と接点がありつつも皆彼女に何があったのか知らなかった。ただ今凛が語った言葉には重みがあり、皆の心に響いていた。


「知っていますか? 数年前日本のある企業がバイオテクノロジーを駆使して青い薔薇の開発に成功したんですの。その時から青い薔薇に新しい意味が加わったのですわ。「奇跡、神の祝福」と」


 『奇跡、神の祝福』その言葉を皆が噛みしめるように口にした。凛は一同を愛おしむように見回して微笑んだ。


「国や人種や年齢の違う皆さんとこんな形でお茶会ができる。まるで奇跡のようだと思いませんか?」


 確かに凛が言い出さなければ、言葉を交わす事もなかったかもしれない、不思議な縁。


「ロシアンチョコもエイプリルフールも、このお茶会を面白くするための脚色の一つにしかすぎないんです。ただみんなで一緒にこの貴重な時間をともに過ごしたい。ただそれだけなんです」


 凛の真摯な言葉に頑なだった調理の表情も和らいだ。皆が凛の言葉に何かを感じたのだろう、自然と微笑みを浮かべて会話が始まった。


「クルクス。タッパーなんか持ってきてずるいぞ」

「有田先輩も持ってくれば良かったんですよ。このケークサレとキッシュは渡せません。斉様タッパーお借りできませんか? このティラミスとパンナコッタは別で持ち帰りたいのですが」

「斉。ポットの茶が無くなった。代わりをくれないか? クルクスほどほどにしておけ」

「すいません部長。今お湯を沸かしていますから、お茶はもう少々お待ち下さい。それからまだお菓子ありますよ〜。お菓子追加で持ってきますね」

「あ、僕の方のポットにまだ少し残っているよ。クライシュさんどうぞ。それから僕、寮に戻ってタッパー持ってくるから待ってて。有田先輩の分も用意しまーす」

「有田先輩。僕のミックスサンドあげますから喧嘩しないで下さい。それから僕も何かお手伝いしましょうか? お茶淹れとか……。斉さんほど美味くできないけど……」


 再び賑やかになったお茶会はもはやカオスだった。調理はその様子をぼんやりと眺めながら、たまには茶を飲むくらいしてもいいかとも思った。だが……。

 疲れたからあと3年くらいはしたくないわとも思った。

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