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ドキドキ嘘つきタイム

 各人の味の好みに合わせた軽食の他にも、お菓子がふんだんに用意されていた。イギリス風のスコーンやショートブレッド、クリスマスプティング。フランス風の軽いクッキーやマカロン、モンブラン。ウィーン風にクグロフ。イタリア風にティラミスにパンナコッタ。

 軽食にキッシュやケークサレやパニーニまである。クルクスなどもう一つ多くタッパーを持ってくれば良かったと後悔するほどの量だ。

 それなのにさらに凛はお皿に並んだ7つのチョコを追加した。


「ただのお菓子だけではつまらないかと思いまして、こちらロシアンチョコレートですの」


 その言葉を聞いた瞬間、橘は買い物に付き合ったあの時、凛が浮かべた黒い笑みを思い出した。そうかこのためだったのかと悪い予感が的中して震える。


「何が入ってる?」


 おそるおそるという感じで調理が質問するが、凛は怪しげな微笑みを浮かべるだけで答えない。


「文化祭でこういう出し物があって面白かったので、真似してみましたですの」


 真似しなくていい!! 参加者一同の心の声であったが、楽しそうにしている凛を前にしてあえて口にする物はいなかった。

 しかたなく皆が一人一つづつチョコを手に取る。そして一斉に口の中に放り込んだ。


「うむ、スパイシーで美味いな」

「ビターチョコにスパイスが効いてて大人の味ですね」

「ああ……よかった。美味しいチョコだ」


 クライシュ、クルクス、橘、そして制作者の凛もハズレを引かなかったようだ。安堵の笑みを浮かべる。対照的に他のメンバーは喉を押さえてしきりに飲み物を要求する。


「スパイシーなんて……レベルじゃない!!」

「か、辛い」

「み、水」


 橘は知っていた。凛がハバネロを買っていた事を。彼らはハバネロたっぷりのチョコを食べてしまったのだろう。どれだけ入れた事か、恐ろしくもある。

 ハズレを引いた者達に冷たい水を配り落ち着いたところで、クルクスはそろそろ頃合いかな……と思い口を開いた。


「クリスチャンですし、おおっぴらに騒ぐ事は出来ませんが――。僕の近くの教会は、罪の告白をする際に部屋があって……許されない咎を負ったものは地獄に落ちるそうです。僕が罪の告白をする際、パカンと床がすっぽ抜けて、ビックリしました」


 一瞬シーンとしかけて、外したか? と思ったが有田が豪快に笑い始めたのを皮切りに笑いの輪が広がった。


「すげえなぁ。本当かよそれ」

「……事実ですか? いやだなぁ、嘘に決まってるじゃないですか――罪の赦しは主の特質の一つですよ え、床がすっぽ抜けたのは事実です、床板が腐っていて……本当ですって、信じて下さいよ」


 クルクスの言葉がどこまで本当なのか、どこまで嘘なのか、誰もが知らなかった。なにせ今日は『嘘つき達の集い』。皆が張り切ってネタを仕込んできただろう事は予測できた。


「次は俺だな。俺は天使とタイマンはって倒した事があるんだぜ」


 有田のそのおおぼらに今度は皆嘘だと気づいて笑った。ただ一人を除いて。


「有田先輩……すごい!!」


 花音の目が光り輝いていた。ヒーローを見る子供のような純粋無垢な尊敬の眼差しに有田が耐えられなかった。


「いや、嘘だって、気付けって、ていうか周りも突っ込めよ」

「有田様。自業自得では?」


 クルクスはニヤニヤ笑って助けてくれそうになかった。調理は面倒な事に関わりたくもない。クライシュは無言で茶をすすり、凛は笑顔で有田のぼやきを黙殺した。

 橘だけは有田が困っているのを見かねて、なんとか助けようと慌てて補足する。


「響さん。天使はそんなに弱い相手じゃないですよ。天使の配下のシュトラッサーですら、1流の撃退士でも数人がかりで戦うぐらいですし……」

「そ、そうなんだ……」


 目に見えて落ち込む花音の姿に、悪い事をしてしまった気分がして有田は慌てて付け加える。


「今のはさすがに嘘だけど、サーバントやディアボロぐらいなら戦った事あるぞ」

「本当ですか! 聞かせて下さい」


 嘘つき大会のはずが、いつの間にか武勇伝になってしまった。有田は花音の期待に応えて過去の依頼話を話し始める。

 一方クルクスはシュトラッサーの単語に一瞬表情を曇らせた。心の中に沈殿する澱のような闇に、心全体まで黒く染め上げられそうだ。


「クルクスお兄様」


 気づけば重ねられた手のぬくもり。小さくか細いその手が優しくクルクスの心を受け止めてくれた。凛は何も言わなかった。ただクルクスの事を思い寄り添おうとしてくれた。

 その優しさがクルクスは嬉しかった。


「なんでもないですよ。ありがとうございます。斉様。ところで今日のその蝶の髪飾り可愛いですね。よく似合ってますよ」


 不自然なほど強引な話題の転換ではあったが、女性は褒めるべしとばかりにクルクスは凛を褒めちぎった。凛は頬を染めながらクルクスの言葉に頷いていた。


 一方クライシュはなぜか橘と話をしていた。二人は今日初めて出会った。クライシュの仮面のせいで初めは橘も警戒していたものの、しだいに慣れて違和感を感じなくなってきたようだ。


「クリスマスプティングはイギリスでクリスマスに伝統的に食べられているお菓子で、長く熟成する事でおいしさが増す事から、おおむね1ヶ月前に作り寝かせる」

「そうなんですか」


 クライシュの伝統・文化・歴史的見地に基づく、今日の菓子説明を根気強く聞き続ける橘。元々料理作りが好きなだけあって、菓子の話題も興味があった。博識で凄い人だなぁと内心で感嘆しながら、クライシュの話を根気強く聞き続けた。


 ちょうど有田と花音、クルクスと凛、クライシュと橘。この3組に自然と分かれたため一人置き去りにされてしまった感じの調理であったが、まったく気にもとめていなかった。

 自分から話題に入っていくのも面倒だし、むしろこのままほっとかれて一人茶をすすってる方がいい。茶も茶菓子も美味いしな。

 手近な菓子だけに手を伸ばしつつ一人黙々と調理は茶をすすっていた。

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