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お茶会の始まり

 4月1日。お茶会当日は気持ちが良いほどよく晴れたよい天気だった。お茶会会場に一人、また一人と参加者が到着していく。

 橘は不安そうにおどおどと、調理は面倒そうにだらだらと、有田は楽しそうにワクワクと。凛と花音が最後の仕上げのために準備しているところを3人は眺めていた。

 そこにまた一人客が訪れた。


「斉様。お招きありがとうございます」


 優しげな微笑みを浮かべ、片目を隠したクルクスが荷物を持って現れた。


「これ買ってきたザッハトルテです。みんなで食べましょう。それからこれは斉様に」


 そう言って差し出したのは白い薔薇の花束だった。


「白い薔薇の花言葉は『尊敬』なんですよ」


 甘く優しげな笑顔とともにそんな言葉を口にされて、凛は耳まで真っ赤になるほど赤くなった。


「ク、クルクスお兄様……ありがとうございます」


 いつも冷静で落ち着いた凛の慌て振りは、誰もが気づくほどはっきりとしていた。凛自身も気恥ずかしいのか、花瓶に生けてくると言い残し教室を飛び出した。

 その様子を満足げに見つめるクルクス。そして残りの男性陣3人は皆『手ぶらでかまわない』という建前を真に受けた事を後悔するのだった。


 お茶会の準備が整い、凛が花瓶に生けた白い薔薇を持って帰ってきたところ、まるでタイミングを計ったように最後の客が到着した。


「遅れてすまない」


 クライシュ・アラフマン(ja0515)のその言葉は仮面越しのため、こもって不明瞭に聞こえた。クライシュを元々知っていた、凛、有田、クルクスは何の疑問もなく迎え入れたが、他のメンバーはその異様な姿に、いささか面をくらっていた。

 クライシュは白い仮面で顔の全面を覆い、一つの穴も見あたらない。

 あれでまっすぐ歩けるんだろうか? それにお茶会なのにどうやって食事するんだろう? 花音が思った疑問は誰しもが考えていたものだった。

 花音はこっそり凛を捕まえて、小声で聞いた。


「これで今日の参加者全員揃ったよね」

「そうですわね」


「部活の知り合いを誘ったって言ってたけど、女性には声かけなかったの?」


 言われて初めて気づいたというように凛は瞳を瞬きさせて戸惑った。花音が指摘する通り、花音と凛以外全員が男性だ。


「女性も誘いましたが、たまたま集まって下さった方が男性だっただけですわ」


 その言葉を聞いて花音はため息をついた。どうも凛は男性ウケが言い割に、女性ウケがかなり悪い。クラスでも寮でも女子の友達と一緒の所を見た事がない。何とかしなきゃな……。

 凛の女子ウケの悪さの要因の一つが、女子のアイドルである花音を、凛が独占している嫉妬だと花音自身は気づいてなかった。



 全員が席に着き、特に開催の挨拶もなくまったりとお茶会ははじまった。凛はホストとして、最初の1杯は全員のカップに注いで回った。

 そしてカートに乗せた特製料理を持ってきて、自信満々に置いていく。


「うわ! でけぇ」


 有田が思わずうなるのも無理はなかった。大きなフランスパンを丸ごと使い、サンドイッチにしたその姿は見た目だけでお腹がいっぱいになりそうだ。


「有田先輩は沢山お召し上がりになるかと思って、大きめに作りました」

「ありがとよ」


 有田は大きすぎるサンドイッチと格闘しながら食べはじめる。次にクライシュの目の前に置かれたのは白いピタパンに挟まれた具だくさんの料理である。


「ケバブか。懐かしいな。しかしこの肉は……」

「ご安心下さい。牛肉です」


「そうか。ありがたい」


 クライシュがケバブを手にする所を、クルクスはじっと見守っていた。やっぱり食事の時は仮面を外すのか? しかしクルクスはクライシュが仮面を外す所を見た事がなかった。クルクスに観察されている事に気づいていないかのように、クライシュは空いた片手で仮面を少しだけ押し上げて、口元だけ露出させた。そうしてからおもむろにケバブを口に運ぶ。

 なんだ……。仮面外さないんだ……。クルクスは残念な気がしたが、口元だけでもクライシュの素顔を見られて嬉しかった。チラリズムというか、これはこれでありだな。


「クルクスお兄様。どうなさいました?」


 いつの間にか隣に立っていた凛に声をかけられて、クルクスは我に返った。慌ててなんでもないように取り繕う。


「こちらはお兄様用に作ったチーズと野菜だけのヘルシーサンドですの。お肉やお魚は入っていませんから安心して下さいね」


 先ほどのクライシュへの配慮といい、ベジタリアンのクルクス用のメニューといい、実に細かい心配りだ。


「もしかして一人一人メニュー変えてあるの?」

「え? そうですね……」


 クルクスの質問に気をとられてしまったために、本当は調理用に作ったクラブハウスサンドを橘の前に置いてしまった。


「わー。美味しそうだな。いただきます」


 何の疑いもなく橘が手に取って口に運ぼうとしたのに気がつき、凛は慌ててそのサンドイッチに食らいついた。

 至近距離で自分の手の中のサンドイッチにかぶりつく凛の姿に、橘は慌てて顔を真っ赤にしながらわーっと手を離してしまう。


「ふ、ふいまへん。ゴクン。すいません。まちがえましたですの。これは調理先輩用のですわ。トマト入ってますから橘さんのお口には合わないと思いますの。橘さんはこちらのトマトのないミックスサンドをどうぞ」


 説明されて橘は状況を理解はした。置き間違えただけ、トマト嫌いの自分に食べさせないため、とっさにとった行動にすぎない。しかし頭で理解しても心まではついていかない。

 顔と顔がぶつかりそうなほどの距離に、年頃の少女の顔があったのだ。橘だって年頃の男だからそんな事があれば、例えその気がなくても動揺する。

 まったく気にも留めずに調理の元へ向かう凛の姿を、橘は真っ赤な顔のまましばらく見つめ続けるのだった。

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