プロローグ
クルクス・コルネリウス(ja1997)が階段を下り寮の入口にさしかかった時、扉がきしむ音がした。気になって玄関に目を向けるがすでに誰もいない。そして玄関脇のポストが並ぶ中、一つだけ扉が開いたままゆらゆらと揺れているところがあった。
そのポストはクルクスのものだった。不審に思い三つ編みを揺らしながら歩いて行き、ポストの中を覗くと、青い薔薇が添えられた一通の封筒が入っていた。明らかに人の手が入ったとわかるような真っ青な薔薇は、冒涜的な程まがまがしく美しかった。
そして封筒には切手も住所もなく、クルクス・コルネリウス様とだけ書かれている。誰かが直接ポストに入れた事は間違いない。
封筒を裏返して見ると小さく『斉凛』(jb1787)と書かれていてクルクスはほっと胸をなで下ろした。見知らぬ人間からの物ではない。凛は部活の後輩であり、妹のように可愛がっている存在だ。
その場ですぐに手紙を開け中身を確かめる。それはお茶会への招待状だった。
『前略
このたびはわたくしが開くお茶会に参加いただきたく、お手紙差し上げました。お忙しいとは思いますが何とぞご参加お願いいたします。
なおお茶もお菓子もわたくしがご用意いたしますので手ぶらで結構です。ただ持ち込みご希望の方はご無理のない範囲で歓迎いたします。
草々』
この文面だけなら怪しい事のないお茶会への招待状だ。しかし「不可能」を意味する青い薔薇。日付が4月1日。そしてお茶会の名称が『嘘つき達の集い』となっている事。
そこにクルクスは不安をぬぐえなかった。
「……う、嘘つき達の集い? ま、まさか、会場に行ったら行き先違い、とか無いですよね!?」
そう思いつつも凛がいつも部室に持ってくる、手作り菓子の美味しさを思い出すと、お菓子食べたさに釣られそうになる自分がいる。
何を持っていくべきか? 持ち帰り用にタッパーは外せない。眼帯のされていない右目がきらりと光る。すでに行く気満々、食べる気満々のクルクスだった。
「調理先輩。お願いします」
今にも泣き出しそうなほど潤んだ瞳で見つめられ、佐竹調理(ja0655)は状況の危うさに冷や汗をかいた。
ただ部活の後輩にお茶会への参加を申し込まれ、面倒だからと断っただけなのだが、場所が悪かった。朝の通学途中の生徒で賑わう校門前だったため、二人は注目の的になっているのだ。たぶん初めからこれをねらって凛はこの時この場所を選んだのだ。
これ以上断ればこの女は絶対泣く。そうしたら完全に俺は悪者扱いだ。涙目の少女・凛は低い身長と痩せた体つきが、年以上に幼さを演出し、まるで幼い子供のようだった。対して調理はもはや大学生。大人に近い年齢だ。この対比ははっきりいって危険だ。
凛はその容姿さえも武器にして無理を通そうとしている。
凛にいいようにされるのは腹が立つが、お茶会とやらに出て、茶と菓子を食うだけでいいなら、後々まで禍根を残すよりも面倒ではない。見知らぬ他人と何か話さなきゃいけないかもしれないが、極力聞き役でぼーっと見ていよう。面倒だから。
調理はそこまで考えてため息混じりに言った。
「わかった。お茶会に行く」
そう言った途端、凛の顔が笑顔で一杯になった。やっぱ涙も演技だったか。歯ぎしりをこらえて調理は学校内へと向かった。これ以上この件で無駄なエネルギーを使いたくない。「人生常に省エネ」が調理の信条だったからだ。