8話 柔和な青年
「・・・これはまた変わった所に来てしまったみたいだな・・・。」
そう呟き、私は目の前にあるものを見つめる。
変わった植物の様で茎や葉が触手の様にうようよと動き、真ん中にある口を開けて獲物を待っている可笑しな植物(?)だ。
ついさっきまで小ぢんまりとした部屋に居たせいかそれは異様な存在感を放っていた。
辺りを見回せば同じようで違う植物がうじゃうじゃと私を狙って近付いてくる。
「・・・私、こういうのは苦手なんだけどなぁ・・・。」
心此処にあらずといった様子で私は呟き、一番近くに居た植物に手を置く。
グワッ
「わ!?」
すぐに反応した植物が私に飛び掛って来た。
それを引きつった表情で避けるが――
「・・・えー・・・一斉に来ちゃいますか?」
一斉に植物が襲い掛かってきた。
逃げる方向を別の植物に塞がれまた襲い掛かってくる。
「い~や~・・・。」
苦い表情で小さく悲鳴を上げ、しょうがないなと魔法を使おうと手を上げた途端――
「大丈夫か!? 今助けてやる!!」
謎の男性が急に植物の間から声を掛けてきた。
男性というよりは青年といった感じの人間は緑の瞳に同じく緑の髪をしていた。
てか遠いよ?
そう。勇ましく大声を張り上げた割には結構遠い所からの助けだった。
豆粒にしか見えないくらい遠いというのにどうやって助けるというのか・・・。
私は植物の突進をヒラリと避けながら溜息を吐く。
だが、それは杞憂だった様だ。
ドドドッ
と音がしたと思ったら、私の周りに居た植物に矢が刺さっていた。
彼は弓使いの様だ。更に私の周りの植物達に穴が開いていく。
一本で一匹(?)の植物を仕留める姿は美しくも感じた。
遠いけど。
少しして、あらかたの植物を仕留めたその青年が私の所へと駆け寄ってきた。
「大丈夫だったか!?」
先程矢を放っていた時は落ち着いていた様だが、今は焦っているのか息が荒い。
さて・・・私は演じますか。
「は、はい。 助かりました! 私は『マリ』って言います!」
気が弱そうだが元気の良い少を演じる。
力がない今はおおっぴろげに魔王と名乗れないのだ。
「そうか・・・よかった。 俺は『ジン』。 何でも屋をやっている20歳だ。 先程大きな悲鳴を聞きつけて此処まで来た始末。」
ジンと名乗った青年はわざわざ年齢まで教えてくれた。いらないけど。
にしても『何でも屋』って初めて見るよ。
そこで「ん?」と、ある事に気付く。
「・・・確かに私は悲鳴を上げましたが・・・呟いた程度でそんな大きな声ではありませんでしたよ?」
自分自身にしか聞こえない程度の声で出した悲鳴を思い出しながら呟く。
「え? でも確かに悲鳴を聞いたんだが・・・。」
ジンがそう言って顎を上に上げながら考え込む。
私も辺りの様子を詮索する。
そして見つけた。 ここから少し離れた所に倒れている女性を。そしてその女性に襲い掛かろうとしている植物達を。
ジンが聞いた悲鳴はその女性からだろう。
「・・・人間か・・・・。」
「ん? 何か言ったか?」
「あ、いえ何でもありません。 ・・・そうだ! 此処から近くの村か町まで案内してくれませんか・・・? 私、この辺りはあまり詳しくはなくて・・・。」
私は話を逸らし、ジンが女性に気付かぬように案内を頼む。
怪しまれぬ様に気をつけながら。
「あ、ああ。 いいぜ。 何でも屋として引き受けよう!」
意気揚々に話すジンを見て「・・・しまった。」と呟く。
「あ、あの・・・私、お金持ってなくて・・・。」
私が謙虚目に呟く姿を見たジンが焦った様に言う。
「い、いいんだよ! これは人としての親切なんだから!」
お金のない私にきまずい思いをさせぬように言った言葉なのだろう。
だが人ではない私には逆効果な言葉だった。
だからといって逆上することはなかったが、彼を標的の一人として決めたのはしょうがないことだろう。
「・・・これからよろしくお願いしますね。」
「? おお。」
『これから』という言葉に少なからず不思議に感じたジンは首を傾げながらも頷いた。
「では。」と私の声を合図に私はジンの後ろについて近くの村か町へと向かった。
彼が何故こんな所に居たのか。 何故『何でも屋』などと嘘をついたのか。
何故私の素性を聞かないのか。 何故女性の事に気付いているのに何も言わないのか。
何故『これから』の意味を追求しないのか。
ジンにはいぶかしむべき事がたくさんあった。
だが、それに気付いている私も、その事を更に気付いているジンも何も話さず、ただ黙々と歩き続けた。
お互いがお互いに警戒しあい、偽っている。
その事に気付ける者は本人達しか居ないだろう。
もしかしたら『ジン』という名前も私と同じように偽名かも知れない。というより偽名だろう。
その確信と共に私は彼への警戒を更に強めた。
お互いが警戒する中、空気を読んでかそれとも読んでないのかそれは現れた。
「グルァァァァァァ!!」
「・・・熊?」
「魔物だな。 名前は確か・・・『ホーンベア』だったはずだが・・・。」
突然前方に現れた大きな熊に冷静に話をする私たちは可笑しいと思うが、気にしないでおこう。
この世界には魔物と呼ばれる、獣よりも凶暴で色んな方面に特化した生き物が存在する。
色んな、というのは、魔法を使えるという点での色んな、だ。
この熊――ホーンベアは名前の通り角の生えた熊だ。
角と言っても電気の溜め込まれた角で、突進して突き刺した後に獲物を感電させる為ある。
こういうのは1000年前とあまり変わらない様だ。
わざわざ知らないふりをしたのはジンを知るためだ。
今の様な何気ない会話でも分かることはあるのだから。
冷静になれるのはそもそもホーンベアに私が負けることはないからだ。今の私でも、だ。
ただ今はジンに任せることにする。ジンの戦い方や対処の仕方を観察する為だ。決して、めんどくさいからというわけじゃない、はず。
そしてジンはその考えを知ってか知らずか、既に攻撃態勢に入っていた。
「・・・下っていろ。」
最初の沈黙は多分、言うべきか言わないべきか悩んでの事だろう。
私は無言で後ずさりし、近くの岩に腰掛ける。
「・・・頑張ってください、ね?」
ジンに聞こえないくらい小さな声で呟いて、私はホーンベアにばれないように静かに気配を消した。