7話 私達の未来の為に
私たちは魔族。
魔族は誇り高き堅実で美しい種族だと聞かされ続けて生きてきた。
だが、私たちが生まれたのは奴隷の魔族としてだった。
魔族として過ごす日々は苦痛の日々だった。
何度も甚振られ、辱められ、日陰の存在としてぼろぼろになるまで使われた。
それでも魔族は誇りを捨てずに生き続けた。
そんな魔族を私は誇らしく感じた。
何度も魔族が嫌だと思ったりしたが、やっぱり魔族としての誇りを捨てることはなかったのだ。
魔族には希望がある。
1000年前に封印されたという魔王様という存在が。
封印されており、その封印すら見つけることが出来ないが、魔王様が居るというだけで大勢の魔族は誇りを失わずに居られたのだ。
私も皆と同じように魔王様という希望があったおかげで誇りを失わずに居られた。
ある時、忌まわしい人間の王が魔族に言った。
『勇者召喚をやれ』と・・・。
魔族にとっては最大の屈辱だろう。
全ての魔族が慕い、寵愛する魔王の敵である勇者をこの手で呼べ、というのだから。
しかもその勇者は人類の為に呼び出すのではなく、ただ国の利益の為に呼ぶという。
なんて人間は業の深い奴らだ。
だが、私たちは断る事が出来ない立場なうえ、やらなければ子供達を殺す、と脅されてしまった。
召喚魔法は魔族のとっておきの魔法の一つだから場所を変えさせてくれ、という要求を、召喚魔法は適した土地じゃないと出来ない、という要求に変えることで、召喚魔法を見られることはないように出来た。
魔族には大昔から伝わるとっておきの魔法が幾つかあり、召喚魔法もその一つだ。
だからといって出し渋りでもすれば人間達に怪しまれ他の魔法もばれてしまう。それを避けるために、私たちは勇者召喚魔法を使うことを決意した。
婆様は上手くいけば勇者に助けてもらえるかも知れないという淡い期待を皆に伝えることで皆もそんな期待を持つようになった。私もそうだ。
勇者召喚当日、婆様は数名の魔族を連れて魔族しか入ることが出来ない森へと向かった。
「・・・婆様・・・私たちは救われるのでしょうか?」
私はそう小さく婆様に問いながら、首についた憎々しげな漆黒の首輪に目を落とす。
それは奴隷である者の証であり、逆らえなくする物だった。
王が指を軽く振るだけでそれは発動し、強大な電流が体を駆け巡り、行動を拘束するのだ。
王が死ねばその効力は消えるが、王に剣を向けたりでもすれば発動してしまう。
ほとんどの魔族に付けられた忌々しい物だった。
「救われるのか・・・それは我らには分からんことじゃ。 だが我らには魔王様という希望があり、
今は勇者という淡いながらも大きな希望があるじゃろう。 今はそれに賭けるしかないのぉ・・・。」
婆様は振り返ることなく答えた。
「・・・そうですね。」と弱々しく呟き、黙々と歩く。
転送魔法を使わないのは魔力を無駄に使わないためだ。
それは当然のことだろう。何せこの後は膨大な魔力を使う勇者召喚をし、勇者を城に連れて行く為の転送魔法も使う。それにもし勇者が反抗した場合は力尽くで捻じ伏せさせる力も必要になるからだ。
代々魔族の一部にしか伝えられないという森の草原を見た時は目を見張った。
その禍々しくも美しい草原に・・・。
だが直ぐに切り替えて勇者召喚の準備に徹する。
勇者召喚魔法は古代魔法の一つだから『陣』と呼ばれる魔法を使う模様が必要なのだ。
少しでも間違えれば魔法が発動することはないうえに、魔力の消費は半端じゃない。
他の若者たちも慎重に黙々と作業に徹した。
勇者が気まぐれでも助けてくれるかも知れない、という希望は効果抜群の様だ。
「では・・・始めるぞ・・・準備はいいかえ?」
「「「はい。」」」
そして婆様は勇者召喚魔法を始めた。
今では考えられないような長ったらしい呪文を言い終えた瞬間、それは起こった。
ゴアァァァァァ
という音と共に黒い煙が立ち上ったのだ。
この場合、煙は黒ではなく白の筈だから、勇者召喚は失敗に見えた――が。
「・・・どこだここは?」
魔族の中では聞いたこともない様なよく透き通った綺麗な声が辺りに木霊した。
陣の上に立っていたのは十三歳くらいの可愛らしい少女だった。
肌は真っ白で、足首まである長い髪は見事な漆黒だった。可愛らしい、と美しいという感想がその少女の第一印象だった。
だが、直ぐに気を取り戻した婆様の声にハッとし、不安になった。
こんな小さな少女じゃ私たち魔族は助けられないんじゃないか・・・・?
それは歓声を上げていた他の者達も即刻理解した様で、小さく溜息を吐く者も居た。
私も期待していた分、がっくりと心が折れそうになるのを感じた。
少女が可愛らしく言葉を発するたびに魔族の若者達がホウッと息を吐くのも何となく理解出来るほど、少女は可愛らしく、そして美しかった。
その少女がこれから人間にこき使われてしまう事への同情や、我らを助けられないという失望感などの感情が入り混じり、皆が複雑そうに少女を見ていた。
少女は気付いていないのか優しく微笑み続けていた。
少女を伴い王の前に私たちは立ちはだかった。
王が私たちを用済みとばかりに戻るように指示を出したが、私たちはこの少女が少なからず心配だった為、一人の影に潜むのが得意な若者に様子を見る様に頼んだ。
少しして様子を見ていた者が嬉々として状況を説明し出した。
少女が王達を枯らし殺したと――。
その事を聞いた魔族全員が息を呑み、狂喜した。
だが直ぐに狂喜は恐怖に変わった。
何故勇者が王達を殺したのか分からないいじょう、様子見を続けるしかない、と皆が息を殺して待った。
これからどうなるのかを。
そして影を通して声が聞こえた。
『そこから出てもいいかな?』
全ての者が驚きに息を詰まらせた。
ひとしきり笑っていた事は、様子を見ていた者から聞いていた為、その言葉は一層に恐怖を引き立てたのだ。
だが、無闇に断りでもすればどうされるか分からない。
なんせ相手は笑いながら人間を枯らす者なのだから・・・。
得たいの知れない恐怖は此処へ招待する事に何の躊躇も抱かなかった。
結果から言って、少女は魔王だった。
誰しもが待ち望んでいた希望そのものの。
少女は厳しくしながらも私たちに伝え続けた。
諦めるなと――。
私が貴方達を救うから、待っていてくれと――。
そこまで言われて反対する者なんて存在しなかった。誰しもがその言葉を信じて涙を流した。
やはり我らの希望は魔王様だ――と。
半信半疑だった希望は確信へと変わり、私たちには目指すものが出来た。
魔王様が全ての力を取り戻した時、私たちが率先して魔王様に力を貸そうと。その為に強くなろうと。
私は最後に言った。
「魔王として楽しんでくださいね?」
魔王様は呆気に取られていたが直ぐに優しく微笑んだ。
「・・・スズナ。」
そう私の名前を言った後に小さく「ありがとう。」と魔王様は言った。
魔王様だって一人の少女なのだ。その言葉に一歩魔王様に近付けた様な気がして嬉しかった。
その時の幸せは決して忘れないだろう。
魔王様は扉から出るとルーとニーに押し掛けられていた。
ここで邪魔をする様な事はしない、が、子供達にも魔王様だという事を伝えておくべきだったと少なからず後悔した。
といっても、二人にはその必要はなかった様だ。
幼いからこそ敏感なのか二人は魔王様が居なくなった後に言ったのだ。
「「きっと、強くなるから・・・!!」」
と。 それは先程に私たちが心の中で誓った言葉そのものだった。
二人が立派な魔族の一員だと全ての者だ理解した。
「ルー、ニー。 これから色々勉強を教えてあげるよ。」
「「うん!!」」
この二人はきっと魔王様の役に立つ。いや・・・立とうとするだろう。
なら私たちはその手伝いをすればいい。
そうして少しずつ魔王様に近付いていければいいのだから。
カシャン・・・
魔族の者達を縛っていた漆黒の首輪は、私たちを後押しする様に首から離れていった。
魔王様に首輪の話をするのを忘れていたなと思いつつ私たちは微笑みながら動き出した。
私たちの未来の為に――。