6話 希望と約束
「貴方達は何を諦めているのですか?私が使えないからと諦めるのですか?
貴方達は今まで虐げられ、奴隷とされても諦めず、希望を待っていたのでしょう?
なのに、今になって諦めてしまうのですか?ならば、私が居なくなってからの1000年の間の苦労は、諦めずに戦ってきた魔族たちの思いは、一体何だったのでしょうか?」
遠まわしに「希望を捨てるな」と私はフードの者達に言う。「諦めるな」と、「戦え」と。
子どもに諭す様に優しく、ではなく、出来るだけ厳しく。優しくする理由もないし。
フードの者達はただ呆然と私の話を聞く。
「人間に弾かれた異質の者。それでも強く気高くあった魔族がこのままでいいのですか?たとえものとして扱われても強くあったのでしょう?人間とは違い私達は仲間を裏切らない。貴方達が魔族の秘法を人間に教えていないのがいい証拠です。貴方達は人間に服従していたわけじゃなく、ただ機会を待っていた。そうでしょう?魔族がもとの土地を奪い返す機会を。」
そう。フードの者達は待っていたのだ。自分達の土地を取り返す機会を。魔族の栄光を取り戻す機会を。
私はフードの者達の顔に力が入っていくのを見た。
目には光が戻り活力を取り戻していく。
全ての者に希望が戻ったのを見計らい私は言う。
「貴方達は諦めるのですか?」
「「「「諦めません!!」」」」
私の問いに間髪居れず全ての者が答える。
思ったよりも力の入った声に私がビクリとしてしまうが、少しして彼らを笑顔で見る。
「・・・よかった・・・流石は私の子ども達だね。」
魔族は魔王の子ども。人間は知らない絶対的な繋がりとして初代魔王から続いてきた関係だ。
それは何時まで経っても変わらない絆だ。だからこそ魔王軍は強いのだ。
「すいません魔王様・・・。我らは魔族の誇りを汚すところでした・・・。」
老人が開き直っていながらもすまなそうに呟く。
「ですが魔王様・・・やはり我ら魔族には希望がありません・・・目指すものがないのです。」
女性――スズナが少し困ったように聞く。
私はクスリと微笑み彼らを見る。
彼らの頬が紅くなったことは無視しておこう。
「私が居るではないですか。」
「「「「・・・へ?」」」」
「で、ですが魔王様・・・貴方には出来ないと、先程・・・。」
スズナが目を丸く見開いたまま言う。
先程の「今の私には出来ない」という言葉を思い出すようにフードの者達が無言になる。
「クス・・・ええ、確かに私は『今の私には出来ない』と、言いました。
ですが、私は『今』と言ったんですよ? 勘違いは止めて下さいね。」
「・・・じゃ、あ・・・今じゃなければ、出来る・・・と?」
「ええ♪ 私の力は各地に封印されていますが、封印されているだけです。封印は解けばいいだけのこと。今直ぐに、とはいけませんが・・・地道に封印を解いていけば何時かは私の力は戻るでしょう?」
サラリと解決策を差し出した私をフードの者達が呆然を見る。
少ししてスズナが・・・
「さ・・・」
「さ・・・?」
「最初からそう言いやがれこの野郎ぅぅぅ!!!」
スズナの怒りは限界のようだ。
「クスクス・・・私、女だから野郎じゃないよ~?」
「う・・・ああぁぁぁぁ!! もぉぉぉーーー!!」
スズナが溜まりに溜まっていたと思われる怒りを叫んで撒き散らす。
「お、落ち着きなさいスズナ・・・。」
「うにぃぃぃぃぃ!!」
老人の声を無視してスズナは喚く。
「・・・ふ、あはははははははははは!!」
その様子を見ていた私が急に笑い出したのに皆がギョッとする。
スズナの叫び声よりも高く、響く声だったからかスズナの声は掻き消され、辺りに充満した。
スズナは叫んでいた事を忘れた様にキョトンと此方を見ている。
「ま、魔王様・・・?」
「ふふふ・・・やっと素を出してくれたね・・・?」
私は滲んでいた涙を指で拭き取りながら皆に聞こえるように呟く。
「・・・え?」
「貴方達ったらさ、最初は得体の知れない私に警戒してたし、魔王だと分かれば私を敬ってさ・・・
全然素を見せてくれなかったでしょ? でも、やっと見せてくれたね・・・」
優しく微笑み、彼らを見る。彼らは私の言葉にハッとし俯く。
「・・・我らは奴隷として過ごしすぎたのです。それで何時の間にか同族以外を恐れるようになっていたみたいで・・・。」
「クス。なら、見も心も完璧に奴隷になったわけじゃないってことでしょ?今はちゃあんと素を見してるんだから。」
彼らが気を落とさない様に声をかける。彼らはその言葉に心からの笑顔と思われる微笑を浮かべた。
「・・・魔王様。」
スズナが何かに開き直った様に輝かしい笑顔で話しかけてきた。
私はそっと彼女を見、話の先を待つ。
「私達は信じています。 貴方が力を取り戻し、我ら魔族の栄光を元に戻してくださると・・・。
だから、私達は、貴方様に出来る限りの援助をして、待ってます。何百年でも、何千年でも・・・!」
途中からは涙を流しながらだったからかつまりつまりに言葉を繋ぐ。それでも笑顔は崩さずに必死に彼女は――彼らは伝える。「信じている」と・・・。
「・・・私もね君達の事は信用してるんだよ。 だからこそ君達を助けるという目標があれば私は魔王として戦える・・・。 私は直ぐに旅に出るよ。 力を取り戻すためにね。 それまで・・・頑張って生きて。」
「「「「はい!!」」」」
「ですが魔王様!!」
「・・・え?」
スズナ・・・なんて空気の読まない子なんだろう・・・。フードの者達全員が驚いているし。
「・・・貴方は魔王様です。 魔王として楽しんで下さいね?」
「・・・スズナ。」
この言葉に私はスズナに更なる信頼を寄せることとなった。
スズナは魔王のことを分かっている事が分かったから。
フードの者達もその言葉に納得したように私に微笑みかける。
「・・・クス。 あ、今やっと魔力が戻ったみたいだから私はもう行くよ。
あんまり遠くへ行けないけど・・・まずは一番近くにある封印の所へ。」
「はい魔王様。 我らはここで待っていますぞ。」
「うん♪」
では、と私は出口へと向かう。誰もが道を開けるが誰一人、追いかけようとはしない。
信じているからだ。きっとこの人ならやってくれる、と。私はスズナの横を通り過ぎる時に小さく呟いた。
「ありがとう。」 と。
「「おねえちゃん!!」」
扉を出ると、直ぐにルーとニーが駆け寄ってきた。
手前で立ち止まり、ニーがウルウルとした目で見上げながら言う。
「もう・・・行っちゃうの・・・?」
ニーも魔族の一人として、私の事を鋭く感じた様だ。
だからこそ、行かないでと思いつつ、送り出さないといけないと理解している。
それはルーも同じ様だ。
「また・・・来てねおねえちゃん。」
目を涙で潤ませながらも笑顔で送り出そうと二人は微笑む。
その姿はこの子達が立派な魔族だという事を示していた。
「・・・ルー、ニー・・・いや・・・ルーク、ニーナ。」
子供達を立派な魔族と認めた証とし、私は愛称ではなく本名で名を呼んだ。
そして色んな意味を含んでいながらも簡潔な一言を言う。
「ありがとうね。」
二人は今度こそ涙を流しながら元気よく声をあげた。
「「うん!!」」
二人が涙を拭き、顔を上げた時には、もう既に私は居なくなっており、ただただ静かになっていた。
「・・・おねえちゃん。僕達ね、何時かもっと立派な魔族になるよ。」
「また会うとき、きっと驚かせるんだからね!」
そう決意した二人は先程までの子供らしさは消えており、大人びた表情で私の居た場所を見つめた。
「「きっと、強くなるから・・・」」