4話 最後の魔王様
静かで暗く、張り詰めた空気が充満しきった狭い部屋。
そこに険しそうな嬉しそうな表情をした、既にフードを脱いでいる者達と、微笑みながらそんな彼らを見つめる私が対峙していた。
「クスクス・・・。そんなに警戒しなくてもいいじゃない?君達をどうこうとするつもりはないよ・・・クス。」
心底楽しそうに私が先に声を出す。
その言葉に張り詰めていた空気が緩んだところから、彼らが安堵した事が窺える。
というより、見た目からも簡単に分かったが。
少しして老人がフードの者達を押しのけて前へと躍り出た。
私を召喚した時に最初に話しかけてきた者だろう。白髪だらけの髪を後ろ一つに纏めていた。
「・・・奴等から解き放ってくれた事を感謝する・・・。・・・ありがとう・・・。」
そう言って老人がゆっくりとした動作で腰を折り、頭を床に擦り付けるほどに下げた。
後ろに居た者達も一人、一人と頭を下げてくる。
「・・・頭を上げてよ。 そういうの愚か者以外がしたところで迷惑なだけ。面白くもなんともないし。」
そう。この者達は愚か者じゃないし、私と同族だ。頭を下げる必要はないし、礼を言う必要もない。
その言葉に老人は皺だらけで皺くちゃだった顔を涙で更に皺くちゃにした顔を驚きに染めながら上げる。
後ろの者達も私の言ったことが信じられない といった表情で頭を上げる。
・・・こいつ等失礼じゃないか?
「「ありがとう! おねえちゃん!」」
急にこの場には場違いの明るい声が響き渡った。
ヒョコ と老人の後ろから出てきたのは6歳くらいの小さな少女と同じ6歳くらいの少年だった。
二人も皆と同じようにフードを羽織っており、きらきらとした笑顔を振りまいている。
「・・・子どももいるみたいだね・・・。」
普通の人が聞いたら「当たり前だろ」と答えそうな事を呟く。
その時の私はきっとしみじみとした表情をしていただろう。なぜなら久しぶりに見る同族の子どもなのだから。
トテテテ と陽気に無邪気そうに私に駆け寄ってくる。周りの者達は私が殺してしまうのでは と物凄く心配そうに手を伸ばしている。
「・・・君達、名前は・・・?」
人を平気で殺す様な人が出すとは思えない様な優しい声に誰もが驚いた。
優しさは子ども達に向けられており、周りの者達はただ唖然とするだけだった。
「ぼくはねー 『ルーク』! 『ルー』だよ!」
「んーとねー・・・ニーは『ニーナ』だよ!」
「・・・そう。ルーとニーね。」
無邪気に笑う二人の頭をポンポン と軽く撫でる。
先程のお礼はここに居る者達と同じように『奴等から開放させてくれた事』へのお礼だろう。
「「おねえちゃんは!?」」
「え・・・。」
急に名前を聞かれ、思わずたじろぐ。ただ、流石の私もこの純粋で好奇心の煌く瞳には勝てなかった様だ。
「私は・・・『カーレリア=キキ=マーチリオレルト』・・・『カーレ』よ。」
「「「「「 !!! 」」」」」
私の名に子どもを除く全ての者が驚きのあまりか声を詰まらせる。
何故それほどに驚くのか。理由は簡単だ。何故ならそれは私の名が・・・
「ま、魔王様・・・!?」
の名前だからだろう・・・ていうより、そうだから。
ここの世界があれからどのくらい経っているかは知らないが、私の名前が残っていても可笑しくはないだろう。
歴代中でも、世界中でも、最強と呼ばれていた王の名前なのだから。
「・・・クス。そういうこと♪ 君達の親で、家族で、友達で、兄弟で、貴方達の全てである魔王
・・・。 だからお礼なんて必要ないの。 分かった?」
誰もが美しいと思う微笑みを全員に向けて言う。同族とは彼らが魔族で、私が魔王だから言える事だ。魔王と魔族は信頼関係の強い関係・・・。 だからといって邪魔などをした場合は容赦はしないが、どうしても優先的に考えてしまう所が私にはあるようだ。まぁそれでもいいのだけど。
「・・・それで、今は私が封印されてから何年後の世界なの?」
この世界に来て、ずっと聞きたかったのに聞けなかったことを聞く。
封印――つまり私があの黒い世界に飛ばされたのは世界中の人々が知っている事だろう。
だから私が今の世界の状況を知らないのは必然といえる。
「そ、それは・・・ですね・・・。魔王様があやつに封印されてから約1000年が経つかと・・・。」
「・・・1000年・・・か。大分経っていたみたいね。」
想定はしていたからか大して驚く事はなかった。だがそれだけ経っていると思うと寂しくも悲しくもある。
「・・・今の魔王は誰が?」
「・・・いません。」
「え・・・?」
「魔王様はあなたで最後となっています・・・。」
「私が最後・・・。」
最後 という言葉に私は目を見開いて硬直する。
私が歴代魔王の名を汚してしまった。
私が歴史を止めてしまった。
私が・・・私が・・・!
ポタ
冷たい雫が頬を伝って落ちた。
「ま、魔王様?」
老人が戸惑いながらも声を掛ける。それにつられ、周りの者達もおどおどとざわめいていく。
それを気にすることなく、私はただポタポタと涙を流すだけだ。
「だ、だいじょーぶ? おねえちゃん!?」
「どこかいたいたなの!? ニーがなでなでしてあげる!」
そう叫んでニーとルーが背伸びして私の頭を優しく撫でる。
ポン ポン ポン・・・
「ちょ、ちょっとニーナ! ルーク!? なんて恐れ多い―――」
「止めんかスズナ!」
「何故ですか、婆様!?」
魔王に無礼をはたくニーとルーを叱ろうとしたスズナと呼ばれた女性――私と一緒に転送したフードの者の声を婆様と呼ばれた老人が遮る。
この者はよく私の事を分かっている様だ。
私はこれでも子ども好き。
邪魔は死に値するのだから。
「・・・クス。ありがとね君達♪」
また子供達の頭を撫でてから、外で待つように優しく伝える。
「「うん!」」
元気よく返事した二人はキャッキャッとはしゃぎながら外へと駆けていく。
二人の声が聞こえなくなったのを確認し、優しく微笑んでいた私は次の瞬間には真剣な、無表情の顔へと変わっていた。
「・・・さて、色々と聞かせてくれるかな?」
冷徹でありながら優しさを帯びた声が静かに木霊した。