2話 勇者様
「・・・なにこれ。」
私の乾いた疲れた声は響かずに辺りの音に掻き消された。
「「「「おおぉぉぉぉぉ 勇者様だぁぁ!!!」」」」
真剣に五月蝿い。兎に角耳が痛い。いい加減に黙れこの糞カス共め。
と心の内で罵倒しまくりながらも私は笑顔を周りに向ける。
転送によって来た所は大きな屋敷、もしくは城の中の大広間の様だ。無駄なほどに大きいうえに豪華な装飾が隙間なく飾られており、歓声をあげている人達は全員豪華そうな服で着飾っている。皇位の人達の様だ。
そして目の前に居るのはゆったりと王座に腰掛けた、赤のローブと王冠の目立つ威厳のあるおじさん。その隣には同じように腰掛ける妻っぽい人。
「・・・ここは王都『アグアログ』の城です。あの方がこの国の王です。」
未だフードを取らない女性が耳元で囁く。
後ろには何時の間にか居たのか残りのフード連中が居り、王に向かって膝をついていた。
「王よ! 勇者殿をお連れしましたぞ!」
フードの一人、年寄りの者が大声をあげ、王に私の事を伝える。しわがれていた声だがその声はよく響き渡り、騒がしかった喧騒を一瞬で静めた。
ただ気になったのはその声の緊迫さと微かに覗いて見えたフード達の表情だ。唇をギリ と噛み締め、苦悶の表情を作っている事が窺えた。まるで因縁の敵を相手にしている様に・・・。
「・・・ふむ。確かなようだ。 では今からこの者と話をする故、貴様らは下れ。」
王といわれた者は何の愛想もなくフードの者達に命令を下す。命令には見下した感が満載のうえに、嫌悪感も私には感じられた。
フードの者達は「・・・はい。」と小さく呟き表情を歪めながらも転送魔法で何処かへと消えた。その時に感じられたのは激しい怨念、それのみだった。フードの者達とここに居る王側は交友関係ではないというのは明らかな事だ。
それにお互いの会話や様子から、フード達は何か理由があって王達に従わざるえない状況で召還術をする様に命令されたことが分かる。フード達は仕方なく私を召喚するはめになったのだろう。ならフード達は助けてあげようか・・・。
・・・命拾いしたなフード共
心の中で彼らに呟きかける。
「では勇者殿。名を名乗れ。」
偉そうだ。とにかく偉そうだ。むかつくなー。大した力すらも持っていないただの人間風情が。それに名を聞く前に名乗れ、と教わらなかったのか?
心の中は真っ黒だが私のキャラは崩れない。
「あ、は、はい。 私は・・・『マリ』・・・です。」
勿論名乗った名は偽名だ。こんな腐った者達に名乗るのは精神的に無理だからだ。
当たり障りのない名は色々と使い勝手がいいし、咄嗟に浮かんだ名前にしては意外と気に入った。
こいつ等には調度いい偽名だろう。
「ふん。勇者にしては貧相な名前だな。」
王の見下した態度にドッ と周りの者の笑いが起こる。
その事に咎める者は誰も居ない。その態度から勇者は大して大切というわけではないことが分かる。
先程の歓声はただの冷やかしか何かだったのだろう。
にしてもこいつ等は何の為に勇者を召喚したんだ?
「勇者殿を召喚させたのはある者達を何とかしてもらうためだ。まぁその話の前に・・・お前達、あれを。」
王の声と共に後ろに控えていた従者と思われる二人が何かを私の前に運んでくる。
それは長細い黒い箱だった。何の変哲のないただの箱だった。大きさとしてはネックレスが入っていそうなくらいの大きさだ。装飾も何も施されていない。それを従者の一人が開け、もう一人が中身を恭しく両手で取り出す。
ジャラ
何かの擦れる音と共に取り出されたのは真珠のネックレスだった。白く光る真珠の組み合わされた簡単な作りで真ん中に他の真珠よりも大きめの黒い真珠が付いている。
一見、光を放つ綺麗な物に見えるが少し違う。
何かの魔法、もしくは呪いが掛かっている様だ。何かを感じる。分かんないけど。
ネックレスを持った従者がそれを私の首へと説明をしながら近づける。
「これは勇者様が付けるべき物です。『勇者様の印』、とも言います。」 と。
そしてゆっくりと首に掛けられ・・・
ビシィィィィィィィィィ!!
「っう・・・あぁぁ!!」
体中を電気が駆け抜けた。
その一瞬を過ぎても未だビリビリと体の中で電気が唸る。
「・・・こ、れは『呪い』・・・!?」
『呪い』だと気付く。そして方眉を寄せて、電気の元と思われるネックレスを急いで外そうと引っ張るがビクともしない。
「はっはっはっは! そう簡単には取れんよそれは! なんせ大魔法使いの者に念入りに作ってもらった特注品だからな! 予めに登録していた者の合図と共に電流が迸る『呪い』が掛かっている! それは私にしか取れない。 勇者はこれで我らの『奴隷』だっ!」
・・・ということらしい。
王は私を見下し愉快そうに笑い、周りの者達もそれにつられ次々と笑いが起こる。王は今も尚勇者がどうだ、奴隷だ、私達の所有物だ、などと意気揚々と高らかに話を流れる様に紡ぐ。
つまりは私は勇者として、奴隷として、国の所有物として命の限り働け という事らしい。
勇者は膨大な力を持っているが絶対に従う保障はないうえに、従ったとしても裏切る可能性がある。しかも扱いを間違えばその矛先を我らに向けるかも知れない。ならいっそのこと最初から裏切れない様にしよう、というのが代々の習わしらしい。
そして今回作られたのがこのネックレスだという。
「っ! 一体、私に・・・何をさせたいの!?」
まだ電気が残っているのか口が動きにくい。だが、何とか声を絞り出す。
「なぁーに。ただ邪魔な隣の国を壊してくれればいいのだ。お前なら顔も知られていないしな。」
「っ!!」
この国は勇者をこんな汚い事に使うのか!?
勇者とはもともと人間に害をするものを退治し、人間を守る者。なのに、その守るべき人間を殺させようとするなんて・・・。
・・・勇者を何だと思っているのだこいつ等は・・・。
怒気を孕んだ思いに私の表情が歪む。
「・・・・・・ね・・・・。」
「む? 何か言ったか?」
「許しを乞いながら死ね と言ったんです。」
凜とした『マリ』とは思えない声が広間の中を静かに揺るがした。